第3話 死の王は温もりを知らない




 黒いツインテールにきらきらとした黒い瞳、黒いひらひらとしたドレスを纏う、人形のような愛らしさの年端もいかぬあどけない少女。

 しかしその正体は、死者を操るおぞましき死霊術師ネクロマンサー

 死を愛し、全ての生物に死をもたらしたいと熱烈に語る死体愛好家ネクロフィリア

 高位アンデッドさえも使役できる規格外の死霊術師ネクロマンサーの少女の名は"フィリア・トモリ"といった。


 危険度最大のS級ダンジョン、フォガト墓所に現れた彼女は、踏破された事のないダンジョンを潜り抜け、ダンジョンのボス・"死の王"なるアンデッドと出会った。

 一目惚れだと告白するフィリアに、死の王は困惑しつつも肯定と取れる返事をしてしまう。

 結果、死の王には隷属の印が刻まれ、フィリアの支配下に置かれる事になってしまった。




 フォガト墓所、玉座の間。

 そこは墓所の中でも最も大きな部屋である。

 その名の通りに玉座と思しき黄金の椅子が部屋の奥、中央に据えられている。

 入口から玉座までには赤い石が敷き詰められ、赤い道の脇には武器を携えた甲冑が立ち並ぶ。甲冑の手に収まる武器はいずれもが未だに輝きを放つ伝説級の逸品。その武器を持ち帰るだけでも莫大な罪を気付く事ができるのであろう。

 そして、部屋の一面には様々な芸術品、宝飾品が飾り立てられており、墓所でありながらその名に恥じぬ輝きを誇る。


 かつてはその玉座に、王の遺体は座った状態で眠っていた。

 この玉座の間そのものがかつて栄華を誇った王のひつぎなのである。


「此処は素敵なお墓ですね。」


 そんな言葉を発したのは、玉座の間を楽しそうに見て回っていたフィリアであった。死の王と"お友達"になったフィリアは、握手を交わした後にふらふらと玉座の間を探り始めたのだ。

 目を輝かせながらフィリアが周囲を見渡して言えば、玉座の現在の主である死の王は【ほう。】と重く響く低い声をあげた。


【貴様も宝に興味があるのか。】


 死体を愛する少女も、豪華絢爛な玉座の間に興味があるのかと意外に思った死の王が問えば、「いえいえ。」と首を横に振ってフィリアが答える。


「いいえ、全く。」

【ん? ならば、何が素敵なのだ?】


 フィリアは並べられた甲冑の前に立ち止まり、甲冑の顔を見上げながら答える。


「こんなにも死に満ち溢れているからです。」


 フィリアが背伸びをして甲冑の兜を押し上げる。

 すると、甲冑の兜の中には顔があった。

 枯れ果て乾ききった死体……ミイラが甲冑には収まっていたのだ。


 かつて王への供物として捧げられた人柱。

 死後も王を護る為に捧げられたかつて王に仕えた兵士達。

 甲冑は飾りではなく、装備を纏った兵士の死体なのである。


 フィリアの回答を聞いた死の王は【ほう。】と呟き顎に手を当てる。

 死の王は思った。


(え……それ死体入ってたの……? 怖っ……。)


 死の王は、王と名乗ってはいるものの別にかつてこの墓所に埋葬された王ではない。王を名乗っている他所からやってきた高位アンデッドなのである。

 アンデッドを使役する彼だが、自分の住処にした部屋に死体がずらりと並んでいたら普通に気分が悪くなるのである。


「他にも宝に辿り着けなかった欲深き盗掘者の怨念にも満ち溢れ、玉座を奪われた暴君の怒りも渦巻き、とても素晴らしい死の香りが漂っていて……!」

【え。怨念? 怒り?】


 死の王はそんなものがあるとは知らなかったのである。

 死を統べるものと仰々しく語っていたが、実のところ死の王には幽霊が見えない。

 支配しているのはスケルトンやゾンビ、その他実体を伴ったアンデッドのみである。

 自分の部屋に幽霊がいたら普通に怖いと思うくらいには幽霊が得意ではないのだ。

 しかも、"玉座を奪われた暴君"というのは……。


【……此処の王様怒ってるの?】

「めちゃくちゃ怒ってますけど。分かった上で無視していたのではないのですか?」

【怒ってるなら座らないよ!】


 死の王は玉座から立ち上がった。

 死の王とて故人を怒らせてまで座りたかった訳ではないのだ。

 その様子を見たフィリアは不思議そうに首を傾げた。


「お気付きでなかったのですか?」

【え? え、えーっと、いや……気付いてたけども! 我は他人の感情などには無頓着で……あの……怒っているとは気付いていなかったのだ! 存在には気付いていたけどな! 座りたいから座った! それだけだ!】


 一応、"死の王"などと名乗っている手前、素直に気付いてなかったとは言えないのだ。


「なるほど。それ程に素敵なお膝だったんですね。私も座ってみたいです!」

【うん。…………ん?】


 フィリアは死の王の横をすり抜け、とことこと玉座に歩み寄る。


「それでは失礼して。」


 そして、玉座の上に座った。

 フィリアの小さな体は玉座に触れ……る事はなく、僅かに椅子から浮いていた。

 空気椅子をしている訳ではない。足も地面から離れているのに、フィリアの体は浮いているのだ。


「あ、確かに良い座り心地ですね~。」


 それ程に素敵なお膝だったんですね。フィリアはそう言った。

 私座ってみたいです。フィリアはそうとも言った。

 そして今、フィリアは玉座に……玉座の上にあるに座っている。

 死の王は自身の血の気が引いていくのを感じた。既に白骨化して血は通っていないので気のせいだけれども。


(……うん。そら怒るわ。)


 死の王は勝手に納得した。

 

【いやいや。怒ってるんだから降りなさい。】


 流石に代わりばんこで膝に座られたら暴君も怒り心頭であろう。心なしか宙に浮いているフィリアがぷるぷるしているようにも見える。わなわなと震えている王の姿が見えたような気がして、死の王はフィリアを諌めた。

 

「え~?」


 フィリアは不満げである。


「じゃあ、あなたが代わりに膝に乗せてくれますか?」

【え。】


 突然の交換条件に死の王は間の抜けた声を上げる。

 なんでフィリアはそんなに死者の膝に座りたいのか疑問だったが、とっとと降ろした方がいいと思った死の王は溜め息交じりに手招きした。


【分かった。分かったから降りなさい。怒ってるだろ王様。】

「わ~い! じゃあ降ります!」


 フィリアは笑顔でぴょんと玉座から飛び降りた。

 ほっとスカスカな胸を撫で下ろす死の王。


「じゃあ、乗せてください!」

【いや、ここじゃ無理だろう。椅子には王様座ってるし。】


  流石に王様の上に死の王が座って、その上にフィリアが載っての三段重ねはブチギレるくらいでは済まなさそうだ。

 とはいえ玉座以外に座れるような場所はこの墓所にはないし、かといって約束を反故にしたら申し訳ないし……と死の王は考え込む。


「じゃあ、一旦外に出ましょうか。」


 フィリアが提案する。

 一応死の王はこのダンジョンのボスである。

 ボスが簡単にダンジョンを離れても良いのか?


【じゃあ出るかぁ。】


 離れてもいいらしい。


(幽霊のいるところで暮らしたくないしなぁ……。)


 死の王はアンデッドのくせに幽霊が苦手なのである。

 わざわざ幽霊がいると分かったところで暮らしたくないのだ。

 そもそもがフォガト墓所の主とは言いつつ、墓所の本来の主である王族という訳でもなく、流れ着いただけの高位アンデッドである。別にフォガト墓所に縛られている訳ではないのだ。


「じゃあ、出ましょうか!」

【あ、アンデッドは置いていけ。大所帯じゃ色々と面倒だろう。】

「それもそうですね!」


 フィリアが手懐けたフォガト墓所のアンデッド達。

 死の王の力で支配していたものの、そもそもこの墓所で自然発生したモンスター達である。別に死の王は所有している訳でもなく、思い入れもないので連れて行くつもりはない。

 フィリアも特に未練はないようで、あっさりと了承した。


「それじゃあ皆さんさようなら~!」


 フィリアが手を振れば、玉座の間の周辺に集まっていたアンデッド達はぞろぞろと墓所の迷宮の中へと帰っていった。


「じゃあ、いきましょうか!」


 フィリアは死の王の手を取る。

 死の王は手を取られて初めて、自身が生者に触れた事が久し振りである事を思い出す。

 彼は触れる事なく命を奪う事のできる"死の王"の名に相応しい力を持っている。今までも運良く自身の元に辿り着いた者達を、触れる事なく、触れられる事もなく殺めてきた。

 生者に触れたのはいつの事だっただろうか。死の王は思い出せない。


 骨になった体には触覚などない。

 座っているのが黄金の椅子なのか、存在しない幽霊なのか、その触感も分からない。

 少女の手の柔らかさも分からない。少女の手にあるであろう温もりも分からない。

 

 少女に手を握られて、死の王は自分がそんな事も知らなかったことを改めて知った。


 フィリアに見つかった時、従えられた時、「なんだこのヤバイ奴」と思った。

 それは今も変わらないのだが……。


(……あながち悪くはないのだろうか。)


 意味も無く墓所に留まり続けていた。

 一体自分が何者なのかも、何を求めているのかも、何に飢えているかも知らないまま、ただ目の前にある命の火を消してきた。

 墓所からの脱出は、そんな日常からの脱出でもある。


 死の王は歩み出す。死を愛する少女に手を引かれ。


 それは死体を愛する一人の少女と、死の王が出会い始まる物語。

 それは死をいう終わりを一度迎えた男と、死を愛する少女が、死という終わりに向かって歩いて行く物語。



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