第2章 王都グランシル

「……」


今日はリーサと王都に行く日で、俺はいま集合場所である村の門の前にいる。

家が隣同士なのにわざわざ集合場所を設定したのはデート気分を味わいたかったからだろう。

だが、当の本人の姿は見えない。


「……こない」


ちなみに集合時時刻は8時。そして、現在の時刻は8時15分と集合時間を15分過ぎていた。


「これは……やったな」


おそらく、俺が考えていた嫌な予感は的中しているだろう。

俺は門を離れてまだその場にいない寝坊助を向かいに行くか、もう少しこの場で待つかを考える。


「仕方ない……向かいにいく……か?」


俺がその場を離れようとした時だった。村の中からこちらに向かってとてつもない速さで走ってくる白髪の女性が一人いた。

だが、まだ距離があるため普通なら大人が全力で走っても1分以上はかかる距離だろう。しかし、その女性は20秒後には俺の目の前にいて、しかも、大して息を切らしてもいなかった。


「ふう……えっと、あの、その……ですね?」


目の前にいる白髪の女性は気まずそうに俺の方を見ては視線を逸らす動作を繰り返していた。そんな彼女に俺がまずかける言葉は一つだった。


「……まず言うことはあるか?」


その瞬間、目の前の女性は刹那の勢いで


「すいませんでしたあー!!」


見事な土下座をしていた。


「……まあ、リーサが遅れることは何となく予想はしていたことだからいいとして」

「うう、何でこうも朝は苦手なんだろう……」


目の前にいる女性ことリーサは遅れたことを反省しながら、先程の土下座で服についた土を払っていた。


「列車が出るまで残り10分もないか……」


さて、どうするか……

王都に向かう最寄の駅へは大人が走っても村から10分以上はかかる距離だ。

予定していたのは8時30分発の電車のため、普通に向かっていては間に合わない時間だ。

そして、次の列車は1時間後になるため、王都に着くのは予定よりも1時間遅くなってしまう。……まあ、普通の大人であればだが。


「あの……遅れた私が言うのもなんだけど、急げばまだ間に合うと思うし、予定していた列車で行きたいかな……って」


俺の考えていること察したのか、土の汚れを落とし終わったリーサが俺に言葉を投げかける。

なんとなく、俺はリーサがその考えを提案してくると思っていたため、すでに心の準備はできていた。


「じゃあ急ぐとするか。多分、俺の方が少し遅く着くと思うけど文句言うなよ?」

「いや、シンが本気を出したら私と変わらない速さだと思うよ?」


俺たちが何を言ってるのかって?それは今に分かることだ。


「……じゃあ、せっかくだし競争でもするか?」


俺の提案に対して、リーサはニコリと笑みを浮かべた。


「いいね。本当はゆっくり歩きながら向かいたかったけどこんな展開もありかも」


気づけば俺たちはお互い、走る体制になっていた。

この時点で駅から列車が発車するまで残り8分を切っていた。

しかし、俺もリーサもまだ間に合うと思っている。


「よし、それじゃあ行くぞ」

「うん、行くよ?よーい」

「「ドン!」」


二人揃っての掛け声が発せられた瞬間、俺とリーサはその場から消えた。

否、高速で移動を始めたのだった。

俺とリーサはとてつもない速さで村からどんどん離れていく。

俺の少し前をリーサが走っているため、俺も負けじと速度を上げる。

しかし、リーサも速度を上げるため、途中で俺がリーサを抜かしたかと思えば、再度リーサが前を行くといった動作が繰り返される。

そうこうしているうちに、最寄駅が見えてきた。


「くそっ!負けるかあー!」


俺は再度、力を振り絞って走る。しかし、前方にいるリーサとの距離は縮まらない。そして、駅に最初に着いたのはリーサだった。


「はあ、はあ……よし!私の勝ち、だね!」

「はあ……くそ、負けたか……」


リーサは呼吸を整えながら、勝負に勝てて嬉しいような顔をしていた。

俺も息が切れ、呼吸をするのが苦しいので息を整える。


「やっぱり、リーサは早いな。さすがは<銀閃>様だ」

「もう……だからその呼び方は止めてよ……それに、シンもそこまで変わらなかったし」


俺が<銀閃>という言葉を出すと、リーサは照れながらも困っているような表情を見せた。

そして、俺は呼吸を整えながらも駅にある時計を見た。


「あと3分か。何とか間に合ったな」


時計の針は8時27分を示していた。

それはつまり、大人が走って10分以上はかかるはずの距離を5分ぐらい時間で走ってきたことになる。


「じゃあ、急いで切符を買って列車に乗らないとね」


俺とリーサはまだ息が整っていない状態だが、そうも言ってられないので駅構内に入って王都行きの切符を急いで買いに行く。

そして、何とかか発車前の列車に乗り込むことができると列車は汽笛を鳴らして発車した。

列車の中は人が少ないのもあり、空いている席もすぐに見つかった。俺たちはお互い向かいあうように座り、一息つく。


「ふう……何とか無事に乗れたな」

「うん、間に合ってよかったよ。今度からは気をつけないとね」


ちなみにこの台詞をシンは何回も聞いており、説得力は皆無に等しい。


「しかし、あの<銀閃>様にも苦手なことがあるとはね」

「もうっ!それは関係ないでしょ!それに、その二つ名はまだ慣れてないんだからあまり頻繁に言わないでよね!」


リーサは強めな口調で言っていると思っているが、少し顔を赤らめながら恥ずかしそうにしているため、ただ可愛いだけだった。


「悪い、悪い。でも、すごいことじゃないか。二つ名で呼ばれるくらい強さを認められているってことだろう?」

「それはそうなんだろうけど……ね」


二つ名とは簡単に言えば、強者の証だ。

3ヶ月前、王都では武術大会というものが開かれた。そして、何を隠そうリーサはその武術大会の優勝者なのだ。

そして、リーサはその戦う姿がまるで閃光のようだったこともあり、容姿と合わせて<銀閃>と呼ばれることになった、というのが経緯である。


「<銀閃>……やっぱり、リーサにはぴったりな二つ名だと思うけどな」

「……今は呼ばれるのも慣れてきたけど、やっぱりまだ恥ずかしいんだよね」


ただ、リーサは二つ名で呼ばれることが恥ずかしいらしく、最初のうちは<銀閃>と呼ばれるたびに顔を赤くしていたみたいだ。


「でも、もしかしたら二つ名で呼ばれていたのはシンだったのかもしれないよ?」


実はシンもリーサと同じくらいの実力を持つ。

だが、アーニャのことがあって村から離れられず、武術大会には参加しなかったらしい。


「……まあ、そうかもしれないな」

「そうだよ。だから、正直納得してないところもあるんだけどね」

「ま、その話は置いといて。これから向かう用事は詳しく聞かされてなかったわけだけど」


俺は話を逸らすかのようにリーサに言った。


「もう……でも、たしかに詳しく話してなかったね。えっと……今から行く場所は知ってるよね?」

「ああ、王都にある民間保護団体ギルドだよな?」

「うん、その通り。私が来月から所属する組織だね」


実は大会で優勝したリーサは、色々な方面から声をかけられていた。

王都を守る騎士団や魔法師団。

中にはその容姿から女優をやらないかとの声もあったらしい。

そして、複数の中からリーサが受けた誘いは民間保護団体ギルドという組織だった

主に民間人の依頼を受け、護衛をしたり魔物を討伐したりする組織だ。

騎士団や魔法師団も似ているが、違いとしてはギルドは依頼によっては王都の外へ行くこともあるが、騎士団や魔法師団は基本的に王都やその周辺が管轄であることだ。

そして、リーサは王都にある冒険者ギルドに所属することを選び、来月から正式に所属することになっている。


「つまり、今日は冒険者登録をするためにギルドへ行くというわけです」


ニコリと笑いながら、なぜか語尾が敬語になったリーサに不覚にもドキッとしてしまった。


「来月から王都に住むんだろ?なら、冒険者登録はその時でいいんじゃないのか?」


リーサは来月から王都に住むことになっている。

なので、王都へ移動した際にまとめて手続きすればいいのでは?と俺は疑問に感じたので聞いてみた。


「それはそうなんだけどね、他にも用事がいくつかあって」


リーサはあはは……と言った感じで自分の頬を指でかきながら言う。


「なるほどね。ちなみに他の用事っていうのは?」


俺は無意識に腕を組み、リーサに聞いてみた。


「うん、ギルドが用意してくれた部屋も事前に見れたらなって」

「ああ……前に言ってたな。そういえば。一人暮らしは初めてだろう?不安とかあるんじゃないのか?まあ、リーサなら問題なさそうだけど」

「そうだね。家では一通りの家事はやってたし、問題ないと思うよ」


ちなみにリーサは父親と二人暮らしで、家のことは一通りリーサがやっているらしい。

料理も含めて家事全般できるから問題はないだろう。

ちなみにリーサの料理は美味い。

しかも、容姿も良く、かつ武術大会で優勝できる強さを持ち、家事全般できる。

こんな完璧な女性は普通に探してもいないだろう。

まあ、朝は弱いがそれがまた可愛い。


「……しかし、リーサの料理が食べれなくなるのは残念だな」

「え……?」

「ん?……あ!えっと……だな」


俺はつい思ったことを口にだしてしまった。

それに対して、リーサは豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしていた。


「ほら!母さんがいない時はリーサの料理を食べていたこともあったからさ!」


もちろん嘘だ。

本音は幼馴染の美人に作ってもらった料理を食べられなくなるのが悲しいから。

でも、シンが面と向かって言うことはないことを俺がいうと変に思われそうだったので、違う理由で誤魔化した。


「あ……そういうことね。確かにセリスさんがいないときに私の家で一緒に食べたこともあったね……」


リーサは顔を下に向けて、少し落ち込んでしまった。

どうやら、本人が求めていた答えと違っていたみたいだ。

俺はどうやって話題を変えようかと考え始める。


「……でも、私もシンに食べてもらえないのは残念かな」


リーサは顔を下に向けたままポツリと言葉を発した。


「え?それはどうして?」

「それは……え?」

「うん?」


すると、顔を下に向けていたリーサは顔を上げると、俺と目が合う。


「……あ、えっと……その……ですね」


リーサは顔を赤らめながら、目線をあちこちに泳がしている。

その姿を見た俺は可愛い以外の言葉が出てこなかった。


「ほ、ほら!シンと同じ理由だよ!セリスさんがいない時に大変だろうと思うから!」


そして、どんなことを言ってくるのかと思いきや、俺と同じ理由を使ってきた。


「なるほどな」

「そ、そうだよ」


それからしばらくの間、リーサの態度はどこかギクシャクした感じが続いていた。



「……あ、見えてきたね」

「もう少しで到着か」


それから、話を続けているうちに王都の街が見えてきた。

あと、10分もすれば王都郊外にある駅に到着するだろう。


「9時50分か。時間通りに着きそうだな」


俺はズボンのポケットから端末のようなものを取り出し、表示されている時間を確認した。


「いま思うと便利だよね、それ」

「ん?ああ、これか」


リーサは俺が手に持っている端末を指差しながら言った。

携帯端末、ブロシス。

いわゆる携帯電話だ。

見た目は現代でいうスマートフォンのような形状をしており、画面をタッチして操作する。

今年になって普及したらしく、俺がシンになったときにはすでに所持していたものだ。

といっても、ネットなんて環境はこの世界にはないため、時間の確認と通話ができるだけの機能だ。


「これがあれば、離れてても連絡は取り合えるからな」

「そうだね。まだ完全には普及してないらしいけど」


実はこのブロシスは所持している人の方が珍しい。

普及されたばかりというのもあるが、大半の理由としては高額であることだ。

どれほどかというと、1台の購入金額で3ヶ月は生活できるくらいの金額だ。

シンは家族との連絡を密に取る必要があったのもあり、購入してもらった。

アーニャも所持しているため何かあれば連絡を取り合うことができる。

まあ、かなりの出費だったらしいが。


「リーサはギルドで支給されるんだよな?」

「うん。今日もらえる予定になってる」


ギルドでは携帯電話を貸与されるようになっているらしい。

場合によっては連絡を取り合ったりする必要もあるだろうし、納得だ。


「それって最初から所持している人の場合も支給されるのか?だとしたらもったいない感じが……」

「まあ、ギルドから配布されるブロシスはギルドの関係者以外には連絡できない仕様になっているからプライベート使いはできないかな」

「なるほど、あくまで仕事用ってことか」

「そういうことだね。相手からの連絡も関係者以外からは取れないようになってるらしいよ」


つまり、俺のブロシスからはリーサに連絡ができないってことになる。

固定電話があるから全く連絡が取れないというわけではないが。


「まあ、これのおかげでアーニャと連絡も取れるし、作ってくれた人には感謝だな」

「確かにそうだね」


そうこうしていると列車内にアナウンスが流れる。


『まもなく、終点、王都グランシルです。お降りの際は忘れ物がないように……』


「あ、もうすぐで到着だね。降りる準備しないと」

「ああ、そうだな」


俺とリーサはアナウンスが流れている中、降りる準備を始めた。

そして、列車は約2時間の旅を終え、王都グランシルへと到着したのだった。



「よいしょ……うーん、着いたね!」


俺と一緒に列車から降りたリーサは、固まった体をほぐすように腕を上げながらぐーんと伸ばしている。


「2時間座りっぱなしは地味にきついな」


リーサに続いて俺も腰に手を当てながら体を伸ばす。

ずっと座ったままだったので、体が固まっていた。

そして、体を伸ばすと緩んでしまったのか、あくびが出てしまった。


「ふわあ……おっと、ついあくびが」

「あはは、眠くなっちゃった?」

「すまん、ちょっとだけな」


俺があくびをしているのを見て、リーサが笑いながら話しかけてくる。

いかん、だらしないところを見せてしまった。


「よし、じゃあ向かうとするか」

「うん、案内するね」


俺とリーサは駅を出て、目的地である王都へと足を進め始めた。

駅を出て3分ほど歩くと、王都の正門に到着した。

そこからでも見える王都の光景は圧巻で、建物がいくつも建っており、人もとにかく多い。

まさにRPGゲームで出てくる城下町とかと同じような光景だ。

現実で言えば〇〇ランドとかのテーマパーク並みに賑わっている。


「おお……やっぱり王都はすごいな。圧巻される」


とはいうものの、俺は王都に来るのは初めてだったりする。

シンが約一年前に来たことがあるため記憶があるだけだ。

ちなみにその時はアーニャの治療をしてくれる治癒魔術師を父さんと一緒に探しにきたときだった。


「イベントとかがある時は、もっと人が集まっているらしいけどね。でも、何度来ても圧倒されるかも」


リーサも俺と同じように王都の光景に呆けているようだ。

でも、王都に住み始めたらそのうち慣れて言わなくなるのだろうか。


「それで、ギルドはどの辺にあるんだ?」

「えっとね……このまま真っ直ぐ歩いたら中央広場があって、そこを左に曲がった先にあったはずだよ」

「なるほどね、じゃあ案内よろしく」

「うん!りょうかい!」


リーサの返事がきっかけで俺たちは歩き始めた。

だが、正門に立っている見張りの兵士らしき人が、俺とリーサの行く手を阻むかのように立ち塞がった。


「待ちなさい。その武器はなんだ?」


兵士はリーサが持っている武器を指差す。

すると、リーサは荷物を入れている鞄から手紙のようなものを取り出し、兵士に見せた。


「すいません、これを見てもらえますか?」

「ん?これは……?」


兵士は手紙の中身を見ると、何かに納得したかのような雰囲気になったあと、リーサに手紙を返した。


「失礼した。例外として武器の持ち込みを許可する。ただ、王都内での使用は禁止なので注意してくれ」

「はい、もちろんです」


兵士はそう言うと塞いでいた道を空けてくれたため、俺とリーサは王都内へとは足を進めた。


「さっきのは?」

俺は先程のやりとりについてリーサに聞いてみた。


「あ、知っていると思うけど、王都は武器の持ち込みが禁止になっているの。ただ、例外として王都の騎士団、魔法師団、そしてギルドの登録者は持ち込みを許可されていて、さっき見せたのはギルドか事前に渡されていた武器の持ち込み許可だよ」

「なるほど……」


これらは王都で事件が起きないようにするための配慮らしい。

本来なら俺も武器を持ち歩いているが、リーサに置いてくるように言われたため今日は持っていない。


「なかなか厳しいよな。もし、武器を持ってきていたらどうなるんだ?」

「まあ、その時は没収されるんだけど危険人物の扱いも受ける可能性があるかおすすめはしないね」


確かに、一般人が武器を持ち歩くことなんてまずないからな。


「でも、武器は持ち込めなくても魔法が使える人はどうなんだろうな」

「うーん……それはそれで課題だと思うけどね。でも、王都で騒ぎを起こしたら騎士団や魔法師団が飛んでくるから悪さしようとも思わないけど」


王都には騎士団、魔法師団と呼ばれる組織がある。

騎士団が剣士の集まりなら、魔法師団は魔法使いの集まりみたいなものだ。

ギルドとは違い、王都内、または近辺の警護が主流となっている。

つまり、王都で悪さを働くということはこの組織を相手にすることになるので自殺行為にも程がある、ということだ。


「あ、着いたね。ここがギルドだよ」


そんな話をしながら正門から5分ほど歩いた距離になるだろうか。

俺たちはある建物の前で立ち止まった。

建物の入口上部には看板がぶら下がっており、そこには盾の中に風を表す絵が描かれていた。

それはギルドであることを示す紋章だった。


「じゃあ、中に入ろっか?」

「あ、ちょっと持った!」


リーサが中に入るように促すが、俺はそれを止める。


「ん?どうしたの?」


リーサは不思議そうに俺を見る。


「いや、俺も入って大丈夫なのか?一応、部外者だし」


ギルドに関係のない俺が入るのはまずいのではないかと思い、俺はリーサに聞いてみた。


「中で待っててもらうだけだし、話は通してあるから大丈夫だよ」

「そうか……なら、大丈夫か」


どうやら前もって話をしてくれていたらしい。

まあ、もし駄目だったら外で待ってればいいだけか。

そう思いながら、俺はリーサの後を追ってギルドに入っていった。


「ここがギルドか……」


建物の中に入ると、そこには俺が予想していたのと同じような光景が広がっていた。

木造でできている二階建ての建物の中には依頼の受注をするための受付や、依頼内容を貼っているであろう掲示板が置かれていた。

他にも机や椅子が何個か置かれていて、数人の男達が使用していたりした。

そんな感じでギルド内を眺めていると、リーサが受付に向かっていくので俺も後を追って付いていく。

すると、リーサは受付で書類に目を通している女性に声をかける。


「エリスさん、お久しぶりです」


声をかけられた女性はその声に反応するように顔を上げ、リーサを見た。


「あ!リーサさん!お久しぶりです!お元気でしたか?」


女性はリーサを確認すると、先ほどまで険しくしていた表情を明るい表情に変えて挨拶を交わした。

受付の女性はどうやらエリスという名前らしい。

長い黒髪を一つにまとめ、眼鏡をはめている。

見た目も若く、綺麗な女性でいかにも仕事ができる女性という雰囲気を出している。


「はい!その、今日はあらかじめ連絡していた件で来たんですけど……」

「あ、登録の件ですよね?それなら準備できていますよ!……えっと、そちらの方はもしかして……?」


エリスと呼ばれた女性は俺に目を向けながらリーサに聞いた。


「はい、そうですよ」

「ああ!じゃあ、あなたがシンさんですね!初めまして!」


リーサの答えを聞くとエリスは俺に向き合って名前を呼び、挨拶をしてきた。


「えっと……」


ただ、なぜ俺のことを知っているのか混乱してしまい、つい口籠ってしまった。


「あ、すいません!挨拶がまだでしたね」


彼女はコホンと声を鳴らし、姿勢を正す。


「あらためて、ギルド”西風”の受付をさせていただいている『エリス』と言います。リーサさんからお話は伺っていますよ?いろいろと(笑)」


ちょっ!と言いながらリーサが慌てた様子を見せる。

リーサの様子が気になりながらも、とりあえず俺は彼女からの挨拶に返事をする。


「初めまして、シン・フェレールと言います。俺の名前を知ってるのはリーサから聞いていたからですか?」

「そうですね。ただ、シンさんはギルドの中で少し有名になっているので名前を知っている人は意外といるんですよ?」

「え?」


これはまさかの事実だ。

俺もシンもギルドで有名になるようなことは何もしていないはずなのに。


「えっと……それはなぜですか?」

「ふふ……なぜならリーサさんがシンさんのことを話してたからです」


リーサが俺のことを……?

まさか気になる人がいる的な話の流れだったりするのか?

あの銀閃に想い人がいる、みたいな。

それは嬉しいような複雑なような……


「私と同じ、いや私以上に強い幼馴染の男の子がいるって!」


……ん?


「えっと、それは誰のことを言ってるんだ?」


俺はエリスではなく、隣にいたリーサに聞いた。


「え?シンのことだけど?」

「……いやいや」


分かってた。いや、分かってて聞いてみたんだけども。


「確かリーサさんが言うには、シンさんが武術大会に出ていたら優勝はできなかったかもしれないって言ってましたよね?それで銀閃と同じくらい強い人がまだいるのかって噂になりましたもんね」

「リーサ……」


俺はリーサの方を見て何を言ってくれているんだという顔をする。

だが、それに対して、だって本当のことだし……といった感じの顔をして返された。

くそ……可愛いから許す。


「はあ……とりあえず噂になっていたのは分かりました。ただ、同じくらい強いっていうのは言い過ぎだと思いますよ。最近ではリーサに勝てたことがないので」

「でも、それは最近、本調子じゃないだけだと思うよ?シンの強さは私が実証済みだし」


そう……リーサの言う通り、実はシンはリーサと同じかそれ以上の実力を持っている。

そして、リーサは最近の俺が本調子じゃないと思っている。

だが、そうではない。

俺が本調子ではないのはシンの力を引き出すことが出来ていないからだ。

体は戦い方を覚えているし記憶もあるため、俺はある程度、シンと同じように戦うことはできる。

しかし、なぜかは分からないが全力を出すことができない。

そのため、最近リーサとおこなった手合わせは全て負けており、調子が悪いからという評価をされているわけだ。


「……そうだな。早く調子が元に戻るといいんだけどな」

「シン……」


俺は今の自分を悟られないよう、必死に感情を隠しながら表情をつくった。

リーサはそんな俺を見て、心配そうに見てきた。


「えっと、すいません。少し不謹慎でしたかね……?」


俺の態度を見て、エリスまでも気にしているような様子を見せてきた。

さすがに申し訳なくなってきた。


「いえ、気にしないでください。ところでリーサ、用事は済ませなくていいのか?」


俺は話を逸らすかのように言った。


「あ、そうだね。エリスさん、お願いしてもいいですか?」あと、一応確認ですけどシンは中で待っててもらってもいいですよね?」

「はい、リーサさんの関係者ということで話を通してあるので大丈夫ですよ。じゃあ、こちらへどうぞ」


そう言うと、エリスは受付から出てきた。


「じゃあシン、ちょっと待っててね」

「ああ、わかった」


リーサはそう言って、エリスと共にギルドの奥にある別室に入っていった。


「……さて、どうしようか」


リーサを見送った俺は、特にやることもないので椅子に座って待っていようと思ったが、他の人たちが座っており、空きがなかった。

まあ、部外者が座るのも微妙だったので、ちょうど良かったかもしれない。

俺は周りを見渡すと、ギルドに入った時に気になっていた掲示板があったので覗いてみることにした。


「へえ、意外と依頼は多いんだな」


掲示板には6枚の紙が貼られており、受付中となっていた。

紙の半分が魔物退治の依頼で、他は依頼人の護衛や人探しといった内容が書かれていた。


「『D』に『E』……?これはどういう意味なんだろう?」


俺は依頼内容の下の方に記されているアルファベットが気になった。

依頼の難易度を表しているような気もするが、+の意味がよく分からない。


「……まあ、あとでリーサに聞いてみればいいか」


そして、俺が依頼内容を確認していた時だった。


「ん?なんだ?受付は誰もいないのか?」


受付の方から男の声が聞こえてきた。

俺はその声の方を向くと、そこには赤髪で背も高そうな男が立っていた。

ギルドにいたらすぐに見かけるぐらい目立つ風貌をしているので、恐らく俺が掲示板に夢中になっているときに入ってきていたのだろう。

男は受付に人がいないことを確認すると、仕方ないなという感じを出しながら、俺のいる方向に歩いてきた。


「お?見かけない顔だな?」


男は俺の正面に立つと、不思議そうに聞いてきた。

近くで見ると、遠目で見るより体格の大きさを感じる。

男にしては珍しく、髪が長くて後ろで縛っており、まだ若さを感じるが、俺やリーサよりは年上の雰囲気がある。

偏見だが、不良をまとめる兄貴っぽい感じがする。

そして、何よりオーラ……というものを感じる。

この人もギルドの関係者なのだろうか……?


「えっと、今日ギルドに登録しにきた人の付き添いで来て、待っているところなんです」


俺は赤毛の男に今の状況を話した。


「へえ、そうか。また新しくギルドに入る奴が増えるのか。最近入る奴って言ったら一人いたな」


もしかして、この人はリーサのことを知っているのか?

一応、聞いてみることにした。


「それってリーサ・レーニスで合ってますか?かの…その子の付き添いなんですけど」


彼女って言うのはなんとなく気が引けたので止めておいた。


「おお!そうか!やっぱり、銀閃の嬢ちゃんのことだったのか!ってことはお前さんが嬢ちゃんの言っていたボーイフレンドか?しかも、自分より強いかもしれないっていう!」


どうやら合っていたらしい。

ただ、間違った情報が浸透しているらしいが。


「ええ、いま奥で登録に関する手続きをしているっぽいです。あと、彼氏ではないです」


一応、ボーイフレンドについては訂正しておいた

本当だったら嬉しいものだったけど。


「そうなのか?やけに楽しそうにお前さんのことを話していたからてっきりそうなのかと思っていたぜ」


いったいどんなことを話していたのだろうか。

気になるけど、本人に聞いても教えてくれなさそうだ。

…ん?というかこの人は直接話を聞いていたのか?


「リーサとは話したことがあるんですか?」

「ああ、嬢ちゃんが前にギルドに来た時に直接話す機会があったからな。……おっと、そういえば自己紹介がまだだったな」


そういうと赤毛の男は少しの間を置いて口を開いた。


「俺はエリク。エリク・スレイトだ。ま、これも何かの縁だ、よろしくな。ええっと?」


「あ、シン・フェレールです。よろしくお願いします。」

「おう!確かリーサの嬢ちゃんと同じ年だったよな?じゃあ、シンでいいか?」

「はい、大丈夫です」


赤毛の男、エリクは和やかな感じで提案してきた。

断る理由もないので、OKしたが年は気になったので聞いてみることにした。


「ちなみにエリクさんはいくつなんですか?」

「俺か?今年で22になったばかりだな」


4つ上だったのか。これは意外だった。


「お?もしかしておっさんかと思ったか?」


こっちの考えを見透かしたかのように聞いてきた。

しまった、顔にでてたか?


「いえ、そういうわけでは。ただ、大人の雰囲気がしたのであまり離れてないのにびっくりして」


誤魔化したとかではなく、これは本音だ。

最初に見た時の印象から年上な感じはあったが、もう少し離れてるかと思った。

別に若くない感じとかではない。

実際に男の俺から見てもかっこいい容姿をしている。

美青年とかではなく、かといって紳士な感じでもない。

どっちかっていうとオラオラ系みたいな感じだ。


「まあ、みんな似たような反応はするから気にしてないけどな!年も2つしか離れてないから俺のこともエリクでいいぜ?」

「いや、さすがにそれは…」


本人がいいとは言ってるものの、いきなり馴れ馴れしくするのは少し失礼な感じがした。


「はは、リーサの嬢ちゃんも同じような反応だったけどな。ま、慣れたらでいいぜ?」


そう言うとエリクさんは自分の服のポケットから携帯端末を取り出して時間を確認した。

ブロシスだ。


「ふむ……まあ、報告はまたあとでいいか。嬢ちゃんにも挨拶したかったがまたの機会かな。良かったらよろしく伝えといてくれ」

「分かりました、伝えときますね」

「おう、機会があったらまた会おうぜ」


エリクさんはブロシスを自分の服のポケットに入れたあと、俺に別れを告げてギルドの出口に向かって歩き、外に出て行った。


「機会があったら、か」


とは言え、ギルドに来ることはまずないから次に会うことはないかもしれない。

でも、いい人だったし、また会えたらいいなと思う自分がいた。


「……きっとあの人もギルドの関係者なんだよな……只者じゃなさそうだったけど」


俺はエリクさんが出ていったギルドの入り口を見ながら呟いた。

そして、エリクさんと別れてから5分ほどたったあと、リーサがギルドの奥から戻ってきた。


「シン、お待たせ。ごめんね、待たせちゃって」


リーサは申し訳なさそうな感じで謝ってきた。

でも、時間がかかりそうなのは最初から予想していたし、気にしていない。


「いや、大丈夫。掲示板の依頼を見てたり、人と話してたら時間過ぎてたし」

「ならよかったけど……誰かと話してたの?」

「ああ、エリクって人」

「え!?エリクさんが来てたの!?」


俺がエリクさんと話していたことを伝えると、リーサは驚いた様子を見せた。


「あ、ああ。さっき出て行ったけど……」


俺はリーサの反応に驚きつつも、先程までエリクさんと話していたことを伝えた。


「そっかあ……あまり会えそうにないから挨拶くらいはしたかったけど……」


そう言うとリーサは残念そうに肩を落とした。


「あまり会えないっていうのは?」

「エリクさんは長期で王都の外に出ることが多いから、あまりギルドに来ないらしいの。だから、ギルドにいるのは稀なんだよね……」


長期かかるような依頼ってことはつまり、内容ってことだよな。


「なあ、エリクさんって何者なんだ?」

「え?本人から直接聞いてなかったの?」

「ああ……」


なんとなく、予想がついてきたけど確信には至ってなかったので聞いてみた。


「ギルドにランク制度があるのは知ってるよね?」

「ああ」


詳しくはないが、ギルドには所属している者にAからFランクが振り分けられており、Aランクが一番上でFランクが一番下になるらしい。

言ってしまえばランクは強さを示すため、Aランクに近い人ほど強い力を持っていることになる。

そして、恐らくエリクさんは……


「エリクさんはギルド西風、唯一のA級だよ」

「そうだったのか……」


あの只者じゃない感じ、上位のランクだとは思っていた。

だが、まさかギルドのトップレベルであるA級だったとは……

つまりこのギルド、いやもしかしすると王都で一番強い人かもしれない。

……ということはもしかして、アーニャの病についても何か知っている可能性があるんじゃ……?


「どうかしましたか?」


リーサと話しているとギルドの奥から出てきたエリスさんが俺たちの近くにやってきて話かけてきた。


「さっきエリクさんが来ていたみたいなんです」

「そうでしたか……それは申し訳ないことをしましたね」


エリスは申し訳なさそうに言った。


「多分、いま受けている依頼の報告に来たのだと思います。明日にはまた来られると思いますが……受付の人員不足は早く解決しないといけませんね」


確かにギルドの受付はエリスさん以外に見かけない。

もしかして一人でこなしているのだろうか。


「受付は一人でやってるんですか?」

「いえ、もう一人いるのですが今日はお休みなので……」


どうやら一人ではなかったらしいが、どちらにせよ二人だけというのもどうなのだろうか。


「エリスさんも大変そうですね……じゃあ、私たちはそろそろ行きますね。あらためて来月からよろしくお願いします」


リーサは頭を下げながら言った。


「はい、こちらこそよろしくお願いします。王都デート楽しんできてくださいね」

「もう!エリスさん!」


エリスさんにそう言われるとリーサは顔を赤くしていた。

なんか、リーサはギルドに来るたびにエリスさんにこんな感じでからかわれそうな気がする。


「シンさんもお元気で。また王都に来る時は良かったらギルドに顔を出しに来てくださいね。シンさんなら歓迎しますので」

「分かりました。エリスさんもお元気で」


一応、部外者だけどいいのかなと思ったが、今更な感じがしたので了承した。


「それじゃあ、ありがとうございました!」


そう言って手を振りながら外に出ようとするリーサに俺も続いた。

エリスさんもリーサに反応するように、笑顔で手を振りながら俺たちが外に出るまで見送ってくれた。


「エリスさん、いい人だったな」

「そうだね。ギルド西風の看板娘って言われてるくらいだからね。人気もあるし、隠れファンの人もいるみたいだよ」


たしかに容姿もいいし、対応も丁寧で大人な女性って感じだったから納得な気がする。


「大人の女性ってあんな感じの人のことを言うんだろうな」

「……シンはエリスさんみたいな人が好みだったりするの?」


俺が思ったことを口に出すと、リーサが聞いてきた。

ただ、その顔はどこか不安そうな感じだ。


「いや、そういうわけではないけど?」

「でも、なんか顔がやらしかったし」


いかん、顔にでてしまっていたか。

でも、しょうがないじゃないか、俺だって男なんだ。


「まあ、綺麗な人ではあったけど好みというわけではないよ」

「そっか……じゃあ、シンはどんな女性が好みだったりするの?」


リーサは照れた素振りを見せながら俺に聞いてきた。

好みの女性?そんなのリーサがドンピシャに決まっているだろう!

……などとは恥ずかしくて言えるわけがない。


「……料理ができる子とかかな」


そこで俺は他にもいそうで、かつ、リーサに当てはまっている内容で攻めてみた。


「!?そっか……そうなんだ……へへ」


すると、リーサは照れた様子を見せながらはにかんだ表情を見せた。

いや……なにそのへへって。めちゃくちゃ可愛くておかしくなりそうなんだが。


「よし!それじゃあ、せっかく王都に来たんだし色々と見てまわろうか!できれば来月から住む部屋も見ておきたいかな!」


すると、リーサは先程とは変わって急に機嫌が良くなった感じを見せる。

俺の発言が相当嬉しかったのだろうか?


「ああ、そういえば言ってたな。でも、その部屋はもう見れるのか?」

「うん。ギルドから鍵はもらってるから、実は今日からでも住めるんだ!」


そう言ってリーサは俺に部屋の鍵を見せてきた。


「じゃあ、先に見に行くか?ちょうど昼ぐらいになると思うし」

「そうだね!部屋を見に行ったら王都を回る前に先に昼食でも食べよっか1」

「だな。じゃあ、案内よろしく」

「うん、了解!」


それから俺たちはリーサが来月に住むことになる部屋を見にいった後、リーサがギルドでエリスさんに教えてもらったおすすめの店で昼食を取ることにした。

そこはパスタやパンが美味しいと評判のイタリアンの店で、しかも、数種類あるパンが食べ放題となっていた。

そして、そんなサービス満点のお店で、俺と店員さんはとんでもない人物に出会うことになる。


「ふう……ご馳走様!」

「……」


俺は食事を終え、目の前で同じように食事を終えたリーサを見ていた。

いや、正確には呆気に取られていた……リーサの食欲に。


「いやぁ〜!あんなに美味しいパンを食べ放題なんて最高だったなぁ〜!」

「いやいやいや」


なんと、リーサは3個も食べれば腹が膨れるであろうサイズのパンを10個は食べていた。

しかも、一人前のパスタも食べている。

俺でもパスタとパン3個でお腹が十分膨れたというのに……

あまりの食べっぷりに店員さんも「こんなにパンを食べる人は初めて見ました」って言ってたね。

絶賛していたのか引いていたのか……ちなみに俺は後者だと思っている、


「ん?なに?」


そんな俺を見てリーサが不思議そうに聞いてくる。


「いや、相変わらずすごいなって」

「??」


リーサの食欲はかなりのもので、食べ盛りの男たちもリーサの前では霞んでしまう。

だが、それだけ食べていてもこのスタイルの良さ……本当に人なのだろうか?


「……ふふっ」

「え?なに?なんで笑ってるの?」

「いや、リーサの食べっぷりを見ていたら少し可笑しくなってな」

「なっ……!別にいいじゃん!」


リーサは少し顔を膨ませる。

そんな、表情豊かなリーサを見てたらふいに可笑しくなって笑ってしまった。

美味しい食事をして、いまは食後のコーヒーを飲みながら二人して笑いあって、楽しい時間が過ぎていく。

そう、楽しい時間が……


「はは……」


俺は黙る。


「……ねえ、シン」

「ん?」


突然、リーサが俺に聞いてきた。

俺はどうして、という言葉を発しようと思ったがその前にリーサが口を開く。


「もしかしていま、アーニャのこと考えてた?」

「……っ」


なんで、という疑問が生まれたが、答えは考えるまでもなかったかもしれない。


「……よくわかったな」

「わかるよ……シンとの付き合いは長いんだから」


リーサは人の表情を読むのが得意だ。


「……俺たちがこうやって楽しい時間を過ごしているあいだも、アーニャは病で苦しんでる。なのに、いいのかなってさ」


アーニャは外に出ることもできず、食べたいものも満足に食べることができすに苦しんでいる。

なのに、俺はこんな楽しい時間を過ごしていいのか、そう思ってしまった。


「シン。それは言わないってアーニャと約束したでしょ。」


俺の発言にリーサは強めの口調で言ってきた。


「『私のせいでみんなに気を使わせたくない』 他の誰でもないアーニャが言ったことだよ。その思いを無駄にしちゃだめでしょ」


リーサが言ってることは分かる。


「それでも……」


「それでも、何もできない自分が情けない…」

「シン……」


「すまない」

「ううん。私だってシンと同じ気持ちだから」


俺はリーサの方を見る。

すると、すでにこちらを見ていたリーサと目があった。


「私にとってもアーニャは妹みたいなものだもん。なんであの子だけって思うし、助けてあげられない自分が悔しい」


リーサは徐々に思い詰めたような表情になっていく。


「でも、アーニャのことは私だってあきらめない。ギルドに入ってアーニャの病を治す方法を見つけるために全力を尽くすから」

「リーサ……」


リーサは決意が固いような表情をしている。


「だからね、シンもアーニャのために本当にできることはなんなのかを考えて欲しい。そして、自分の人生を否定するのは止めよう?だって、それはアーニャ自身が一番望んでいないことなんだから」


俺がいまやるべきこと。

なんで、この世界にきたのか。

アーニャのためにできることはなんなのか。

正直……答えはまだ分からない。

でも、きっと俺がこの世界にきたこと、シンの体にいることは何か意味があるはずだ。


「…そうだな。ありがとう、リーサ。ちょっと気が動転してた」

「ううん。気にしないで」


本当にリーサはいい女だな。


「それじゃあ、そろそろいこっか!シンはせっかくの王都なんだし、いろいろ見てまわらないと!」


そう言ってリーサは勢いよく席を立った。

たしかにこれから王都にくる機会があるかは分からないので、せっかくだし見てみたいな。


「そうだな。じゃあ行くか」


そうして俺たちは店を後にして王都を観光することにした。

王都はとにかく広く、店も多かった。

そして、いろんな店や建造物を見ている内に時間は過ぎていき、気づいたら夕方になっていた。


「はあ、気づいたらもうこんな時間か。なんか、あっという間だったな」

「あはは、さすがに少し疲れちゃったね」


休憩は少しずつ挟んでいたものの、ほぼ一日中歩きっぱなしだったため、さすがに疲労が溜まっていた。

それはリーサも同じようだ。


「そろそろ村に帰った方がいいね。あまり暗くなると魔物が出たときに危ないし」


行きにかかった道を戻ることを考えると、今ならまだ日が落ちる前に村につけるだろう。

そう考えると、そろそろ王都を離れた方が良さそうだ。


「そうだな。じゃあ、駅に向かうか」

「うん」


そう言って俺たちは王都の門を抜けて、王都に来る時に降りた駅に向かった。

そして、駅に向かっている途中だった。


「きゃあああああ!」

「っ!?」

「なに!?」


前の方から急に女性の悲鳴が聞こえてきた。

悲鳴のした方を見てみると女性が2匹の犬型の魔物に襲われそうになっていた。


「女の人が魔物に襲われている!」

「助けないと!シンはあの人をお願い!」

「っ!わかった!」


リーサは俺に言った瞬間、目の前から消えた。

いや、正しくは消えたかのような速度で魔物たちの近くまで詰め寄っていたのだ。

魔物たちが目の前の女性ではない別の気配に気づいたときには、腰にかけている鞘から太刀を抜いていた白髪の女性が目前に迫っていた。


「雪華流 ニノ太刀」


リーサは走りながら右手で太刀を構えていた。

そして、魔物に反撃の隙をあたえないほど早い動きで魔物との距離をつめた。


「“雪月花(せつげっか)”!」


するとリーサはそのまま止まることなく魔物たちよりも奥で立ち止まり鞘に太刀を納め始める。

そして、太刀が音を立てて鞘に収まった瞬間、二匹の魔物の首を切り落とされた。

リーサが使用している剣技、“雪花流”の一つの型。

それは高速で移動し、魔物とすれ違う一瞬で二発の斬撃を目にも止まらぬ速度で放っていた。


「大丈夫ですか?」


俺は魔物に襲われそうになっていた女性の近くに駆け寄り声をかけた。

女性はあまりの一瞬のできごとに何が起きたか分からず混乱しているみたいだった。


「え?あ、はい!あの、えっと…?」


魔物に襲われるかと思ったら、急に魔物が倒れていたため、確かに混乱するのも無理はない。

俺は念の為、リーサが倒したであろう2匹の魔物に注意を配るが、首を見事に切り落とされているのでピクリともしていなかった。


「あ、あまり見ない方がいいですよ」

「あ、はい……」


目の前には魔物の首と体が二つに別れて血も流れている。

慣れてない人が見るにはなかなかグロい光景だ。

俺もこの世界に来て初めて魔物を倒した時には少しこたえたものだ。


「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」


俺が女性と話していると、リーサもこちらに駆け寄ってきた。


「はい、大丈夫です……」

「無事でよかったです。立てますか?」

「あ、はい。ありがとうございます」


女性は魔物に襲われそうになったときに尻餅をついていて、体制もそのままだったのでリーサが手を差し出して女性を引き上げた。


「何があったんですか?魔物にいきなり現われるなんて」

「分かりません……駅に向かっていたら急に森の方から現れて……」

「森の方から……?」


俺たちは近くにある森を見る。


「そうですか……まだ危ないかもしれないので、駅まで送りますよ?」


確かにもう魔物が出てこないとも限らないので護衛はいた方がいいだろう。


「本当ですか?じゃあ、よかったらお願いします」

「はい、じゃあ向かいましょう」


そして、俺たちは女性を駅まで送っていった。

別れ際に女性からお礼を言われ、駅構内に入っていくのを見届けると、近くにいた駅員に魔物が発生したことを説明しておいた。

俺たちが何者なのかも聞かれたが、リーサがギルド西風のメンバーであることを証明すると納得していた。


そして、説明を終えた俺たちはというと、帰りの列車には乗らず、先程まで魔物がいた場所まで戻ってきた。

人とは違い、魔物は絶命してから一定の時間が経つと、消滅するようになっている。

そのため俺たちが戻ってきた時には魔物の姿は既になかった。


「……なあ、魔物ってこんな所に現れるものなのか?」


俺は疑問に思っていたことをリーサに聞いてみた。


「ううん。王都の周辺には魔物避けの街灯が置かれているから、ここまで魔物がくることはないはずなんだけど……」


先程、リーサが言った通り、王都周辺には魔物がいるため、魔物避けの街灯が置かれている。

そのため、王都周辺には魔物が寄ってこないようになっている。

だが、その魔物が王都近くに現れた。

つまり、考えられるのは……


「もしかして……魔物避けの街灯が機能してないのか?」


ここからは見えないけど、森の中にある街灯が消えてしまっている可能性を俺は感じた。


「うん……でも、街灯は定期的に整備されているって聞いてたけど……」


それなら整備不良とかなのか?

どちらにせよ直接見に行かないことには分からない。


「とりあえず、このことはギルドに報告しないと。シン、付き合ってもらっていいかな?」

「ああ、もちろん」


俺たちはここで起きていたことを報告するためにギルド西風へ向かった。


俺たちはギルドに入ると、受付にはエリスさんがいて俺たちを見かけると不思議そうな表情をしていた。


「あれ?リーサさんに、シンさん?まだ王都にいらっしゃったんですね」

「エリスさん、実は……」


リーサは先ほど起きた出来事をエリスさんに話した。


「そんなことが……確かに魔物避けの街灯に何か異常があったと考えるのが妥当ですね。こんなことは初めてですが、状況から考えると、早急な確認と対処が必要になりますね」


エリスさんは聞いた話に驚きながらも、冷静に起きた原因を考え、対処する方向で動き始めようとしていた。

若くも、その冷静さと判断はさすがだと感じた。


「ただ、いま対応できる人がいないので、すぐに対処するのは難しそうですね……」


確かにタイミングが悪かったのか、ギルドには俺たち以外に人がいなかった。

また、魔物が現れても危険だろうし、早く対応しないといけないのだろうけど。


「……」

「……リーサ?」


リーサが何か考え事をしているようだったので、俺は問いかけてみた。

すると、リーサは何かを決心したかのように口を開いた。


「エリスさん。もし問題がなければこの件、私に任せてもらえませんか?」

「え?」


リーサの発言にエリスさんは驚いたかのような反応を見せた。


「私はすでに西風のメンバーですよね?なら対応は可能のはずです。それにこうしている間にもまた魔物が現れるかもしれません」


「……そうですね。リーサさんならこの辺りの魔物くらいなら対処できると思いますし、問題ないかもしれません……」


エリスさんはリーサの言葉に賛同するように言った。


「ただ、リーサさんでもギルドに所属してすぐに一人でも行動は認められません。これは安全のために決められたギルドのルールなので。少なくともあと一人は同行者がいないと……」

「そんな……たしかに、そうかもしれませんが……」


リーサとエリスさんは悩み始めてしまった。

どうやらギルドでは安全のために一人行動は避けられているようだ。

今日会ったAランクのエリクさんみたいな実力者ならいいのかもしれないが……

同行者か……いや、待てよ。


「あの、俺がリーサに同行するのはだめですか?」

「「え?」」


エリスさんだけでなくリーサも一緒に驚いた反応を見せた。


「俺はギルドの人間ではないですけど、大抵の魔物なら対処できますし、力になれると思うんですが」


実際、村の周辺に発生した魔物を倒したことは何度もある。

リーサと何度か手合わせもしたりしているし、俺自身、実践経験は積んでいるので大抵の魔物なら問題ないと思っている。


「……確かにリーサさんが認めているシンさんなら問題ないかもしれませんが、さすがに一般人の方を巻き込むわけにはいきません」


やはり、問題は俺が一般人であるということだった。

それもそうだ。

ギルドの目的は民間人の保護や安全なのに、その民間人を巻き込む可能性があるのは論外だろう。

だが……


「……エリスさん、私からもお願いできませんか?」

「リーサさん……」

「もちろん、シンのことは全力で私が守ります。あくまでサポートという形で同行してもらいたいんです」

「ですが……」


エリスさんは納得できない様子を見せている。


「……分かりました。仮に魔物と遭遇した場合、シンさんは極力、前線には出ないことを前提に同行を許可します」


リーサの必死に説得する姿に折れたようにエリスさんは言った。


「っ!ありがとうございます!」


リーサは同行を許可してくれたエリスさんに感謝するかのように礼を言った。


「いえ、礼を言うのはこちらです。早く対処したかったというのは山々でしたので」


エリスさんは複雑そうな表情をしながら言った。


「では、あらためてお二人には街灯の様子の調査をお願いします。街灯に異常がある可能性がありますので業者を手配しておきます。街灯を確認したらまずはギルドに連絡してください」

「はい、分かりました」


エリスさんの説明に対して、リーサが返事を返す。


「あとは念の為、シンさんに武器が必要ですね。ギルドに置いてありますのでそれを使用してください。そこまで質のいいものではないかもしれませんが」

「いえ、助かります。ありがたく使わせてもらいますね」


その後、俺たちの武器が置いてあるギルドの倉庫に案内された。

そこには剣や槍といった数種類の武器が置かれており、俺が使用している太刀も置いてあったので一時的に借りることになった。

手に持ってみると、確かに俺が普段使用している太刀より劣ってはいるが、普通に使用する分には問題ないと感じた。

俺たちは武器を手にして受付に戻ると、エリスさんがなにやら書面らしきものを書いて俺に渡してきた。


「これはなんですか?」

「武器の一時使用許可書です。それを持っていれば一時的ですが王都内での武器の所持ができるようになります」

「なるほど……たしかにそれは必要ですね」


俺は書面を見ながら言った。


「では、お願いします。ただし、くれぐれも気をつけてください。対応できる人が戻り次第、そちらに向かわせますので」

「ええ、了解です」


リーサが返事をするのに併せて俺は頷いた。

そして、リーサと顔を合わせると俺たちはギルドの入口へと進み、外に出た。

俺たちはそのまま、王都内を歩いて正門から出ると、駅の近くにある、魔物避けの街灯がある場所に向かう。

魔物が発生したこともあるため、警戒は怠らないようにしている。


「着いたね。この辺りだったはず」


リーサが言ったと同時に、俺たちは先程、魔物が発生した場所から少し駅に寄った場所で足を止めた。


「魔物除けの街灯は森に入った先にあるはず。魔物がいるかもしれないから注意して進もう」

「分かった」


俺はリーサの言葉に反応すると、一緒に森の中へと足を踏み入れる。

もし、魔物が現れても対応できるように、腰に掛けている太刀に手をかけながら進んでいく。

隣を一緒に歩いているリーサを見ると、同様に腰に掛けている太刀に手をかけていた。

そして、1分ほど歩くと街灯らしきものが立っているのを発見した。


「あった……あれだね」


俺とリーサはお互いに街灯を確認すると、側まで近づいた。


「灯が消えている……」


俺は灯りが消えている街灯を見ながら言った。

聞いた話では街灯には特殊な石が組み込まれており、その石から発生する光が魔物を遠ざける役割を持っているらしい。

だが、目の間にある街灯に埋め込まれている石はなぜか光を失っている。

それはつまり、この街灯は魔物避けの機能を果たしてないことを意味していた。


「魔物が発生したのはこれが原因だったみたいだね。でもなんで……?」


リーサは街灯を見ながら疑問を感じている様子を見せる。

だが、専門家ではない俺たちでは、考えたところで目の前の現象に対する答えは出ないだろう。


「……とりあえずギルドに連絡しないとね。早く直してもらわないと」


リーサはそう言うとブレシスを取り出してギルドに連絡をし始めた。

その間、俺は街灯を調べてみたがやはり何も分からなかった。

石の機能が失われてしまっただけなのか、それとも石自体が不良品だったのか……

どちらにせよ、専門家に対応してもらうしかなさそうだ。

そして、俺が考えを整理し終わると同時に、リーサが通話を終えていた。


「どうだった?」


俺はリーサに尋ねる。


「うん。エリスさんが専門の人には既に連絡を取っていたみたい。今からこっちに来てくれるらしいから、正門まで戻ってきて欲しいって」


リーサはブレシスをポケットにしまいながら俺に言った。


「そうか、了解だ」


俺はリーサに返事を返し、一緒に正門へと歩き始めた。

正門に着いてから5分ほど待っていると、王都内から作業服を着た男の姿が見えた。


「あなたがリーサさんですか?」


作業服の男はこちらに近づいてくるとリーサに尋ねた。


「はい、そうですが……?」


リーサは男に対してわずかに警戒した姿を見せながら、その問いに応える。


「どうも、私はヘイトと言います。ギルドから街灯修理の要請があったので来ました」


ヘイトと名乗った男は帽子を取り、軽く会釈をした。

どうやら、この人が街灯の専門家らしい。


「あ、リーサ・レーニスです。よろしくお願いします。あと、こちらが……」



リーサはそう言って俺に目を配らせる。

お前も名乗れということだろう。


「どうも、シン・フェレールです。ギルドの関係者ではありませんが協力させてもらっています」

「ええ、よろしくお願いします。それでは早速ですが街灯に向かいましょう。早く対応しないと魔物がまた発生する可能性がありますからね」


そう言ったヘイトは冷静そうに見えて、少し焦りを感じるような様子を見せる。


「そうですね。では、よろしくお願いします。ただ、魔物が発生した場合は私たちが守りますが、こちらの指示に従ってもらうようにお願いできますか?」

「ええ、分かりました。こちらこそよろしくお願いしますね」


リーサの問いにヘイトは答えた。

かくゆう俺は真剣になっているリーサの雰囲気を見て、新鮮さを感じていた。

とても初の依頼とは思えないくらい冷静に対応をしていたからだ。

普段は活発で少々、子供らしさを見せる可愛いところがあるが、今みたいに真剣になっているときのリーサは大人っぽさを感じる。

つまり、これがギャップというものであり、それを感じている俺は絶賛興奮中である。


「シン?どうかした?」


俺の様子が少しおかしいことを感じたのか、リーサは少し心配そうに聞いてきた。


「いや、なんでもない!じゃあ、向かおうか!」

「う、うん」


焦ったような様子を見せた俺に、リーサは少し戸惑ったような様子を見せた。

そんなリーサに申し訳なさを感じつつ、俺は緩んでしまった気持ちを改めて入れ直す。

そして、俺たちはそのまま駅方面にある街灯に向かって歩き出した。


「……それにしても、なぜ石は光を失っているんだろう」


街灯に向かっている途中、俺は気になったことを口に出した。


「そうだよね……ヘイトさんは何かご存知ですか?」

「いいえ。ただ、石の交換は定期的におこなわれてますし、一年は持つはずなので効果が切れることはないはずなのですが……」


リーサの問いにヘイトさんは不思議そうな表情を見せながら答える。

それを聞いて俺とリーサも改めて疑問を感じた様子を見せる。

そうしている間に俺たちは街灯に到着した。

到着してすぐにヘイトは街灯を調べ始めた。


「ふむ……特に誰かが触ったりした形跡はなさそうですね」


ヘイトは街灯をぐるりと見渡した後、自分が所持していた鞄の中から鍵を取り出した。

すると、街灯に付いていた扉の鍵を開けて、扉を開けた。

そして、街灯の中に手を入れて、石を取り外した。


「石も本物ですね。ただ、効果は失われているみたいですが……」


ヘイトは街灯の外に取り出した石を見ながら言った。

そして、その石を鞄の中にしまうと、代わりに箱を取り出した。

その箱を開けると中には僅かに紫色の光を放っていた石が入っていた。

新しい魔物避けの光を放つ石だ。


「今から交換作業に入ります。5分ほどで終わりますので」

「分かりました」


リーサが返事をするとヘイトはそのまま石の交換作業を始めた。

その間、俺とリーサは魔物が近くにいないか周辺を警戒する。

後ろでヘイトがカチャカチャと音を立てて石の交換をしているなか、緊張感を出しながらも警戒を続けて数分が経った。

このまま何事もなく終わればいい、俺はそう思ってリーサの方を見てみることにした。

だが、そのときだった。


「シン!構えて!」

「っ!」


俺はリーサの声に反応すると同時に、腰に刺してある鞘から太刀を抜いた。

横目でリーサを見てみると同じように武器を構えており、その手には青色の刀身をした太刀が握られていた。

そして、リーサの視点の先を見てみると、2匹の魔物がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

その姿は人型の魔物ゴブリンだった。


「シンはヘイトさんを守って!私が対処する!」

「分かった!」


俺は焦っているヘイトさんを守るように前に出て太刀を構える。

そして、リーサは2匹のゴブリンを迎え撃つように太刀を構えている。


「ぎぎゃあ!」


ゴブリン達は奇声を上げながら、手に持っている棍棒でリーサに襲いかかろうとする。


「はあっ!」


リーサは声を発して太刀を振るった。

すると、2匹のゴブリンは胴を真っ二つにされ、ぐげ?と声を出しながらその場に倒れた。

リーサはゴブリン達が息絶えているかを確認して、問題ないことを判断したあと、こちらに歩いてきた。


「さすがだな。とはいってもリーサならあの程度の魔物は余裕か」

「そうだね。でも油断は禁物だよ」


リーサは俺に対して少し注意するかのように言った。

俺はリーサの言葉を受け、少し反省する。


「ヘイトさん。今なら魔物の気配もなさそうなので、今のうちに作業の続きをお願いします」

「はい、分かりました」


リーサの言葉に反応したヘイトは少し怯えた様子を見せながらも街灯の交換作業を再開した。

ゴブリンは魔物の中では低級扱いされているが、それでも戦う心得がない一般人にとっては脅威になるだろう。

それは目の前にいるヘイトさんも同様だった。


「ふう、終わりました」


ゴブリンが現れたあと、他の魔物が現れることもなく交換作業が終了した。

ヘイトは無事に作業を終えることができて安堵の表情を浮かべていた。


「お疲れ様です。あとはギルドに報告して完了ですね」


リーサも一安心しているかのような様子を見せている。

これで魔物が森から出てくることもなく、一般人が襲われる心配もなくなる。

そして俺たちは皆、ギルドに戻るためその場を離れようとする。

……だが、そのときだった。


「っ!なんだ!?」


ドスン、という音と共にいきなり地面が揺れた。

急な出来事に俺は思わず声を上げる。

その揺れ方はまるで何か大きなものが移動しているかのようだった。

その何かが動くたびに地面が揺れ、その揺れはどんどん大きくなっていく。


「これは……まさか……!」


リーサが何かに感づいたかのように言った。

だが、その表情は何かを恐れているかのようだった。

そして、近くにいるヘイトは何が起きているのかと怯えている状態だ。


「あれは……?」


俺は森の奥を見ると、そこから何か大きな物が近づいていることに気づく。

揺れが大きくなるほど、その姿は少しずつあきらかになっていった。


「うそ……だろ」


俺はその姿を見て呆気に取られる。

そこには俺たちの2倍以上の高さはあると思われる体格をした全身が赤色の巨大な魔物が立っていた。


「レッドオーガ……!」


リーサは目の前にいる魔物を認識すると、その名を呼んだ。

レッドオーガ。<災害級>認定の魔物……!


「ぐおおおおおおっっ!!」


同時に目の前の魔物は思い切り咆哮を上げた。

その咆哮だけで周りの木々が揺れるほどの衝撃が発生した。

そして、咆哮を受けたヘイトはその場で腰を抜かしてしまい、その場から動けなくなってしまった。

そういう俺もその咆哮を受けて、恐れを抱いてしまう。


「シン!ヘイトさんを連れて早くここから逃げて!その間、私がこいつの相手をするから!」


リーサはそう言うと太刀を構えてレッドオーガに向き合う。

その表情には焦りが見られた。


「何言ってるんだ!一人で相手にできる魔物じゃないだろ!」


目の前の魔物、レッドオーガはさっきのゴブリンとは比にならないくらいの脅威度を持っている。

仮にゴブリン一体が街で暴れても被害はあるかもしれないが、脅威とまではならない。

だが、目の前の魔物が街で暴れたとしたらその街は数分で壊滅するだろう。

まさに<災害>。

ギルドのA級クラス、もしくはB級クラスが数人いて討伐できるレベルらしい。

いくらリーサでも一人で相手にするには無謀で、それはリーサ本人も知っているはず。


「があああああっっ!!」


だが、魔物は俺たちを待ってなどくれなかった。

レッドオーガは再び叫び、俺たちに襲いかかってくる。


「はあああああ!」


そんなレッドオーガを相手にリーサは応戦しようとする。


「リーサ!」


俺も加勢しようと思ったが、側には腰を抜かし動けないヘイトさんがいた。

こんな状態で俺も前線に出てしまってはヘイトさんが危険な目に遭うかもしれない。

リーサの言う通り、まずはヘイトさんを安全な場所に連れていくべきだろう。

だが、俺たちだけこの場を離れてリーサだけを一人にするわけにも……


「くそっ……どうすれば……」


そして、俺が焦りで冷静な判断ができなくなっていた、そんな時だった。


「な、なんだあれは!まさか、レッドオーガ!?」


突如、後ろから驚くような声が聞こえた。

俺は後ろを振り向くと、そこには正門で見張りをしている兵士の一人がいた。


「あなたは……なぜここに!?」


俺は驚きを隠せないよう表情を浮かべている兵士に問いかける。


「な、なにやら大きな叫び声みたいなものが聞こえたから様子を見に来たんだ……!い、いったい何が起きてるんだ!?なんで、災害級の魔物がこんなところに!?」


兵士はパニックになっているようだった。

だが、むしろ俺にとってはここに来てくれて助かったと思う瞬間だった。


「この人を安全な場所まで連れていってください!あとはギルドに応援を!」


俺はヘイトさんを指しながら言った。


「え……?わ、わかった。でも、君たちはどうするんだ!?まさかあいつと!?」


兵士はレッドオーガを指差した。

そして、俺もレッドオーガの方を見る。

そこには今もなお、奴と応戦しているリーサがいた。


「ええ、俺たちであいつが王都に行かないように足止めします。なので、対応できる人……B級以上のギルドランカーたちを数人呼んできてください!」


俺は兵士に訴えかけるように大きな声で言った。


「わ、わかった!すぐに助けを呼んでくるから待っていてくれ!」


兵士はそう言ってヘイトを起こし、手を貸しながら森を抜けていった。

それを見届けた俺は手に持っている太刀を握る力を強め、レッドオーガを相手にしているリーサの元に駆け寄る。


「がああああああ!」

「くっ!」


近くまで駆け寄ると、目の前ではまさにレッドオーガが振りかぶった拳がリーサに向かって放たれていた瞬間だった。


「リーサ!」


瞬間、俺は地を蹴り、レッドオーガの近くまで移動すると腕を切りつけた。

結果、わずかに打撃の軌道を逸らすことができ、リーサの横を通り過ぎて直撃を免れることができた。


「シン!?」

「一度下がるぞ!」


俺は驚いているリーサに言った。

俺たちは揃ってレッドオーガの攻撃が届かなそうな場所まで距離を取る。


「シン、どうして!?ヘイトさんは!?」


リーサは俺がまだここにいることに疑問を持っているように聞いてきた。


「正門にいた兵士がここにやってきたからヘイトさんを安全な場所まで運んでもらった。あと、ギルドにも応援を寄越すように頼んだ」

「そっか……じゃあ、それまであいつを足止めしないとね……」


俺たちはあらためて前方にいるレッドオーガを見る。

俺に切られた腕を気にもせず、今にもこちらに突撃してきそうな雰囲気を出している。

レッドオーガは《災害級》と認定されている魔物だけあって、その強さと脅威は凄まじい。

今の俺たちでは協力しても倒すことは難しいだろう。

つまり、できるのは足止め程度で、もし長期戦になれば最悪……殺されるかもしれない。


「っ!くるよ!」


リーサはそう言って太刀を構え直す。

俺も合わせるように太刀を構えた。


「があああああっ!」


雄叫びを上げ、レッドオーガはこちらに突進してくる。

だが、巨体ゆえ動きはそこまで早くない。

そこで俺たちは相手を撹乱させるべく正面ではなく、それぞれ左右斜め前方に別れて走った。

俺が左斜め前方に、リーサはその逆へ。

目の前で別々の方向に動いた俺たちにレッドオーガはわずかだが混乱した様子を見せる。

そして、それも束の間、その体は俺の方へと向き、目が合った。


「俺を標的に選んだか……!」


レッドオーガはまたもや雄叫びを上げて、俺の方へと移動して殴りかかろうとしてきた。

俺はそれを上方に飛んで避ける。

すると、俺が先程までいた場所にレッドオーガの拳がドガン!と大きい音を立てて地面にめり込んだ。

それを見た俺はその威力にゾッとして、わずかな恐怖を感じた。

もし、避けずに直撃していたらただでは済まない威力だっただろう。

そして俺は隙が生まれたレッドオーガの胴体を目掛けて太刀を振るった。


「はあっ!」


胴体を切り裂かれる音と共に、切り傷からわずかに緑色の血が出る。

しかし、強靭な肉体の前にただの一振りでは大したダメージを与えることができていない感じがした。

しかも、俺が使用しているのはギルドから支給された質が良いとは言えない物だ。

ダメージが一番通りやすい箇所に強い攻撃で攻める必要がある。

そして、その箇所はおそらく……


「はあああっ!」


俺の攻撃に続いて、リーサがレッドオーガに攻撃を仕掛ける。

そして、その先は顔面だった。


「雪華流 三の太刀!“白雪舞い(しらゆきまい)”!」


リーサは太刀を目にも見えない速さで六回振るった。

俺がなんとか目に追えるくらいの速さのため、一般人が見たら目で追うこともできないくらいの速さだろう。


「があああああっ!」


顔面を切り裂かれたレッドオーガは悲鳴を上げながら、手で顔を押さえつけてその場で痛みに苦しむ姿を見せている。


「今だ……!」


俺はこの機を逃さず、レッドオーガを仕留めるつもりで一撃を放つため構えを取る。

狙いを最も皮膚が薄そうな首に向ける。


「雷鳴流 一の太刀……“雷光(らいこう)”!」


俺は地を蹴り、レッドオーガの元へと瞬時に移動して首を切り裂いた。

しかし、完全に切り落とすくらいの勢いだったのだが、思ったよりも皮膚が厚かったため、またもや大きなダメージにはならなかった。

だが、レッドオーガに徐々にダメージが蓄積されている様子から、このまま攻め続ければ勝機があるかもしれない……そう思い始めたときだった。


「ぐおおおおおっ!」


突如、レッドオーガは今までで一番大きい咆哮を上げて、俺に殴りかかってきた。

俺は先程の攻撃でレッドオーガのすぐ近くにいたのに加えて、技を放ったばかりで相手からしたら隙ができてしまっていた。

そのため、レッドオーガの攻撃を避けることができず、そのまま直撃を受けてしまった。


「ぐっ!」


咄嗟にガードしたが、その威力の強さに俺の体は吹き飛ばされる程で、近くにあった木に体を思い切り打ちつけられる。


「がはっ……!」

「シン!」


俺はあまりの衝撃にその場に倒れ込む。

ガードした腕や背中など全身に痛みが走っており、まともに呼吸をすることもできない。

意識は朦朧として、リーサが俺を呼ぶ声にも反応することができないくらいだ。

側に落ちている太刀も先程の衝撃によってか、刃が折れてしまっていた。

そして、レッドオーガはそんな俺に止めを刺そうと徐々に近づいてくる。


「させるかぁああ!」


それを阻止しようとリーサがレッドオーガに対して太刀を振るう。

だが、レッドオーガの防御が高いため、大きなダメージを与えることができず、その足は止まらない。

そして、レッドオーガはリーサに向かって殴りかかる。

リーサは咄嗟に避けたが地面を抉るその衝撃の強さに吹き飛ばされてしまった。


「ぐっ……!」

「リー……サ……」


レッドオーガは再び俺に向かって歩き出す。

その場から立ち上がることもできず、武器もない俺は万事休すの状態だった。


「くそっ……」


レッドオーガは俺に攻撃が届く範囲まで近づくと、止めを刺さそうと殴りかかってくる。

朦朧とした意識の中、離れた場所からリーサの声が聞こえてくる。


(こんなところで俺は死んでしまうのか……?まだ、何も成し遂げていないのに……!)


だが、俺はどうすることもできずに、死を悟ると目を閉じた。


「……?」


……しかし、待てど何の衝撃も来ない。

その代わりにレッドオーガの苦しそうな声が聞こえてきた。

俺はゆっくり目を開けると、目の前には赤毛の男が大剣を持ちながら立っていた。


「あ……なたは」


「よう、昨日ぶりだな。間に合ってよかったぜ」


赤毛の男はこちらを見て、にっと笑う。

そこには昨日、ギルドで出会ったエリクさんがいた。


「エ、エリクさん!?」


リーサは吹き飛ばされた場所からこちらに駆け寄ると、いきなり現れたエリクに驚いた様子を見せる。


「おう、久しぶりだな《銀閃》の嬢ちゃん。たしか回復魔法が使えたはずだよな?シンを回復してやれ」

「は、はい!」


エリクはそう言って、手に持っている大剣を担ぎながら、痛みに苦しんでいる様子のレッドオーガに近づいていく。


「シン、待っててね……いま回復するから」

「ああ……」


リーサは俺の元に駆け寄ると、俺に手をかざす。

目を閉じて、意識を集中させると手から緑色の光が発生する。

俺はその光を浴びると、身体中に走る痛みが徐々に和らいでいく。


「ごめんね……シン……ごめんね……」


リーサは今にも泣きそうな顔をして、俺に謝りながらも回復を続ける。

謝る必要なんてない、そう言いたいが、まだ意識が朦朧としていて言葉が上手く発せない。

俺は回復をされながら、レッドオーガの様子が気になったので見てみるとあることに気づいた。

なんと、さっき俺を殴ろうとしていた右腕がなくなっていたのだ。

まるで切り落とされたかのように綺麗に切断されており、レッドオーガが苦しんでいるのはそれが原因だった。

俺はエリクさんに視線を移すと、大剣にレッドオーガの血が付いていることに気づく。

つまり、俺を殴ろうとしたレッドオーガの腕をエリクさんが切り落としたのではと考えられた。


(まさか……エリクさんが……?)


「がああああっ!」


レッドオーガは腕を切られて激昂したのか、もう片方の腕でエリクさんに殴りかかる。

だが、エリクさんはそれを避けると大剣を振りかざす。


「おらあ!」


エリクさんはそのまま大剣を振り下ろすと、レッドオーガの残りの腕も切り落とした。


「がああああっ!」


腕を両方とも切り落とされたレッドオーガは更に苦しそうな悲鳴を上げる。

だが、その隙にエリクさんはレッドオーガの上空に飛んでいた。


「おら、これで終わりだ!」


エリクさんは上空でレッドオーガの首を目掛けて大剣を振り下ろした。

すると、レッドオーガの首から上はそのまま下にずり落ちていき、切られた首元からは勢いよく血が吹き飛ぶ。

そして、レッドオーガはそのまま地面に大きな音を立てて倒れ込み、そのまま動かなくなった。


「……すごい」


エリクさんの戦いを見て、俺は言葉を漏らす。

俺たちがあれだけ苦戦していたあの頑丈な体を簡単に切り落としてしまった。

これがA級……


「よし、片付いたみてぇだな」


エリクさんは動かなくなったレッドオーガを見て、問題ないと判断すると、俺たちの方へと歩いてきた。


「大丈夫か、シン?まさかこんな形で再会するとは思ってもいなかったぜ」

「はは……」


エリクさんの軽口に俺は苦笑いを返す。


「よし……これで回復は終わったはずだけど……シン、大丈夫?」


回復を終えたリーサが俺に聞いてきた。


「……ああ、もう大丈夫だ。ありがとう、リーサ」


俺は自分の状態を確認し、痛みが無くなっていることに対してリーサに感謝した。

俺も回復魔法は使えるのだが、先程は使用する余裕がないぐらいのダメージを受けていたので助かった。


「エリクさんも……おかげで助かりました。ありがとうございます」


俺はその場から立ち上がると、エリクさんに礼を言った。


「おう!まあ、二人とも無事でよかったぜ!」


エリクさんはニカっと笑いながら、明るい感じで言った。


「それにしても、ギルドに行ってみたらエリスがすごい剣幕でお前ら二人を助けて欲しいって言うからよ、急いでいこうと思ったら、次は兵士が慌てた様子でギルドにやってきてレッドオーガが現れました!なんて言ってたからギルドはパニックだったぜ」

「そうだったんですね……」


しかし、まさかギルド最強の人が助っ人に来てくれるとは思わなかった。

エリクさんが王都に帰還していて、かつギルドに寄ってくれていたのは本当に運が良かったと言えるだろう。


「あの、エリクさん……」


すると、いつのまにか立ち上がっていたリーサが暗い面持ちでエリクさんに話しかける。


「ん?どうした、嬢ちゃん?」


エリクさんもリーサの様子がおかしいことに気づき、気になっている様子を見せた。


「……本当にありがとうございました。エリクさんが来てくれなかったら今頃どうなっていたか……」


リーサは顔を下に傾けながら言った。

たしかにエリクさんが来なかったら、今頃、俺は殺されていたかもしれない。

俺は先程の光景を思い出すと、ゾッとした。


「……まあ、不慮の事態とはいえ、一般人をここまで巻き込んだのはまずかったな。さすがに相手が悪かったから逃げると言うのも選択の一つにあったはずだ」

「……はい」


エリクさんの言葉にリーサの表情は更に暗くなった。

たしかに逃げるという行動は可能だったと思う。

だが、リーサは自分を犠牲にしてでも真っ先にヘイトさんや俺を逃がそうとした。

きっと、自分の身よりも王都や周りの人々が危険に晒されてしまうことを恐れたのだと思う。

もちろん、それは俺も同じ気持ちだった。

でも、エリクさんの言うことも理解できる。

それで自分たちが殺されてしまっては元も子もないのだから。


「……だが、お前たちのおかげで王都を危険に晒すのを防げたのも事実だ。よくやってくれたな。……むしろ、駆けつけるのが遅くなってすまなかった」


突然のエリクさんの言葉に、リーサは顔を上げて驚いた表情を見せる。

そして驚いた様子を見せたのは俺も同じだった。


「いえ……そんな……無謀だったのは承知の上だったので……やはり認められた行動ではなかったと思います」


リーサはまたもや表情を暗くする。

エリクさんはそんなリーサに近づき、左肩に右手を置いた。

突然の行動にリーサはわずかに体を強張らせる。


「お前さんの取った行動は正解でもないし、間違いでもなかっただろう。だが、結果としては誰も失うことがなかった。だから、それでいいじゃねえか。お前さんはよくやったよ」

「っ……はい……」


エリクさんの言葉を受け、リーサはわずかに目に涙を浮かべながら小さく返事をした。

そして、俺はというとそんな光景を目の前で見せられ、複雑な感情を抱いていた。

いや……エリクさんかっこよすぎんか?

メンタルやられている時にあんなこと言われたら、男の俺でも惚れそうになるのだが?

ああ……現にリーサが女の顔になって……!?


「……っ!ありがとうございます!行動に気をつけるのはもちろんですが、私……もっと強くなります!」


リーサは目にわずかに浮かべていた涙を拭うと、改まった様子を見せた。

どうやら純粋にエリクさんに感謝をしているだけだった。


「おう!頑張れよ!だが、二人とも災害級を相手に生き残れたんだ。すでにB級くらいの実力はあるんじゃないか?」

「いや……リーサはともかく、俺は下手したら殺されていたくらいだったので、それはないと思うんですが……」


俺はエリクさんの言葉に反論するように言った。


「そうか?生き残っているのも実力のうちだぜ?」


エリクさんは俺を見て、真剣な表情をしながら言った。

冗談を言っているようには見えないので、本心で言っているのだと思う。

そう感じた俺は素直に嬉しさを感じた。


「さて!じゃあそろそろギルドに戻るか!色々とやらなくちゃいけないことがありそうだしな……」


エリクさんがそう言うと、俺とリーサははい、と返事を返した。

そして、俺たちはその場から消滅しつつあるレッドオーガの姿を後にして、ギルドに戻っていった。

ギルドに戻ると、エリスさんが心配そうな姿を見せながら俺たちを出迎えてくれた。

俺たちの無事を知るや否や、張り詰めていたものが切れたかのように近くの机にもたれかかっていたほどだった。

そんなエリスさんの姿を見て、本当に無事に帰って来ることができて良かったと思った。

俺はまるでギルドの一員であるかのような気持ちになっていたのだった。



「ところでリーサさんとシンさんはこれからどうされますか?もう、列車は動いてないのでどこかに泊まる必要があると思いますが」

「「……あ」」


俺とリーサは揃って声を出す。

ギルドに戻ってきた後、リーサやエリクさんが事件で起きていたことについて報告したりまとめていたりしているうちに夜になっており、気づけば最終の列車も出てしまっていた。

ちなみにエリクさんとは少し前にギルドで別れたので、今はいない。

次に会えるのはいつになるだろうか……いや、今はそれよりも考えることがあった。


「ちなみにこれから王都でどこか泊まれる場所とかありますか?」


俺はエリスさんに聞いてみる。


「そうですね……今から王都に泊まれる場所は少ないでしょうし、値段も高額だと思います。ギルドに泊まれるケースもあったりしますけど、シンさんはその……一応外部の方ですので……」

「あ……」


エリスさんは申し訳なさそうに俺に言う。

確かに、機密情報とかもあったりするだろうし、部外者をギルドに泊まらせるのはよろしくないだろう。

そもそも、俺がいまギルドに長居していること事態、例外だろう。


「ですよね……どうしたものか……」


俺が困惑する様子を見せる。


「いえ、シンさんには協力してもらったことですので泊めることができないか聞いてみますね。少々、おまちくださ……」


と、エリスさんが最後まで言おうとした瞬間だった。


「ん?私の部屋に泊まればいいんじゃない?」


リーサが突然、言葉を発した。

聞き間違いじゃなければとんでもないことを言った気がする。


「「……え?」」


俺とエリスさんは一緒に、先程のリーサの発言に疑問を抱くように声を出す。


「えっと、リーサ?もう一回言ってもらってもいいかな?」


俺はいまだに聞き間違いではないかと疑いながら、再度リーサに問いかける。


「だから、王都にある私の部屋に泊まればいいって言ったんだけど?あと一人寝るぐらいのスペースはあるし」


「……」


俺は聞き間違いではないことを確認すると、頭の中を整理し始めた。

リーサの部屋で、一緒に、泊まる。

……え?


「いやいや、さすがにそれはまずいだろう!」

「そうですよ!今日はお疲れでしょうし、するなら別の機会にされた方がいいですよ!」


いや、何を言っているんだこの人は。


「えっと……するっていうのはなにをですか……?」


リーサはきょとんした可愛らしい表情を見せながらエリスに聞いた。

……いや、よく考えたら真面目で仕事のできる大人なイメージのエリスさんが、夜がどうのなんていうとは思えないし、きっと別のことを言っているんだろう。

俺はエリスさんを信じてリーサと一緒に回答を待つ。


「それは……成人した男女二人が夜に一緒の部屋に泊まるってことはそういうことじゃないですか!」


エリスさんは照れた様子を見せることなく、力強い声でリーサに言った。

俺は信じた自分が馬鹿だった、と嘆く。

そして、意味を理解してしまったリーサは、徐々に顔を真っ赤にし始めていた。


「ち、違います!何を言ってるんですか! シンとは何度か同じ部屋で泊まったりしたこともあるので、大丈夫ってことですよ!」

「ええっ!?既に何度も!?」


エリスさんはさらに興奮している様子を見せた。

誰かこの人を止めてくれ。


「ま、まあ、冗談はさておき」

「……本当にそう思ってます?」


少し落ち着きを取り戻したエリスさんに俺はつっこみを入れる。

まさかエリスさんにこんな一面があるとは思わなかった俺は、人は見かけによらないことを心に刻んだ。


「ギルドに泊めるのはギルドメンバーでも少しハードルがありますので、そうしていただけるとこちらとしても助かりますね。ただ、声は控えめにお願いしますね」


エリスさんは先程とは違って仕事モードの状態に戻って言った。

最後に一言多い気がしたが。


「はい、気をつけます」


そんなエリスさんをよそに、純粋なリーサは普通に答える。

その回答に対して、エリスさんはえっ!?と反応する。

もうやだこの人。


「それじゃあ、いこっかシン!」

「え!?お、おい!リーサちょっとまっ……!」


そう言ってリーサは俺の手を掴んで、歩き出した。

俺はその手に引っ張られるかのようにそのままギルドを出る。

そして、外に出る瞬間に見えたエリスさんは先程、興奮していたときと同じ表情をしていた。



「……どうしてこうなったんだ」


俺は王都にあるリーサの部屋で一人呟いた。

周りを見渡すとベッドと冷蔵庫、キッチンなど最低限の生活ができる設備が整っているだけで、他には何もない。

現実の世界で言ったら、間取りは1Kと言ったところだろう。

ちなみに先ほどまで一緒にいたリーサは今、俺の近くにはいない。


「……」


俺は少し離れた場所に意識を傾ける。

そこからは水が弾けるような音が聞こえてきて、誰かがシャワーを浴びていることを意味した。

そして、水の弾ける音が止まると、しばらくして扉が開く音がした。


「はあ〜!さっぱりしたぁ!」


離れた場所から女性の声が聞こえると、徐々に近づいてくる気配がする。


「ん? シン?なんで正座してるの?」


女性は部屋の床で正座している俺に問いかけてきた。


「……少し、瞑想をしていたんだ」

「……なんでいま?」


女性に返事をした俺は徐々に目を開けていく。


「……っ!」


目を開けるとそこにはリーサが立っていた。

ただ、髪が少し濡れていて、顔も少し火照っている。

服装も外にいたときとは違い、Tシャツ一枚に短パンを着ており、ただでさえ大きい体の一部がなお目立っている。

ちなみにリーサは何かあったときのために、着替えを常に持ち歩いているらしい。


「ん?どうかしたの?」

「い、いや……」


あまりの破壊力に俺は挙動不審になってしまう。


「……?とりあえず、シンも入ってきたら?」

「あ、ああ……じゃあ借りるな……」


リーサに風呂に入ってくるよう勧められたので、俺はそそくさと脱衣所に向かう。

ちなみにシャワーしかないらしいので、リーサが入ったあとの湯船につかるわけではない

ざんねん……いや、なんでもない。


「……はあ、それにしてもやばすぎだろ」


俺はシャワー浴びながら、先程のリーサの格好を思い出して、複雑な気持ちになる。

いくら幼馴染の前とはいえ、あの格好はいかがなものだろうか。

少なくともシンの記憶でリーサがあんな大胆な格好をしていたことはなかったはず。

俺は意識しないようにして、シャワーを浴びることにした。


「ふう……出るか」


俺はシャワーを浴び終わると、体や髪を拭いて部屋に戻る。

あらかじめまだやっていた王都の店で着替えを買えたので、それを着ている。

そして、部屋にはすでに髪を乾かし終えたリーサが椅子に座って寛いでいた。


「あ、おかえり。ドライヤーはそこに置いてあるから使ってね」

「ああ、ありがとう」


リーサが指差した先を見ると、机にドライヤーが置かれていた。

まさか、この世界にもドライヤーがあり、しかも名前が一緒なのには驚きだった。


「よっ……と」


俺は髪を乾かし終えるとドライヤーを机に置き、リーサの対面にある椅子に腰をかけた。


「はい、水だよ」

「お、ありがとう」


リーサはあらかじめ用意してくれていた水の入ったコップを俺に渡してくれた。

俺は受け取った水を飲むと、リーサがこちらをじっと見ているのに気づく。


「ん?どうかしたか?」

「へっ……?ううん!なんでもない!」


リーサは慌てた様子を見せると、俺から視線を外してしまった。


「そ、それじゃあ!もう夜も遅いし、そろそろ寝よっか!」

「あ、ああ。そうだな……」


少し様子がおかしいリーサに俺は戸惑う。


「じゃあ、俺は床で寝るよ」

「え……?」


リーサは俺の方を見る。

リーサの部屋にはベッドぐらいしか寝られる場所がないため、床で寝るしか選択肢がなかった。

まあ、一夜だけだし大丈夫だろうと思っている。

そして、俺は椅子から立ち上がって床で寝るための準備を始めようとする。


「ね、ねえ、シン」

「ん?」


リーサは気まずそうにしながら俺を呼んだ。

すると、一度視線をそらしたあと、何かを決心したような雰囲気を出しながら俺を見る。


「……よかったら一緒に寝ない?」

「…………えっ!?」


一瞬、思考がフリーズしてしまった。


「リ、リーサ?それってどういう……?」

「あ、ちがうの!変な意味じゃなくて!その……さすがに床で寝かせるわけにはいかないから!」


リーサの顔は真っ赤になっている。

そして、変な意味とはどんな意味なのかが非常に気になる。


「でも、さすがにそれは……」


気まずさから目の前のリーサを見れなくなってしまい、視線を逸らす。


「ほら、体も痛くなるだろうし……ベッドに半分ずつで寝れば大丈夫だと思う!」

「いや、そういう問題じゃ……」


俺はなおも抵抗する。


「……もし、シンが床で寝るっているなら、私も床で寝るから」

「ぐっ……!」


俺がなかなか折れないからか、リーサが真剣な表情をしながら言ってきた。

こうなった時のリーサは正直止められないことを俺は知っている。

意外と頑固者なのだ。


「……分かった。それじゃあ、お言葉に甘えるよ」

「うん!」


結局、俺はリーサの勢いに負けて、同じベッドで寝ることにした。

二人でベッドに向かうと、リーサが先にベッドに体を預ける。

俺は躊躇うも、同じようにベッドに体を預ける


「そ、それじゃあ、おやすみ。俺は布団なしでいいから」


一人用のベッドなので、布団も一つしかない。

一緒に使えないこともないが、その場合はお互いの距離が0に等しくなる。

そうした場合、俺の自我が保てるか自身がないため、少しでも距離を取ろうと考えた。


「い、いいよ、一緒に使おう?夜は少し冷えるし、風邪引いちゃうよ?」


だが、リーサはそれを拒否する。

なんで今日はこんな積極的なのか。

俺は緊張で頭がおかしくなりそうだった。

だけど、きっとここで俺が拒否したら、先程と同じような流れになるのが目に見えている。


「わ、わかった。ありがたく使わせてもらう」

「う、うん……」


俺はまたもや抵抗するのをあきらめた。

背中合わせになり、一つの布団に一緒に身を包む。

その際に、リーサの背中が少し触れる。


「わ、わるい……」

「う、ううん……大丈夫だよ……」


俺は背中越しに謝ると、かろうじて背中が触れないポジションを見つける。

背中がわずかに触れただけなのに、緊張で思考が回らないくらいだ。

胸の鼓動も早くなっていて、治らない。


「じゃ、じゃあ、おやすみ」

「う、うん……おやすみ」


そう言って、俺は胸の鼓動が治らないまま眠りにつこうと目を閉じた。

そして、目を閉じて数分がたったくらいだろうか。


(寝れない……)


やはり、緊張も治らず、寝れる気がしなかった。

寝息は聞こえないが、リーサはもう眠っているのだろうか。


「……ねえ、シン。まだ起きてる?」


すると、リーサが背中越しに話しかけてきた。


「……ああ、起きてるよ。どうした?」

「うん……まだ起きてる気がしたから」

「眠れないのか?」

「うん……もしかしてシンも?」

「ああ……」


もしかして、リーサもいまの状況に緊張して眠れないのだろうか。


「そっか……今日はいろいろあったからね……」

「……そうだな」


どうやら違うようだった。

俺は考えを外したことと、自分だけ緊張していることに恥ずかしくなる。


「……」

「……?リーサ?」


リーサは途端に黙ってしまう。

もしかして、眠ってしまったのだろうか。

そんなことを考えていると、後ろでリーサが動いた気配を感じた。

その後、背中に手が置かれたような感覚がした。


「……よかった、ちゃんといる……」


すると、リーサの声の聞こえ方が先程とは違って、俺の背中に直接響く。

そのことから、リーサがこちらを向いて俺の背中に手を添えているのだと推理する。


「リ、リーサ……?」


俺は状況を理解すると、リーサの突然の行動に動揺する。


「もし、シンがいなくなったらって思ったら、どうしようもなく怖くなったの……だから、無事でいてくれて本当に良かった……」

「リーサ……」


背中に置かれている手から震えが伝わってくる。


「私……もっと強くなりたい。誰かを守りたいときに守ることのできる力がないのは、もう……いや……」

「……そう、だな」


俺は体勢を変えて、リーサの方を向いた。

こちらを見ていたリーサと目が合うと、そのまま手を握った。

俺の行動にリーサはわずかに動揺した様子を見せる。


「一緒に強くなろう。俺も今日みたいな出来事はもうごめんだ。自分を……そしてリーサを守れるように強くなりたい」

「シン……」


俺が言うと、リーサは握っている俺の手に力を入れて握り返す。


「うん、一緒に頑張ろうね……!」

「ああ……!」


俺たちは微笑み合い、目を瞑ると気がついた時には意識がなくなっていた。



「ん……」


窓から漏れる光が顔に当たり、目が覚める。


「……気づいたら眠っていたのか」


リーサと会話したあと、すぐに眠ってしまったようだった。

なお、握っていたはずの手は解かれており、少し残念な気持ちになる。

俺ははっきりしていない意識のなか、隣にいるリーサを見てみる。


「……すぅ」


リーサは綺麗な寝顔でまだ眠っていた。

俺は寝顔に見惚れていると、やはりリーサは美人であることを再認識する。

このまま寝かせてあげたいが、早く村に帰ってお互いの家族を安心させてあげたい気持ちがあるので俺はリーサを起こすことにした。


「ほら、リーサ。朝だぞ」


俺はリーサの体を揺らしながら、声をかける。


「ん……」


リーサは小さく声を漏らして、目を開け始めた。


「……あ、おはよう、シン…………ん」

「……あ」


リーサは一度目を開けると、再び目を閉じて眠ろうとし始めた。

くそ、可愛い……

だが、俺はリーサを起こさなければならない。

そう思った俺はリーサの額に指を近づけ、デコピンをするために親指で中指を押さえ込むような形を作る。

そして、中指に少し力を入れ、押さえていた親指を中指から外す。


「……おりゃ」

「いたっ!」


中指はリーサの額に命中した。

リーサは突然起きた額の痛みに驚いて声を上げた。


「い、いきなりなにするの!?痛いじゃん!」


リーサは額を押さえながら体を起こした。


「お、起きたか」

「起きたか、じゃないよ!なんでいきなりデコピン!?」


すまん。一度やってみたかっただけです。


「いや、起こしても起きなかったから、つい……」

「もう……ばかっ」


リーサはそう言うと、顔を膨らませて拗ねてしまった。

最上級の可愛さを朝から見ることができて、僕は幸せです。


「ごめん、ごめん。悪かったよ」


さすがにいきなりデコピンは悪い気がしたので俺は謝ることにした。


「……しょうがないなぁ。でも、次やったら10倍返しだからね!」

「……はい」


それは皮膚が剥がれ落ちるレベルではないだろうか、と心の中で突っ込みを入れながら俺は応えた。

リーサは普段が温厚な分、怒らせると相当怖いので気をつけるようにしなければ。


「……さて!じゃあ、帰る準備しようか!」

「ああ」


リーサはそう言ってベッドから出ると、外に出る準備を始めた。

俺も続くようにベッドから出ると、リーサは俺の方を無言で見てくる。


「ん?どうした?」

「……シン、私がいいって言うまでこっち向かないでね」


リーサは周りに警戒している猫のような雰囲気を出しながら言ってきた


「ん?なんでだ?」


だが、俺はなぜリーサの意図が分からずに問いかける。


「もうっ!着替えるからに決まってるでしょ!」


俺のデリカシーの無さに、リーサが少し怒りながら言ってきた。


「あ、ああ!そういうことか!悪い!」


俺は謝りながらリーサに背を向けた。


「まったく……シンもそのまま着替えちゃいなよ」

「そ、そうだな」


俺は答えると近くに置いてある着替えに手をかける。

すると、後ろから服が擦れる音が聞こえてきた。


「……」


上着か、もしくはズボンを脱いだのだろう。

つまり、どっちであったとしても、いま後ろを振り返ればリーサの下着姿を見ることができるだろう。

正直、見たい。

今の俺の脳内では、まるで恋愛シュミレーションゲームみたいに後ろを振り返るか振り返らないかの二択が浮かんでいる。

だが、リーサのことだ。

もし見られたとしても『何見てるの!変態!ばかっ!』みたいな反応をして終わらせてくれるはずだ。

こんなチャンスは二度とないかもしれない。

そう考えた俺は覚悟を決めて、顔を後ろに振り向かせようとした。


「……あ、いま、少しでもこっち見たら、目潰すからね?」

「……はい」


俺は音速の勢いで顔を前に戻した。

どうやらこのヒロインは強すぎたため、見るを選ぶとゲームオーバーになるルートだったらしい

俺は無念の気持ちを刻みながら、着替えることにした。

……それにしても一緒に寝るのはよかったのに、着替えを見るのはだめなのか。

うむ……わからん。


「よし、じゃあ行こうか」

「ああ」


着替えを終え、出かける準備を終えた俺たちは部屋を出る。

そして、村に帰るために駅へと向かい始めた。


「……しかし、色々なことがあったな」

「そうだね……」


駅へ向かう道中で俺はリーサに話しかける。


「……シン、あらためて危険な目に遭わせてしまってごめんね」


そう言ったリーサの表情は少し暗い。


「気にするなって言っただろう。危険は承知の上だったし。そもそも……」


(俺が、もっと力を使いこなしていれば……)


「シン?」


俺が途端に考え込んでいると、リーサが様子を伺ってきた。


「いや、なんでもない。とにかく、もう終わったことだし気にするな。リーサがそんな感じだと、その……調子が狂う」


面と向かって言うのは恥ずかしかったので、俺は顔を背けながら言った。


「シン……。うん、わかった!」


ようやく気にするのを辞めたのか、リーサは笑みを浮かべた。

やはり、リーサには笑顔が似合うと俺は思った。

そして、駅に到着した俺たちは列車に乗って村へと戻った。


「ふう……着いたな」

「うん。シン、ありがとう。今日はゆっくり休んでね」

「ああ、リーサもな」


俺たちは家に帰る途中でお互い言葉を交わして、俺の家の前で解散した。

今、思うとリーサとこんなに長い時間、一緒にいたのは初めてだった。

だが、来月からリーサは王都に移動してしまうため、ほとんど会うことができなくなってしまう。

やはり寂しさを感じてしまうが、それでも頑張れと言って笑って送り出そうと思った。


「ただいま」


俺は玄関の扉を開けて家に入る。

両親やアーニャからとても心配されたのは言うまでもないだろう。

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