第3章 再び王都へ
王都から帰還して1ヶ月が経った。
俺はいま、隣の村からの依頼で魔物退治をしている。
どうやら村の畑を荒らす魔物がいるため、俺が推薦されたて対応しているところだ。
「これで最後!」
俺の一撃でピギャーという声を立てて、豚型の魔物は倒れた。
手に持っている太刀を鞘に収めると、俺はふう、と息をついた。
「おお、助かったよ!ありがとう!」
遠くで様子を見ていた畑の持ち主である村の人が俺の元に寄ってくる。
「いやー!リーサちゃんがいなくなったからどうしようかと思ってたけど、君もやるなあ!今度からまた何かあったらよろしく頼むよ!」
「……ええ、任せてください」
俺は魔物討伐の報酬を受け取ると、自分の村に戻り始めた。
「リーサ、元気にしてるかな……」
俺はその道中、数日前での村のことを思い出す。
「リーサ、元気でな」
「うん、シンも」
今日はリーサが村から王都に旅立つ日、村の門の前で俺はリーサと別れの挨拶を交わす。
俺だけでなく、父さん、母さん、車椅子に乗ったアーニャも一緒にいる。
他にも村の人達がいて、皆でリーサを見送ろうとしていた。
「リーサ姐……また会えるよね?」
そう言って不安な表情を浮かべているアーニャの手をリーサは握る。
「うん、もちろん!待っててね。アーニャを助ける方法、絶対探してみせるから!」
「……うん!元気でね!リーサ姐!」
リーサはアーニャと笑みを交わすと、手を離す。
「……それじゃあ、行ってきます!」
そう言って、リーサは村から旅立っていった。
姿が見えなくなったのを確認すると、じゃあ、戻るか、という父さんの言葉を聞いて、俺たちは他の村人たちと同じように家に戻っていった。
「あれから1ヶ月か……早いものだな」
俺は一人呟くと、既に村の近くまで戻ってきていたことに気づく。
日も落ち始めており、もう少しで夜になるところだった。
俺は自宅に到着し、家の中に入るとリビングに向かう。
すると、テーブルに父さんと母さんが座っていた。
「シン、戻ったか」
父さんと母さんは俺に気づくと、こちらを向いてきた。
「おかえりなさい。怪我はない?」
「うん、大丈夫」
母さんは心配そうな表情をしていたが、俺が答えるとほっとした表情を見せた。
「それなら、よかったわ。なら、夕食の準備をするから着替えてきなさい」
「うん」
そう言って、母さんは椅子から立ち上がり、キッチンの方へと歩いていった。
部屋には既にいい匂いが漂っていた。
おそらく、料理は既に終わっていたおり、俺の帰宅を待っていたのだろう。
俺はいまのうちに着替えと手洗いを済ませに行くことにした。
「……と、いうことがあってさ……」
「あら、それは大変だったわね」
そのあと、用意された夕食を食べ終えると、俺たちは食後の時間を過ごしていた。
テーブルには父さんと母さん、アーニャも座っていて、皆で談笑をしている。
「……ところでお前たちに話したいことがあるんだ」
すると、父さんは途端に真剣な顔をして俺やアーニャを見てきた。
「え、どうしたの父さん?」
俺の隣にいるアーニャは不思議そうな顔をしている。
「ああ。実はな……王都に戻ろうかと考えている」
父さんの言葉を聞いた俺は驚き、アーニャも同じように驚いた様子を見せた。
「え……?急になんで?」
「急ではないさ。少し前から考えていたことだ……この村で調べることは調べつくしたが、何も手掛かりは得られなかった。ならば、王都に行く必要があると思ってな」
父さんが言っている手掛かりとは、アーニャの病の原因についてだ。
王都にいる腕利きの治癒魔法師ですら治療方法も原因も分からないと言われたときから、、父さんと母さんは村や村周辺で手掛かりをずっと探っていた。
だけど、どれだけ調べても成果は無かった。
「でも、なんで王都に……?」
俺の問いに、父さんは覚悟を決めている顔をした。
「……俺は、ギルドに戻るつもりだ」
「ギルドに……!?」
俺とアーニャはまたもや父さんの言葉に驚いた様子を見せる。
父さんの隣にいる母さんは話を知っているからなのか、落ち着いている。
「アーニャの病の原因、もしくは治療法を見つけるためにも、次は情報が手に入りやすいギルドに戻ったほうがいいと判断した」
「ということは、母さんもギルドに……?」
俺は母さんを見る。
「いいえ。私はアーニャの側にいるつもりよ」
よかった、と俺は安心する。
そして、俺は隣に座っているアーニャが気になって見てみる。
すると、今まで何度も見てきた辛そうな表情をしていた。
「……アーニャ、お前は何も気にすることない」
「でも……私のせいで、父さんが……」
アーニャはそう言いながら俯いてしまった。
すると、父さんは席を立ってアーニャの近くに寄り添う。
「アーニャ」
アーニャは父さんの言葉に反応すると、顔を上げて父さんを見た。
「いいか?親が子を助けるのは当たり前のことだ。お前がもし何かに悩み、苦しんでいたら俺も母さんも全力で助ける。それがどんな内容だったとしてもだ」
そう言って、普段は強面な父さんの表情は柔らかくなっていく。
「今は苦しいだろう、辛いだろう。だが、その気持ちを抑える必要もない。ましてや自分を責めることなんてしなくていい。悪いのは全て、お前を苦しめているその病だ」
「父さん……」
すると、母さんも席を立ちアーニャに近づく。
そして、そのままアーニャを抱きしめた。
「母さん……?」
「アーニャ……本当にごめんなさいね。今すぐにでも助けてあげたい……代われるものなら私が代わってあげたい。なのに、それが叶わずにずっとあなたに苦しい思いをさせてしまっている……」
母さんは徐々に辛そうな表情をしていく。
「だからね、申し訳ないと思っているのは私たちの方なのよ。あなたは何も悪くなんてないわ」
「……私のせいじゃないの?父さんも、母さんも、兄さんも、みんな、私が病気になんてなったから……だから……」
アーニャは声を震わせながら言った。
その目には涙が少し溜まり始めている。
「……そんなわけないでしょう。ごめんね、そんな気持ちにさせてしまって。アーニャは何も気にしなくていいのよ……母さんが、父さんが、シンが側に付いているから」
「……うん……うん…っ!」
母さんの言葉に自分を抑えきれなくなったのか、アーニャは涙を流しながら何度もうなずいた。
……本当はずっと泣きたい気持ちだったのだろう。
だが、アーニャは周りに迷惑をかけたくないからと自分の感情を抑え続けてきた。
でも、父さんと母さんの本当に思いを込めた言葉を聞いて、その枷がやっと外れたのだと思う。
アーニャは今まで我慢してきた気持ちを取り戻すかのように、しばらく母さんの腕の中で泣いていた。
俺も父さんもアーニャが泣き止むまで隣でその姿を見続けていた。
「……アーニャは大丈夫か?」
「泣き疲れたのね、眠ってしまったわ」
泣き病んだアーニャを部屋に連れて行った母さんはリビングに戻ってきた。
俺と父さんはテーブルに座っており、母さんも腰をかける。
「そうか……」
父さんはテーブルに置いてある自分のお茶を飲む。
そして、正面に座っている俺の方を見てきた。
「シン、お前の考えはどうだ?もし、理由があれば無理に王都に連れていくつもりはないからこのままここに住み続けるのもありだが……」
「……いや、俺も王都に一緒にいくよ」
俺は父さんの言葉を否定するように言った。
「そうか、なら詳しい話は明日にでも……」
「ただ、一つお願いがあるんだ」
俺は父さんの言葉を遮る。
「ん?なんだ?」
突然の俺の言葉に父さん、そして母さんも不思議な顔をする。
「俺も……ギルドに入ることを許可してほしい」
俺の言葉を聞いて、二人は驚いた表情を見せた。
「……理由はなんだ?」
「父さんと同じだよ」
俺は真剣な表情で問いかけてきた父さんにすかさず答える。
「……お前の実力ならギルドでもやっていけるだろう。だが、それでいいのか?」
その言葉の意味を俺は理解する。
その上で、俺は答える。
「それがいま、俺のやりたいことなんだ」
俺はアーニャを、妹を助けたい。
それが俺のやりたいことで、やるべきことだ。
「……わかった。だが、ギルドの仕事はお前も知っての通り、危険と隣り合わせだ。相当の実力者でも命を落とす場合もある。だから、これだけは約束しなさい」
父さんは一呼吸置くと、口を開いた。
「必ず生きて戻ること。約束できるか?」
俺は父さんの言葉を受けると、父さんと母さんの顔を交互に見た。
そして、自分の中で覚悟を決める。
「はい、約束します」
俺がそう言うと、母さんが顔に手を当てながらため息をつく。
「はあ……私はできれば安全な仕事をしてほしいと思うけどね……でも、私たちの息子だものね。これも必然なのかしら」
「はは……」
母さんの言葉に俺は苦笑する。
「それでシンはどちらのギルドに入るつもりなんだ?」
「あ……」
俺は父さんの言葉に気づかされる。
王都には二つのギルドがある。
リーサやエリクさんが所属しているギルド「西風」
そして、父さんと母さんの古巣であるギルド「東雲」だ。
ちなみに父さんも母さんも引退前はBランクであり、ギルドではエース扱いされていたらしい。
息子である俺は両親と同じギルドに行くのが普通だろう。
「どちらに入るかはお前の自由だ。ただ、東雲に入るならば俺が推薦してやる。お前なら問題なく入れるだろう」
悩んでいる俺に父さんが言ってきた。
「ちなみに推薦されなかった場合はどうやって入ればいい?」
「その場合は、ギルドの試験を受けて合格する必要があるな。まあ、お前ならそれも通るだろうが、推薦してもらえばその手間は無くなるだろう」
「そっか……仮にだけど、西風に入るとしたらリーサに推薦してもらうとかできないのかな?」
「いや、推薦ができる権利があるのはB級以上のメンバーだけだ。さすがにリーサはまだ無理だろう」
「なるほど……」
俺は顎に手を置いて考える。
仮に西風に入るとしたら、エリクさんなら推薦してくれるかもしれない。
「……まあ、すぐに決めなくてもいいだろう。王都へ引っ越すのはまだ先になるだろうから、それまでに考えればいい。今日はもう遅いからそろそろ寝なさい。詳しいことはまた明日話そう」
「……うん、分かった」
俺は席を立ち、自分の部屋に戻ろうとする。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「……シン」
すると、母さんに呼ばれる。
俺は振り向いて、母さんは見ると、とても優しい表情をしていた。
「ありがとう」
唐突の言葉に俺は驚く。
俺はそれに対して。
「うん」
と、一言だけ返事を返して、そのまま自分の部屋へと入っていった。
1ヶ月後。
俺たちが長年住んでいた村を離れ、王都へと引っ越す日がやってきた。
俺たちフェレール一家は列車で移動し、ちょうど王都近くの駅に着いたところだ。
「ふう、着いたか。アーニャ、体調は大丈夫か?」
父さんは車椅子に乗っているアーニャを心配そうに見る。
「うん、大丈夫だよ」
「そうか。王都までもう少しだが、何かあったらすぐに言うんだぞ」
うん、とアーニャは答える。
「父さん、ここからは俺が代わるよ」
「そうか?じゃあ、頼んだぞ」
俺は父さんに代わり、アーニャが乗っている車椅子を押し始める。
少し前にいる父さんと母さんは、俺たちの速度に合わせるように歩いており、時折こちらの様子を伺ってきた。
王都の正門に到着すると、見張りの兵士が俺たちの持っている武器を見て、止められる。
だが、ギルド関係者であることを証明したことでそのまま通ることができた。
それは、俺も同様だった。
俺たちはそのまま正門を抜けると、しばらく歩いた先にある住宅街へと向かう。
「懐かしいな……一月半ぶりか」
「今日からここに住むんだね……なんか目が回っちゃいそう……」
俺が懐かしさに浸っていると、アーニャは王都の雰囲気に飲まれそうになっていた。
「着いたぞ。ここが今日から俺たちが住む家だ」
父さんが俺たちに声をかける。
そこには村で住んでいたときより少し小さくはあるが、それでも家族4人が住むには十分な大きさの家があった。
父さんが家の鍵を開けて、俺たちも続いて家の中に入っていく。
中を見渡すと前の家にあった荷物が運ばれており、箱だらけだった。
「さて、アーニャ、疲れただろう。ベッドで休むといい。これから少しドタバタしてしまうが我慢してくれ」
「大丈夫だよ。手伝えなくてごめんね」
アーニャが申し訳なさそうに謝ると、母さんがアーニャに近寄る。
「気にしなくていいの。ほら、部屋に行きましょう」
今度は母さんが俺に変わって車椅子を押して、アーニャがこれから使うであろう部屋に向かっていった。
それからは荷物の荷解きや家具の再設置を行い、部屋の内装は前の家と同じような感じに近くなった。
「ふう、終わったか。シン、今から夕食を買いに行くから付いてきてくれ」
「うん、分かった」
俺は父さんと一緒に外に出て行く。
そして、買ってきた夕食を家族で食べ終わった後、俺は疲労が溜まっていたのか泥のように眠った。
「んん……朝か……」
部屋の窓から光が差し込み、目が覚めた。
昨日の疲れが溜まっているのか、まだ頭がぼーっとしている。
俺は眠気を覚ますため、ベッドから出て洗面所に向かう。
「おはよう、シン」
部屋からリビングに出ると母さんがテーブルに座っていた。
「おはよう、母さん。父さんはもう出かけたの?」
テーブルには母さんだけが座っており、父さんの姿はなかった。
「ええ、少し前にギルドに出かけたわ。シンもこれからギルドに行くんでしょ?朝食を用意するから待っててね」
母さんはそう言って、キッチンの方へ向かった。
俺は先に洗面所に顔を洗いにいき、戻ってきた時にはテーブルに朝食が並べられていた。
「ごちそうさまでした」
朝食を食べ終えた俺は食器をキッチンまで運んでいく。
その後、俺は自分の部屋に戻って、身支度を済ませる。
「それじゃあ、行ってきます。夕方までには帰ってくるようにするから」
俺は玄関で靴を履きながら、見送ってくれる母さんに言った。
「気をつけてね。始めと慣れたばかりが一番危険だから、特に注意しなさい」
「分かってる。じゃあ、行ってきます!」
俺は母さんの忠告を肝に命じながら、家のドアを開けて外に出た。
ついに今日から王都での本格的な生活が始まったかと思うと、少しワクワクしている自分がいた。
もちろん、これからの活動は遊びではないため、俺は目的地に向かうまでの間に気を引き締め直した。
「……着いたな」
家から歩くこと数分。
目的地であるギルドに到着すると、俺は一呼吸置いてから扉を開けて中に入る。
「おはようございます……あ、シンさん!?」
「お久しぶりです、エリスさん」
中に入ると受付にいるエリスさんがこちらに気づいて、声をかけてきた。
俺はエリスさんのいる受付へと移動する。
「お久しぶりです!といっても半月ぶりくらいですかね?今日からよろしくお願いしますね!」
エリスさんは俺に笑顔を向けながら言った。
「ええ。こちらこそ、今日からよろしくお願いします」
俺はそう言ってエリスさんに会釈をした。
そう、俺は父さんから王都行きの話を聞いてから何度か考えた結果、ギルド西風に所属することに決めた。
なぜなら、父さんがギルド東雲に所属しているのであれば、俺はギルド西風で情報を集めたほうがいいと思ったからだ。
それに西風の人たちとの縁があったことも大きかったと思う。
「それにしても、不思議な感じですね。あの日、リーサさんを手伝ってくれたシンさんがそのまま西風に所属してくれるなんて……」
「はは……そうですね。俺もそう思います」
俺は苦笑しながら答える。
「しかも、エリクさんの推薦ですからね。ギルドでも騒ぎになったくらいでしたから」
「……それに関してはいまでも驚いてます」
実は俺はエリクさんの推薦によって、リーサと同じように特例で西風に入ることができた。
エリクさんと模擬試合をして力量を認めてもらうことができたからだ。
ただ、王都最強と言われているエリクさんと、既に西風で上位に入る力量を持っていると言われているリーサ。
この二人が俺の株を上げまくるので、ギルドからのプレッシャーはとんでもない。
「でも、リーサさんは当たり前の結果みたいな感じでしたけどね」
「はあ……なんで、そこまで俺に対して自信満々なんだ……」
つい、俺はため息をついてしまう。
「ふふ……でも、リーサさん、とても喜んでましたよ。シンさんが王都にくるだけでなく、西風に入ると知った時のあの喜びようと言ったら……もう、いじりがいが……ではなくて、微笑ましかったですよ」
「いや、今おかしなこと言いませんでしたか?」
聞き間違いでなければ、いじりがいといった気が。
……俺は今、この場にいないリーサに同情した。
「こほん。さて、それでは説明に入りますね」
「……」
まるで何も言ってないかのようにエリスさんは仕事モードに戻った。
「シンさんは手続きを既に終えていますので、いつでも依頼を受けることができます。依頼は基本的にはそちらの掲示板に貼られていますので、受けたい依頼があれば受付を通してください」
俺はエリスさんが手を向けた方を見る。
そこには以前も見たことがある掲示板があり、数枚の紙が貼られていた。
「あと、ご存知かもしれませんが、ギルドにはランクが存在しています。シンさんはも例外なく、まず一番下のEランクからスタートになります。実績をあげて評価を上げることでランクも上がっていき、受けることができる依頼の種類も増えていきます」
俺はすでに受け取っていたギルドカードを見ると、名前や所属ギルド名、そしてLank Eと書かれていた。
「ちなみにAランクが一番上になりますが、王都でのAランクはエリクさんだけになります。あと、リーサさんが先日、Cランクになったばかりですね」
「そうですか……さすがリーサですね」
つまり、ギルドでの活動を始めて2ヶ月近くでランクを二つも上げたことになる。
俺も負けてはいられない、そう思って決意を新たにする。
「じゃあ、早速依頼を受けたいんですが大丈夫ですか?」
俺は依頼内容が書かれた紙が貼られている掲示板を見て、エリスさんに聞いた。
「ええ、受けることは問題ないです。ただ、一人ではなく同行者が必要になります」
「あ……」
俺はリーサが初めて依頼を受けた時のことを思い出す。
「それとレッドオーガの件もあり、以前とはルールが変わって、Eランクの人はDランクになるまではDランク以上の同行者と一緒に依頼を受けることになったんです」
「え!?そうなんですか!?」
俺は驚きの声を上げる。
「ええ……なので、シンさんならリーサさんに同行してもらうのがいいんでしょうけど、朝出かけてしまったばかりなので戻ってくるのは昼近くになるかと思います」
「そうですか……」
ギルドにある時計を見ると、10時30分を過ぎたところだった。
少なくともリーサが帰ってくるまで1時間以上はかかることになる。
それに依頼を終えてすぐに同行してもらうのも申し訳ない。
「そうですか。じゃあ、今日は一旦帰るしか……」
俺はどうしようかと考える。
すると、ギルドの入口の扉が勢いよく開かれ、誰かが入ってきた。
「おっはようございまーす!」
突如聞こえた大きな声がギルド内に広がった。
俺は声がした入口の方を見ると、そこには小柄な女性が立っていた。
そして、女性は軽快な足取りでこちらに向かってきた。
「おはようございます、セシリーさん。今日はめずらしく早いですね」
受付の前にやってきた女性に対して、エリスは挨拶をする。
セシリーと呼ばれた目の前の女性は、紫色の髪が腰まで伸びており、綺麗なストレートの髪型をしている。
小柄な体型で背はそこまで高くはなく、俺の首くらいまでの高さだ。
綺麗な顔立ちをしており、どこか幼さの残る容姿は綺麗というより可愛い感じだった。
「いやー、今日は早く目が冷めちゃったからさ、たまには早めに依頼を受けてみようかなーって。あ、なんか取り込み中だった?」
セシリーは俺とエリスさんを交互に見る。
「あ、せっかくなので紹介しますね。今日から西風に所属するシン・フェレールさんです」
「シン……?あー!君が噂の!?エリクの推薦で入って、リーサと同じかそれ以上に強いっていう!」
セシリーは俺の方に詰め寄ってくる勢いで近づいてきた。
「いや、それは言い過ぎだと……って、リーサのこと知ってるんですね?」
「もちろん!ふむふむ……確かに強そうな雰囲気がするなぁ」
セシリーは俺を観察するように見てくる。
「えっと……ところで彼女は……?」
俺はエリスさんに目の前の女性について聞いてみる。。
「ん?ああ、そっか、そっか」
すると、エリスさんではなくセシリーが一歩後ろに下がると、こほん、と喉を鳴らす。
「ボクはセシリー。セシリー・アスペルだよ。よろしくね」
「ぼっ……!」
ボクっ子……だと?
「ん?どしたの?」
「い、いや、なんでもない……です」
俺は咄嗟に出てしまった言葉を誤魔化すように言った。
まさか、本物のボクっ子に会えるとは思いもしなかったので、つい声が漏れてしまった。
思いも寄らない衝撃が走るとはこのことを言うのだろう。
俺は少し落ち着きを取り戻すと、セシリーに向き合う。
「えっと……あらためて、シン・フェレールです。こちらこそよろしくお願いします」
「うん!よろしくね!」
セシリーは俺に満面の笑顔を向けながら言ってきた。
元気で明るい感じが伝わってきて、周りの人たちを明るくさせるような雰囲気を持っている感じがした。
「それで?今から依頼を受けようとしてたの?今日からってことは同行者が必要だよね?」
セシリーが顔を傾けながら聞いてきた。
「ええ。ただ、今は同行してくれそうな方がいないので……」
俺の代わりにエリスさんが答える。
「ああー、そうなんだ……ふむ」
セシリーはそう言うと、顎に手を当てて何かを考え始めた。
俺やエリスさんが不思議そうに見ていると、セシリーは何かを決めたかのようにうん、と言って頷いた。
「ねえ、エリス。ボクがシンの依頼に同行してもいいかな?」
「えっ?」
「ええっ!?セシリーさんがですか!?」
セシリーの突然の提案にエリスさんは驚いた声を上げる。
しれっと呼び捨てにされたが、俺はあまり気にならないし、これも異世界ならではと思っている。
「ん?何か問題でもあった?」
セシリーは慌てているエリスさんに聞いた。
「い、いえ、ありませんけど……つい驚いてしまって」
エリスさんが驚いているのを見て、俺は不思議に思う。
なぜ、そこまで驚いているのだろうか?
「じゃあ、決定だね!シンもそれでいい?」
「え、ええ。むしろお願いします」
俺はセシリーの勢いに若干押されながらも、承諾した。
むしろ、こちらとしては同行してくれて助かるので断る理由はない。
「それじゃあ、依頼を見ないとね!何があるかなー!」
セシリーは掲示板の前に行くと、俺が受けられそうな依頼が書かれた紙を手に取って、こちらに戻ってきた。
そして、受付にいるエリスに紙を渡して、依頼受注の手続きまであっというまに済ませてしまった。
「よし、それじゃあ行こう!ほら、ほら急いで!」
「え!?ちょっ!?」
手続きが終わるや、セシリーは俺の手首を引っ張ってギルドの外に連れ出した。
外に出る瞬間に見えたエリスさんは俺を心配そうな表情で見ていた。
「いっそげ、いっそげー」
「えっと、セシリー……さん?なんでそんなに急いでるんですか?それになんか機嫌が良さそうな……」
俺はセシリーと一緒に王都の裏門から出た先にある一般道を歩いていた。
ただ、セシリーが目的地まで俺を急がせているため、初めての道に戸惑ったり、新鮮さを感じる余裕もなかった。
「セシリーでいいよ?敬語も使わなくていいし。それにリーサと同い年なら、ボクの方が年下だし」
セシリーは俺の方を見て言ってきた。
どうやら、予想通り年下だったみたいだ。
「じゃあ、そういうことなら……。それで、セシリー?どうしてそんなに急いでるんだ?」
俺は敬語を使うのを止めて、セシリーに聞く。
「……別にー?早く終わらせるに越したことはないでしょ?」
セシリーは表情を変えることなく言った。
一瞬、間があったことが気にはなったが。
「まあ、確かにそうだけど……」
何か意図があるようで気になってしまう。
「そういえばエリクに聞いたんだけど、シンって既にB級ぐらいの実力があるんだってね」
「エリクさん……」
俺は首を傾げる。
セシリーみたいな娘にまで伝わっているなんて……
エリクさんに感謝はしているが、俺は少しだけ恨みたい気持ちになる。
というか、セシリーはエリクさんのことも呼び捨てにしているのか。
「リーサと同じかそれ以上の強さってことだもんね。……ふふ、楽しみだなあ」
セシリーはそう言って、楽しそうな表情をする。
「え?それはどういう……?」
「あ、着いたね」
俺の言葉を遮るようにセシリーが言った。
王都を出て7分ほど歩いたあたりにある林の前で俺たちは止まる。
「このあたりにスライムがいるのか……」
セシリーの様子が気になったが、とりあえずは考えるのを止めることにした。
「ギルドに入れる人なら問題なく倒せる相手だね。一応聞くけど大丈夫そう?」
セシリーは俺に問いかける。
俺が受けた(正しくはセシリーが勝手に)依頼内容はスライムという魔物の討伐だ。
液体状の魔物で襲い掛かってはくるものの、殺傷力があるわけではないので危険度はそこまで高くない。
以前、王都で倒したゴブリンの方がよっぽど危険なくらいだ。
「まあ、何度も倒したことがあるし問題はないな」
「そっか。じゃあ、ボクは離れた場所から見物させてもらうね」
「……ああ」
俺が林の中に入っていくと、セシリーも後ろについてくる。
すると、入った場所からさほど離れていない場所で3匹のスライムを発見した。
「いたか」
俺はスライムを見据えつつ、腰に刺してある太刀に手を伸ばす。
今回はギルドか借りたものではなく、俺が日頃から使用しているものだ。
つまり、シンの相棒みたいなものだ。
(よし、せっかくだし、あれをやってみるか)
俺は心のなかで呟くと、太刀を鞘から抜いて両手で持って構えを取る。
スライムたちはまだこちらに気づいておらず。その場で跳ねている。
俺はセシリーが少し離れていることを確認すると、姿勢を低くして、足に気を集中させた。
「雷鳴流 一の太刀……」
そして、自分の魔力を太刀に流すように意識すると、太刀に雷の魔法が宿り始める。
すると、さすがにスライムたちも異変に気付き、こちらを見る。
だが、もう遅い。
「"雷光"!」
俺は叫ぶと、足場を強く蹴ってスライムたちの元へと高速で移動し、目の前のスライムたちを雷の魔力が宿った太刀で両断した。
以前、レッドオーガに通用しなかった技だが、この2ヶ月で鍛えたため、速さも上がり、さらには雷の魔力を込めることもできるようになった。
「……よし、問題なさそうだな」
俺はスライムたちが動かなくなったことを確認し、他に魔物がいないかを確認すると、太刀を鞘に収めた。
そして、後方で俺の様子を見ていたセシリーの元へ歩き出す。
「よし、これで依頼完了だな……って、セシリー?どうかしたのか?」
俺はセシリーに声をかけたが、何やら様子がおかしかった。
なぜなら、俺を見ながら口をポカンと開けて、体を震わせていたからだ。
「おい、セシリー……?」
そして、返事がないセシリーに俺がもう一度声をかけたときだった。
「……ごい」
「え?」
セシリーは何かを呟いたようだが、聞き取ることができなかった。
すると、いきなり歓喜の表情を浮かべた。
「すごい!すごい!なに今の技!?ボクでも動きを追えないところだったよ!」
「え?えっ?」
さっきまで反応がなかったと思いきや、セシリーは目をキラキラさせながら怒涛の勢いで距離を詰めてくる。
その勢いに俺の体は後ろに仰反ってしまうほどだった。
「リーサも使ってた技だよね!?縮地っていうんだっけ!?シンも使えるんだ!?」
「ちょっ、少しまっ……」
セシリーの勢いは止まることなく、俺が後ろに下がるのに合わせてさらに距離を詰めてくる。
「しかも、雷の魔力まで込められるなんて!ねえ、ねえ!他にはどんな技が使えるの!?教えてよ!」
「おちつけ!」
「あいたっ!」
俺は勢いの止まらないセシリーの頭に手刀をかまして、強引に黙らせた。
「うう……いたいなあ。叩かなくてもいいじゃないか……」
「こうでもしないと止まらない勢いだっただろ」
セシリーは頭を痛そうにさすっている。
そんなに強く叩いたつもりはないのだで、痛がっているフリをしている気がする。
「いやー!ごめん、ごめん!つい熱が入っちゃって!でも、やっぱりボクの思った通りだったよ!」
セシリーは少し落ち着きを取り戻したようだ。
思った通り、ね……
「はあ……つまり、俺に同行してくれたのは俺の実力を見るいい機会だったからか?」
俺は考えていたことを告げてみた。
「お!よくわかったね!あったりー!」
「く……」
セシリーは俺に笑顔を向けながら親指を立てる。
これが会った直後にやっていた行為なら可愛いと思えただろう、
だが、今はもう一度、頭を叩いてやりたい気分だ。
「エリクやリーサが言っていた噂の人がどんな実力か見たくてね!まあ、一目見た時に只者じゃないことは分かってたけど!」
俺はため息を吐きながら、頭をかいた。
もしかしたら善意でやってくれていたのかと思っていた自分が恥ずかしくなってきた。
「……まあ、おかげで依頼は受けることができたわけだしな……」
「そうそう!感謝したまえ!B級がE級の依頼に同行する機会なんて滅多にないんだからさ!」
セシリーは目の前でえへん、とふんぞり返る。
「はいはい、感謝してます……よ?」
だが、俺はセシリーの先程の発言に疑問を感じた。
「……なあ、セシリー。いまB級って言ったか?」
「ん?言ったよ?」
はて、と言った感じでセシリーは首を横に傾ける。
そういえば、依頼を受けるなり、セシリーに引っ張られてきてランクを聞くタイミングを逃していたことに今更気づく。
「ま、まさか……セシリーってもしかして……?」
「ありゃ、そう言えばいってなかったっけ?じゃあ、ちゃんと自己紹介しようかな!」
そう言って、セシリーは両手を腰に当てる。
「ギルド西風のB級。<剣姫>のセシリーだよ。あらためてよろしくね、新人くん?」
俺はその後、驚きでしばらく呆然とその場に立ち尽くすことになった。
「たっだいまー!」
その後、依頼を終えた俺とセシリーはギルドに戻ってきた。
セシリーは朝来た時と同じように、扉を勢いよく開けて元気よくギルドに入っていく。
これが彼女流の入り方なのだろう。
俺もその後に続いて、ギルドの中へと入っていく。
「おかえりなさい。何か問題はありませんでしたか?」
ギルドに戻った俺たちをエリスが出迎えてくれる。
タイミングの問題なのかギルドには人がおらず、実は俺たちしか所属していないのではないかと思ってしまう。
「はい、無事に終わりました」
「うん、うん。むしろ物足りないくらいじゃない?」
セシリーの言う通り、確かに物足りなさは感じていた。
「そうですか……無事に終わったのでしたら何よりです。では、報告をお願いします」
俺はエリスさんに結果の報告をする。
そして、報告をしている間、セシリーは俺の隣で退屈そうにしていた。
「……はい、ではこれで依頼は完了です。初の依頼お疲れ様でした」
エリスさんはそう言って俺に微笑む。
初の依頼を終えた俺は達成感に浸る。
「ありがとな、セシリー。おかげで助かったよ」
俺は隣にいるセシリーにお礼を言う。
すると、セシリーは俺に笑顔を向ける。
「ふふ、どういたしまして。それで、これからはどうするの?また、違う依頼でも受けてみる?」
セシリーの提案を受け、俺は顎に手を当てて考える。
「そうだな、まだ余裕もあるし……。って……もしかしてまた同行してくれるのか?」
「うん、いいよ!……ただ、ボクのお願いを聞いてくれたらだけどね?」
セシリーは含みのある笑みを浮かべながら言ってきた。
その表情を見て、俺は嫌な予感しかしなかった。
「……お願いって?」
「うん!ボクと勝負してほしいなって!模擬試合で!」
やっぱりか、と思いながら俺はわずかに肩を落とす。
けど、同行してくれるのはありがたいし、そこまで悪い話ではないかもしれない。
なぜなら、セシリーはB級で俺やリーサよりも強い可能性があるため、今の俺がどこまで通用するか、実力を試す良い機会でもあるからだ。
「……わかった。ただ、そこまで期待しないでくれよ?」
「本当に!?やったー!期待してるよ!」
セシリーは喜びながら、俺に腰に抱きついてきた。
「いや、話聞いてたか!?あと、抱きつくな!」
俺の体にやわらかい感触が伝わり、加えて髪から漂ういい香りが鼻をくすぐる。
正直、小柄とはいえ女性に抱きつかれている今の状況に、俺は鼻の下が伸びそうだった。
気持ちを抑えている間に、俺はセシリーを自分の体から離そうとした。
「ふふっ……ずいぶんと仲良くなったんですね」
俺とセシリーの一連のやりとりを見ていたエリスさんが微笑ましそうな顔をしながら見ていた。
「でも今は抑えておいた方がいいかと思いますけど……」
「え?」
そう言ってエリスさんは徐々に何かを恐れているかのような表情をし始める。
「あの、エリスさん?それってどういう……?」
そして、俺がエリスさんに問いかけようとする。
そのときだった。
「っ!」
「な、なに!?」
突如、全身に悪寒が走った。
どうやらセシリーも同じ感覚を味わっているみたいで、俺と同じような反応をしていた。
俺たちに向けられているこの感覚はまるで殺気で、それはギルドの2階から向けられていた。
俺は恐る恐る、その方向に顔を向ける。
「……へぇ」
そして、そこには手すりに腕を置きながらこちらを見ているリーサがいた。
こちらを見ている冷たい視線と、周りに漂うドス黒いオーラに俺は恐怖を感じる。
「リ、リーサ……」
リーサのその姿を見た瞬間、俺の体内にある細胞たちが悲鳴をあげながら全力で告げている。
今すぐ逃げろ、と。
だが、逃げたくても俺の体はいまセシリーに掴まれている状況なので動けなかった。
そして、そのセシリーはリーサの殺気にやられているのか、その場から動こうとしない。
「ずいぶんと、仲がよさそうだねぇ……」
リーサは2階から降りてくると、少しずつこちらに近づいてくる。
距離が近づくにつれて、感じる殺気は大きくなり、俺の中の危険信号も大きくなっていく。
俺も、そして俺に抱きついているセシリーも徐々に震え出す。
「あの……リーサ?なんでそんなに怒ってるの……?というか、それ殺気のような気がするんだけど……?」
セシリーは声を震わせながらリーサに話しかける。
「……やだなぁ、セシリー。怒ってなんかないよ?でも、なんでシンにくっついてるの?ちょっとくっつきすぎじゃないかなぁ?そろそろ離れた方がいいんじゃないかなぁ?」
「ひっ!?」
俺たちの目の前にきたリーサは笑顔を見せながら言ったが、その目は笑っていなかった。
そして、セシリーはリーサの雰囲気に恐怖を感じると、俺の体から高速の勢いで離れた。
B級の実力者を怯えさせているこの状況はいったいなんなのだろうか。
「そういえば、勝負が何やらって聞こえてたけど?よかったら、私も混ぜてほしいな?何なら今からやる?この前は負けちゃったけど、今ならセシリーに勝てる気がするんだぁ」
リーサは依然として表情を変えない。
すると、セシリーはリーサから逃げるように後退りする。
「そ、そういえば、ボク、これから用事があるんだった!というわけでシン!勝負はまた今度でいいかな!?いいよね!?じゃ、じゃあ、またー!」
「お、おい!」
そう言ってセシリーは逃げるかのようにこの場を去り、ギルドの外に出ていってしまった。
つまり、今この場にいるのは俺とリーサ、そしてエリスさんだけということになる。
俺はエリスさんに助けを求めるため、受付を見る。
……だが、先ほどまでそこにいたはずのエリスさんの姿は見当たらなかった。
(……逃げたな)
「……シン?」
「はい!?」
俺はリーサに呼ばれて急いで視線を移した。
「なんだろう……分からないけど、私の中から負の感情みたいなものが湧き出てくるんだ……どうしてかなぁ?」
「……どうしてでしょうね」
ついにリーサの顔からは笑顔さえ消えてしまう。
そして、俺をじっと見てくるその目に果たして感情はあるのだろうか。
それにしても、なぜリーサはこんな状態になっているのか……
……もしかして、セシリーと俺とのやりとりを見て……?
でも、その反応は嫉妬を通り越して、ヤンデレでは……
「あのね?シンが王都に来るって聞いてすごい嬉しかったけど、最近、連絡できなくて……でも、忙しいだろうからしょうがないなと思いながら毎日過ごして、ようやく今日会えるなって楽しみにしながら速攻で依頼を終わらせてきたんだ。それで、もし良かったら依頼も手伝おうかなと思って帰ってきたら既に依頼を受けた後でね。でも、それもしょうがないかと思ったからせめてギルドで待ってて、帰ってきたら驚かせようかなと思ってたの。そしたら急に女の子とベタベタしだして、それを見たら抑えきれない感情が出てきてどうすればいいか私も分からないの」
あまりの饒舌に更なる恐怖を感じ、冷や汗がどっと流れ出す。
リーサの周りに漂うドス黒いオーラみたいなものはさらに大きさを増していくと、その感情を向けられている俺の体の震えは止まらない。
「あ、でもね、まったく怒ってなんてないよ?ただね……?」
「……ただ、なんでしょうか?そして、なぜ太刀に手をかけてるんですか?」
俺は声を震わせながら恐る恐る聞いてみた。
すると、リーサは再び俺に笑顔を向けると、鞘から太刀をわずかに抜き出す。
「手足の1本や2本は、無くなっても問題ないよね?」
「すいませんでしたああぁぁ!!」
俺が床に頭を擦り付けるのに1秒も掛からなかった。
「はぁ……私ってやっぱり未熟だなぁ。あれぐらいで心を取り乱すなんて」
「取り乱すなんてレベルじゃなかったけどな……」
俺はあれからリーサに謝り倒し、救いを懇願し続けたおかげでリーサを正気に戻すことに成功した。
なぜ、俺が謝らなければいけなかったのかは今でも不明だ。
「いや、シンとセシリーがベタベタしているところを見ていたらなんか……ね?」
リーサは罰が悪そうに、チラッとこちらを見ながら言ってきた。
くそ……この可愛さの前では全てを許してあげたくなってしまう。
「ふふっ、それだけリーサさんがシンさんのことを大事に思っているってことですね」
「いや、今までどこにいたんですか」
エリスさんは俺たちの前にしれっと戻ってきていた。
巻き込まれないように逃げていたな……
「な、なにを言ってるんですか!……いや、でも、大事に思っているのは本当のことですけど……」
リーサは顔を赤らめると、そっぽを向いてしまった。
久しぶりに照れたリーサを見ることができたけど、やっぱり可愛い。
こんな反応をするリーサを弄りたくなるエリスさんの気持ちが分かった気がする。
「もう……エリスさんがそういうこと言うから、セシリーも乗っかってくるんですよ?」
リーサは少し膨れ顔になってエリスさんに物申した。
どうやらリーサ弄りをしているのはエリスさんだけではなかったようで、俺はさすがにリーサに同情する。
「ふふ……」
「シン?なに笑ってるの?」
俺はつい可笑しくなって笑ってしまった。
「いや、リーサが元気そうでよかったなって」
「あ……もうっ……それはこっちの台詞だよ……」
俺の言葉にリーサも笑みがこぼれる。
「リーサ」
「ん?なに?」
こちらを不思議そうに見てくるリーサに向かって俺は右手を差し出す。
「あらためて、これからよろしくな」
「……うん!こちらこそよろしくね!」
リーサは差し出された俺の手を握り返した。
そして、俺たちは手を握りながらお互い微笑んだ。
側では俺たちのやりとりを見ていたエリスさんも同じように微笑んでいた。
「それじゃあ、シン。また明日ね」
「ああ。でも、本当にいいのか?」
俺はあの後、リーサに同行してもらって2つの依頼をこなした。
ギルドは民間保護団体で主に魔物討伐が多いのだが、人探しや隣人関係のトラブルの解決など容も含まれている。
俺は魔物討伐と人探しの依頼をそれぞれ受け、多少のトラブルはあったものの、リーサが近くでサポートしてくれたおかげで無事に完了することができた。
依頼が完了するころには夕方になっており、両親からあらかじめ言われていたようにリーサを自宅に招いて、夕食を食べていってもらった。
両親やアーニャもリーサとの久々の再会に会話も弾み、楽しい一時を過ごした。
そして、時間も時間になったので今はリーサを家の外で見送ろうとしているところだった。
「大丈夫だよ。少なくともシンが一人で依頼を受けれるようになるまではサポートするって約束したからね」
実は明日からの依頼も、リーサに同行してもらうことになっている。
さすがにずっと付き合わせるのも悪いと思っているが。
「まあ、明日の依頼をこなせれば、D級昇格も早くなりそうだしな。すまないけど頼む」
「うん、頼まれました。シンならD級もすぐだと思うよ。そしたら次は早くC級に上がってきてね?」
リーサは冗談混じりの表情をしながら俺に言ってきた。
「あ、ああ……善処する」
俺は反応に困りながらも言葉を返す。
だが、アーニャのためにもモタモタしているわけにもいかないため、目の前の依頼を一つでも多くこなして、早くランクを上げる必要がある。
「それじゃあ、私は帰るね。今日はごちそうさま。また、明日ギルドで」
「ああ、気をつけてな」
別れの挨拶を交わして、リーサは自分の家に向かって歩き出した。
送っていこうと思ったが、俺の家とリーサの家までは徒歩5分くらいの距離だったので大丈夫と断られてしまった。
……まあ、リーサなら何かあっても問題ないだろう。
「……?」
そんなことを考えていると、違和感を感じた。
俺は後ろを振り向いて、見上げてみる。
だが、そこには建物があるだけだった。
「……気のせいか」
俺は家の中に戻ることにした。
気のせいか、暖かい気候のはずなのに王都の夜は少し冷えていた気がした。
「よし、じゃあ注意して進もう」
「ああ」
翌日、俺とリーサは王都から少し離れた場所にある森の中にいた。
今は魔物討伐の対象であるウルフの討伐中だ。
「ウルフか……少し厄介な魔物だよな」
「そうだね。動きも素早いし、団体で行動するのが基本だからね、先制で攻撃できれば楽になるんだけどね」
以前、リーサが王都の駅の近くで女性が襲われていた時に倒した魔物がウルフだ。
だが、あの時とは状況が違い、ここは森の中なのでウルフにとっては絶好の隠れ場所だ。
何体いるかも不明だし、ウルフは鼻もいいため近づいたら気づかれてしまうだろう。
「まあ、うまいことやってみるよ」
「うん。これはシンの依頼だから私は基本的には手を出さないけど、危なくなったらサポートするから」
「ああ、頼む」
俺は太刀を鞘から引き抜き、右手で握りしめると、先程から感じていた気配に意識を向ける。
その気配に近づいていくほど、喉を唸らせるようの音が聞こえてくる。
一歩ずつ、俺は歩を進めていく。
すると、木の影に隠れていたウルフが突然、目の前から襲いかかってきた。
「があああっ!」
「……はあっ!」
叫びながら俺に飛びかかってきたウルフに、太刀を振るう。
すると、顔面を切られたウルフは俺に触れることなくそのまま地面に崩れ落ちる。
「……っ!」
しかし、それも束の間、さらに2体のウルフが左右からそれぞれ姿を現して、俺に襲い掛かってくる。
「雷鳴流 ニノ太刀……」
俺は構えの体制を取り、太刀を握る手に力を入れ、ウルフを引きつける。
「“雷渦(らいか)”!」
そして、俺はそのまま自分を中心にして回転すると、その勢いを使って、飛びかかってきたウルフ達を切り払った。
切り落とされたウルフたちはその場に崩れ落ちると、そのまま息絶えた。
「……これで終わったか?」
俺は周りを警戒してみたが、魔物の気配は感じない。
すると、リーサが俺に近づいてきた。
「うん。このあたりはもう大丈夫そうだね。依頼完了でいいと思うよ」
「そうか。じゃあ、あとは依頼者に報告して終わりだな」
俺とリーサは近くの村まで行くと、依頼者の人に報告をして王都に戻った。
そして、ギルドへの報告を済ませると、今回の依頼を達成したことで俺はDランクへと昇格することになった。
つまり、今後は一人でも依頼を受けることができるようになったため、同行者は必須ではなくなった。
こんなにも早く昇格できたのは特例でギルドに入れたことも関係していたらしく、あらためてエリクさんに感謝の気持ちを伝えたい気持ちだ。
「……リーサ、ありがとな。いろいろと助かったよ」
「いやいや、大したことしてないし気にしないでいいよ。それに手伝ったのは私だけじゃないでしょ?」
依頼報告を終えたのが昼近くだったのもあり、俺とリーサは一緒に昼食を取ることにした。
今はレストランで頼んだ料理が来るのを待っているところだ。
「そうだな。エリクさんにも感謝だし、依頼に付き合ってくれたセシリーにも今度お礼しないと。……まあ、勝負するのがお礼になりそうだけど」
「……うん、私もそんな気がする」
リーサは俺に同情するかのように頷いた。
「もしかして、リーサはセシリーと勝負したことがあるのか?」
「うん。機会があって模擬試合をね。まあ、負けちゃったけど」
俺はリーサが負けたという事実に驚く。
正直、リーサがセシリーに負ける姿が想像できなかったからだ。
「リーサが負けるなんてな……セシリーってそんなに強いのか?」
「うん。悔しいけど、セシリーは天才だよ。純粋な剣の勝負だけならエリクさんでもセシリーには勝てないって言っていたくらいだから」
「え……そこまでなのか……」
災害級を簡単に倒すようなエリクさんでも苦戦するってことは、ほぼAランクの実力があると言っていいのではないだろうか。
で、あれば俺の負けはもう決まっているようなものでは……
「でも、シンならもしかしたら勝てるかもしれないよ」
そう言ってリーサは俺に微笑む。
「いや、エリクさんですら勝てない奴に俺じゃ敵わないだろ」
「そんなことないと思うけどね。今のシンは私よりも強いだろうし、エリクさんともいい勝負になると思うよ?だから、セシリーともいい勝負ができると私は思ってる」
リーサはそう言って俺に親指を立てた。
その自信はいったいどこからやってくるのかと俺は不思議に思った。
確かにレッドオーガと戦かったときに比べたら、俺は強くなったと思うが、リーサだって同じくらい強くなっているだろうから、俺の方が強いなんてありえないだろう。
それ以前に……俺は自分の強さについて悩んでいることがあるというのに。
「……なあ、リーサ……」
「お待たせしました。こちら本日のランチになります」
俺がリーサに話かけようとしたら、店員が注文の料理を運んできた。
「わあ、きたきた!ん?何か言った?」
「……いや、何でもない。じゃあ、食べるか!」
俺は何もなかったように振る舞い、目の前の料理を食べ始めた。
リーサは少し気になっていたようだったが、無理に聞き出そうとはしなかった。
「あー!美味しかった!」
「……」
食事を終えて、会計を済ませた俺たちは店の外に出ていた。
上機嫌なリーサに対して、俺は大人しくなっていた。
なぜならば、リーサはおすすめランチをペロリと食べ終わったあと、追加でパスタを注文し、食後にデザートもしっかりと食べるという脅威的な食欲を披露していたため、俺は圧倒されてしまったからだ。
しかも、これで本人は腹8分らしい。
本気を出したらどうなるのか……やはり、人じゃないのかもしれない。
「ん?……いま、なにか失礼なこと考えてなかった?」
「ま、まさか」
じっとした目で睨まれた俺は誤魔化すような素振りを見せる。
「……まあ、いいや。それじゃあ、いこっか!」
そう言ってリーサは歩き出したため、俺も後ろに付いていく。
実は食事をしている際、リーサが王都を案内してくれるという話になったのだ。
王都は本当に広く、エリアが決められているくらいだった。
武器や消耗品などが売買されており、ギルドや病院などもある商業区。
人が住んでいる建物がある住宅街に、飲食店が並んでいる飲食街。
高級な店や建物がある高級街といった感じだ。
そして、俺たちはいま、西風とは別のもう一つのギルドである東雲の目の前に来ていた。
「ここがギルド東雲か」
父さんがいるギルドで過去には母さんも所属していた場所だ。
建物の看板には西風とは違い、盾に雲が描かれている。
西風が風であれば、東雲は雲がモチーフとなっているらしい。
「そういえば、西風のメンバーはこの中に入ることはできるのか?」
俺は隣にいるリーサに聞いてみる。
「入れないわけではないけど、基本的には入らないようにはなっているかな。敵対しているわけではないけど、競合みたいなものだからね」
リーサは複雑そうな表情をしながら言った。
なにやら、裏向きな話がありそうだがここでは触れておくのはやめることにした。
「それじゃ、次にいこっか」
そして、俺たちがその場を離れようとしたときだった。
ギルドの扉が開くと、中から人が出てきた。
「……あ?」
そこにはリーサと同じ白髪だけど短髪で、背は俺よりも少し男が立っていた。
目つきが悪く、俺とリーサを睨みつけるようにこちらを見ている。
「なんだ、あんたら?ギルドに何か用か?」
男は俺たちに不機嫌そうな口調で話しかけてきた。
「ん?……なんだ、よく見たら西風にいる<銀閃>じゃねぇか。東雲の偵察にでも来たのか?」
「……たまたま通りがかっただけ。すぐに立ち去るから」
リーサは男に対して負けじと強気な態度で言い返す。
「ふん、そうか。……ああ、そうだ。やかましい<剣姫>に言っとけ。先にAランクになるのは俺だってな」
男はそう言い残して、そのままその場を離れていった。
「……リーサ、大丈夫か?」
男が離れた後、俺はそのまま黙り込んでいるリーサが心配になり声をかける。
「……つく」
「え?」
リーサが何かを呟き、そして、顔を勢いよく上げた。
「あー!もう!むかつくー!やっぱり性格悪すぎでしょ!あの男!」
「お、おぉ?」
なんと、リーサがめずらしく怒っている。
この前と違い、静かな怒りではなく、感情をあらわにしたような怒り方をしていた。
「お、おいリーサ……」
「ちょっと強いからってあの態度はなに!?あんな男に依頼する人なんているの!?私なら絶対にしない!」
……やばい、めちゃめちゃ怒っている。
確かに俺でも癪に障る話し方だったし、リーサが怒る気持ちも分かる。
ただ、ここはギルドの目の前だし、周りの人たちも何事かと見ているので、とりあえず落ち着いてほしい。
「……ごめん、ちょっと取り乱しちゃった」
「あ、ああ」
すると、感情の切り替えが早いのか、リーサはすぐに落ち着きを取り戻した。
「えっと、あの男がだれか知ってるのか?セシリーに対抗心があるかのようにも見えたけど」
「うん。名前はヴェルナー・レーベル。ギルド東雲のBランクだよ。でも、東雲にはAランクはいないから、ギルド東雲のトップらしいよ。実力はバンさんと同じかそれ以上かもしれないって」
「そうなのか……」
ということは、俺やリーサよりも強い実力を持っていることになる。
そして、セシリーに対抗心を燃やしているのは同じBランクだからなのだろうか。
「でも、強いからってあの態度はないよね!?確か私よりも2つ年下のはずだし!」
「まあ、少々傲慢な感じはしたな……」
せっかく怒りを収めたリーサがまた感情を出し始めた。
温厚なリーサを怒らすなんてなかなかだな、あの男。
……まあ、人のことは言えないが。
しかし、2つ下でBランクか……セシリーといい、王都は実力者が多いんだな。
「ふう……じゃあそろそろ行こっか」
「ああ、そうだな」
俺たちは王都観光を再開した。
そして、最後に王都グランシルの城があるグランシル城区に来ていた。
「わあ、やっぱり大きいなあ」
「……すごいな」
他の街区から遠目に見えていた城も、近くで見ることでその大きさに圧倒された。
城門には兵士が二人立っており、周りを見渡すと王都直々の騎士団や魔法師団がいるはずの建物があった。
「あの城に王都を統べる王様がいるんだな。いったい、どんな人なんだろう?」
「そうだねぇ……私も会ったことないし、見たこともないから分からないかな」
「だよな……」
そう言って俺たちは城を眺める。
「よし!これで王都は一通り見て回ったかな。もう夕方だし、そろそろ帰ろっか?」
「ああ、そうだな。ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、どういたしまして」
俺がお礼を言うと、リーサは少し照れた様子を見せた。
そして、俺たちがその場を離れようとしたときだった。
「きゃあああ!」
「っ!?なんだ!?」
突如、近くで女性の悲鳴が聞こえた。
俺は悲鳴が聞こえた方を見る。
「シン!あそこ!」
リーサが指を差した先には悲鳴を上げたであろう女性が、黒いマントで全身を隠している何者かに襲われていた。
黒ずくめの人物は短剣を握っており、女性にその刃を向けている。
周りにいる人たちは恐れて逃げる人もいれば、その場で女性を助けようとしている人がいる。
「リーサ!あの人を助けるぞ!」
「うん!」
俺たちは即座に武器を構え、女性の元へと走り出す。
だが、黒ずくめの人物は逃げようとしている女性に近づき、今にも切りかかろうとしていた。
「くそっ……間に合わないっ……!」
そして、俺たちが駆けつける前に、女性は背中を切られてしまった。
女性は切りつけられた背中から血を流しながらその場に倒れる。
黒ずくめの人物は次の標的を探すかのように周りの人たちに目を向け始める。
「はああああ!!」
俺とリーサはそれを阻止するように黒ずくめの人物に切りかかる。
本当に切るわけにはいかないので、あくまで無力化するように峰打ちにするつもりだ。
だが、黒ずくめの人物は俺たちに気づくと、懐に手を入れて隠し持っていたもう一つの短剣を取り出した。
「なっ!?」
すると、両手に構えた短剣で俺たちの同時攻撃をいなされてしまった。
「まさか私たちの同時攻撃を防ぐなんて……」
リーサと同じように俺も驚く。
黒ずくめの人物はフードで頭を覆っており、顔に仮面もつけている。
そのため、表情も見えないし、男性なのか女性なのかも分からなかった。
そして、俺は先程切られた女性を見ると、思ったよりも傷が深く、出血もひどいので早い治療が必要だと感じた。
「リーサ!その人を治療してくれ!その間、俺がこいつを相手する!」
「……分かった!気をつけて!」
リーサは女性に近づき、回復魔法を唱え始める。
俺は目の前の相手に太刀を構えると、相手も対抗するように両手に持っている短剣を俺に向ける。
一見、太刀の方が間合いを大きく取れて有利に見えるが、逆を言えば近い距離では相手が持っている短剣の方が有利になってしまう。
つまり、相手に自分の懐に入られると危険だ。
(なら、一瞬で間合いを詰めて相手を無効化する……!)
俺は相手の元へ瞬時に移動して切りかかるため、足に力を入れる。
だが、相手は俺よりも早く、高速で俺との間合いを詰めてきた。
「なっ!?」
黒ずくめの人物の移動の速さに俺は驚きの声をあげる。
そして、右手に握っている短剣で俺の腹を刺そうとしてきた。
俺は太刀でなんとか弾くが、相手の攻撃を止まらず、両手の短剣を使用して何度も切りかかってくる。
「くっ……!」
俺は相手の攻撃を躱したり、防ぎながら、隙を伺う。
これだけの攻撃を続けていれば体力は消耗して、どこかで動きが止まるはずだ。
……しかし、相手の猛攻が止まる気配は見られない。
「くそっ……!」
だが、相手の的確で止まらない攻撃に俺は防戦一方になる。
そして、俺は徐々にリーサと傷ついた女性のいる場所から離されていることに気づく。
すると、黒ずくめの人物は突如、俺への攻撃を止めて、傷ついた女性を回復しているリーサの元へ走り出した。
「リーサ!」
急に標的を外されるとは思いもしなかったため、反応が遅れてその場に取り残されてしまう。
俺はリーサに声をかけるも、回復に集中して無防備の状態だった。
「させるかよ……!雷鳴流 一の太刀……!」
俺は足に力を入れると足場を蹴って、黒ずくめの人物との間合いを一気に詰める
「“雷光”!」
俺は太刀を相手に向かって振るう。
だが、そんな俺の攻撃を見切っていたのか俺の一撃は相手に避けられてしまった。
「なっ……!」
俺は技を出した直後で無防備の状態になってしまったため、相手はその隙を逃さまいと短剣で俺の腹を切りつけた。
「がはっ……」
「シン!」
俺はそのままの勢いで地面に叩きつけられながら、リーサの近くに崩れ落ちた。
切られた傷は深くなかったが、腹から出血していて痛みがあった。
「ぐっ……大丈夫だ……これぐらいな……ら?」
俺はその場で立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。
次第に足だけでなく、体全体に徐々に力が入らないよう感覚が襲われ始める。
まさか、これは……!?
俺が考えているその間にも、黒ずくめの人物は俺たちに切りかかろうとしてくる。
そのときだった。
「おおおおっ!」
突如、鎧を着た男が俺たちの前に立ち、黒ずくめの人物の攻撃を防いだ。
すると、その男だけでなく同じように鎧を着た男たちが集まってきて、黒ずくめの人物を囲い始める。
「あなたたち!大丈夫ですか!?」
すると、俺たちの近くにローブを着た女性が一人近づいてきた。
さらに同じようにローブを着た人たちが数人、こちらに近づいてくるのが見える。
「騎士団と魔法師団の方々……」
リーサが呟く。
突如現れた人たちの正体は、王都の騎士団と魔法師団だった。
「遅くなってすまない!よく耐えてくれた!あとは任せてくれ!」
そう言って、男は他の騎士団員と共に黒ずくめの男に立ち向かう。
「この女性の人への回復魔法はあなたが?」
「はい……でも、傷は治ったはずなのに、ずっと苦しんている状態が続いているんです」
魔法師団の女性にリーサは訴える。
「……これは……!」
魔法師団の女性は傷を負っていた女性を見ると、驚いた表情を見せた。
すると、急にその場に立ち上がる。
「気をつけてください!相手の短剣には毒が塗っております!」
女性は大きな声を出して騎士団の人たちに言葉を発した。
俺は今の自分の状態を把握すると、ついには意識も朦朧としてきて、その場に倒れてしまう。
「シン!しっかりして!シン!」
俺を呼ぶリーサの声が聞こえたあと、俺はそのまま意識を失ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます