13-18.サトゥーとクロ

 サトゥーです。原典は知りませんが、「ドッペルゲンガーに出会うと死ぬ」と聞いた事があります。自分を客観的に見ると殺したくなるモノなのでしょうか?





「クロ様、お帰りなさいませ」


 音も無く執務室に移動したのに、間髪容れずにティファリーザが出迎えの言葉を告げ、支配人を呼び出すボタンを押す。

 廊下からダダダッと淑女らしくない足音が響く。


 扉の前でピタリと足音が止み、深呼吸数回くらいの間を空けて扉がノックされた。


「入れ」

「失礼致します」


 扉を開けて部屋に入ってきた支配人からは、廊下を全力疾走した形跡は全く残っていない。


「クロ様、オークションの他に、例の少年と孤児院の事でご報告があります。どちらからご報告いたしましょう?」

「オークションからでいい」


 後者はオレ達が昼間に遭遇した件だろうから後回しで問題ない。


「はい、初日に出品した魔法の武具類は予定通り全て落札されました。さらに入札できなかった貴族、武官、商人から多数の予約が入っております。落札の総額は――」

「金貨30713枚となります。詳細はこちらに清書しておきました」


 支配人が誇らしげに報告した後を、ティファリーザの静謐な美声が引き継ぐ。


「100本しか出品しなかった割にずいぶん高額で落札されたな」

「はい、王都に魔族や魔物が現れた事件の影響が大きかったようです。他の方が出品していた魔法の武具類も倍から三倍で取引されていたようです」


 ……なるほど。


 赤縄の魔物は普通の武器だと魔法付与エンチャントしない限りダメージを与えられなかったらしいから、高騰するのも無理ないか。


「ふむ、予約申込者のレベルを確認し、レベル30以上の者や魔刃スキルを持つ者を優先して予約を受けろ」


 レベル一桁に魔剣を渡しても、あまり意味は無いからね。


「承知いたしました。それと、シガ八剣のヘイム卿から魔剣の特注依頼が来ています」

「魔剣のオーダーメイドか……」


 なかなか面白そうだ。

 詠唱の宝珠さえ手に入ったら、アリサやミーアに負担を掛けずに魔剣が作れるから一点物を作るのも楽しそうだ。


「すぐに受ける事はできんが、前向きに検討すると伝えてくれ」

「――はい、承知いたしました」


 オレが受けるとは思っていなかったのか、支配人からの返事に少し間があった。

 支配人が気を取り直して、手に持ったリストを捲り話を続ける。


「宰相閣下より、他国や他国と取引のある商人には魔法の武具を販売しないでほしいと要請がありました。こちらが目録となります」


 オレは支配人からリストを受け取る。

 その中には今日会ったソウヤ少年の実家も入っていた。イタチの帝国や大陸西方とも取引があるらしいから、入っていても不思議はない。


 宰相の販売抑制依頼は他国に強力な武器が流れるのを阻止したいからだろう。


「国防を考えたら当然だろう」

「では、そのように処理しておきます。クロ様、今回の要請を引き受けるにあたって、税方面での譲歩を宰相閣下から戴こうと思うのですが、許可いただけますでしょうか?」

「許可する」


 支配人はオレと違って抜け目ない。





 続けて、シン少年関係の報告を受ける。


「――という事で誘拐された孤児達はペンドラゴン子爵と彼の家臣であるミスリルの探索者達によって救出されたそうです。孤児院長達についてはクロ様が捕縛に動いたと伺っているのですが?」


 オレは支配人に「事実だ」と答える。


「では孤児院長の件は省略いたします。詳細はこちらの報告書に記述してありますので、後でご覧ください」


 支配人が差し出した報告書を受け取ってアイテムボックスの黒い穴に放り込む。


「行方不明になっていた子供達の内、過半数はスラム街で発見いたしました」

「そうか――」


 ――良かった。


 行方不明の子供達が全員魔族召喚の生贄にされたわけじゃなかったらしい。


「院長を失った孤児院には王国の福祉局から下級文官が派遣されたと監視員から報告がありました」


 院長の代わりなんて当分来ないと思っていたが、意外にお役所の仕事が早い。


「最後にシン少年ですが、鼬人族の商人に黒いバンダナを売却していました」

「いつだ?」

「先ほどの誘拐事件の一刻ほど前になります」


 あの時は気にしていなかったが、認識阻害のバンダナを身につけていなかったのか。

 どうりでアリサがシン少年の勇者の称号に気がついたはずだ。


 シン少年に新しい認識阻害アイテムを渡すにしても、重要性が分かっていないとまた売却しそうだ。

 今度は与える前に理由をちゃんと話すとしよう。


「その商人の素性は?」

「申し訳ありません。報告書には記載されておりません」

「なら、名前だけでもいいから調べておけ」

「承知いたしました。明日の朝までにご報告できるように手配いたします」


 マップでバンダナの方を検索してみたが発見できなかった。おそらくアイテムボックスの中に収納しているのだろう。

 鼬人族で検索してみたが、王都には千人以上も存在しているので特定は諦めた。

 面倒なのもあるが、単純に絞り込む情報が無さ過ぎたのだ。


「クロ様、ご興味がおありか判りませんが――」


 支配人がそう前置きして、二つのオークション会場に盗賊達が現れた話を伝えてくれた。

 素人同然のお粗末な盗賊達ばかりで、会場警備の衛兵達によって全て捕縛されたそうなのだが、話には続きがあった。


「――女神像が消えた?」

「はい、会場に搬入された箱の中身が別の石像になっていたそうなのです」


 ふむ、宝珠盗難の件とは関係ないだろうが少々引っかかる。


「少し気になる。事件の詳細を問い合わせておけ」

「承知いたしました」


 続けて、王都の商家を襲う夜盗が減ったという報告を受けた。


「それは喜ばしいが……」


 オレに何の関係があるのか判らず、心の中で首を傾げる。


「これはクロ様のご活躍の成果です」


 活躍なんてしたっけ?


「クロ様が宝珠盗難の犯人の拠点を虱潰しに潰して下さったお陰で、王都内の盗賊や夜盗の数が激減したそうなのです」


 そういえば、ここ最近で四百人くらい捕縛した記憶がある。


「それは重畳だ」


 オレはそう答えて、支配人に次の報告を促した。





「クロ様、ペンドラゴン卿の事で少々お話が――」


 報告を終えた支配人が深刻な表情で相談を切り出してきたので、ティファリーザの作業するクロの執務室から支配人室へと場所を変えた。


「それで話とはなんだ?」


 もしかして、クロとサトゥーが同一人物って気が付いたとかかな?


「は、はい。実は私の主筋に当たる伯爵家の当主から――」

「支配人、大変よ!」


 ようやく話し始めた支配人だが、そこに淡い金髪の幹部娘が駆け込んできたので中断する事になった。


「ペンドラゴン子爵が面会に来てるの!」


 ――何?


「しかも、支配人の婚約者って言ってるんだけど!」


 オレは驚きを「無表情ポーカーフェイス」で押し隠し、偽ペンドラゴン卿の正体を探るべくマップ検索を実行した。





「初めまして、婚約者殿。できれば余人を交えず二人きりで将来の事を話したいんだ。悪いけど、席を外してくれないかな?」


 見れば見るほどサトゥーそのものの顔で、そいつが喋る。

 残念ながら声がオレの地声と少し違う。少し高めの声を無理に低くしている感じだ。


 一応確認したが、緑魔族の擬体アバターではない。


「――気にするな」


 バッサリと偽サトゥーの言葉を叩き斬る。


「それで、ここになんの用で来た?」


 オレの追及に偽サトゥーが肩を竦めて処置無しという表情を作って嘆息する。

 狙ってやっているのだろうが、なかなかムカッとくる態度だ。


「結婚の申し込みを受けたから、一度顔を合わせて話でもしようと思ったんだよ。お隣だしね」


 偽サトゥーが爽やかな笑顔を支配人に向ける。

 支配人は視線を偽サトゥーではなくオレの方に向けて、こいつが婚約者だと言い張る理由を小声で伝えてきた。


「じ、実は私の実家の主筋に当たる伯爵家の当主が父と共謀して、ペンドラゴン子爵に結婚の申し込みをしてしまったのです」


 なるほど、屋敷に大量に届いていた縁談の中にあったのか。


 下級貴族からの分は執事に命じてお断りの手紙を出させておいたが、上級貴族からの分は自分で書かないといけないので保留してある。

 早めに返事を書かないと面倒な事になりそうだ。


 さて、それは後でやるとして、今は偽サトゥーの目的だ。


「どうも、今日はお邪魔虫が消えてくれないみたいだから、愛を深めるのは日を改めるとするよ」


 偽サトゥーの軽口に、支配人が柳眉を逆立てる。

 彼女は小声で「クロ様を侮辱するとはっ」と呟きを漏らした。


 だが、相手が上級貴族だと思っているせいか、偽サトゥーに手を上げるのは我慢しているようだ。


「これは二人の出会いの記念だ」


 偽サトゥーが胸元から布に包まれたネックレスを取り出して支配人に差し出す。

 ネックレスはトップに朱色に輝く珠の付いた高価そうな品だ。


 ネックレスの横にAR表示で詳細情報が表示される――。


「せめて、これだけでも受け取ってほしい」


 偽サトゥーを追い返したい支配人がネックレスを見もせず受け取ろうとする。

 オレは彼女の腕を掴んで制止した。


「……待て」

「クロ様?」


 オレの制止に支配人が口元を綻ばせる。


「君は本当に無粋――」


 偽サトゥーは最後まで発言する前に姿を消した。


 逃げたのではなく、オレの前蹴りを喰らって壁にめり込んでいるのだ。

 もちろん殺していないが、当分目を覚まさないだろう。


 オレは驚く支配人を置き去りにしてヤツが落としたネックレスをストレージに格納する。

 このネックレスは呪われた品、それもペアとなる品を持つ者の命令に無意識に従ってしまう危険なヤツだ。


「ク、クロ様?! 相手は一応・・上級貴族です。クロ様や勇者ナナシ様のお立場が……」

「構わん。偽者だ」


 偽サトゥーの黒髪の間から長い金髪が流れ落ちる。

 オレは偽者に近寄ってコイツの変装を剥ぎ取った。


「――女ですか?」

「そうだ」


 こいつは王都に着いた日に見かけた女怪盗だ。


 初めから偽サトゥーが怪盗だという事は気が付いていたのだが、罪科を負っていなかったので様子見をしていたのだ。


 オレは棘蔦足ソーン・フットの蔦で怪盗を拘束し、水増し下級魔法薬で最低限の治療を施してから尋問を行なった。


「――では、支配人を操って地下金庫の宝珠を奪うつもりだったのか?」

「そうよ」


 こいつも宝珠狙いか――。


 組織だった盗賊が減ったと思ったら今度は個人主義の怪盗が出てきたようだ。

 そろそろ退治するのにも飽きてきたので、打ち止めになってほしい。


「聞きたい事はそれだけ? なら、さっさと官憲に突き出しなさい。それとも、私の体が欲しい?」


 縛られたままの女怪盗が胸元を強調するように挑発する。

 反応したのはオレではなく支配人だ。


「お黙りなさい」


 ピシッと乗馬鞭で支配人が怪盗を打つ。

 赤いスジが怪盗の頬に刻まれる。


「その辺にしておけ」


 オレはストレージから取り出した睡眠の魔法薬を女怪盗の口にねじ込んで無理やり飲ませる。

 女怪盗が抵抗しようと体を捩るが、すぐに意識を失って「昏睡」状態になった。


 恐らく投獄前に逃げ出す算段をしていたのだろうが、これで丸一日は眠ったままになるはずだ。


「望み通り監獄送りにしてやれ――」


 偽者退治が完了するのを待っていたように、「遠話テレフォン」の呼び出し音が鳴った。


 呼び出しはアリサからだ。

 王城で何かあったのだろうか?


 オレは僅かな焦燥感を覚えながら、遠話の受信をONにした。


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