ある異世界書店の一日

あーく

ある異世界書店の一日

私は名もない魔導書店の店員。


魔導書を求めて様々な人がやってくる。


例えばあの人、何やら探し物をしているようだ。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」


「すみません、本を探してるんですが……。」


「どういった本でしょうか?」


「確か、表紙が黒で――」


「黒い表紙ですね。タイトルは?」


「タイトルは確か、『僕らの巫女』みたいな――」


「『ネクロノミコン』ですね」


「あ!そう!それそれ!」


「かしこまりました。『検索魔法サーチ』」


検索魔法サーチは欲しい物の場所がどこにあるかが分かる便利な魔法だ。


この書店はあまり大きいとは言えないが、端から端まで探そうとするとさすがに時間がかかり過ぎる。


まさにうってつけの魔法だ。


ちなみに、面接の時にこの魔法を店長に披露したらすぐに内定が決まった。


「お待たせしました。あちらの角を右折したら『禁断書コーナー』があるので、そちらをお探しください」


「ありがとうございます!」


「近くに魔法生物『悪魔の本イビルリブル』があるので、くれぐれも食べられませんように」


「え!?」


レジへ戻ると、一人の客がウロウロしていた。


「どうしましたか?」


「あのー……本の買い取りをお願いしたいのですが」


ここでは本の買い取りも行っている。


古い本でも案外需要があったりする。


「かしこまりました。それでは、そちらの本を見せていただいてもよろしいでしょうか?」


客は大きなカバンを差し出した。


中にはずっしりと大量の本が入っている。


査定の方法は簡単だ。


本のタイトルと市場価格のリストがあるので、それを見て調べるだけ。


この人が持ってきた本は『成功者が必ずする30の習慣』『なぜギルドのマネジメントは失敗するのか』『魔術は詠唱が9割』『魔術は属性が9割』『超魔導術ちょうまどうじゅつ』――などなど、ビジネス書と言われる本が多い。


どんな本を読んでいるかで人の性格が分かる。


この人は恐らく、真面目な新米の仕事人だろう。


実は私もこの手の本に一時期ハマったことがある。


数十冊読んだところで、大体同じことしか書かれていないことに気付いてから卒業した。


こういう本に限って陳腐な言葉を並べ、中身がないことが多い。


結局、魔術の9割は詠唱なのか属性なのかはっきりしろ。


査定が終わり、査定額を客に告げると快く承諾してもらえた。


久しぶりにビジネス本を読み返してみるかな、と一息ついていると、向こうでなにやら騒いでいる。


「お前、先行けよ!」


「いいや、お前が行けよ!」


様子を見に行くと、カーテンの前で揉めていた。


これはいけない。


「お客様、種族を伺ってもよろしいでしょうか?」


「え!……エルフだけど」


「お、俺も……」


「年齢は?」


「きゅうじゅう……」


「90はまだ早いね。あと10年待ってね」


「違うよ!98だよ!」


「じゃああと2年待ってね」


カーテンの方を指差すと、そのエルフたちは肩を落として去っていった。


カーテンには「エルフ……100歳。リザードマン……10歳」など、種族と年齢が書かれていた。


そう、100禁コーナーだ。


未成年の定義は種族で異なるので、種族と年齢の両方を聞かなければならないのが面倒だ。


ま、私は成年だけどな、などと思っている暇は貰えなかった。


「すみません。眠るのに丁度いい円盤CDはありますか?」


この書店では円盤CDも取り扱っている。


客を円盤CDコーナーに案内した。


「こちらの『セイレーンの歌声』はいかがでしょうか?よく眠れますよ」


「お、いいね!」


「ただ、二度と起きられなくなる場合もありますがよろしいでしょうか?」


「よろしいわけないだろ!」


「では、こちらの『作業用・睡眠魔法スリープ』はいかがでしょうか?」


「タイトルが気になるな。『作業用』って、寝ちゃったら作業できないよね?作業させる気ないよね?まあいいや、それを買わせてもらうよ」


「ありがとうございます」


今日はいつもより客が多い。


しかし、これだけ多いと中には迷惑な客もいる。


円盤CDの他に立体動画ホログラムも売っているのだが、さっきから立体動画ホログラムの前でじっと動かない客がいる。


近づいてよく見てみると、商品の立体動画ホログラムを観ていた。


しかも、入店してからかなり時間が経っている。


「すみません、当店では立体動画ホログラムの長時間の閲覧は遠慮させていただいております」


「あん?」


客はこちらを睨んだ。


オークの客だった。


「観られるように置いとく方が悪いんだろうが」


「他のお客様に迷惑なので――」


「うるせえ!俺に指図すんじゃねえ!」


すると突然、オークが殴りかかってきた。


私は右手で止めた。


「……あなた、年齢は?」


「うるせえ!25だ!コラ!」


オークがもう一度殴りかかって来たが、もう一度止めた。


「オークは50歳が成年なので、あなたはまだ未成年ですね?」


「それがどうした!」


「お子様には教育が必要ですね。とりあえず『瞬間移動魔法テレポート』で」


店の中だと迷惑がかかるので、書店の前の通りまで瞬間移動した。


何もない所から急に現れたので、周りの人たちは驚いていた。


「な!何をしやがった!」


「まだ何もしていませんよ。まだ――ね、『火炎魔法ファイヤー』!」


燃え盛る火炎がオークを襲った。


火の粉と共に、オークの叫び声が放たれる。


「やめてくれ!俺は炎が弱点なんだ!」


少し可哀想だったので魔法を解いてやった。


「……俺の弱点を……知っていたのか?」


「当たり前ですよ。あらゆる種族の属性は知り尽くしてますから。知りませんか?『魔術は属性が9割』ですよ?」


「しかもさっきの『瞬間移動魔法テレポート』といい――無詠唱だと!?」


「安心してください。威力は弱めてありますから」


「……くそっ」


オークは反省しているようだった


「これに懲りたら、大人の言うことはちゃんと聞くように」


くるりと背を向けた瞬間だった。


「――今だ!」


オークは後ろから私の体を締め上げてきた。


これでは身動きが取れない。


「へへ。俺は魔法には弱いが、力は強い。お前も知っているはずだ。身動きがとれなければ魔法は使えまい!」


確かに無詠唱は、長い詠唱の代わりに体を使うことで簡単に素早く魔法を放てる。


ただし、体が動けないと使えなかったり、詠唱の時より威力が弱まったりするというデメリットがある。


「……やれやれ」


私は呪文を唱えた。


「何!?お前、無詠唱じゃなかったのか!?」


「誰が無詠唱しかできないと言いましたか?これだから頭のよろしくないオークは――『睡眠魔法スリープ』!」


オークは深い眠りに落ちた。


「『魔術は詠唱が9割』ですよ。覚えておいてください」


店内に戻ろうとしたそのとき、拍手喝采の嵐に包まれた。


これほど多くの魔法が使えたり、無詠唱ができる人は珍しいのだろう。


本を読み漁ったせいで、沢山の魔法を覚えてしまっただけの話なのだが。


苦労したことと言えば円盤CDから流れる『睡眠魔法スリープ』を眠気と戦いながら聞いて覚えたことぐらいだ。


鎧を着た人が話しかけてきた。


仲間を二、三人連れているところを見ると、ギルドのリーダーのようだ。


「こんなに多彩な魔法は初めて見たよ!しかも無詠唱なんて!よかったらうちのギルドに来ないか?」


戦うために魔法を覚えたわけではないのだが。


私は軽く微笑み、答えた。


「遠慮しておきます」


「どうしてだ?」


私はこう続けた。


「本を読む時間がなくなるので」

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