第9話 少女は夜も眠らない




 "不変かわらずの呪い"をかけられた死霊術師ネクロマンサーの少女、フィリア。

 フォガト墓所に住んでいた最上位アンデッド、死の王ことコデス。

 人身売買組織の犠牲者、ずた袋を被ったゾンビ少女、ずたお。


 "不変かわらずの呪い"で飲まず食わず眠らずで生命活動を維持できるフィリアと、休息を必要としないアンデッド達。

 フィリアの思うがままに死の香りを辿る"死地巡り"なる旅は、休息を必要としない旅路であった。


 しかし、珍しくフィリアが提案する。


「今日のところは宿を取ってお休みしましょう。」


 意外に思ったコデスが問う。


【貴様は疲れないんじゃなかったのか?】


 そんな質問にフィリアは答える。


「疲れた訳ではないんです。ただ、次の目的地が夜だと都合が悪いので。夜が明けるまで時間を潰したいだけなんですけど、どうせなら野宿とかではなく快適な場所が良いかなと思いまして。」

【ほう。夜だと都合が悪いとかあるのか。】


 今まで、夜だからと旅を中断した事はなかった。

 薄暗い"死の森"も抜けてきて、夜明けを待つ事などもなかった。てっきりフィリアは夜でも暗闇でもお構いなしなのだとコデスは思っていた。


「色々と理由はあるんですけど。夜行性のモンスターが徘徊してたり、夜じゃ動かせない仕掛けがあったり……まぁ、受け売りなんですけどね。」

【受け売り? 誰かから聞いたのか?】

「浮遊霊さんとか、地縛霊さんとか。」

【……貴様はそういうのと会話して目的地を決めていたのか。】


 コデスには見えないのだが、フィリアには幽霊ゴーストの類いが見えているのだという。実際に身をもってそれを体験したのでコデスもそれは信じているのだが、今まで気ままに歩いていたように見えたフィリアは幽霊に導かれていたのだという。

 言ってみれば地元民のようなもので、確かにその情報であれば確度が高いのかも知れないとコデスは納得した。


【モンスター程度なら我が皆殺しにしてやるが。】

「野犬に齧られたり、虫にたかられても平気ですか?】

【……分かった。夜明けを待とう。】


 コデスは非常に強力なアンデッドである。

 並のモンスター程度では相手にならない。

 しかし、骨であり死体であるという事もあり、野犬や虫に対しては生理的な(死体だけど)嫌悪感があるのだ。

 特に、わらわらと無数に集まってくる虫については正直苦手なのである。

 素直にフィリアの提案を受け入れて、コデスは夜明けを待つことを承認した。


「近くに街があるのでそこで宿を取りましょう。」

【人里に宿泊するなど初めてだな。】

『うちもうちも。』


 生まれてこの方墓所に引きこもりだったコデス、死体として積まれていたずたお、双方とも人との交流がそもそもない。


「街では人に手出ししたら駄目ですよ?」

【分かっている。無駄なトラブルは御免だ。】

『そもそもうちは出せる手がないんやけども。』


 そんな約束を交わして、一行は近くの街に向かう。

 あまり大きな街ではないがそれなりに人は多い。

 旅人も多く立ち寄るようで、きちんとそれなりの大きさの宿を構えている。


 宿の受付まで行き部屋を取ろうとした時、コデスが懐に手を入れた。

 それを見たフィリアは慌ててコデスの腕を掴む。


「お金は私が出しますから。」

【貴様、金など持っているのか? 別に我が出しても構わないのだが。】

「宿代くらい持ってます。コデスさんの持ってるお宝じゃ高すぎるでしょう。」

【別に我は気にしないが?】

「羽振りがいいのを下手に見せたら無用なトラブルに巻き込まれますよ。」

【そうなのか?】

「そうなんです。」


 コデスはかなりの財宝を懐に蓄えている事もあり、更には今まで墓所から出たことがないので人間社会の金銭感覚には疎いのである。

 あくまで盗掘者を処分していたのも自身の住居に踏み入ったからであり、宝物ほうもつに対して強い執着がある訳でもない。勿論、与えるつもりがないものを奪われる事については怒りを覚えるのだが、自身が与えるつもりであれば大して気にもせずに振る舞ってしまう。


 しかしながら、大金を持っている事が知れると、それを狙った人間に絡まれる事もある。そうでなくとも当然目を付けられるようになり、色々と面倒な事になる。特に、フィリアが次に目指そうとしているのは立ち入り禁止地区である。目立つ事は極力避けたかった。

 コデスはフィリアに言われて、そういうものなのかと納得して懐から手を離す。

 ほっと一息ついて、フィリアは自身のポケットから二人分の宿代ぴったりのお金を差し出した。

 受付から「毎度。」と一言、二つの鍵を渡される。フィリアはそれを受け取り、一つの鍵をコデスに渡した。


「じゃ、行きましょう。」


 コデスは渡されるがままに鍵を受け取り、さっさと2階の階段へと向かうフィリアの後に付いていく。人間社会を知らないコデスは、宿の勝手も分からないので素直にフィリアに従った。

 2階にはいくつかの部屋が並んでいる。フィリアがその内のひとつの鍵穴に受付で受け取った鍵を差し込むと、がちゃりと扉は開いた。

 フィリアが部屋へと入っていく。コデスはその後に続いて部屋に入った。


「ちょ、ちょっとコデスさん。何入ってきてるんですか。」

【ん? 此処が宿泊する部屋なのではないのか?】

『いや、女の子と同部屋な訳ないやろ。おっさん常識ないんか。』


 コデスに担がれたずたおが言えば、コデスは【はて。】と不思議そうに尋ねる。


【別に部屋にいるだけなんだろう? 同部屋で何の問題がある?】 


 フィリアもコデスも、ついでにずたおも眠る事はない。

 そもそもコデスはアンデッド。をそもそも持ち合わせて居ない。

 それでなくともコデスはフィリアとの恋仲に関しては熱心に否定する。間違いなど起きるはずもないのだが……。

 フィリアはむっと膨れてコデスを押した。


「駄目です! 部屋はもう一つ取ったんだから出てって下さい!」

【もう一つ?】

「鍵に部屋の番号が書いてあるでしょ!」

【……ああ。これか。】


 コデスは先程渡された鍵を見て、部屋番号に気付いた。

 すると、フィリアに押されるがままに、コデスは素直に部屋から出た。


【日が昇ったら部屋に行けばいいか?】

「…………まぁ、はい。」

【なんでまだ膨れてるんだ?】

「…………別に何でもないですケド。」

【じゃあな。】


 コデスはとっとともう一つ隣の部屋に向かった。

 フィリアは廊下に顔を出し、その後ろ姿を見つめている。

 鍵を開いて隣の部屋に入っていったコデスを見送り、フィリアはばたんと自室の扉を閉じた。


「……もうちょっと粘っても良くないですか?」


 あっさりと引かれると少し納得いかないフィリア。

 はぁ、とつまらなさそうに溜め息をついて、懐から紫色の押し花の栞を取り出す。そして、栞を持ったままベッドにぴょんと飛び乗って、ぼふっと身体を横にする。

 キキョウという花を押し花にした栞を上に持ち上げ、じっと見つめながら、フィリアはふにゃりと緩んだ笑顔を浮かべた。


 バタンと扉が開く。


【こいつうるさいからそっち置いてくれ。】

「ひゃあっ!?」


 突然部屋に入ってきたコデス。フィリアはベッドの上で飛び跳ねて、ドタバタしてから慌てて懐に栞をしまった。


「ノ、ノックくらいしてくださいっ! 女の子の部屋にいきなり入るとかデリカシーとかないんですかっ!」

【…………?】


 ずたおを担いできたコデスは、何を言っているんだという様子で首を傾げている。

 どうやらこのアンデッドにはデリカシーという概念がないらしい。

 ぷんすかと怒ったフィリアだったが、あまりにも悪気のなさそうな反応に毒気を抜かれて「はあああああっ。」と深い深い溜め息をついた。


『あと少しでおっさんに部屋に連れ込まれるところやったわ! うちの貞操が危ないところやった! これでも女の子やぞ! フィリアちゃんの部屋に置いて!』

【こんな感じでうるさいからそっち置いていいか?】

「…………いいですよ。」


 フィリアはむすっとしたまま答えた。


(こいつも流石にこのうるさいの置きたくないのか。)


 コデスは若干申し訳なさそうにフィリアの部屋にずたおを置いた。


【じゃあ、我は自分の部屋に戻るぞ。あと、鍵は閉めておけよ。不用心すぎるぞ。】

「言われなくても分かってます!」

【閉めてないから言ったんだろ。】

「くぅ……!」


 ぐうの音も出ない正論を叩き付けてから、コデスはフィリアの部屋を後にした。

 フィリアはぱたぱたと足早に入口に向かうと、すぐさまガチャリと施錠する。

 そして、どすどすと足音を立てて強く床を踏みしめながら、再びベッドの方へと戻った。


『フィリアちゃんニヤニヤと栞眺めとったなぁ。』

「!?」


 部屋に置かれたずたおが言えば、フィリアはビクッと肩を弾ませ立ち止まる。

 ずた袋を被ったずたおの顔は見えなかったが、ニヤニヤとした笑みが透けて見えるような声色だった。


『かわいいなぁ。そんなに嬉しかったんやなぁ。』

「……!」


 コデスは気付いていなかったようだが、ずたおはフィリアがベッドでにやつきながら栞を眺めていたのに気付いたらしい。

 見せたくなかったところを見られたフィリアは、顔が熱くなるのを感じた。

 それは勿論気のせいで、"不変かわらずの呪い"に掛かり、血流も不変のフィリアの顔が紅潮する事はない。

 ベッドにぴょんとうつ伏せに飛び乗り、枕に顔を埋めたフィリアはばたばたと足を動かし……。


「ううううううう……!」


 くぐもった唸り声を上げた。

 そんな様子を見たずたおが『うくく!』と噛み殺す様な笑い声をあげる。


『そんな照れんでもええやん。可愛らしくて好きやでうちは。』

「うううううう……!」

『なはは! 可愛いなぁ!』


 ずたおはむくりと起き上がる。

 そして、ぴょんぴょんと飛び跳ね、部屋に置かれた椅子に腰掛けた。


『まぁまぁ、内緒にしたるから。女子同士なんやしもうちょい気軽にそういう話しようや。』

「……内緒にしてくれるんです?」

『したるしたる。だからむくれるのやめぇ。』

「……はい。」


 フィリアはむすっとしたままベッドから身を起こした。


『で、実際のところ、フィリアちゃんはおっさんの事好いとんの?』

「勿論ですよ。一目惚れです。私は死んでいる人が大好きなので。」


 ずたおの質問に得意気に答えるフィリア。

 その答えを聞いたずたおはこくこくと頷いた。


『ほーん。嘘ではないけど本音ではないって感じやね。』

「……ほえ?」


 フィリアは間の抜けた声をあげた。

 ずたおが何を言っているのか理解出来ない、と言った様子でぽかんとしてしまう。

 そんなフィリアを前にしてずたおは続ける。

 

『フィリアちゃんが一目惚れしたってのは本当。死人が好きなのも本当。やけども、他にも隠してる理由がある。やろ?』

「…………そんなの。」

『その上で、のも理由があるんやろ。』


 そこまで言われて、ようやくフィリアの表情は変わる。

 何も理解できないという顔から、強ばったような緊張した顔に。

 

「……ずたおさんには何が見えてるんですか?」

『なーんも見えてへんよ。袋被ってるしな。』


 ずたおはずた袋を被っている。ずた袋には手足を出す穴もなければ、視界を通す穴もない。血が漏れないようにと重ねて被せた袋は、光を透けさせる事もない。言葉通りに本当に何も見えない筈なのだ。

 あまりにも自然に話していたので、フィリアは今まで気付かなかった。確かにずたおは周囲を見ることができない筈なのである。


「あ、あれ? で、でもさっきにやけてるって……あれ?」

『なんやほんまににやけとったんか。』

「え!? え!? カマかけたんですか!?」

『ああ、冗談冗談。カマかけちゃうよ。別に見えんでも空気で分かるやろ。』

「…………ずたおさんって何かの達人さんだったりします?」

『んな訳あるかい。極々一般的な普通の美少女や。』


 どこまで本気で言っているのか分からない、ずたおの言葉にフィリアはどう反応していいのか分からなかった。

 知性を持ち合わせた、言葉を喋るアンデッドは珍しい。多くが意思なくただ死んだ身体を動かすだけの文字通り生ける屍であったり、よくてひとつの感情に縛られた怨念のままに動くものであったりする。

 見た目はあれだが、ずたおというこのアンデッドも非常に珍しいのだ。故にフィリアは彼女を誘い出したのだが……。


「……ずたおさんって実は意地悪です?」

『酷い言い草やわぁ。うちほど優しい美少女はおらんよ? なーんて、冗談はその辺にして。』


 ずた袋が身体を傾けて、クククと楽しげに笑う。


『まぁ、コデスもおらんしもうちょい腹割って話してもええんちゃうの? まぁ、うちの腹はもう割れてて、内臓ポロリしてるんやけども。うちの口は固いで? 二重で袋被せてるからな。』

「……二重にしてても袋はペラペラじゃないですか。」

『ありゃ? そうかいな? なはは、まぁ本当に口は固いけどな。』


 ずたおが背もたれにぎしりと寄りかかる。


『恋バナしようや。』

「急にどうしたんですか。」

『うちも乙女や。乙女が二人同じ屋根の下にいたらやる事は決まっとる。そう、恋バナや。』

「そんな事ないと思うんですけど。」

『ところで、フィリアちゃん花言葉ってしっとる?』


 フィリアはむすっと口を尖らせる。

 いつもはコデスを手玉に取って遊ぶフィリアだが、どうにもこのずたおには言いように遊ばれている。

 からかおうにもからかい返され、ちょっぴり悔しかったりちょっぴり恥ずかしかったり、複雑な気持ちになる。

 フィリアの否定の言葉も全然聞く気がなく、マイペースに話を切り替えるずたおに、振り回されるのを癪に思いつつもフィリアは答える。


「……お花が持ってるメッセージですよね?」

『正解。じゃあ、フィリアちゃんがコデスに買って貰った栞に入ってた花の名前はしっとる?』

「……知らないです。」

『そっかぁ。ところで、フィリアちゃんはコデスとどうやって出会ったん?』

「私の貰った花はなんなんですか!?」


 突然の話題の転換に思わずフィリアがベッドから飛び降り、ずたおに詰め寄る。


『きゅ、急にがっつくやん……。』

「今の話の切り方はずるいです! 最後まで聞かせて下さい!」

『なになに? 気になるん? 花言葉。』

「ち、ちがっ……違くないですけどっ! だって、ずるいじゃないですか! あんなの誰だって気になりますよ!」

『ごめんごめん、冗談冗談。わかったわかった教えたるって。』


 けたけたと笑って、ずたおは答える。


『ありゃ"キキョウ"っちゅう花は。』

「キキョウ?」


 フィリアは興味深そうに前のめりになって耳を傾ける。

 紫色の花、キキョウ。フィリアは花の名前など知らなかった。興味もなかった。

 しかし、今は気になっている。花の名前。そして何より、その花が持つ花言葉が。


『その花言葉は……。』

「その花言葉は……?」


 ごくりとフィリアが息を呑む。

 ずたおはしばらく黙った後に、すぅっと息を吸って答えた。






『いや、うちも知らんのやけどな?』

「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」

『いや、だって……そんなん覚えてる訳ないやん。調べた事ある人のが少ないと思うで?』

「ここまでの話は一体なんだったんですかっ!!!」

『痛い痛い! 叩かんといて! ごめん! ごーめーんて!』


 ぽかぽかと殴られるずたお。しかし、謝りつつもくすくすと笑い声は隠せていない。

 フィリアは泣きそうな顔でわなわなと震えて、ぽかぽかとずたおを叩き続けている。


『そんなに気になるなら、今度図書館でも寄ってみたらええやん。』

「…………むー。」

『膨れんといてーな。違う話で良ければ色々と教えたるで?』

「もう、ずたおさんとは話しません。」

『ありゃま拗ねちゃった。』


 フィリアはふてくされたようにベッドに再び飛び乗った。

 そして、ずたおに背中を向けて横になる。

 

 "不変かわらずの呪い"に掛かったフィリアは眠らない。眠れないけれども目を閉じる。


 恐らくは"不変かわらずの呪い"がなくとも、今夜フィリアは眠れなかったろう。

 ずたおに聞かされた話が気になり過ぎて。


(……図書館。)


 フィリアは心の中でぽつりと呟き、眠れない夜を過ごした。




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