第21話 レベッカside
私の弟は、生まれてばかりの頃から可愛らしさに欠ける赤ん坊だった。
ダンフォースが無愛想で、堅物で、無口なのは、元々生まれ持ったものもあるけれど、それ以上に環境のせいだと私は確信している。あの屑な親のせいで、ダンフォースは幼い頃から感情がほとんど無くなってしまった。やっと、ほんの少しずつだけど、感情が育っていったのは、遠縁のサミュエルに預けてずいぶんと経った頃だった。
ダンフォースは、学校にいってもなかなか馴染めずにいたみたいだけど、サミュエルと陶芸をしている時だけはちょっぴり嬉しそうな顔をしていた。勿論その顔が見れるのはレアだったのだけれど。サミュエルのように、陶芸家になりたい、とダンフォースから聞いたとき、私はどんなに嬉しくて、どれほど涙を流しただろう。子どもらしさを奪われた弟が、夢を持てたことは、奇跡のように思えた。二人はずっと陶芸を通して、対話しているように見えた。
そんな幸せな日々は、急に終わりを告げた。サミュエルが流行病で亡くなってしまった後、ダンフォースはまた元の、感情が抜け落ちたダンフォースに戻ってしまった。
「ダンフォース、少しは休みなさいよ。」
「ダンフォース、これ食べてみて。」
「ダンフォース、外の空気を吸いに行きましょう。」
ダンフォースが心配で頻繁に顔を出しては、お節介を言っても、私の言葉はダンフォースには届いていないようだった。私の弟は、何かから逃げるように、顔を背けるように、陶芸に没頭していた。
◇◇◇
ある時から、ダンフォースの顔色が少しずつ良くなり、私の声も届くようになった。
「あれ、これなあに?」
男の一人暮らしには不釣り合いな可愛らしいパッケージの焼き菓子が、食卓に置かれていた。私が持ち上げたそれを、ダンフォースはパッと取り上げ、一瞬気まずそうな表情を浮かべた。
「ほら!言いなさい!誰からもらったの!」
私の追求に、ダンフォースは渋々、山の麓の宿屋で働く女の子が時折差し入れを持ってきてくれるのだと白状した。私は、ダンフォースに詳細を更に追求しながらも、心の中では喜びと、その女の子への感謝でいっぱいだった。
◇◇◇
「姉さん、相談があるんだけど。」
この人を頼ることを知らない弟から、相談を受けるのは初めてだった。急展開で、ジュディスちゃんと暮らし始めたことにも驚かされたが、そのジュディスちゃんが叔父によって酷い扱いを受けたことを知り、私まで憤りを覚えた。叔父に取られてしまったものを取り返してあげたい、と語るダンフォースは、もう昔の感情を失った弟とは別人だった。
「お姉さんに任せなさい!」
胸を張って、そうは言ったものの、あのジュディスちゃんの叔父はそれはそれは厄介な男だった。ダンフォースにもジュディスちゃんにも言えないけれど。酷い暴言も多く、汚い手ばかり使ってきた。
だけど、懲りずに調査を続けると、ジュディスちゃんの祖父母のレストランだった場所で始めた新事業が上手くいかず詐欺まがいなことをしていたり、他の事業で後ろ暗いことをしていたり、と余罪がぼろぼろ出てきたので、まとめて訴えてやった。今は賠償金を支払うのにひぃひぃ言っているようだ。ジュディスちゃんの遺産と慰謝料は先に確保したから、余計に生活は苦しいだろう。あのレストランだった場所も手放し、今は遠くの町にいるので安心だ。
◇◇◇
「ねぇ、ジュディスちゃんに会わせてよ。」
「いやだ。」
何回も繰り返されたこのやり取り。あの叔父の対応がどれほど大変だったか語って聞かせたくなるが、それでも私は嬉しさが勝ってしまうのだ。あの、無愛想で、堅物で、無口な弟が、姉にすら見せたくないほど守りたい存在が出来たことに。
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