ランダム単語ガチャで出てきたお題で小説を書いてみた

青木一人

ラストチャンス/胃腸炎/ベーシスト/マーマレード

「しくじった」と彼は言った。


「どうして、俺は。こんなに……ツイてないんだ」

「しょうがない。人生全てが上手くいくわけではないからね」


 うなだれ、この世の全てを恨んだような目をしているベーシストのなり損ないに、僕は優しい言葉を持っていなかった。


「そんなこと言ったってよ……あぁ……」

「いくら君が言ったって、世界は変わらない。【約束】は果たしてもらうよ」


 この男は、僕に約束をした。「10年経ってもベーシストとしてデビュー出来なかったのなら、彼らに謝りに行く」と。


 その期限が昨日で、最後の望みを賭けたオーディションは胃腸炎の発症により泣く泣く辞退。

 こうして今に至るというわけだ。


「最後に一曲弾かせてくれ」

「どうぞご自由に。じゃあ僕はご飯の用意でもしてるから」


 キッチンに行き冷蔵庫を開けた時、小気味の良い音色が聞こえてきた。

 10年前のこの日、初めて出会った時に彼が弾いていた曲。ベースと手拍子だけで構成されたこの歌は、彼のものではないにしろ、十二分に音楽鑑賞に耐えうるものだ。


 正直彼と出会うまでは、ギター以外の楽器には対して価値がないと思っていた。良くてキーボード。ドラムの方が迫力があるだけ幾分マシで、ベースは最底辺だと。


 雨に濡れながら自分が一番だと豪語する、貪欲な眼とそれを裏付ける腕前。突発的な路上ライブは、雷鳴の音がしていた。

 そんなことを思い出していると、トースターが音を鳴らした。


 狐色に焼けた六枚切り食パンを取り出し、マーマレードのジャムを塗りたくっていく。ペットボトルを開け、コーヒーをコップに注ぐ。牛乳を後から入れると、その強烈な漆黒が穏やかになっていく。


 演奏はもうしばらく続くので、彼の目の前にある机を軽く片付けてから、出来上がった朝食をその上に乗せる。自分の分も運び終える頃には、演奏は終わっていた。


 机に置いてあるラジオをつけると、最近流行りのバンドの曲が流れていた。この曲は彼らの高校時代を基にした楽曲であることが、パーソナリティにより明かされる。


「消せ」


 それまで静かだった空間が彼の一言によって破壊される。いつもは天気予報のチャンネルに変えるのだが、今日はちゃんと聴きたい。


「嫌だ。今日くらいいいだろ」

「今日だから嫌なんだ」

「いい加減、認めなよ。いいかい、今日は無理を言って予定を開けてもらったんだ」

「それはわかっている」

「わかっていたなら戻ることも出来たはずだ」


 僕は彼に向かって突きつけることにした。

 長い間目を背け続けてきた代償の明細を。


「この曲が書かれた当時、このバンドにはベースがいたそうだ」

 彼らはデビュー当時、いや今も、ベースが入る曲は発表しておらず、ずっとファンに残念がられている。ネット上ではベース有りアレンジが有志によって制作されている。公式がそれを認めたことも、彼らの人気の理由の一つになっている。


 剥がれ落ちた抜け殻は

 見えなくなったけど

 今もその轍が

 僕を支えてる


「そんなこと……知っているに決まっている」

「僕が音楽関係の仕事をしている事は知っているよね?」

「ああ」

「見ているばっかりじゃつまらないから、一枚噛ませてもらうことになったんだ」

「……それで」

「話を聞かせてもらった」


 大きく息を吸い込む。10年前に戻れたとしても、10年後になっても、僕はこの日を後悔しないだろう。


「あの日何が起こっていたのかを聞いたよ」


 彼は自分が一番上手いのだという幻想を捨てきれなくなり、やがてバンドメンバーとも不仲になっていった。彼は部活の仲間と楽しく音楽活動をすることよりも、自分が上手いかどうかに囚われた。そして17歳の秋、彼はバンドを抜けた。

 幸か不幸かバンドメンバーと同じクラスだったため、居心地の悪さから彼は高校を中退、行き場をなくしていたところに僕が声をかけ――その際に期限付きの約束をして家に置くことにした。

 バンドは彼がいなくなってから苦労したそうだ。責任なんて誰にもないのに、毎日喧嘩をして押し付けあった。そのまま空中分解してもおかしくないような状況の中、リーダーは必死にメンバーを纏め上げ、こうしてメジャーデビューをするまでに至った。


「リーダーは、君の事について後悔していた。

全て自分の力不足だったと」


 語り終えた頃、ラジオは曲どころか番組が終了していた。どうせこの後も聞きやしないので電源を落とす。


「そして、こうも言っていた。

『もし彼がいいというのなら――』」


 その言葉を言い終えた途端、彼は朝食を急いで食べ切り、ベースをケースにしまった。


「その言葉、本当じゃなかったら覚えてろよ」

 誰に聞かせるまでもなく彼は言った。


 そのまま彼はドアを開けて、突風が吹く朝の街を走っていった。

 僕はひとしきりそれを見ると、泥のように眠った。起きた時には、とあるバンドについてのニュースが夜の闇を駆け抜けていった。

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ランダム単語ガチャで出てきたお題で小説を書いてみた 青木一人 @Aoki-Kazuhito

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