人生書店
夏木
人生書店
「いらっしゃい」
静寂の中で、一人の男性が言う。その目の先には、客として訪れた半液体の体で地を這う何か。
「ご用件は?」
男の問いに、声にもならない音を出す。言葉になっていないが、男は何度も頷いて返す。
「わかりました。ここなら貴方の本が見つかります。ご安心ください」
男は周りを見渡す。
天井まで埋め尽くすほどの本に囲まれた空間。ここは客の求める本を提供する本屋。
そして、この男は店員である。
本棚に並ぶ背表紙に指を沿わせる。そのまま右へと動かしていき、とある本で手を止めた。
「こちらが貴方の本です」
取り出したのは薄い本だった。だが、丈夫な表紙に鮮やかな金の装飾がついている。そんな本のタイトルは、人の名前。
それを客へ差し出す。すると客は体から手の形をしたものを作り出して受け取る。途端に、客は姿が変わっていく。
はらりと長い黒髪が揺れる姿は女子高生そのもの。
二足で立ち、肌の色を取り戻した手で持った本をペラペラとめくるうちに、涙が流れ始める。
それもそのはず。本に記されていたのはこの客の人生。生誕から死までを綴ってある。これを読めばその人の全てが分かるほどに。
「十七年という短い期間、皆が貴方を愛していた。だからこそ、この本はこんなにも美しく、華やかなのです」
人生の厚みがあるほど、本の厚みも増す。客の女子高生の人生は短かったが、愛を受けたことで美しい本になった。
「ありがと、ございましたっ」
ぐしゃぐしゃな顔で、感謝と共に客は光となって天へ上る様子をを男は静かに見送る。
客がいた場所へ落ちた本を手に取り、男が目を通すがつまらなそうにすぐ閉じた。
「もっと私を楽しませてくれる物語はないものか」
男は飽きていた。
これだけの本に囲まれているにも関わらず。
ここにある全ての本は、男の欲を満たせない。
だから男は新しい物語を求め、本に囲まれた世界で新たな客を待ち続けている。
おわり
人生書店 夏木 @0_AR
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます