全力告白女子は、今日も変わらず愛を叫ぶ

たまこ

第1話

「ダンフォース~!!おっはよ~~!!」



 朝のコーヒーを淹れようとヤカンのお湯が沸くのを待っているダンフォースの背中に、ぎゅうぎゅうっとしがみつき、クンクンとダンフォースの匂いを堪能する。これが一緒に住み始めてから、毎朝の恒例となっていた。






「・・・ジュディス、危ない。」


「はぁい、ごめんなさい。」




 ダンフォースは、ジュディスの抱きつき方が危ない時の注意はするけれど、『恋人でも夫婦でもない』間柄なのに抱きついてくることを注意することはない。なのでジュディスも遠慮なく、心置き無くしょっちゅう抱きついているのだ。



 ジュディスが手際よく朝食を準備している間、ダンフォースがコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいるのもいつもの光景だ。



(ダンフォースとお喋りしたい~だけど集中してるときは、邪魔しちゃダメ!それに・・・集中してるダンフォースもかっこいい~!!すき!)


 と、気持ちを堪えながらもついつい見とれてしまう。じっとダンフォースの顔を眺めながら、手だけは素早く動かしていきパンや野菜スープ、サラダとハムを出す。



「ダンフォース、食べよ!」


「ん」


「いただきます!」「・・・す」


 待ってました、とばかりにジュディスはたくさん話しかける。今日の予定、夕食のこと、最近見かける野良猫のこと、ダンフォースは時折頷くだけで、返事や言葉はない。それでもジュディスは幸せだ。



「ふふふ」


 急に笑いだしたジュディスを、ダンフォースは怪訝そうに眺めた。


「ダンフォース、今日もかっこいいなぁって思って!」


「・・・はぁ」


 呆れたように溜め息をつくダンフォースすらも愛しくて、にこにこ見つめる。


 ダンフォースは、あんまり話さないけれど。


 一緒に住んでいても甘い空気にはならないけれど。


 ジュディスを褒めたりはしないけれど。




 だけど、ジュディスのご飯を全部食べてくれて。


 ジュディスの話を最後まで聞いてくれて。


 ジュディスの居場所を作ってくれて。


 それだけで、ジュディスの胸はいっぱいになるのだ。




「ふふふ、だいすき!」


 やっぱり返事はないけれど、困ったように小さく頷いてくれるだけでジュディスは大満足なのだった。


◇◇◇


「ダンフォース!行ってきま~す!」


 工房に入り、既に陶芸の作業に取り掛かろうとしているダンフォースへ声を掛ける。ダンフォースはこちらをちらりと見て、小さく頷く。


(うぅ~・・・かっこいい!)


 抱きつきに走りたく気持ちを必死に抑え、大きく手を振って出発する。窓からこっそり覗くと、真剣な眼差しで準備作業をしているダンフォースが見える。作業着に着替え、陶芸を作っているダンフォースが一番かっこよくて、キラキラしていて大好きなのだ。この作業時間がダンフォースにとって大事な時間であることを分かっているので、絶対に邪魔しないと決めている。



(すき!だいすき!)


 窓からの覗き行為を堪能して、名残惜しいが仕事へ向かう。ダンフォースの家は、山の奥深くにあるので早く出発しないと間に合わない。ダンフォースと一緒に住み始めて三ヶ月、脚力がついてきたような気がする。



(もう三ヶ月か~。一緒に暮らせて幸せだなぁ)


 『恋人でも夫婦でもない』間柄の二人が、一緒に暮らしているのにはある理由があった。









 一年前、ジュディスをずっと育ててくれた祖父母も流行り病で亡くなった。両親も既に幼い頃に亡くなっている。更に悲しいことに、祖父母の家を叔父に取られてしまい、路頭に迷っていたところを祖父母の友人夫婦、エドガーとサリーが助けてくれた。二人が経営している、山の麓にある宿屋に住み込みで雇ってくれたのだ。ジュディスは祖父母のレストランで働いていて接客が得意だったため、宿屋の仕事もすぐ覚えた。



 宿屋の一角にはお土産屋があり、そこでダンフォースが作った陶器も売っていた。ダンフォースの陶器は人気商品だったが、ダンフォースの工房は山奥で歩いて三十分かかり、しかもダンフォースが無口で偏屈なことも重なり、皆は口を揃えて「あの工房には行きたくない!」と嫌がった。そこで、下っ端のジュディスが進んでダンフォースの工房に行くようになったのだ。



 最初、ダンフォースは全く話さず、挨拶すらしなかった。ジュディスが元気よく「ごめんくださ~い!」と入ってくると、チラリと見て、無言で椅子を指差し、座って待つように促した。その後、注文していた陶器を受け取って、ジュディスの「すてき!」とか「また五日後に来ますね!」の言葉にも無反応だった。



 だが、愛想が良く元気なジュディスのおかげで、ダンフォースも徐々に慣れてきたのか、ジュディスが「今日は差し入れ持ってきましたよ!一緒に食べましょう!」と言えば、ダンフォースはお茶を淹れてくれるようになった。差し入れのおやつを食べている間、ジュディスが宿屋のこと、ここに来る途中に見た兎のこと、新しくできたお菓子屋さんのこと、好きなようにぺらぺら話し、それをダンフォースが時折小さく頷いて聞く。家族を亡くし、一人ぼっちになったジュディスには、気を遣わず過ごせるダンフォースの隣が居心地が良かった。



 そして三ヶ月前、宿屋を一部改装することになり、ジュディスはその間住む場所が無くなってしまった。エドガーとサリーは一緒に住もう、と言ってくれたが、ジュディスは申し訳なく思い、アパート探しをした。しかし、アパート探しは難航した。焦るジュディスがダンフォースに相談すると「・・・ここに住めばいい。」と言ってくれ、そうして『恋人でも夫婦でもない』二人の、二人暮らしが始まった。



 ・・・ちなみにこの時、感極まったジュディスが「ダンフォース!だいすき!」と抱きついたことから、ジュディスの告白癖・抱きつき癖も始まったのだ。



◇◇◇



「ふふふ、あの時のダンフォース、ビックリしてたなぁ」


 仕事帰り、山道を登りながら、ジュディスは最初にダンフォースに抱きついたことを思い出していた。あの時、初めて見せた戸惑いの表情がジュディスはお気に入りとなった。いつもは表情の変わらないダンフォースの色々な表情が見たくなって、つい抱きついたり、「だいすき!」と叫んでしまう。・・・ダンフォースはすぐに慣れてしまったようだが。


「・・・ダンフォースは、私のこと、どう思っているんだろう」


 ジュディスが伝える「だいすき!」の意味は勿論異性として好きだという意味だ。ダンフォースと恋人になりたいし、夫婦になりたいと思っている。


「嫌われてはいない、よね?」


 一緒に住むことを提案してくれて、一緒にご飯を食べて、一緒に過ごして・・・嫌われているとは考えにくい。だけど、ジュディスが困っていたから助けただけ、だとしたら・・・?こんなに近い距離にいるのに、ジュディスはどうしてもダンフォースの気持ちを尋ねられないでいた。



「あー、もう、私の意気地無し!」


 唯一の家族だった祖父母を亡くし、今のジュディスにはダンフォースの隣が一番大切な居場所だ。余計なことを聞いて、一緒にいられなくなるのが、どうしても怖かった。だいすきだと、一方的に伝えるのがジュディスの限界だった。




「・・・ジュディス」


「ひゃぁ!・・・ダンフォース?迎えに来てくれたの?」


 小さく頷くダンフォースを見ると、先程まで沈んでいた心が一瞬で嬉しい気持ちで満たされていった。辺りを見ると少し薄暗くなっている。


「暗くなるの早くなってきたもんね。迎えに来てくれてありがとう!」


 ジュディスがにっこり笑うと、ダンフォースはまた小さく頷く。よく見ると、肌寒くなっているにも関わらずダンフォースはうっすら汗をかいている。おそらく仕事に集中していて、ふと暗くなっているのに気付き、慌てて走ってきてくれたのだろう。


「ダンフォース、だいすき!」


 二人の関係はよく分からないけれど、甘い言葉はくれないけれど、ジュディスの心はいつもダンフォースでいっぱいなのだ。





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