第2話




「はぁ~遅くなっちゃったなぁ・・・。」


 暗くなった道を一人歩いて帰る。宿屋から山に入るまでの道は、人通りが少なく、ぽつんぽつんとある街灯は心許ない。いつもはエドガーとサリーが「暗くなった山道は危ないから!」と明るいうちに帰してくれるのだが、今日はサリーが体調を崩して急に休んだために、宿屋はてんやわんやでジュディスも大忙しだったのだ。




「お嬢ちゃん、一緒に飲みに行かない?」



 足早に歩いていると、中年の男に声を掛けられた。顔を赤らんでおり、酒臭い。酔っぱらいか、とうんざりするが邪険に扱うと危ないことをジュディスはよく分かっていた。




「すみません、急いで帰らないといけないんです。」


 努めて優しい口調で、笑顔で伝える。



「ふうん?お嬢ちゃん、恋人でもいるの?それとも旦那?」


 ぱっとダンフォースの顔を思い出す。こんな知らない酔っぱらいには嘘でも、恋人がいると言えばいいのに、ジュディスは一瞬詰まってしまった。




「その様子じゃ、いないんだろう。ほら、おじさんと楽しんでこよう」


 ニヤニヤと中年男はジュディスの肩を抱き、空いた手はジュディスの手を握る。ジュディスは今すぐ離れたかったが、上手く体に力が入らない。酒臭い赤ら顔が、ジュディスの顔の至近距離にありゾッとする。



「や、やめ・・・」


「ひひひ、こんなに震えちゃって可愛いねぇ。体も冷えきっちゃってるね。おじさんと暖かい部屋へ行こう。」


 下卑た笑い声に鳥肌を立てながら、どうにか逃げようとするが捕らえられてしまう。ジュディスが怯えきってしまい、抵抗を諦めそうになった、その時。








「ジュディス!」


 ジュディスの一番だいすきな声が聞こえた。

 中年男が驚き、手の力を抜いた時、反対から強い力でジュディスは引っ張られ、気付いたらダンフォースの胸の中にいた。


「な、なんだよ、お前・・・。」


「おい!お前ちょっとこっちに来い!」


 乱暴な言葉を投げつけたのは、ダンフォース・・・ではなく、その後ろから来た町の自警団だった。この道が治安が良くないため、パトロール中だった自警団に声を掛け、一緒に来てくれたらしい。



「お前、最近ここらで女性に付きまといをしている男だな!」


 自警団によると、この中年男はジュディスだけでなく他の女性へもしょっちゅう嫌がらせをしており、被害届がいくつも出されているという。中年男は「俺じゃない!」と喚いていたが、呆気なく連れていかれた。






「ダ、ダンフォース?」


 自警団との話で、ジュディスは翌日被害届を出しに行くことになった。それは良いのだが・・・自警団が説明している間ずっと、ダンフォースはジュディスを胸の中に閉じ込めていることの方がジュディスは気になって仕方なかった。



「・・・足。」


「へ?」


 ジュディスは自分の足を見ると、目で見ても分かるほどガタガタと震えていた。上手く力が入っていないことに今更気付いた。




「・・・もう少し、このままでもいい?」


 小さく頷くダンフォースを確認して、ダンフォースの胸に顔を埋めた。向かい合って抱きつくのはハードルが高く、いつもは背中から一方的に抱きついていた。ようやく向かい合って抱きつけるのが、あの酔っぱらいのお陰というのが何とも腹立たしい。



(ダンフォース、汗びっしょり)


 ダンフォースのシャツがじっとりしているのに気付く。ジュディスを心配して走ってくれたのだろう、ダンフォースの体はまだ熱いままだ。ダンフォースの体温を感じ、ジュディスは冷え切った全身に少しずつ熱が戻ってくるのを感じた。

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