第2話 彼女達の歴史

 魔物と交わった女は魔女となり、また魔女の娘も魔女となる。

 彼女達のほとんどは人間と同じ姿をしていたが、人間の身体では到底耐えきれないほどの魔力をその身に宿していた。

 長い修行に耐えた魔法使いが、全神経を集中させ、難解かつ長大な呪文を唱えなければ実現できないようなことを、彼女達なら指をひとつ鳴らすだけで事足りる。

 その余りに強大な魔力に、人々は恐怖した。また、魔物と交わった女を、魔物の血が流れる娘のことを嫌悪した。

 魔物に股を開いた穢らわしい尻軽女。または、魔物に股を開いた女が産み落とした穢らわしい娘。

 長い間、魔女は忌み嫌われてきた。魔物に処女を売り渡した愚かな女をすることを目的に、各地で大規模な魔女狩りが行われていた。定期的に未婚の娘を集め、処女であることを確認していたのだと言う。

 仕えるべき夫が居ないのに処女を失っているのなら、その娘は魔物と交わったのだ。女としての慎みを捨てて、魔物に股を開いて魔女になったのだ。

 魔女であることを暴かれた女達は、容赦なく処刑された。魔物ではなく村の男に犯されたのだと訴えたところで、聞く耳を持つ者は居なかった。

 魔女の処刑は、火炙りと決まっていた。穢れた魔女を正義の炎で焼き尽くす。愚かな尻軽女の悲鳴や泣き叫ぶ声を聞き、呪われた身体が燃え尽きて清らかな白い灰に変わるまで見届けて、これできちんと浄化ができたのだと、正義が守られたのだと人々は胸を撫で下ろすのだ。

 風向きが変わったのは、聖王アルベルトの時代。

 本来、魔王を封印するのは、正義の神アスタによって見出された勇者や聖女の役目である。正義の神アスタの加護を受け聖王となったアルベルトには、勇者たる資格は充分にあったが、彼はその旅路に、

 魔女は聖王をよく助け、魔王封印に大いに貢献したのだと言う。聖王は魔女の功績を称え、世界が平和になった後に彼女に褒美を与えようとしたが、魔女は静かに首を横に振った。

「褒美だなんて。何も要りません。私は、ただ正義のために戦っただけですもの」

 それまでの魔女と言えば、愚かで穢らわしい尻軽女だった。だが、聖王アルベルトと共に戦った魔女は、慎み深く無欲で多彩な魔法を操る才媛だった。

 魔物に股を開く尻軽女だけが魔女ではない。聖王アルベルトの供を務めた魔女の存在は、それを世界中に知らしめることとなった。

 各地で定期的に行われていた魔女狩りは廃止となり、彼女らの豊富な魔力を密かに羨んでいた魔法使い達は、競うように彼女らに接触して、人間の魔力だけでは実現できなかった魔法実験に没頭した。

 今日こんにちの魔法の発展は、魔女の存在を抜きに語ることは不可能だと言っても過言ではない。

 こうして、魔女の印象改善に大きく貢献した彼女だが、魔王封印後の消息は不明である。

 最後に言葉を交わした聖王アルベルトに、彼女は「田舎に帰って本屋を開きたい」と伝えたのだが────その店が何処にあるのか、知る者は居ない。

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