その時私の名を呼ばぬ君

三愛紫月

私と彼と彼女と……

高校の時の友人だった

一ノ瀬理花いちのせりかが結婚をした。


理花は、よくモテていたから一番最初に結婚すると思っていた。


だけど、37歳になりようやく結婚したという。


【結婚式は、するつもりはない】とウェディングドレスの写真をSNSであげていた。


その写真を見て、いくつになっても、理花は綺麗だと思った。


私は、理花に【おめでとう】とメッセージをしてから直接連絡を取るためにメッセージアプリの方を教えて欲しいと伝えた。


理花は、すぐにメッセージをくれた。


【元気だった?美香】


【元気だよ】


【懐かしいね!10年ぶりぐらい?】


何てやり取りを理花と交わした。

私は、理花に結婚して七年経った事や今だ子宝に恵まれない事などを話した。

理花も、子供は無理だと思ってるのとメッセージをくれていた。

理花は、あの頃と変わらないと思った。


綺麗で、女優さんみたいな体型で、サバサバしてて……。

男も女も理花の事を好きな人は多かった。


どれだけの年月が経とうと理花は、変わらないのだ。


そして、私も同じ。


私は、理花に結婚のお祝いを送った。住所を知らなくても、送れるなんて便利な世の中!


【ごめんねm(;∇;)m気を使わせたね】


泣き顔のペコリとお辞儀をしている顔文字が印象的なメッセージが送られてきた。


【全然!気持ちだから(^o^)】


私は、凄く笑っている顔文字をつけて送信した。


最後にスタンプの投げ合いをして、理花とのやり取りは終わった。


それからは、理花と連絡を取る事はなかった。


理花が結婚してから半年が経った頃だった。

SNSにメッセージがやってきたのだ。

私は、そのメッセージの差出人を見て驚いていた。


それは、【河瀬碧人かわせあおと】だった。


河瀬碧人は、理花が中学、高校と片想いしていた相手だった。


あんなにモテていた理花が河瀬碧人だけは振り向かせる事が出来なかった。


長谷部はせべ会えない?】


河瀬碧人は、私の旧姓でメッセージを送ってきていた。私は、今、結婚して【村川美香むらかわみか】なのだ。


何だか少しだけ懐かしかった。


その名前で呼ばれる事は、この七年一度もなかったから……。


私が、結婚してる事を河瀬碧人が知っているか知らないかで言うと知るわけがないのだと思う。


河瀬碧人は、私には興味がないのだから……。


【ごめん。無理だよな】


河瀬碧人のメッセージに私は固まっていた。


河瀬碧人には、何の思いいれもなかったけれど……。


あの理花を、選ばない男に会ってみたかっただけだった。


【私も、河瀬君に会いたい】


適当に嘘をついて、私は河瀬碧人に会ったのだ。



「久しぶり、長谷部」


「久しぶり」


夫が、単身赴任なのをいいことに私は河瀬碧人に会いに来た。


「元気してた?長谷部」


「元気だよ!河瀬君は?」


「俺も元気だよ」


駅前で、待ち合わせをした私達は近くの居酒屋に向かった。


正直、理花が「碧人君が、好き過ぎてしんどいよ」って泣いていた意味が私には理解出来なかった。


「時間大丈夫?彼氏とか?」


「大丈夫だよ!河瀬君は?」


「俺は、バツイチだから」


河瀬碧人は、笑ってた。


理花が好きだった時は、理解出来なかったけれど……。


こうやって、言葉を交わし始めたら、理花が好きになった理由が少しずつわかってきた。


照れ臭そうに笑う所やお酒がなくなるとすかさず注文してくれる所など……。

河瀬碧人は、意外に素敵な男だった。


私と河瀬碧人は、たくさんお酒を飲んだ。


「終電なくなったわ!タクシーで送るよ」


お会計をして、居酒屋から出た瞬間に河瀬碧人は、腕時計を見ながら話した。


「私、帰りたくない」


私は、河瀬碧人の腕に腕を絡ませた。


夫が単身赴任で、ずっと寂しかった。


そして、何よりも


女にも、そうなりたい夜があるのだ。


「いいよ」


河瀬碧人は、私とそのままラブホテルに行ったのだ。


理花に勝った気がした。


私は、理花に勝ったのだ。


「理花……」


私と肌を重ねながら、河瀬碧人は耳元でその名を呼んだ。


「えっ?」


私の言葉を気にする事なく、河瀬碧人は自分勝手にそれを済ませた。


「ごめん。嫌じゃなかった?」


全てが終わると河瀬碧人は、煙草に火をつけながらそう言った。


「全然」


私は、河瀬碧人は笑っていた。

どうやら、さっきの私の間抜けな「えっ?」など河瀬碧人には聞こえていないようだった。


「また、会える?」


「もちろん」


私は、河瀬君と連絡先を交換した。


「碧人君って呼んでもいい?」


「いいよ」


河瀬君は、おいでと手を広げて私をスッポリと自分の胸に納めた。


「朝までいれる?」


「明日休みだから大丈夫だよ」


頭を優しく撫でながら、私は河瀬君に言われた。


久しぶりの誰かの腕の中は、思ったより安心感があって気づくと私は眠ってしまっていた。


目が覚めた私は、河瀬碧人を見つめていた。


「理花……」


河瀬碧人は、寝言でも理花の名を呼んでいた。


勝った気がしていたのに……。


河瀬碧人が、私に会いたいと言ったのは何故だったの?


河瀬碧人の寝顔を見つめながら、私は思っていた。


「今、何時?」


「えっ、あっ、3時」


「まだ、そんなんなんだ。寝ちゃって、ごめん」


「全然」


「お風呂入る?」


「うん」


真夜中に起きた河瀬碧人と一緒に、お風呂に入った。


私には、河瀬碧人が何を考えているのかがわからなかった。


「でも、長谷部に会えて嬉しいよ」


お風呂から上がり、タオルで体を拭きながら河瀬碧人は話した。


「私も、碧人君に会えて嬉しかったよ」


洗面所の鏡越しに河瀬碧人を見ながら私は答えていた。


「長谷部の気持ち嬉しいよ!下の名前なんだっけ?」


「美香」


「じゃあ、美香って呼ぶよ」


「うん」


どうせ呼ばない癖に……。


そう思ったけれど、口に出すのはやめておいた。


水を飲むと河瀬碧人は、私を後ろから抱き締めてくる。


私は、河瀬碧人を受け入れていた。


「理花……」


美香だとさっき教えた名など呼ばれる事はなく。


私は、河瀬碧人と肌を重ねてしまった。


別に、強制じゃなかった。


嫌なら、やめてと言えばすむ事だった。


それでも、河瀬碧人を拒まなかったのは……。


夫がいない寂しさと理花に勝ったという優越感だったと思う。


「ごめん」


「ううん」


何故、いちいち終わると謝られるのかも理解出来なかった。


河瀬碧人は、煙草に火をつけた。


「昔、仲良かったよな?一ノ瀬と……」


「あーー、うん。中学、高校とは、よく遊んでた」


「へーー」


「一ノ瀬さんは、よくモテたからね!羨ましかった」


「そっか……」


河瀬碧人の顔が少しだけ曇ったのがわかった。


もしかして、理花が好きなの?


「美香は、一ノ瀬とは、卒業してからは会ってないの?」


河瀬君は、煙草を灰皿に押し付けて消した。


「7年前までは、会ってたけどね……。会わなくなっちゃった」


「そっか……」


河瀬君は、また煙草に火をつける。


「一ノ瀬、結婚したんだよな……」


河瀬君は、何故、そんなに悲しそうな顔をしてるの?


「好きだった?」


私の言葉に河瀬君は、「まさか」と笑った。


嘘つきだね……。


私は、心の中でだけ呟いていた。


「一ノ瀬さん、今、凄く幸せなんだって!久しぶりに、SNSでやり取りしたんだよね!そしたら、教えてくれたの」


河瀬碧人を傷つけるつもりは、なかったけれど……。


あからさまに、ガッカリされると私も困るのだ。


「美香、好きだよ」


「嘘……」


「ずっと、好きだったよ!高校の時からずっと気になってたんだよ!美香が……」


「嬉しい。碧人君」


人間の口は、食べ物を食べる為と嘘をつく為にだけ、存在してるのだと河瀬碧人と話していたら実感する。


高校の時から、私を気になっていた?


私も同じだ。


「嬉しい」などとよく言えたものだ。


そんな嘘を平気でつける程に、私達は大人になったんだと思った。


朝を迎えて、私達は帰った。


私は、SNSを見つめていた。


ちょうど理花が、SNSを更新していた。


【冬が終わる。朝の匂いが好き♡】


ハートマークがついた可愛い投稿と一緒に、ハートのカップに入ったココアが映っていた。


私が、河瀬碧人と関係を持ったと話したら理花あなたはどんな顔をする?


そう思いながら、いいねをつけておいた。


帰宅すると同時にスマホが鳴った。


「もしもし」


『もしもし、美香!今月も帰れそうにないんだ』


「今月は、大丈夫って言ってたじゃない」


『ごめん。トラブルで、難しそうなんだ』


「わかった」


夫とは、もう三年も離れて暮らしている。


最近は、盆と正月ぐらいしかまともに会っていない。


「今月は、結婚記念日だったのに……」


私は、カレンダーについているハートマークを指でなぞっていた。


3日後だったのに……。


ブブッ……。


私は、スマホを見つめる。


【今日も会えないかな?】


河瀬碧人からのメッセージに【いいよ】と返信した。


夜になると、私は、河瀬碧人と再び会っていた。


「美香は、中学の時、誰が好きだった?」


「中学は、八木君だよ」


「あーー、八木な!イケメンだったよなーー。わかるわ!高校は?」


「高校は、八代」


「あーー、八代なーー」


私の話しなんて何の興味もないくせに、大袈裟な程にリアクションをする河瀬碧人に笑える。


「俺は、美香が好きだったからさーー。今、こう出来てるの凄く嬉しいよ」


よくペラペラとそんな嘘が言えるものだ。


私は、ビールを飲みながら河瀬碧人を見つめていた。


「本当に嬉しいよ」


河瀬君に左手を握りしめられた。


「これ飲んだら、出ようか……」


「うん」


これから先、これが合図になるのがわかった。


お会計を払ってくれて、昨日のホテルにやってきた。


部屋に入った瞬間、河瀬碧人は私を求めてくれた。


「理花……」


もう、私は「えっ?」などと間抜けな声は出さなかった。


もう、何でもよかった。


この寂しさや悲しみを拭えるなら……。


もう、どうでもよかった。


この体を満たせるなら……。


河瀬碧人が、誰を思っていようが何を考えていようが、私はどうでもよくなったのだ。


昨日と同じように、河瀬碧人は煙草に火をつけて「ごめんな」と言った。


「ううん」


謝って欲しいわけじゃなかった。


この日は、日付が変わる前に帰宅した。


あれから、私は何度も河瀬碧人と会った。


その度に、河瀬碧人は「理花」と呼んだ。


そして、終わると煙草に火をつけて「ごめんな」と言うのだ。


私は、寂しさを満たしたくて……。


優越感を味わいたくて……。


何度も……。


何度も…………。


何度も………………。


河瀬碧人とそうなったのだ。


そんな日々を半年程、続けたある日だった。


「ごめんな」


いつも通りに、河瀬碧人は私に謝った。


「好きだよ!美香」


そして、相変わらずの嘘をついた。


「終わりにしよう」


別れようではなく、終わりにしようという表現なのは、私達が恋人でも夫婦でもないからなのがわかっていた。


「わかった」


嫌だとか離れたくないとか別れたいなどと言える立場ではないのはわかっている。


だから、河瀬碧人は私を平気で切り捨てられるのだ。


何の保証もない関係。


そんな事、初めからわかっていた。


「今日は、朝までいよう」


「うん」


約束通り、河瀬碧人は朝まで私と過ごしてくれた。


「理花」


「碧人く……ん」


わざと答えるように名前を呼んだ。


「理花、愛してる」


その声に……言葉に……

お皿が割れるように私の心が割れた。


私には、一度も言ってくれなかったのに……。


「理花、愛してるよ!愛してる、愛してる」


何度も囁かれる言葉は、降り注ぐ針のように私を突き刺していく。


「ごめんな」


何もなかったかのように、河瀬碧人は私に言った。


「気にしないでいいよ」


精一杯の笑顔をプレゼントして、私と河瀬碧人との日々は終わった。


私は、また日常に戻り、単身赴任の夫の帰りを待つだけの妻に戻った。


あれから、二週間が経ち、暇な私は、理花のSNSを覗いていた。


【偶然!碧人君のお嫁さんが夫の会社の同僚だった!凄い!しかも、漢字違いの理香ちゃんだって可愛すぎます】


私は、理花の投稿を見て固まっていた。


【河瀬君、懐かしいね】


わざとらしくコメントを残してみた。


【懐かしいよね!たまたま、会ったんだよ】


【凄いね!普通に話せた?】


私は、嫌味みたいに送ってしまった。


理花から、SNSじゃなくて、直接メッセージがやってくる。


【美香聞いて!碧人君、奥さんと私、間違えたんだよ!】


【どういう事?】


【たまたま、夫と理香ちゃんがトイレに行ったの!碧人君酔ってたから……。私の手握りしめて理香って言ってきたの。ビックリでしょ?私の事は、一ノ瀬って呼んでたから、普通に勘違い笑】


私は、理花からのメッセージに固まった。


河瀬碧人が、何を考えてるかを初めてわかった気がした……。


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