第7話 あの子のために

 ミレイは、生贄として生まれてきた。

 十八年後の満月の夜、その年に最も立派に育った家畜と共に、イソトメ様に捧げられる生贄として。

「お前達はね、家畜と同じなんだよ。イソトメ様に捧げられる大事な大事な生贄なんだ。そうでもなけりゃ、お前達のような役立たずなんか誰が育てるもんか」

 ミレイは、両親の顔を知らない。

 情が移ってしまったら、生贄として差し出せなくなる。だからその年にジバの村で産まれた娘は、どれだけ大きな産声を上げようと、元から死んでいたものとして扱われる。

 自らを産み落とした母の腕に一度も抱かれることなく、産婆に取り上げられ、父の顔すら知らないまま、生贄となる娘を育てるカンナギの元へ集められるのだ。

 カンナギは大の子供嫌いだった。皺だらけの顔に青筋を立てて、口を開けば罵声か怒声のどちらかだった。

「お前のような馬鹿を育ててやってるんだ! もっと感謝したらどうなんだ!」

 生贄として選ばれた娘は、ミレイの他に二人居た。

 透き通るような白い肌を持ったカレンと、切長の瞳を持ったフレタ。

 彼女達の名付け親はカンナギだった。名前すら名乗れぬ無礼者をイソトメ様に捧げるわけにはいかないからだ。

 読み書きや礼儀作法を叩き込むのも、全てはイソトメ様に礼を尽くすため。娘達のためではない。

 十八年後に生贄となるために、それまでは何としてでも生贄の娘達は生かされなければならない。だから、カンナギは娘達に手を上げることはなかった。代わりに罵声を浴びせ続けていた。

「これはね、尊いお役目なんだよ」

 生贄の役目を語る時だけ、カンナギは笑顔になった。腐りきったパンを捏ね回したような、ねばついた声で語っていた。

「お前達のような何の役にも立たないゴミのような小娘でもね、イソトメ様は受け入れてくださるんだ。イソトメ様は偉大なお方だ。村を災いから守ってくださるんだから。生贄に選んで頂いたことを感謝するんだね。ただのゴミで終わらずに、村の役に立つことができるんだから」

 村の外れの小さな家に閉じ込められ、一日中カンナギの罵声を浴びる。家の外に出ることは禁じられていた。だからミレイは、カンナギ以外の大人を見たことがなかったし、カレンとフレタ以外の子供を知らなかった。

 ジバの村のことは、本で知った。魔女の森のことや、イソトメ様のことも。

 ことあるごとに罵声を上げるカンナギだったが、読書だけは別だった。イソトメ様の前に立つに相応しい教養を身につけるために、仕方なく許してやっているのだと、ことあるごとに嘆いてはいたが。

 初めてカンナギ以外の大人の姿を目にしたのは、カレンが死んだ時だ。生まれつき身体が弱かったカレンは、十五歳の誕生日を迎える前に、流行病で死んでしまった。その時のカンナギの狂乱ぶりは凄まじかった。

「どうして! 私はきちんとやっていたのに! 完壁に育ててやったのに!」

 その日の夜、カンナギの家に大勢の男が押し寄せてきた。ミレイとフレタは別室に追いやられたが、ミレイは細く開いた扉の隙間から、大人達の会話を聞いていた。

「何故死なせた? イソトメ様への捧げ物だぞ。わかってるのか?」

 低い声で詰め寄る男達に、カンナギは腰をくねくねと振りながら、あの粘ついた声でこう言った。

「やあねえ。そんな怖い顔しないでちょうだいよ。アレは元々欠陥品だったんです。あとはちゃんと仕上げるから、許してくださいよ」

 男達は忌々しげに舌打ちして、「これだから女は駄目なんだ」と吐き捨てて帰って行った。その口調は、ミレイを罵る時のカンナギとそっくりだった。

 大人達は、誰一人カレンの死を悲しまなかった。彼女のために泣いたのは、ミレイとフレタの二人だけだ。

「ねえ、ミレイ。生贄になる前にさ、死んじゃおうよ」

 フレタがそう言ったのは、二人が十七歳になった後のことだ。次の満月の夜には、二人は十八歳になり、イソトメ様の生贄として捧げられてしまう。

「私達が生贄にならなかったらさ、イソトメ様の機嫌が悪くなって、村に災いが降りかかるんでしょ。最高じゃん、それ」

 フレタは楽しそうだった。笑顔さえ浮かべていた。

「一緒に死のうよ、ミレイ。生贄にされる前に」

「··········駄目」

「なんで? こんな村、滅んだって良いじゃない」

 ミレイも同じ意見だ。この村に災いが振りかかろうが、村人が何人死のうがどうでも良い。

 だが――――フレタが死ぬのは、嫌だった。

「私だってこんな村、滅んだって構わない。だけど、フレタが死ぬのは嫌。絶対に嫌だ」

「変なこと言うね、ミレイ」

 フレタは穏やかに言う。

「今死ななくても、どうせ生贄にされて死んじゃうのに」

「生贄にならなきゃ良いんだよ」

「え?」

「生贄にならなきゃ良いんだよ。イソトメ様なんかが居るからいけないんだ。イソトメ様さえ居なかったら、きっと」

 イソトメ様が居るから、生贄が必要になる。イソトメ様が居なくなれば―――イソトメ様を封印することができたなら、フレタもミレイも死ななくても良いのではないか。

「私、イソトメ様を封印する」

「封印って、どうやって」

「わかんない。だけど、魔女の本屋なら、封印する方法が書いてある本も置いてあるかも」

 一度言葉にしてみたら、それしか手はないように思えた。イソトメ様さえ居なくなれば、封印することができたら、フレタもミレイも死なずに済む。十八歳より、ずっと長生きができる!

「私が何とかするから。死なないでね、フレタ。絶対何とかなるから!」 

 

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