第8話 死の王はこの気持ちを知らない




 死の王、コデスはもやもやしていた。


 ずた袋を被ったアンデッドのずたお。

 骸骨の身体に人間の皮を被ったコデスの肩の上に担がれている、その新しい同行者がコデスのもやもやの原因である。


【なんで我がこいつを担がなきゃならんのだ。】

『この姿でぴょんぴょんしてたら不自然すぎるやん?』

【その袋を脱げばいいだろ。】

『女の子に脱げはないわぁ。』

「コデスさんもえっちですねぇ。」

【…………。】


 ずた袋を被っている上に『ずたお』という名前で分かりづらいが、これでも一応女子である。なんでも腐敗がかなり進んでいて見せられない姿なのでずた袋を脱ぎたくないらしい。

 元々は血やら何やらが滲み出ていたのだが、流石にそんな袋を持ち歩くのは人目についてまずいのでずた袋を更に被せている。

 その上で、ずた袋のままぴょんぴょん跳ねて移動されても目立つので、荷物として持ち運ぶことになった。死の王と呼ばれたアンデッド達の王、コデスが、である。


(不服ッ……!)


 死の王が今や荷物持ちである。

 しかも、女子二人に弄られる立場である。

 アンデッド達の頂点という自負のあるコデスはそこそこプライドが高いのだ。

 こんな扱いは当然不服なのだ。


 しかし、もやもやしている原因はそれだけではない。





「一目惚れしました! 私とお付き合いして下さい!」


 死霊術師ネクロマンサーの少女、フィリアに出会い頭に言われた一言。

 それが実は出会ったアンデッドに片っ端から言っている汎用口説き文句であるとずたおの一件で分かってしまった。

 別に言われて嬉しかった訳でもないのだが……。


(なんか……なんか腹立つ……!)


 説明はできないが、何かもやもやするのだ。


『おっさん、もうちょい優しく持ってや。』

【おっさんはやめろ。】


 あと、新入りのずたおが普通に腹立つ奴なのだ。

 

 "不変かわらずの呪い"なるものにかかっているフィリアは疲れる事はない。

 アンデッドであるコデスもまた疲れる事はない。

 コデスに担がれているずたおは疲れる要素がない。

 死霊術師ネクロマンサーとアンデッド達の旅は基本的に立ち止まる事のないものである。


 何処が目的地かも告げずにふらふらと歩くフィリアの後に、ずたおが担いだコデスが続く。そんな気ままな散歩のような旅。


 フィリア曰く"死地巡り"。

 今までフィリアが目的を持って訪れたのは……。

 アンデッド蔓延るダンジョン"フォガト墓所"。

 あらゆるものを飲み込み自然へと還す"死の森"。

 人攫い組織が拠点としていた死体を積まれた"人肉倉庫"。

 いずれも死者が眠る場所である。

 

 そんな目的地からも察せられるようにフィリアは死を愛しているという。

 通りすがりに目に入った美しい花畑には興味がない。

 賑やかで明るい栄えた街にも興味がない。

 すれ違う旅人にも興味がない。

 様々な動物達が暮らす自然豊かな原っぱにも興味がない。

 全て無関心に素通りしていく。

 生きとし生けるもの全てにフィリアは興味がないのだ。


(ここまで生者に興味が無いのもすごいな……。)


 このくらいの見てくれの少女であれば、もっと色々なものに興味を持つものではないか、とコデスは歩きながら思う。

 しかし、フィリアは"不変かわらずの呪い"にかかっているという。見てくれ通りの少女ではないのかもしれない。

 そもそも"不変かわらずの呪い"にかけられたフィリアは、いつから変わらずにいるのだろうか、と改めて疑問に思う。

 以前に年齢を聞いたら窘められたので、コデスは聞き方を変えてみることにした。


【おい。貴様の"不変かわらずの呪い"とやらは見た目の歳も取らなくなるのか?】

「はい。そうですよ。不変という事は不老という事です。」


 コデスの先を歩くフィリアは振り返らずに答えた。

 やはり年齢は見た目からは類推できないらしい。

 少女と称していたが、実際は思っているよりもずっと大人なのかもしれない。


『不老……ってフィリアちゃんの事なん?』


 そこで、そういえばフィリアの呪いについて聞かされていなかったずたおがコデスの肩の上で尋ねた。


「そうですよ。」

『へぇ。じゃあフィリアちゃん歳取らないのん? 永遠の少女なん? 羨ましいわ~。』


 不老不死と言えば人類の憧れとしてあげられるものの一つである。

 言われてみればフィリアは死なないのかは分からないが、不老については実現しているのかも知れない。

 アンデッドであるずたおでもそれは羨ましいのか、と思いつつ、確かに羨ましいものなのかもなと納得もしたコデスだったが、フィリアはぴたりと足を止めた。


「…………そんなに羨ましいものですかね?」

【……?】


 フィリアの言葉の間にコデスは違和感を覚えた。

 そんなに長い付き合いではないが、いつもの調子ならもっと戯けた答えを返すものかと思っていた。


『うちも永遠の美少女でいたかったわぁ。昔のうちはそらもう絶世の美少女で……。』

【記憶なかったんじゃないのか?】

『はい、嘘吐きました。覚えとりまへん。とにかく、羨ましいわなっちゅう話や。おっさんもそう思うやろ?』

【おっさんはやめろ。】


 ずたおの同意を求める声に、コデスは即答はせず少し考えた。


【……別に。】

『なんや逆張りか?』

【変わりたくない理由がない。】


 コデスには変わらずにいたい理由がない。

 アンデッドとして永遠に近い命……命と言うべきかは分からないが、コデスはアンデッドとして存在し続けるであろう。

 しかし、不変、不老に憧れを抱かないのは既に持ち合わせて居るから、という訳ではない。

 たとえば、コデスが今の姿を失い消えていく事があるとしたら、コデスはそれを嫌だとは思わない。

 所詮は一度は落とした命。おまけのようなもうひとつの人生を今は送っているだけなのだ。しかも、アンデッドとして生まれ変わった理由も分からない。気付いたらアンデッドとして存在していた。故に、何か未練があるという訳でもない。


【我には大事なものも目的も何もない。だから、今のままでいたい理由がないのだ。】

『なんや、フィリアちゃんは娘とちゃうんか?』

【違う。】

「恋人ですよね。」

【違う。】


 気付くと先を進んでいたフィリアが戻ってきていた。

 唇を尖らせてフィリアがじろりとコデスを睨んだ。


「もう! いつまでお友達のままでいるつもりなんですか? "据え膳食わぬは男の恥"って知ってます?」

【貴様は死体なら誰でもいいんだろう?】

「なんだ嫉妬してるんですか? 私が誰それ構わず口説いてること。」

【嫉妬してないが?】


 ふん、とそっぽを向くコデス。

 その様子を見て、うふふと嬉しそうにフィリアが笑った。


「まぁ、私も恋多き女ですけども。コデスさんは特別ですよ。」

【口ではどうとでも言えるだろう?】

「本当ですって。私は嘘は吐きませんよ。私、嘘は大嫌いですので。」

【…………。】


 コデスはフィリアの方をちらりと見る。

 見上げてくる少女の瞳には、確かに嘘を吐いているようなよこしまさはないように見えた。


【……何が特別なんだ?】

「それは秘密です。もう少し私達の仲が進展したら教えてあげます。」

【……じゃあ教えなくていい。】

「素直じゃないですね。」


 くすくすと笑うフィリアとむっとするコデス。

 そんな二人の間で、コデスの肩の上に乗せられたずたおが声を上げた。


『……見せつけてくれよってからに!!!』

【うおっ!? 急に大声出すな!】

『何うちそっちのけでイチャコラしてくれとんねん! うちはお邪魔か!? お荷物か!?』

【イチャコラはしとらんわ! あと、お荷物ではあるだろ!】

『それは確かにそう!』


 コデスに担がれているので荷物ではあるのだ。

 フィリアはうふふと笑ってコデスの肩の上のずたおに手を添えて撫でる。


「よしよし。ずたおさんも特別ですよ。」

『フィリアちゃん、それ足や。』

【やっぱり誰にでも特別と言ってるんだな……。】

『おっさんも拗ねんなや! 面倒臭いな!』

【おっさん言うな! あと、拗ねてもない!】 

「あ、向こうから誰か来たのでお静かにお願いします。」


 ギャンギャン喚くアンデッド二人にフィリアが耳打ちすれば、確かに視線の先から荷物を背負った人間が歩いてくるのが見えた。

 今は人間の皮を被っているコデスはともかく、荷物のような扱いで担がれているずたおが喋っているのを見られたら一大事だ。人攫いだと思われかねない。

 ずたおがスンと黙り、コデスも同じく口を閉ざす。


 何事もなかったかのように、フィリアが先に歩き出し、コデスが後に続く。

 

 今までも何度か人間とはすれ違ってきた。

 別に初めての事でも珍しい事でもなかった。

 フィリアは何も挨拶をせずに、興味なさそうに通り過ぎていくのがお決まりだったのだが。


「こんにちは!」

「やぁ、こんにちは。」


 珍しくフィリアがにこやかな笑顔で、すれ違おうとした男に挨拶をした。

 男も笑顔で挨拶を返す。以前に出くわした人攫いのような悪人には見えない。

 おや? とコデスは思い、足を止めたフィリアに合わせて足を止めて様子を窺う。


「大きな荷物ですね!」

「ああ。色々なところで仕入れた物を売り歩いててね。これは売り物なんだよ。」

「何を売っているんですか?」

「見てみるかい?」


 どうやら男は行商人のようだ。

 行商人が荷物を降ろすのを待つように、フィリアはその場にしゃがみ込んだ。

 初めて死者以外に興味を示したフィリアを意外に思い、コデスも一休みにとどさっとずたおを地面に置く。


『あ痛ッ! もっと優しく降ろしてや!』

「あれ? 今何か声しましたか?」

【荷物を降ろしたら時に足に落としてしまって声を出してしまった。気にするな。】

「そうでしたか。おたくも大荷物ですねぇ。」


 コデスは咄嗟に誤魔化した。

 特に疑問も持たれる事はなかったようで、行商人は背負っていた荷物を解いて中身を見せる。

 フィリアは並べられた商品を舐めるように見回していた。

 何か欲しいものでもあるのだろうか?

 しかし、食べ物も飲み物も持たず、今まで何も興味を示さなかったフィリアが一体何が欲しいというのだろうか。

 やがて、何かを見つけたフィリアははっとして商品のひとつに手を伸ばした。


「これ……綺麗ですね。」


 フィリアが手に取ったのは一つしおり

 紫色の花を押し花にしたものを加工したもののようだった。

 目を輝かせて栞に見入っているフィリアを見て、意外そうにコデスが尋ねる。


【珍しいな。貴様が花なんぞに興味を持つとは。】


 今まで道端に咲いていた花も、花畑も大して見向きもせずにフィリアは通り過ぎてきた。コデスはそんな様子を見てきたのでフィリアは花には一切興味がないのかと思っていた。

 フィリアは少し照れ臭そうにコデスを見上げる。


「駄目ですか? 私がお花に興味を持ったら。」


 珍しい反応だな、と思いつつコデスは答える。


【いいんじゃないか。】


 死体を愛しているよりは余程健全だろう、という煽りは呑み込む。

 余計な事を言って意地を張られて、より変な方向に趣味を拗らせられては付きそうコデスの方も困る。

 花を愛する無害な少女で居て貰った方が、死体に興味を失い解放された方がコデスにとっても望ましいのだ。

 コデスはローブの裾からするりと一つの金貨を取り出す。


【そいつと交換してくれ。】

「えっ。」


 ピンと指で金貨を弾いて行商人に投げ渡せば、金貨を手に取った行商人は目を丸くした。


「こ、こんな大層なものと!? い、頂けません!」

【構わん。我にとっては端金だ。】

「し、しかし……。」

【生憎それ以下の金目のものは持ち合わせていないのだ。此方の都合を汲んで貰えると助かるのだが。】

「は、はぁ……ならせめて他に何か商品を……。」

【荷物が増えると困る。遠慮するな。釣りは取っておけ。】

「あ、ありがとうございます……。」


 コデスが取り出したのは、フォガト墓所に眠っていた宝物ほうもつの中の一部である。山のように眠っていた財宝の一部をコデスは持ち出していた。正確には、墓所で拾ったローブに色々と装飾品や宝物が付随してきたと言った方が正しいのだが。


 フィリアはきょとんとしていた。

 フィリアが興味を持ったものを、コデスが買ってくれたという事が信じられないようだった。

 勿論、コデスも善意で金を出した訳ではない。


(恩の一つでも売っておいたら少しは御しやすくなるだろう。それに、こういうものへの興味が増えたら死地巡りやら死体漁りみたいな悪趣味からも気が逸れるかもしれんしな。)


 全ては自身が自由になるための、自身が面倒に付き合わされない為の打算である。

 



 栞を、それと見合わぬ価値の金貨と交換した後、荷物を纏めて去って行く行商人は最後までペコペコと頭を下げながら消えていった。

 行商人の姿が見えなくなったところで、コデスは地面に放り投げたずたおを拾い直す。


【よし、じゃあまた進むか。】

『おい、おっさん。何かうちに言う事あるよな?』

【人前で声を出すな。】

『お前まじで覚えとけよ。』


 ぷるぷると震えるずた袋を肩に担いで、コデスはしゃがんでぽかんと栞を見つめているフィリアを見下ろす。


【おい。いつまで座ってる。貴様は疲れないんだろう?】

「え? ……あっ、はい!」


 フィリアは呆けていたようで、コデスに声を掛けられてようやく気付いてばっと立ち上がる。

 立ち上がってから、両手でぎゅっと握り締めた栞を見下ろしたかと思うと、くるりとコデスの方を向いて、口元を隠しながら上目遣いでコデスを見上げる。


「あ、あの……。」

【ん?】

「……ど、どうして買ってくれたんですか?」

【欲しかったんじゃないのか?】

「欲しかったですけど……。」


 何やら目を伏せもごもごと言い淀んでいるフィリア。

 そんなフィリアに対して、コデスはふん、と人差し指を立てた。


【一つ貸しだ。】

「え?」

【後で取り立てるから忘れるなよ。】


 あくまで善意は否定する。その言葉と態度に嘘はない。

 しかし、言ってから強がっているようで茶化されるだろうかとコデスは後悔した。

 そんなコデスの言葉を聞いたフィリアの反応は……。


「…………は、はい。」

【…………ん?】


 コデスが思っていたものと違っていた。

 僅かに頬が緩んでいるように見える。フィリアの笑顔は決して珍しいものではないが、その控えめな笑みは初めて見るもののように見えた。

 

「あ、あの!」

【なんだ?】

「あ、ありがとうございます!」

【……す……礼などいらん。後で形にして返せ。】

「はい!」


 素直な感謝もできるのだな。

 と嫌味を言い掛けてコデスは口を噤んだ。

 コデスに向けられたはにかんだ顔は、どこか仮面のようにも思えた笑顔とは違って、コデスに茶化す余裕を与えなかった。

 ぎゅっと大切そうに握り締めた栞を、まだ嬉しそうに眺め続けているフィリアを見たコデスはぎゅっと手を握る力を強める。


(……もやもやする。)


 コデスの肩の上でビクンビクンとずた袋がうねった。


『いだだだだだだだだ!!! なんで急につねってくれとんねん!?』

【あ、すまん。】


 ぎゅっとずたおを握った力を緩めて、コデスは気を取り直す。


 フォガト墓所に住んでいた頃はこんな気持ちを抱いた事はなかった。

 そもそも、たまにやってくる冒険者や盗掘者達の相手をするくらいで、周囲にいるのは意思もなく彷徨い会話もできないアンデッドのみ。人と接する事がなかったので、ここまで周囲の存在に感情を動かされるのは初めてかも知れない。

 果たしてそれは初めて人間と接したが故の気持ちなのか、それともフィリアだからこその気持ちなのか、もっと他に何か理由があるのか。


 死の王はまだこの気持ちの正体を知らない。



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