兄転生〜妹を助けるために俺は消える〜
青海シン
第1章 異世界の妹
「よし!いよいよラスボスだな!」
俺の名前は賢生 真一(けんじょう しんいち)
今年で20歳になったばかりの社会人で、ゲームが好きといったこと以外はザ・平凡な人間である。
そんな俺は明日も仕事だというのに、自分一人だけが住んでいる1K6畳程の部屋でゲームをしている。
「さーて、やってやるか!」
今、プレイしているゲーム「ゼノファンタジー」は俺の中ではかなり傑作で、休日の全てを費やしてしまった程だ。
俺はジャンルでいうとRPGゲームが特に好きで、魔法があったりするファンタジーな世界物が好きなので、今回のゲームはズバリ当てはまっていた。
それこそ、今いる現実の世界から抜け出して、目の前のゲームの世界に行きたいと思うほどに。
「ま、そんな世界があるわけないんだけどな」
現実は残酷だ。
行ってみたいと思えるような世界が画面の中には広がっているのに、実際にそこへ行くことはできないのだから。
それでもゲームをしている間は、会社で怒られ、特に何もない日々を忘れさせてくれるのだから感謝している。
ゲームを作っている人は本当にすごいと改めて思う。
「これで最後だぁ!」
俺の叫び声と共に、ゲームの主人公がラスボスに向けて必殺技を使用した。
その一撃がトドメとなり、断末魔を上げながらラスボスは消えていった。
「よっしゃあー!倒したぞ!」
ラスボスを倒したことで、主人公やその仲間達は戦いが終わり感極まっている。
そして、画面にエンドロールが流れ、画面に〜Fin〜の文字が浮かぶ。
俺はゲームを終えた感動を噛み締めつつ、ゲーム機の電源を切った。
「んー!……うわ!もうこんな時間か!」
凝り固まった体を伸ばし、時計を見ると時刻は既に1時を超えていた。
「明日から仕事だし、そろそろ寝ないとな……」
俺はそう言い、寝る準備をしようとその場を立ち上がる。
「ん?」
そのとき、微かだが男の声が聞こえたような気がした。
「なんか、声が聞こえたような……隣の人かな?」
この建物は防音性がそこまで良いわけでもなく、部屋もワンルームのため少し大きい声を出したり、物音を立てると隣に響いたりする。
たす……けて……くれ
「また……?でも、これ頭に直接響いているような……」
もしかしてイヤホンでも付けているのかと思って、耳を触って確認してみる。だが、イヤホンは付いていなかった。
そして、その直後だった。
「な、なんだ!?」
急に俺の床が光り出したのだ。
しかも、その光は徐々に目をまともに開けられないくらい強くなっていく。
「い、いったいなんなんだよ!これ!」
眩しさのなか、何とか足元を見てみるとそこにはゲームに出てくるような魔法陣のようなものが浮かんでいた。
しかし、それを見た刹那、光は俺を完全に包み込むかのように輝きを増していった。
「う、うわあぁぁ!」
俺は目を開けることができず、瞑ってしまう。
そして、気づけば意識が無くなっていた。
た……のむ……
「これはさっきの声……?」
そこは何もない虚無の空間だった。
そして、まるで夢の中にいるかのように頭がふわふわしているかのような状態のなか、意識が無くなる前に聞こえた声が再び聞こえる。
たすけて……ほしい
「たす……ける?」
声の主の姿は見当たらず、声だけが何もない空間に響き渡る。
俺のかわりに……妹を……!
その言葉を最後に、俺は再び意識が無くなってしまった。
「う……」
顔に当たる光によって俺は目を覚ます。
その光は部屋に窓から差し込む太陽の光だった。
「また、あのときの夢か……」
まだぼやけている視界のなか、俺はベッドに仰向けになっていた体を起こす。
「もうあれから1ヶ月が経つのか……」
光が部屋に差し込む窓の外の景色を見ながら俺は呟く。
窓の外には、木造でつくられた家が何軒も建っており、早くも人が数人出歩いていた。
田舎ではよくあるような光景かもしれないが、違う点がある。
それはまるでRPGゲームで出てくるような村の雰囲気そのものであった。
「やっぱり夢……じゃないんだよな」
今でも時々思うことを改めて口にしながら、俺は記憶を振り返る。
ある日、ゲームをしていた部屋で謎の声を聞きながら光に包まれた俺はこの村の近くにある草原で目を覚ました。
周りは暗く、目を覚ました直後は混乱していた。
しかし、不思議なことに俺はその草原がどこなのかを知っていた。
それだけではなく、いまここにいる部屋も外にある村のことも知っていた。
いや、正しくはその記憶がなぜかあったのだ。
まるで別の記憶が頭に刻まれているかのように。
「俺の名前は賢上 真一」
俺は自分の名前を口にする。
しかし、俺は知っている。
それはこの世界での俺の名前ではないと。
そして、それを口にしたこの体は自分のものではないと。
「そして、この世界での俺の名前は……」
いま、俺が宿っているこの体の本当の持ち主の名前は……
「シン・フェレール」
そう、俺はこの体の持ち主、シン・フェレールという男に魂だけ乗り移ったのだった。
「あら、おはよう、シン」
先ほどまで、寝ていた部屋を出た先にある広い部屋に出ると、そこには女性が一人立っており俺に声をかけてきた。
「おはよう、母さん」
それは俺の……いや、シンの母であるセリスだった。
腰の長さまである水色の髪を下ろしており、若い顔つきをしている。
一言で言えば、超美人。
現にこの村でも大人の女性で一位の美貌を持つと言われているらしい。
「どうしたの?ぼーっとして」
その場で立ち尽くしていたら俺に、セリスは心配しそうな顔をして声を掛けてきた。
「い、いや、なんでもないよ」
いかん、つい見つめてしまっていた。
それぐらい綺麗な顔つきをしているのだ。
「そう?もう少しで朝食ができるから先に顔を洗ってきたら?」
「うん、わかった」
気を取り直して、俺は顔を洗うため洗面台のある部屋に向かう。
扉を開けた先には鏡があり、自身の顔が映る。
「相変わらずかっこいい顔してるなぁ……」
鏡には少し長めの黒髪で整った顔つきをしている好青年の顔が映っている。
まさにイケメンで、俺の世界でこんな顔の男が歩いていたら女性から声をかけられたり、スカウトされたりするのではないだろうか。
その顔を見て、俺は改めて思う。
この顔も、体も俺のものではないのだと。
「本当、どうなってるんだろうな」
今の俺には二つの記憶が存在している。
一つはこの世界に来る前の本当の俺、賢生 真一としての記憶。
そして、もう一つがこの体の本当の持ち主、シン・フェレールの記憶だ。
あの日……謎の光に包まれた俺はこの世界にやってきた。
だが、目を覚ました時には、シンの体に俺の意識だけが移ったという状況だった。
つまり、俺の意識がシンの体を乗っ取ったといってもいいだろう。
意識は俺であり、器はシンのもの、というゲームでもなかった現状が今だ。
あとは名前が似ていたため、「シン」と呼ばれても違和感があまりないのは幸いだったかもしれない。
加えて、話し方とかも俺と似ていたため、意外と気づかれていない。
そんなことを考えながら、俺は洗面所の蛇口を捻って出てきた水を救い、顔を洗う。
「ふう……」
少し肌寒い気温のため水はやや冷たかった。
そして、側に置いてあったタオルで顔についた水滴を拭き取り、あらためて自分の顔を鏡で見る。
やはり、イケメンだった。
「……戻るか」
いつまでも洗面所にいるわけにもいかないので、洗面所を出た俺は部屋へと戻る。
部屋へ戻ると朝食の準備ができていたため、良い匂いが漂っている。
俺は朝食が並べられているテーブルに向かうと、そこには椅子が4つ置かれており、そこにはすでに男が一人と少女が一人座っていた。
「おはよう、父さん」
俺は男に声をかける。
すると、その言葉に反応して男は俺の方を見てきた。
「ああ、おはよう」
その男はシンの父、バンだった。
黒髪の短髪で、髭を生やしているが整っており、屈強な体つきで威厳がある雰囲気を持っている。
そして、これまた男らしい整った顔つきをしている。
この父親いてこそ、この息子ありというやつだろう。
そして父親に挨拶を交わしたあとは、もう一人、すでに席に座っていた少女にも目を配らせる。
すると少女はすでにこちらを見ていたため、目が合う形になった。
「おはよう、兄さん」
少女は俺に対して微笑みながら挨拶をしてきた。
「ああ。おはよう、アーニャ」
俺はその少女に対して、挨拶を返す。
少女の名前はアーニャ。
バンとセリスの娘であり、そして俺……いや、シンの妹だ。
セリスと同じ水色の髪で腰まである長さを一つに結んでポニーテールにしている。そして、とにかく可愛い。
大事なことだからもう一度言おう。とにかく可愛い。
雰囲気はセリスに似て、幼い顔つきをしており、背丈も175cmぐらいある俺に対して150cmほどだ。
もしロリコンがいたらヨダレを垂らしながら、誘拐するレベルかもしれない。
ちなみに俺は美人系より可愛い系の方が好きだったりするので、こんな可愛らしい子に毎日、兄さんと呼ばれたらどうなると思う?
もう、たまらないよね。
「兄さん?どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
邪なことを考えていてぼーっとしていたので、アーニャに心配されてしまった。
大丈夫、俺はいたって正常のはず。
「よし、じゃあ全員揃ったことだし食べましょうか」
俺が席に座ると同じキッチンからセリスが来て席に座った。
そして、俺たちは手を合わせる。
「いただきます」
今日の朝食も美味しそうだ。
朝食を食べ終わった俺は、自分の部屋に戻るとベッドに寝転がる。
そして、天井を見上げながら、シンの記憶をあらためて遡ってみた。
名前はシン・フェレール。年齢は今年で18歳になったばかりだ。
バンとセリスの息子で、妹はアーニャの4人家族だ。
バンとセリスは二人とも38歳で、アーニャはシンの二つ下の16歳だ。
今、俺たちが住んでいる村はルービット村といい、自然が多くのどかな場所だが、逆を言えば田舎みたいなものだ。
最初はどこにでもいるような一般的な家庭だと思った。
ただ、一つを除いては。
「……ちょっと様子を見にいこうかな」
俺はベッドから起き上がると自分の部屋を出た。
部屋を出るとセリスがキッチンで朝食の後片付けをしていた。
「あれ?父さんはもう出かけたの?」
俺は後片付けをしていたセリスに尋ねる。
「ええ。今日は早めに調べたいことがあるって言ってね」
「そっか……」
「何かあった?」
セリスは不思議そうな顔をしながら俺に尋ねてきた。
「いや、ただ気になっただけ。そういえば、アーニャはもう部屋にいる?」
「ええ。でも、会いにいくならあまり無理させないようにね?」
「うん、わかってる」
俺はセリスと会話を終えると妹であるアーニャのいる部屋へと向かい、アーニャの部屋の扉をノックする。
「……はい?」
少し間を置いて、部屋の中から可愛らしい声で返事が返ってきた。
それは朝食の時にも隣の席に座っていた可愛い妹の声だった。
「アーニャ、俺だけど入っていいか?」
「兄さん?うん、いいよ」
アーニャからの了承を得た俺は、部屋の扉を開けて中に入った。
すると、部屋にはベッドで布団をかけながら背を壁に預けているアーニャの姿があった。
俺は部屋の扉を閉めると、アーニャの近くに移動してベッドの近くにあった椅子に腰掛ける。
「アーニャ、体の調子はどうだ?」
「うん。今日は調子がいい方だよ。体の痛みも特にないし」
「そうか……」
アーニャは朝食の時と同じように微笑みながら、俺に答えた。
だが、その表情は心配をかけさせまいといったように、無理して作っているような感じだった。
「ねえ、兄さん。そういえば父さんは今日も出かけてるの?」
「ん?ああ。そうみたいだな」
「そっか……」
それを聞いたアーニャは俺から視線を外し、暗い表情になっていく。
「……ねえ、兄さん」
アーニャは俯きながら俺を呼ぶ。だが、その表情は暗いままであり、そして何か思い詰めたかのようだった。
「どうした?」
俺はそんなアーニャを見ながら、返事をする。
そして、このあとアーニャが言うであろうことも何となく察してはいた。
「私、ずっとこのままなのかな……」
「っ……」
俺はその言葉を聞くと、胸が締め付けられるような感情に襲われる。
そう、実はアーニャは不治の病に犯されている。
病の正体や原因も不明で、治療法も見つかっていない状態だ。
自分一人では歩くことができず、普段は寝たきりの生活をしている。
なので、今日の朝食の時も実は母さんが肩を貸してリビングまで連れてきていた。もちろん、父さんや俺が連れてくる時もある。
そして、アーニャは一年前からこの状態らしく、最近では急に体が痛んだりするようにもなっているらしい。
「……きっと、父さんと母さんが治療法を見つけてくれるさ」
「でも、私のせいでお父さんやお母さんに迷惑かけてる……それが本当に申し訳なくて……きっとお父さんもお母さんも私のこと……」
「アーニャ」
俺はアーニャの言葉を遮るように名前を呼び、そして手を握った。
すると、アーニャは不思議そうに俺の方に顔を向ける。
「父さんも母さんも迷惑がかかっているなんて全く思っていない。何としてでもアーニャを救ってあげたいという気持ちが痛いほど伝わってくるほどなんだから……もちろん、俺だって」
アーニャを救ってあげたい。
今、俺の中にあるこの気持ちはもしかしたら俺のものではないのかもしれない。でも、この一ヶ月、アーニャと一緒に過ごしてきて思ったんだ。
俺だって、この子を助けてあげたい。
「だから、あきらめるな。俺もできることはする。だけど、アーニャがそれを重荷に感じることなんてないんだ。親が子を、兄が妹を助けるのに理由なんていらないだろう?」
「兄さん……」
俺がそう言うと、アーニャの目に涙が溜まっていく。そして、俺が握っている手に力を入れて握り返してきた。
「うん……ありがとう。私だけこんなんじゃ駄目だよね……だから、私もあきらめないよ」
アーニャは涙を目に溜めながらも、決意を強くした表情を見せてきた。
そして、俺はその表情を見れたことが何よりも嬉しいと感じた。
そう、アーニャは本来、根が強い子なんだ。
「ほら……涙を拭け。可愛い顔が台無しだぞ」
そう言って俺は近くに置いてあるハンカチのような布をアーニャに渡す。
「……私、可愛くなんてないもん」
アーニャは受け取った布で涙を拭きながら、少しむくれた顔を見せる。
なぜかアーニャは自分がとんでもなく可愛いことを自覚してないため、不思議でしょうがない。
「アーニャは可愛いよ」
なので、俺が(前はシンが)その度にアーニャは可愛いということをしっかりと教えてあげているわけだ。
「っ……!もう!いつもだけど、そんな真剣な顔で言わないでよ!て、照れちゃうじゃん……」
な?俺の妹は世界一可愛いだろう?
……え?俺の本当の妹じゃないだろうって?
そんなのは知らん。今は俺がアーニャの妹だ。
「ま、そういうことだ。それじゃあ、そろそろ行くからゆっくり休めよ?」
俺は照れて顔を赤くしているアーニャにそう言い、握っていた手を離し、椅子から立ち上がった。
アーニャが「あ……」と残念そうな顔をした気がするが、きっと気のせいだろう。
「うん。ありがとうね、兄さん」
俺はアーニャの言葉に対して頷くことで返事をすると、アーニャの微笑んだ顔を見届けてそのまま部屋を出た。
「……ふう」
アーニャと話を終えた俺は自分の部屋に戻り、再び考え事をしている。
セリスも外に出かけていったため、いまこの家にいるのは俺とアーニャの二人だけだ。
「なんで、アーニャだけなんだ……?」
俺はシンの記憶をあらためて遡る。
一年前、シンとアーニャ、そしてシンの幼馴染の女の子が外で倒れていたらしい。
村の大人達に見つけられた三人は家に運ばれ、すぐに目を覚ましたらしいが、
なぜかアーニャだけがまともに動くこともできない今の状態になってしまっていた。
しかも、不思議なのは倒れている直前の記憶が三人ともなかったということだ。
「しかも、原因も不明で治療魔法でも治すことができない病なんて……」
そう、実はこの世界には魔法が存在している。
といっても、この世界では魔法を使用できる人は稀であり、適性があるかは生まれつきで決まる。
親の遺伝もあるのか、バンとセリスが魔法を使用できるのもあり、シンとアーニャも魔法の適正があるため、魔法が使用できる。
つまり、俺は憧れの魔法を使用できるということだ。
初めて魔法を使用した時の興奮は今でも忘れない。
そして、話は戻るが、アーニャの病を治すために治癒魔法が使える魔術師に見てもらったこともある。それも、高位の魔術師だ。
だが、原因は分からず、治癒魔法をかけてもらっても効果はなかった。
それから父さんと母さんは毎日のようにアーニャの病を治す手段を探し続けているが、有益な情報は見つからないままだ。
「俺に何ができるんだろうか」
俺がこの世界に来る前に聞いた声……あれはシンだったのだろうか?
だとしたら、自分の体を明け渡してまでもアーニャを助けて欲しいってことだったのか?なぜか、その時の記憶だけは見ることができない。
確かに本当の妹じゃないとか関係なく、俺はアーニャという一人の少女を助けてやりたいと思っている。
しかし、バンとセリスが外に出ていることで、俺はアーニャの側を離れることができない。現実の世界で得たゲームの知識も大して役に立たない。こんな状態で一体何ができるというのだろうか。
……そんなことを考えていたら突然、玄関の扉が叩かれた音がした。
「誰だ?」
俺は部屋を出て、玄関へと向かう。
聞こえていないと思ったのか、もう一度玄関の扉が叩かれる。
そして、俺は玄関の扉を開けた。
「おはよう、シン」
そこには白髪の美少女が立っていた。
「ああ、リーサか」
目の前にいる白髪の女性は元気な声で笑顔を向けながら挨拶をしてきた。
彼女はリーサ・レーニス。
俺…いや、シンの幼馴染だ。
シンと同じ18歳で、隣の家に住んでおり、家族ぐるみの付き合いがあるほどの仲だ。もちろん、アーニャとも仲良しだ。
幼さがあるように見えてキリッとした表情をしており、容姿も抜群の美少女だ。
「おはよう。いきなりどうしたんだ?」
俺は疑問を持ちながらもリーサに問いかける。
「えっとね、一緒に王都にいく日を覚えてるかなって」
「王都に行く日?」
王都とはこの村から離れた場所にある、世界の中心にある大都会とも言える場所だ。正式名称は王都グランシル。
「ああ、もちろん覚えてるさ。明後日の8時に出発だよな?」
「うん、覚えてたね。少し、早いかもしれないけどよろしく」
リーサは王都に用事があり、俺も一緒に行くことになっている。
王都はこの村から20分ほど歩いた先にある駅から列車で2時間ほどの距離だ。
移動手段が存在しなくて、もしかして徒歩で行くのか?と不安になったのは懐かしい記憶だ。
「俺は問題ないさ。むしろ、リーサの方が起きれるか心配だ」
そう。リーサはそこまで朝に強くないらしい。
なので、早い時間で大丈夫なのかとこちらが心配したくらいだ。
「む!さすがに予定があったら起きるよ!」
俺が小馬鹿にすると、リーサは頬を少し膨らましながら反論してきた。
ちなみにそんなリーサが可愛すぎて、ニヤけそうになるのを必死に隠している俺がいる。
こんな美女が目の前で頬をふくらましながら、もう!みたいな対応を取られたら、そりゃ可愛くて顔もニヤけてしまう。
今の俺はリーサにとって見た目は幼馴染のシンだけど、中身は別人なのだから取り繕うのにいつも必死だ。
「まあ、仮に寝坊しても王都を回る時間が少なくなるだけだし、大丈夫なんじゃないか?」
元々、早い時間に王都に向かうのも王都を観光する目的も含まれているからだ。なので、少し遅れても大丈夫だろうというのが俺の考えではある。
「そ、それはそれでちょっと困るんだけど……」
「うん?何か言ったか?」
リーサがボソリと何か言ったみたいだが、上手く聞き取れなかった。
「な、なんでもない!そ、それよりアーニャはどう!?」
リーサはあわてた様子で誤魔化すかのように話を切り替えた。
「あ、ああ……今は眠っているよ。体調も今日は良い調子みたいだ」
「そっか……最近、症状が悪化しているって言ってたから心配していたけど……」
もちろんと言えばいいのか、リーサもアーニャの病の事は知っている。
なぜなら、シンやアーニャと一緒に側で倒れていた幼馴染とはリーサのことだ。
「自分が大変なのに私たちにまで気を遣って……本当にアーニャは優しい子だよね」
「……ああ、本当にな」
俺がアーニャの側を離れられないことはリーサも知っている。
だが、リーサが王都に行くと聞いたアーニャは、俺も一緒に行ってはどうかと提案したのだ。
俺もリーサも最初は反対したものの、たまには気分転換してほしいというアーニャの気持ちを無駄にすることはできず、結局、俺はリーサと一緒に王都に行くことにした。
バンとセリスもそれは承知済みでその日は家にいてくれるらしい。
「アーニャに会っていこうと思ったけど、寝ているところを邪魔しちゃ悪いし、今日は帰るね」
本当は会いたいのだろうけど、無理をさせるのも良くない。
そんなリーサの気持ちが俺にも伝わってきた。
「ああ、悪いな」
「ううん、じゃあまたね」
そう言うとリーサは俺に手を振りながら自分の家に帰っていった。
「……やっぱり、何度見ても可愛いな」
リーサの姿が見えなくなってから、俺は心の声が漏れるかのようにボソリと呟いた。
先の態度を見れば分かるようにリーサはシンのことが好きだ。
そして、シンもリーサのことが好き、つまり両思いなのだ。
「あんな美女に好かれるとか恨めし……いや、羨ましすぎるだろう」
しかも、妹も天使のように可愛いときた。
もう羨ましいを通り越して、妬ましくなってきている。
なぜなら、俺もリーサのことが好きになっていたからだ。
早いし、単純かもしれないって?それだけ魅力的な女性なんだよ。
でも、俺のこの気持ちは伝わることはないだろう。なぜなら、俺はシンであってシンではないのだから。
「酷なことをしてくれるもんだ。チャンスすら与えられないなんてな」
けど、きっとシンはリーサの思いに気づいていたとしても受け入れることはできない気がする。
リーサもそれを感じているからなのか、思いを伝えるチャンスは今までたくさんあったのにしなかった。いや、正しくはできなかったのだろう。
どちらもアーニャのことを思ってだ。
アーニャが苦しんでるのに、自分たちが楽しい日々を過ごすわけにはいけない、そんな思いが二人の中にはあるのだ。
それはアーニャ本人も感じている。だからこそ、アーニャは私のせいで、と自分自身を責めているのだろう。
「……家に入るか」
様々な思いがあるなか、現時点ではどうしようもないことを悩みながらも、俺は家の中に戻ることにした。
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