第10話 少女は封印を解く
朝が来て、宿泊した宿から出る。
目映い光が照りつける。
コデスは担いだずたおで日の光を遮りつつ、フィリアに尋ねた。
【貴様、昨日部屋でやたらとドタバタしてたが何してた?】
「え!? な、なんでもないです!」
実はあの夜、ずたおとあれこれ言い争ってドタバタしていたのだが、コデスには伏せて置く。
【逆に貴様は静かだな、ずたお。】
『…………。』
【……ひょっとして死んだか?】
『元々死んどるわ。』
【なんだ……。】
『残念そうな声出すなや。』
うるさいずたおが静かなのには理由がある。
昨日の晩にあれこれフィリアを弄ったところ、
同じく昨日の出来事を聞かれたくないフィリアは、「はい!」と無理矢理話を打ち切るために手を叩いた。
「今日は急ぎです! お喋りは後にしてちゃっちゃか行きましょう!」
【急ぎ? 何か時間の制限があるのか?】
「あるんです! 急ぎますよ!」
コデスの意識の向き先が変わった事に一安心して、フィリアは足早に歩き出す。
そもそも、フィリアは夜だと都合が悪いという事で一晩宿を取っていた。
時間の制限があるという事は、朝など限られた時間しか入れない場所があるのだろうか。そんな事を考えながらコデスも後に続く。
街から出て街道を進んでいく。
フィリアは途中で道を外れるが、道なき道を歩いてきた今までの旅路もあるのでコデスは特に気にしない。道はないが迷いなくずんずんと進むフィリアには、きちんと目的地があるのだろう。
やがて、木々が立ち並ぶ森に入る。森と言っても以前に入った"死の森"とは違い、きちんと人が通るのに丁度いい道があり、外観からしても大した大きさにも見えない。
途中、森の中を通る道から脇の茂みにフィリアが飛び込む。慣れた光景なのでコデスは疑問も持たずに後に続く。
『いたたたた! 凄いとこ入って行くんやな!』
一人、コデスに担がれたずたおが声を上げた。
丁度コデスに担がれた位置が、木の枝に当たる位置らしい。押し退けられて跳ね返る枝にバシバシと打たれているようだ。
やがて、茂みの向こうに木々に囲まれた開けた空間が見えてくる。
まだ森の中のようだが、不思議な形の石が立ち並んでいた。
以前のように慰霊碑や墓なのだろうか、とコデスも軽く見渡すが、どうやらそういうものではないらしい。
何かを象った石像、明らかに人に加工された穴の空いた石、不思議な絵や文字が描かれた石版等、何かしらの文明を感じさせるものばかりだった。
【此処が目的地か?】
「もう少しです。」
【もう少し?】
「ちょっとコデスさん手伝って貰ってもいいですか?」
フィリアは穴の空いた石に歩み寄り、とんと手を添える。
「えと……これを……こっちに運んで貰えますか?」
フィリアはそう言うと、すたすたと離れた場所に移動する。
どういう事なのか分からなかったが、コデスはぽいっとずたおを放り投げて、言われた通りに石に手を掛ける。
【よっと。】
「重くないですか? 大丈夫そうです?」
【重いっちゃ重いが……危ないから退いてろ。】
フィリアの居る方まで石を運び、フィリアが退いた後にそこにどさっと石を置く。
「ちょっと向きがズレてます。穴をこっち向きにして下さい。」
【向きとかあるのか。こうか?】
コデスは石をズズズと回して、穴の方向を変えてみる。
「次は……あっちの石を……こっちに運んで下さい。」
フィリアは探り探りに他の石を指差し、すたすたと違う場所に移動する。
コデスは言われた通りに石を持ち上げ、再び指定を受けた場所に置く。
【向きは?】
「穴をこっちに向けて下さい。」
フィリアは立ち位置を変えて向きを指定する。
そんな作業を数巡繰り返していく事になる。
七個目の石を運びながら、コデスは尋ねる。
【これは一体何なんだ?】
「封印です。」
【封印? 何の?】
「開けてみてからのお楽しみです。」
【いや、手伝うのは何の封印なのかによるだろ。】
「言ったら手伝ってくれないじゃないですか。」
【我が手伝いたくなるようなものなの……?】
フィリアが言うと冗談には聞こえない。
コデスは少し手伝うのが嫌になってきたが、一応七個目の石はフィリアに言われた場所に置く。
【もう手伝わないぞ。せめて何の封印なのか言え。】
「もう手伝わなくていいですよ。封印は解けましたので。」
【え。】
「そこ危ないから退いて下さい。」
【え!?】
コデスが慌ててその場から離れる。
すると、コデスが今置いた石の穴から光が伸びた。
石の穴から伸びた光は、他の石の穴に入り、別の穴から伸びていく。
すると一瞬で光の線は石から石へと渡っていき、不思議な絵と模様が描かれた石の中央……目玉を思わせる絵の真ん中に当たった。
次の瞬間、ガラガラと不思議な絵と模様が描かれた石が崩れ落ちる。
封印が解けた。フィリアの言葉を聞いていたコデスは、ばっと身構える。
石から何かが現れる……事には現れたのだが、コデスが警戒したような"何か"が飛び出すような事はなく、現れたのは石の下に隠されていた板のようなものだった。
板には窪みが二つある。フィリアは現れた板に駆け寄りしゃがみ込むと、窪みに両手を掛けて引っ張る。
「う~~~~ん!」
そして、身体を精一杯仰け反らせて引っ張る。
しばらく引っ張ったものの動きは見られない。
コデスと、放り投げられたまま転がっているずたおがその様子を眺めていると……。
「ぴゃっ!」
すっぽ抜けるように板が外れて、それと同時に勢いよくすっぽ抜けた反動でフィリアが後ろにすっ転んで尻餅をついた。
『グアァッ!』
ついでにすっ飛んでいったそこそこ重そうな板が転がっているずたおに直撃した。
【……ぷっ。】
間の抜けた悲鳴と見事に転び方に吹き出す様にコデスが笑う。
尻餅をついたままフィリアは動かない。
正確には、ぷるぷると震えているがコデスの方を振り返ろうとしない。
【……ん? どうした? 何処か痛めたか? ……いや、貴様は怪我などしないのだろう?】
暫くくすくすと笑っていたコデスだが、動かないフィリアを不審に思い歩み寄る。
顔を覗き込もうとしたコデスを躱して、ささっと立ち上がると唇を尖らせながらフィリアがぷいっとそっぽを向いた。
「……なんでもないです。」
【……それならいいが。なんだこの穴?】
フィリアの傍に近寄ったコデスは、先程の板の下に穴が空いていることに気付いた。
目を凝らせば穴の下には階段が伸びている。
先程の板は、どうやら地下へと続く入口を塞ぐ蓋だったようだ。
フィリアはそそくさと穴の下の階段へと歩いて行く。
それを見たコデスは、【おい。】と呼び止めるもののお構いなしにフィリアは階段を降りていってしまう。
向こうで悶絶しているずたおを放って置くわけにもいかず、コデスは小走りでずたおを拾いに行き、ぷるぷるとしているずたおを担いで階段へと向かった。
地下に続く階段の周囲にはほんのりと光る石がはめ込まれていた。
決して明るいとは言えないが、足元を照らすくらいの灯りにはなる。
薄暗い階段は思ったよりも長く続いており、コデスは小走りで駆け下りていくが先に潜ったフィリアの姿は見えない。
【あいつ何処まで行ったんだ……?】
コデスは夜に生きるアンデッド故にそれなりに夜目が利く。灯りに乏しいところでも、それなりに見えるのだがフィリアは未だに見えてこない。
しばらく階段を降りていき、少し開けた地面が見えてきたその時。
「わっ!!!」
【どわっ!?】
開けた空間の横側から突如として何かが飛び出してきて大声を出す。
流石に突然の事で驚いたコデス。本来なら軽く驚く程度で動じる事などないのだが、今回は場所が悪かった。
僅かな驚きだったものの、その僅かな動揺で小走りしていた足が僅かにずれる。
そして、階段を踏み外し……。
【あばばばばっ!】
カラカラカン!と骨のぶつかり合う音を立てながら階段から転げ落ちた。
『へぶっ!?』
ついでに、担がれていたずたおも地面に叩き付けられた。
【…………。】
派手にすっ転び、うつ伏せに倒れるコデスの前に、しゃがみ込んできたのはフィリア。
今ならコデスは思い出せる。さっき横から飛び出してきたのはフィリアである。
コデスが顔を上げれば、フィリアはにやにやと笑っていた。
「……ぷぷっ。」
【……仕返しのつもりか?】
「ごめんなさい。死の王さまがあんなにびっくりするとは思わなくて。」
【……さっき笑ったから拗ねてたのか。】
はぁ、と溜め息をついてコデスはむくりと立ち上がる。
ローブをパンパンと叩くと、一緒に立ち上がったフィリアをじろりと睨んだ。
【貴様もガキ臭い事するんだな。】
「そのガキ臭い悪戯に引っ掛かった人がいるそうです。」
【くっ……!】
どうやらさっき転んだところを笑われたのが悔しかったらしい。
ぷるぷる震えていたのは恥ずかしかったからなのか、悔しかったからなのか。
何にせよやり返した事で機嫌は幾分か直ったらしい。
コデスははぁと溜め息をついて、やれやれと首を横に振ってから周囲を見回す。
【そろそろ教えろ。此処は一体……。】
『何さらすんじゃボケェ!』
フィリアに質問しかけたコデスの背中を強烈な衝撃が襲う。
フィリアが恥ずかしい思いをした際に、割と洒落にならない重さの鉄扉が直撃し、コデスが報復された際に投げ飛ばすような形でコデス以上の勢いで地面に叩き付けられたずたおの報復。勢いをつけたドロップキックである。
【おうッ!?】
「ぴゃっ!」
コデスが前のめりに倒れる。倒れた先にいるのはフィリア。
二人で悲鳴を上げて、コデスはフィリアを巻き込むように前に倒れた。
倒れる寸前に咄嗟に両腕を地面につく。
一方、フィリアは後ろ向きに倒れたので受け身は取れない。
コデスはなんとかフィリアにのし掛かる事は避けて、両腕をついた状態でフィリアの前に留まった。
『さっきから地面に放り投げるわ、鉄塊叩き付けるわ、地面に叩き付けるわ……流石のうちでもキレるでほんま!!! 手ぇ出るぞ!!!』
【……もうキレてるし手を出してるだろうが。】
『今のは足じゃ!』
【……殺されたいか?】
『もう死んどるわ! 生きててもさっきまでの下りで何度か殺されとるわ!』
地面に手をついたままわなわなと震えるコデス。
流石に背後からドロップキックを食らったら彼でも怒る。
立ち上がってずたおを締め上げようとコデスが決意したその時。
「あ、あの……。」
フィリアが震えるような声を出した。
コデスが見れば、目の前で横たわるフィリアがしどろもどろしている。
「く、暗闇でいきなり押し倒すのはちょっと……行きすぎじゃ……ないですか?」
【え?】
珍しく茶化すような態度じゃなく、困惑している様子のフィリア。
その生々しいリアクションを見て、コデスはハッとして立ち上がる。
【ち、違っ……! 今のは事故! ずたおが悪くて……!】
『イチャイチャと見せつけてくれよるなぁ……。うちだけ仲間外れか!』
【貴様のせいだろうがァ!】
『へぶッ!?』
でんと構えているコデスには珍しく機敏に動いて右ストレートでずたおをぶっ飛ばす。ずたおは何回か地面を跳ねて転がっていった。コデスはアンデッドながら、高位の存在故にそれなりにパワーも強いのである。
余計な事を言うずたおを報復ついでにぶっ飛ばした上で、コデスはすぐさま横たわったフィリアの方に戻って手を差し伸べる。
【すまん! 悪気はなかった!】
珍しく素直に謝るコデス。
変な誤解をされたくないと必死なのである。
その必死さを見たフィリアは、くすくすと面白そうに笑った。
「……冗談ですよ。」
フィリアはコデスの手を取って起き上がる。
その言葉を聞いたコデスは、ふぅと安心したように息を吐く。
【そういう冗談はやめろ。】
「コデスさんは意外と紳士なんですね。」
【茶化すな。】
立ち上がったフィリアは、先程とは一転にこにことしていた。
(やっぱりこいつは疲れるな。)
改めてコデスは厄介な相手に付いてきてしまったと思うのであった。
【ところで、此処は一体なんなんだ?】
「此処は神様の封印された場所です。」
【……神様?】
ようやく気を取り直して、質問したコデスにフィリアは答える。
「かつて、世界に多くの死をもたらした
【……マジで?】
神。
予想外の答えを聞いた死の王コデスは固まった。
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