第7話 少女の恋は多い




「さて、困った事になりました。」


 ロープに縛られた死霊術師ネクロマンサーのフィリアが大して困っていなさそうな笑顔で言った。

 その傍らで、普通のおじさん……もとい人間の皮を被った死の王コデスは同じくロープに縛られ真顔で座っていた。正確には本当に真顔な訳ではなく、顔に貼り付けた皮は表情までは作らないだけなのだが。


 そんな二人を取り囲むのは、マスクで顔を隠した怪しい男達。

 そこは殺風景な倉庫の中。

 怪しい台の上には血が飛び散り、周囲には山積みにされた血で汚れたずた袋。


 見ての通り二人は怪しい集団に捕らえられたのであった。


【困ってるならこんな奴らとっとと殺せば良かっただろ。】

「ほう。生意気な口を。そんなに早くに死にたいか。」


 コデスは真顔ながら若干苛ついていた。

 旅路の途中でふらふらと歩いて行ったフィリアについていったら、この怪しい集団に取り囲まれた。返り討ちにしようとしたところ、フィリアに待ったを掛けられて、無抵抗に捕まってきたという経緯である。

 コデスにも死の王としての、高位アンデッドとしての、ボスモンスターとしてのプライドがある。人間に舐められている事は気に障るのだ。


「あはは! 『早く死にたいか?』ですって! コデスさん、笑えませんか?」

【何が?】

「いや、だってコデスさんもう死んでるじゃないんですか!」


 一方、フィリアは怪しい集団の言葉を聞いてケタケタと楽しそうに笑っている。

 何故か抵抗する事無く捕まり、捕まってからもずっとニコニコしている。

 何か考えがあって捕まったのだろうか、とコデスはフィリアに話し掛ける。


【此処に何か用事でもあるのか?】

「何だか素敵な死の香りがしたんですよ。」

「さっきから緊張感のない親子だな……。」


 怪しい集団はあまりにも普通に喋っているフィリアとコデスを見て困惑している。


「親子ですって。若く見られて嬉しいですね。」

【は? 貴様何歳だ?】

「レディーに年齢を聞くのはタブーです。あ、ちなみに親子じゃなくて恋人です。」

【嘘吐くな。】

「もう。そこは空気を読んで話を合わせて下さいよ。」

【恋人とか言う方が我が変な目で見られるだろう。】

「え。そういう趣味だったんじゃないんですか? だから私についてきたのかと……。」

【酷い誤解だ! 貴様に乗せられて隷属させられただけだ!】

「えっ。隷属……?」


 怪しい仮面の男の一人が若干引いたような声を出した。

 言ってからコデスは誤解されかねない言葉を発したことに気付く。


【ち、違う! 変な意味ではない!】

「変な意味ってどういう意味ですか? そこのところ詳しく。」

【貴様は黙ってろ!】

「いや、お前ら二人とも黙ってろ! うるさいんだよ! 緊張感とかないのか!? 状況分かってるのか!?」


 怪しい仮面の男の一人が怒鳴った。

 言っている事はごもっともである。

 しかし、あくまでそれは常識の範疇での話。

 目の前にいる二人が、規格外の怪物であるという事に目を瞑ればの話である。


「状況? どういう状況なんですかこれ?」


 フィリアが不思議そうに尋ねる。

 すると、仮面の男はクククと笑った。


「分かってないのか? お前達はこれから売りさばかれるのだ。娘の方はそのままで高値が付くだろう。おっさんの方は……臓器なら売り物になるだろう。」

「人身売買は犯罪ですよ。あと、内臓取ろうにもこのおっさんは中身スカスカですよ。」

【おっさん言うな。確かに中身空っぽだが。もっと言い方あるだろ。】

「すごいなお前ら……まだ状況分かってないのか……。」


 怪しい仮面の男の一人が呆れた様に言う。

 そんな男にフィリアはニッコリと微笑みかけてから、ぱかっと口を開いた。

 

 次の瞬間、フィリアに微笑みかけられた男はブルブルと震え出す。


「あ……あ……あ……あ……!」

「……どうした?」

「ああああああああああああああああああ!」


 響き渡る断末魔。次の瞬間、ぷつっと糸の切れたマリオネットのように男はぱたりと倒れた。

 周囲に居た怪しい仮面の男達が凍り付く。

 あまりにも異常な事態に、状況が飲み込めていない。

 少なくとも何かをした犯人が分かったコデスがドン引きしながら尋ねる。


【えっ……何したの貴様……。】

「私の"お友達"を紹介しました。」

【何それ怖い。】

「アンデッドが何をビビってるんですか。」


 フィリアが得体の知れない存在なのはコデスも嫌と言うほど承知しているが、また得体の知れない技を見せられて流石にコデスも怖いと思った。


「残りもやっちゃって下さい。此処まで案内して貰えた時点で用済みですので。」


 フィリアがそう言うと、僅かに周囲の空気が冷え、空気が揺らめいたような気配がした。それを皮切りに、倉庫内にいくつもの断末魔が響き渡る。

 先程倒れた男と同様に、頭を抱えて絶叫する者。感染していく異常事態にパニックを起こし叫びながら逃げ出す者。逃げ出す事が叶わず倒れた者を見て、頭を抱えて命乞いの叫びを上げる者。


 阿鼻叫喚の地獄は、そう長くは続かなかった。


 怪しい仮面の男達、人攫い達は全員倒れてぴくりとも動かなくなる。

 静まり返った倉庫の中、フィリアは縛られたまま立ち上がった。


「コデスさん、縄を解いて下さい。」

【……貴様、我に待ったをかけといて結局全滅させるのか。】

「いえいえ。殺してはいませんよ。ちょっぴりおどかしただけです。」

【そんな生易しい光景じゃなかったが……。】


 コデスはブチッと縄を引き千切る。

 フィリアの指示に従い、大人しく捕まってはいたものの、あくまで彼はモンスター。人間とは膂力が違う。縄程度なら簡単に引き千切れるのだ。

 そして、フィリアを縛った縄に指を掛ける。


【貴様、あれだけの事ができるなら自力で縄くらい何とかできんのか。】

「できない事もないですけど。」


 ないですけど、と含みを持たせた言葉を疑問に思いつつ、コデスは縄を解こうとするが……。


【大分硬く結ばれているな……。全然解けんぞこれ。】

「死の王なのに固結びの縄に手こずるんですか?」

【うるさい。】


 固結びされた結び目をカリカリとひっかくコデス。

 次第にカチカチと歯を鳴らす音が大きくなっていく。

 どうやらイライラしているらしい。


「……難しいなら自分で何とかしますけど。」

【あとちょっとだから黙れ!】

「は、はい。」


 出会って初めてフィリアが恐縮したように返事をした。


「……コデスさん、意外とムキになるタイプなんですね。」

【うるさい。……ああもう!】


 コデスは指先に黒い光を灯し、トンと縄を叩く。

 すると、縄はたちまち腐ったかのようにどろりと崩れ落ちてしまった。

 自由になったフィリアは地面に落ちたどろりとした縄を見下ろしてから、コデスの方を見る。


「……最初からその魔法使えば良かったのでは。」

【うるさい。貴様は礼も言えんのか。】

「……ありがとうございます。」


 腑に落ちない様子でフィリアが渋々お礼を言う。

 それはともかくとして、仮面の男達が転がる倉庫内をフィリアはとことこと歩き出す。歩み寄るのは倉庫の隅に積まれた血に汚れたずた袋。

 一緒に傍まで歩み寄ったコデスがずた袋を見下ろす。


【あいつらの犠牲者か。】


 あいつら、というのは転がっている仮面の男達である。

 先程、コデスの内臓を奪おうとしたという話を聞く限り、その手口の犠牲者がここに積まれているのだろうと推測する。


【物騒な世の中だな。】

「アンデッドに言われちゃおしまいですね。」

【全くだ。珍しく貴様と同意見だ。】


 フィリアは並んだずた袋をとことこと歩きながら眺めて行く。

 血がにじみ蠅がたかる悪臭を漂わせるずた袋。コデスは白骨故に臭いを感じない上に、死体にも慣れているので何ともないが、普通の人間であれば気分が悪くなるだろう。


【何を探しているんだ?】

「何やら素敵な気配がしてるんですけど。」

【どの死体かがアンデッドにでもなってるのか?】

「そんな気がします。」


 フィリアは死の香りに釣られてやってきたという。

 その死の香りとやらがどんなものなのかはコデスにも分からないが、フォガト墓所のコデス、死の森の慰霊碑にいた幽霊、そういったものから類推するにアンデッドの類いに惹かれているのだろう。

 フィリアは死霊術師ネクロマンサーである。アンデッドへの嗅覚が特別強いのかもしれない、とコデスは考えた。


 ずた袋をフィリアとコデスは眺めていく。


 もうすぐで倉庫の端まで確認をし終わろうとしたその時であった。 

 みょん、と中央当たりにあったずた袋が起き上がる。

 そして、そのままみょんみょんみょんみょんと身体を揺らしながら、ぴょんぴょんと跳ねて移動し始めた。

 手足が封じられた人間が兎跳びをしている……にしてはあまりにも速すぎる高速移動。その異様な動きを見たコデスが声を上げる。


【何だあれ気持ち悪っ!】


 ずた袋は凄まじいスピードで跳ねながら出口へ向かっている。

 どうやら倉庫から脱出するつもりらしい。

 突然動き出し逃げ出そうとする気持ち悪いずた袋という訳の分からない状況で困惑するコデスに、フィリアはずた袋を指差しながら言う。


「コデスさん、あれ捕まえて!」

【えっ。】


 それは主従関係にある死霊術師ネクロマンサーによる命令であった。

 命令を拒否する事のできない身体は、考えるよりも先に動き出す。

 倉庫の出口に辿り着かんとするずた袋に、一瞬で追い付いたコデスはタックルでずた袋を押し倒した。


【都合の良いときだけ手下扱いしおって……!】

『ふぎゃあっ!』


 くぐもったような甲高い声がずた袋の中から響くと同時に、どさっと……というよりぐちゃっと倒れた音がする。ずた袋を押し倒したコデスは、覆い被さるようになるのと同時に若干ずた袋にめり込むように沈み込んだ。


【うおっ!】


 コデスは思わず飛び跳ねるように起き上がる。

 沈み込んだ時、ねちゃりと嫌な音がしたのは聞こえた。

 良からぬものにのし掛かってしまったと気づき、慌ててパンパンとローブを叩く。

 ずた袋は倒れたままうねうねしている。そこにフィリアも小走りでやってきた。


「グッドボーイ!」

【犬扱いすんな!】

「ようやく見つけましたよ!」


 コデスへのお褒めの言葉をそこそこに、フィリアは倒れているずた袋の前にしゃがみ込む。

 

「こんにちは!」


 元気に挨拶をすれば、ずた袋はぷるぷると震え始める。

 

 そして……。


『こ、殺さないでええええええええ!!!』


 大きな声で命乞いをした。


「いや、あなた死んでますよ。」

【死んでるよな?】

『……あ、そういやうち死んどったわ。』


 むくっとずた袋が上半身を起こす。


『ほなら殺されへんか。あー、死ぬかと思った。』

「死んでますよ。」

『そやった。うち死んどるんや。』

【何度やるんだそのやり取り。】


 動いて喋るずた袋。

 フィリアとコデスが指摘して、本人も認めたようにこれは既に死んでいる。

 見た目と動きからは分かりづらいがアンデッドなのである。


『いや~。あいつら皆殺しにした時にはアカンうちもやられると焦ったし、そこのおっさんに押し倒された時にはもう駄目やと思ったわ~。』

「皆殺しにしてませんよ。」

【おっさん言うな。】

『んで、おたくら何者なん?』


 ずた袋でくぐもった甲高いで"それ"が尋ねれば、フィリアはにっこりと笑って手を差し伸べた。


「一目惚れしました! 私とお付き合いして下さい!」

【え。】


 コデスが思わずフィリアを見下ろした。 

 突然の告白を受けたずた袋は……。


『えぇ……何それ照れる……。うちなんかでええのん?』

「はい!」


 割と普通に照れて受け入れた。

 一人、納得いかないのはコデスである。


【……貴様、それ誰にでも言ってるのか?】

「はい!」

【元気に返事する事じゃないだろ。】


 自分に投げ掛けられた愛の告白。

 それが誰にでも言っている台詞だという事実にコデスは……なんかもにょもにょする。


「ひょっとして嫉妬してます?」

【してねーし!】

「大丈夫ですよ! コデスさんも愛してますから!」

【"も"ってお前……。"も"ってお前……!】


 真面目にお友達からで良ければとか答えてしまったコデスが、わなわなと震えている。

 別に嫉妬もしていないし、残念とも思っていない。あれは、コデスを使役する為の契約のための文言に過ぎないのだろうと理解しているのだが何か腹が立つのである。


『あのー、痴話喧嘩中悪いねんけど。おたくらどちらさま?』

「フィリアと申します!」

【痴話喧嘩じゃないわ! 我は死の王である。名前は……ない。】

「コデスさんです!」


 自分から名乗るのは何か嫌だったので濁したのだが、フィリアにしっかり紹介された。


「これからよろしくお願いします!」

『ご丁寧にどうも。うちは……あれ、名前なんやったかな。そもそも、うちって何者やったっけ……なんや全然思い出せんわ。』

【まぁ、アンデッドにはよくある事だな。起き上がり直後は記憶が曖昧になったり、複数の怨念が入り混じって記憶が混在してしまったり。】


 どうやらずた袋は自分が何者なのか分からないらしい。

 同じアンデッドのコデスからの話を聞いて「へぇ~。」と声を漏らすフィリアと、『詳しいなぁ。』と感心するずた袋。


「じゃあ、コデスさんもそんな感じで記憶が曖昧なんですか?」

【知らんけど。】

『知らんのかい! まぁ、ええわ。自分の事なんも分からんアンデッドです。以後よろしゅう。』


 名無しのずた袋アンデッドは気さくにぺこり?と挨拶した。


「あれ? 以後よろしゅう、って事は、付き合ってくれるんですか?」

『ええよええよ。別になんもする事ないし。ここにいたのも目が覚めたら変な奴らに囲まれとって動けへんかっただけやし。』

「やった~! じゃあ、宜しくお願いします!」

『よろしゅ……って熱ぅッ!?!?!?』


 ずた袋アンデッドは迫真の声を上げてびったんびったんと跳ね回る。


(魚みたいだな。)


 手足を封じ込められて跳ね回るずた袋を見てコデスは思った。

 突然の事だったがコデスはずた袋に何が起きたのか知っている。

 フィリアの誘いを受け入れたものに、隷属の印が刻まれたのである。これでこのずた袋は死霊術師ネクロマンサーのフィリアに使役されるアンデッドになったのだ。


『あっつッ!!! あっつぅッ!!! 氷! 水! あっつッ!!! あっつッ!!!』

【リアクションくどいな。】

『あ、すまん。つい癖で。』

【どんな癖だ。】


 急にスンッと大人しくなるずた袋。

 どうやら大袈裟にリアクションしていただけらしい。

 暗くてじめじめしたアンデッドのイメージから掛け離れた、妙に気さくでノリのいい謎のアンデッドに、フィリアはにこにこしながら手を掛ける。


「じゃあ、早速その素敵なお顔を見せて下さい。」


 ずた袋を被っていて見えないアンデッドの顔。

 それを暴こうとフィリアが手を掛けたその時、ずた袋はごろんと転がりフィリアから離れた。


「あれ? 何で逃げるんですか?」

『……いや、見せられるような顔やないからなぁ。えっぐい事になっとるで。』


 あら、とフィリアが口に手を当てる。


「あれ。ゾンビ系ですか?」

『せやね。腐女子っちゅうやつや。乙女としては見せたくない顔やね。』

【腐女子ってそういう意味じゃないだろ。…………って、え?】


 言ってからコデスが気付く。


【…………貴様、女か?】

『せや。キュートなお顔見れば分かるやろ。』

【見えねぇよ。】


 ずた袋は女性のゾンビ系アンデッドらしい。

 ずた袋でくぐもった甲高い声もよく聞けばハスキーな女声にも聞こえる。

 コデスはフィリアの方を見る。


【おい、こいつ女らしいぞ。それでもまだ付き合うつもりか?】

「はい!」


 特に理由も言わずに肯定するフィリア。

 どうやらフィリアはそういう事を気にしないらしい。


【死体なら何でもいいのか。】

「はい!」

【……あ、そう。】


 別にコデスが口説かれた事は特別な事ではなかったらしい。


(別にへこんでなんかいないけどな。)


 誰にでもなしに心の中で言い訳するコデス。

 そんなコデスの内心を知ってか知らずか、フィリアの興味は既にずた袋に向いていた。


「じゃあ、お顔は見せなくていいです。嫌がる事を無理矢理したりはしませんので!」

【……へぇ~。】


 不服げに呟くコデスを無視して、フィリアはパンと手を叩いた。


「それはそれとして、せっかくお付き合いして貰うんだし、あなたの名前を決めましょう!」

『別に何とでも呼んでくれてええよ。そういうの気にせえへんし。』

「じゃあ…………ずたお。」

【貴様、こいつが女だって話聞いてた?】


 ふてくされてそっぽを向いていたコデスも流石にツッコんだ。


『ええよ。それで。』

【いいのか……。】


 ずた袋アンデッド、改めずたおは別に名前には無頓着らしい。

 

「よろしくお願いしますね、ずたおさん!」

『よろしゅうな~、フィリアちゃん。あとコデス。』

【何故我だけ呼び捨てに?】


 ぴょんとずたおが立ち上がり、ぺこりと身体をへの字に曲げて挨拶する。

 そんなこんなであっさりと、ずた袋アンデッドのずたおが仲間に加わった。




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