第4章 王と姫

「……ここは……?」


俺の周りには一面、真っ白で何もない空間が広がっていた。


「……夢……なのか?」


意識がはっきりとせず、まるで夢の中にいるようなこの感覚には覚えがあった。

現実の世界から今いる世界に来るときだ。


……た、のむ……


「この声……!お前はいったい誰なんだ!?」


俺は謎の声に対して問いかける。


どうか……おれの……かわり……に


「おれの……かわりに……?」


……アーニャを……たすけて……くれ……


「!?……まさか、お前……!」


俺は一つの可能性を感じると、息を呑んだあとに口を開く。


「シン……なのか……?」


そして、俺がその名前を呼ぶと、目の前に広がる空間が見えなくなるように、俺の意識は途切れていく。

俺の問いに、その声は何も答えなかった。



「……うっ……」


目を開けるとその先に白い天井が見えた。

どうやら、今の自分は仰向けになってベッドに寝ているようだ。

そして、近くで寝息が聞こえると、そこにはベッドにもたれて眠っているリーサがいた。


「リーサ……」

「……ううん……」


リーサは俺の声に反応すると目を覚ました。

そのまま体を起こすと、眠そうな目を擦りながら、俺の方を見てきて目が合う。


「シン……!?」


リーサは俺の顔を見ると、驚いた表情を見せる。


「……おはよう、リーサ。って、うおっ……!」


俺が声をかけると、リーサは勢いよく俺の腰に手を回して抱きついてきた。


「よかった……目を覚まして……本当によかった……!」


リーサは声を震わせながら言った。

鼻を啜らせる音が聞こえると、表情は見えないが、きっと泣いているのだろう。


「……俺は生きてる……でいいんだよな?」

「そうだよ……!本当に心配したんだから……!」


リーサは俺の言葉を聞くと、抱きしめる力を少し強めた。

リーサに抱きしめられているこのぬくもりが暖かく、俺が生きているのだと実感させてくれた。

俺はリーサの頭に手を乗せた。


「……ごめんな、心配させて……」


リーサが泣き止むまでのあいだ、俺はリーサの頭を撫で続けた。


「そうか……魔法師団のひとたちが……」


数分経って、リーサは泣きやんだあと、恥ずかしそうにしながら俺から離れると、俺が意識を失った後のことを話し始めた。


「うん……魔法師団の人たちがシンと女性の人を治療してくれたの。女性の人はすぐに目を覚ましたんだけど、シンは目を覚まさなかったから、みんな心配してたんだよ?」

「そうか……それで奴はどうなったんだ?」


俺は気になっていた黒ずくめの人物について問いかける。


「実は逃げられたんだ……あれからギルドや騎士団で行方を追ったらしいんだけど手がかりはなかったみたい」

「そうなのか……」


騎士団は数人いたはずだが、それも掻い潜って逃げたとは……

どちらにせよ、騎士団や魔法師団の人たちが来てなかったら、本当に危ないところだった。


「でも、目が覚めて本当によかったよ……バンさんやセリスさん、アーニャも心配してたから」

「そっか……心配をかけてしまったな……」


俺は窓を見ると外が明るいことに気づく。

もしかして、リーサは一晩中付き添ってくれたのだろうか。


「なあ、リーサ。もしかして、ずっとここにいてくれたのか?」

「う、うん……昨日はバンさんやセリスさんもいたんだけど、私が無理言ってここにいさせてもらったの。つい、寝ちゃってたけど……」


本当に優しい子なのだなと俺は思った。

こんないい子を心配させてしまったことを俺は悔やんだ。

そして、しばらくして父さんと母さんがアーニャを連れて病室にやってきた。

母さんとアーニャは涙を流しながら俺に抱きつき、父さんはホッとした表情を見せながらその光景を見ていた。

父さんには無事で良かったという言葉と市民を守るために率先した行動を取ったことに対して褒めの言葉をもらった。


「それじゃあ、俺たちは家に戻るが大丈夫か?」

「うん。本当なら今すぐ起きてもいいくらいだし」


体は回復しているのだが、目覚めたばかりなので念のため明日まで入院することになった。


「……兄さん、無理しないでゆっくり休んでね」


アーニャは心配そうな表情をしながら俺に言った。


「ああ。アーニャも来てくれたのは嬉しいけど、無理はするなよ」

「もう……今は私より兄さんの方でしょ……」

「ははっ……たしかにな」


アーニャは少し呆れた感じで俺に言った。

俺も思わず苦笑いをする。


「それじゃあね、シン。明日、迎えに来るから。ところでリーサはどうするの?」


母さんが側にいるリーサに問いかける。


「今日は依頼も入っていないので、もう少しシンの側にいたいと思います」

「そう……リーサも無理はしないでね」

「はい、ありがとうございます」


そして、父さんたちはアーニャを連れて病室を出て行ったため、再び俺とリーサの二人きりになる。


「……」

「……シン?」

「ああ、悪い。少し考え後してた」


俺が黙って考え事をしていると、リーサが心配そうに俺を見てきた。


「……ねえ、シン。何か悩みでもあるの?」

「……え?」


リーサの問いかけに俺は動揺する。


「昨日、昼ご飯を食べる前にも何か言おうとしてたよね?それと関係していること?」

「……」


まるで心を読まれたかのような感じになったため、言葉に詰まってしまう。

そして、俺は抱えている悩みをリーサに聞いてもらうか考える。


「リーサ」

「ん?なに?」

「……聞いてもらってもいいか?」


リーサなら力になってくれるかもしれないと思った俺は話すことに決めた。


「うん、いいよ」


リーサは俺の言葉に何も疑問を持たず、すぐに首を振った。


「……実は体を上手く動かすことができないんだ」

「え……?もしかして毒の後遺症が!?」


リーサはその場から勢いよく立ち上がると、顔を俺に近づけてきた。


「わ、悪い!そうじゃないんだ。とりあえず、それは関係ないから安心してくれ」

「そ、そっか……ならよかったけど……」


俺の言葉にリーサは落ちつくと、再び椅子に座った。


「上手く伝わるか分からないけど……自分のこの体が自分のものじゃないみたいで上手く動かすことができない、って意味なんだ」

「自分の体が自分のものじゃない感じ……?」


リーサは俺の言葉を聞くと首を傾げる。

実は俺がこの体の本来の持ち主ではないからなのか、思ったように体が動いてくれないのだ。

つまりはシンの体を最大限に扱うことができないため、力を完全に引き出すことができていないということだ。

レッドオーガとの戦いを終えた後、必死に修行したし、技も強化したから以前よりは強くなった。

けど、この体はもっと早く動けるし、もっと強い力が出せるはずなのに、それができない。

それが俺の抱えている悩みだ。

けど、いきなりこんなことを言われても意味が分からないだろうし、混乱するだけだろう。


「……もしかしたら、心の問題なのかもしれないね」

「え……?」


俺はリーサの言葉にではなく、まともに回答してくれたことに驚いた。


「うん。気持ちの強さ、って言えばいいのかな。最近のシンは色々なことがあったから気持ちの面で弱ってて、それが影響しているのかもね」


俺は驚きながらもリーサの説明を真剣に聞く。

だが、聞いていてもいまいち理解はできなかった。


「ほら、もう無理だ!って思いながらじゃなくて、私は絶対に負けない!って気持ちを持ちながらの方が良い動きができたりしない?」

「……何となく分かる気がする」


リーサはジェスチャーをしながら俺に話した。

その動きに可愛さを感じながら、俺は納得する。


「実はね……私も今のシンみたいな感じになっていたことがあるんだ」

「え……?」


リーサの言葉を聞いた俺は驚く。

すると、リーサは昔を思い出すかのように少しだけ暗い顔をしていた。


「うん。その時は思うように体が動いてくれなくて大変だったなあ……まるで自分の体じゃないみたいで、体にずっと重りが付いていたみたいだったから」

「そうだったのか……」


その体験はまさに今の俺と同じ状態だった。

まさかリーサにもそんな出来事があったとは思わなかった。

少なくともシンの記憶にはないので、相談もせずに一人で悩んでいたのかもしれない。


「……なあ、リーサ。その……リーサはどうやってその状態を克服したんだ?」


俺は聞きづらそうにしながらリーサへと問いかける。

もしかしたら、リーサが悩んで、苦労していたのかもしれないと考えたら、安易に答えを聞くのを躊躇ってしまったからだ。

だが、俺には悩んでいる時間が勿体ないし、一刻も早く強くならなければならない。

そう考えたら、失礼を承知でも聞くべきだと思ったのだ。


「……それはね、守りたい人達ができたからだよ」


すると、リーサは少し間を置いてから答えてくれた。


「守りたい……人達?」


俺はリーサの言葉を繰り返す。


「うん。14歳あたりの時かな……小さい頃から当たり前のように鍛えたりしていたはずなのにふと思ったの。自分は何のために強くなっているんだろう、って。身近には私よりも強い男の子がいたりもして自信を無くしてたこともあったしね」


リーサは少し思い詰めたような顔をしながら話した。

身近な男の子というのは、きっとシンのことだろう。


「でも、ある日、村の人が魔物に襲われているのを助けたことがあったの。その時に助けてくれてありがとう、って言われたときに思ったの。自分が強くなれば困っている人を助けることができる。そう考えたら、もっと強くならなくちゃって思い始めて、悩んでいることが馬鹿らしくなっちゃったかな」


リーサはそう言って微笑んだ。

偏見かもしれないが、世の中は自分の身を守ることで精一杯な人ばかりだと思うので、家族や大切な人ならまだしも、他人にまで気を遣う余裕がある人なんてまずいないと思っている。

そんな中でも、リーサはまだ出会ったこともない、困っている人たちを助けることができる力が欲しい、と言っている。

それがリーサの強くなる理由であり、心の強さだと知った俺は、ただただリーサを尊敬する。


「……リーサはすごいな。普通、そんな考えはなかなかできないと思う」

「そう……かな?ふふ……でも、もしかしたらそうかもね」


俺の言葉を聞いたリーサは照れた表情をする。


「でも、これは私の場合だから、シンにはシンの心の持ち方があると思うよ」

「心の持ち方、か……」


俺はリーサの言葉を受けて考え始める。

すると、左手に何か暖かいものが置かれた感じがした。

何かと思い見てみると、リーサが俺の左手に自分の手を重ねていた。


「リーサ?」


俺はリーサを見ると、リーサは柔らかい表情をしながら重ねている手を見ていた。


「シンならきっと大丈夫だよ。今でも十分強いし……。それに、もし何かあっても私が守るから。だって……」


リーサは俺に目を合わせてきた。


「私が今、一番守りたいと思う存在はシンだから……」


リーサは顔を赤らめ、恥ずかしそうに言った。

まるで告白されているような感じで俺もつい照れてしまう。

そんなリーサの思いに応えるように、俺も勇気を振り絞って口を開く。


「ありがとう。俺もリーサを守りたいと思っている。だから、お互い助け合っていこう。俺も、もっと強くなるから」

「シン……」


そう言ったあと、俺たちは自然と見つめあっていた。

リーサは顔を赤らめつつも穏やかな表情をしていて、愛おしさすら感じる。

このままリーサを抱きしめたい。いけないと分かっていても、そんな衝動にかられてしまう。

そんなことを考えていると、俺はリーサの後方にある病室の扉が少し開いていることに気づいた。


「……?」

「……シン?」


俺の様子が少しおかしいことにリーサが気づく。

俺は扉の隙間をよく見ると、誰かがこちらを覗いていることに気づいた。

そして、その姿には見覚えがあった。


「……何してるんだ?セシリー」

「え?」


俺の言葉にリーサが反応すると、後ろを振り返って俺と同じように扉の方を見る。

そして、俺の呼びかけに応えるように、病室の扉が開く。


「ありゃりゃ、気づかれちゃったか」


扉が開くと、そこにはセシリーがいて、病室の中に入ってきた。

……とても、ニヤニヤしながら。


「いやぁー、お邪魔してごめんねー。あまりにもアツアツの雰囲気に、とてもじゃないけど中に入れなかったよ。もう、そのままチューでもしちゃいそうな勢いで焦っちゃったよ」


面白そうなものを見ることができたかのように、嬉しそうな表情をしながらセシリーはこちらに近づいてくる。


「セ、セシリー?いつからいたの……?」


リーサがわなわなと身を震わせながらセシリーに聞く。


「そうだねぇ……私が今一番守りたいと思う存在は……ってところぐらいかなぁ?」

「う、あ、あああぁ……」


セシリーがニヤニヤしながら話すと、リーサは恥ずかしさからか、顔を赤くしながらどんどん涙目になっていく。


「……私がいま一番守りたいのはシンだから、かぁ……リーサって意外と大胆なこと言うねぇ。さすがのボクもびっくりだよ?だって、今の言い方って……」


セシリーはリーサに微笑む。


「なんか、告白みたいだったね?」

「い……いやあああぁぁぁ!!」


リーサはセシリーの言葉を聞くと、悲鳴をあげながらすごい勢いで病室を出ていってしまった。


「あはは!いやー!相変わらずリーサの反応は弄りがいがあるねー!この前、怖い目に遭わされたんだから、これぐらいはさせてもらわないとね!」

「お前……なかなかだな……」


そう言って楽しそうに笑っているセシリーを見ながら、俺はこの場にいないリーサを哀れに思った。


「それで、調子はどうなの?心配してたんだからね?」

「セシリー……」


セシリーはさっきまでのことがなかったかのように切り替えると、俺を心配そうに見ながら聞いてきた。

セシリーにまで心配をかけてしまっていたようで、さすがに罪悪感が生まれてきた。


「まだボクと勝負してもらってないんだからね?怪我されたら困るんだけど?」


そう思っていた俺が馬鹿だったと思い、前言撤回することにした。

俺は頭を抱えるようにため息をつく。


「……まあ、怪我は完治しているし、明日には退院できるみたいだ」

「そっか……まあ、さっきの発言は冗談として」


俺は本当に冗談なのか疑いを持ったが、心配してくれていたような表情を見せたので信じることにした。

そして、セシリーは先程までリーサが座っていた椅子に腰を掛けると、真剣な表情をしながら俺を見てきた。


「……そんなに手強かったの?例の黒ずくめの人物っていうのは」

「そうだな……俺とリーサの同時攻撃をいなしただけじゃなく、まるで体力がないかのような動き、あと、俺の“雷光”も避けられてしまったくらいだったな」


俺がそう答えると、セシリーは驚いた表情を見せる。


「“雷光”ってシンが前に使っていた高速移動の技だよね?あれを避けることができる人はあまりいないと思うけど……」


技を評価してもらって素直に嬉しかったが、それだけに奴の危険度も高いことが分かった。

だが、あらためて思うと、本当に人だったのか怪しいくらいだ。


「しかし、あの黒ずくめの人物は女性に恨みでも持っていたんだろうか……?」

「あ、それなんだけど、女性は何も分からないだって。日頃から恨みを買った覚えもないみたいだから、赤の他人の可能性が高いみたいだよ」

「そうなのか……」


俺が考えていると、セシリーが答えてくれた。

しかし、王都の城の近くには騎士団の詰所もあるのに、なぜあんな場所で犯行に及んだのか。


「ちなみにボクも含めて皆で王都内の探索が行われたけど、どこにも見当たらなくて、もう王都にはいないかもしれないってことになってるね。でも、王都に住んでいる人たちはあれからずっと不安になっていて、外出もまともにできなくなってるけどね」

「そうか。そりゃ、不安にもなるよな……」


俺とセシリーの間に不穏な空気が漂う。

また、王都でいきなり誰かが襲われるなんてことがないように何とかしないといけないのだろうけど。


「あ、それじゃあ、ボクはそろそろ帰るね。このあと、依頼が入ってるんだ」


そう言って、セシリーは椅子から立ち上がる。


「ああ、ありがとな。忙しいのにわざわざ来てくれて」

「ううん、気にしないで。それよりも早く良くなってよね?ボクとしても早く元気になってもらわないと困るし」

「ああ、分かったよ」


俺がそう答えると、セシリーは俺に微笑んで、手を振りながら病室を出て行った。

その後、セシリーに見つけられたリーサがギクシャクしながら病室に戻ってくると、しばらく話をしたあとにリーサも帰っていき、気づけば夜になっていた。


「……ふう」


俺は誰もいなくなった病室で、ベッドに仰向けで寝て、天井を見上げながら、昼間にリーサから言われたことを思い出していた。


『シンにはシンの心の持ち方があると思うよ』


「心の持ち方、か……」


俺はなんのために強くなりたいのか。

口には出さず、自分の心の中に問いかける。


(俺は……アーニャを助けてやりたい。ギルドに入ったのもそれが理由なのだから)


でも、今ではアーニャだけじゃなく、リーサを始めとした俺の身の回りの人も助けられるようになりたい。

そう、思っているのになんでこの体は応えてくれないのか。

やっぱり、俺の本当の体じゃないからなのか……

だとしても……


「力を貸してくれてもいいんじゃないのか……?アーニャを一番助けたいと思っているのは、お前だろ……?」


誰かが答えることもなく、俺の呟きはそのまま宙に消えていった。



翌日、問題なく退院することができた俺は、迎えに来てくれた父さんと共に家に戻った。

そして、夕食後に父さんがあらたまって話があると言ってきた。


「それで、話って?」

「ああ。実はな……ライゼン王からお呼びがかかった」

「…………ええっ!?王様から!?」


父さんの言っている意味が理解できなかった俺は、一瞬だけ思考が停止してしまった。

ライゼン王……つまり、この王都グランシルの王様だ。

そんな人から呼び出されたと聞けば、信じられないのも無理はない。


「でも、なんでいきなり……?」


俺は落ち着きを取り戻すと、父さんに問いかける。


「先日起きた事件で、被害を最小限にしたお礼を兼ねて城に招待したいとのことだ。あとは……王都に帰ってきたのなら久しぶりに顔を出せとな……」

「そうゆうことか……ん?久しぶりに……?」


父さんがまるで過去に王様に会ったことがあるかのような言い方をしたため、俺は気になった。


「ああ。昔、お前がユウリィ姫を助けた以来だな。もう、10年も前のことだが」

「ユウリィ姫……?」


俺はシンの記憶を遡るが、姫様を助けたなんて記憶はなかったため動揺する。


「覚えていないか?お前が幼い頃に人攫いの大人たちから少女を傷つきながらも守ったことがあっただろう?」

「あ……!」


確かに過去にシンがまだ王都にいた時、幼い身でありながらも数人の大人たちと対峙したことがあった。

家族で王都郊外に出かけていたとき、家族とはぐれてしまったシンがたまたま一人の少女が攫われそうになっている現場を目撃した。

当時のシンは剣術を身につけ始めていたばかりで戦闘経験もなかったが、それでも大人たちから必死に少女を守った。

結局、途中で駆けつけた父さんがその大人たちを倒し、シンは体中ボロボロになって家族にとんでもなく心配させることになってしまったが。


「もしかして、あの時の女の子が姫様だったってこと?」

「ああ、そうだ。あの日、城から抜け出した姫様が攫われそうになっているのをお前がたまたま見つけて守ろうとした。実は村で住んでいた家はその時に姫様を助けた礼としてもらったものだ」

「……そうだったんだ」


あの少女がグランシルの姫様で、しかも助けたお礼として家までもらっていたとは。

二つの事実を聞かされ、俺は驚きを通り越して放心しているような状態になっていた。


「最初は礼などいらないと断ったのだが……王に頭を下げられてはな……」


父さんは困ったような表情を見せた。


「それはさすがに断れないね……」

「ああ。そして、その姫様もお前に会いたいと言っているらしい。できれば明日の午前中と言われているのだが、大丈夫そうか?」

「うん。大丈夫」


俺は父さんの問いに答える。

まさか、王様や姫様に会う機会があるとは思ってもいなかったので、まだ現実味が薄く感じているが。


「あれ、そういえばリーサは?」


俺は疑問に感じていたことを聞いてみた。

今回の騒動ではむしろリーサのほうが活躍したはずなので、招待されていないとおかしいと思ったからだ。


「リーサは別の日に父親と一緒に行くらしい。すぐには王都に来れないみたいでな」


俺はそう聞くと納得した。

その後、謁見する際の挨拶や礼儀を父さんに教えてもらうと、明日に備えて眠りにつくのだった。



翌日、王様と謁見する日がやってきた。

俺と父さんは城の門に着くと、門番の兵士に通されて城の中へと案内された。

なお、王様に会うこともあり、俺と父さんは正装で来ている。


「うぉ……」


城内を見て、俺は思わず声を漏らす。

これでもかというくらい広い空間に、高い天井。壁には絵画がいくつも飾られており、いくらするかも分からない高級そうな壺も置かれていた。

まさにゲームの中に出てくるような城内と同じ雰囲気だった。


「それでは、こちらへどうぞ」


俺が呆気にとられていると、案内役の人に声をかけられる。

そのまま付いていくと、これまた広い部屋へと案内された。


「準備ができましたらお声をかけさせていただきますので、こちらでお待ちください。そして、シン様」

「はい?」


俺だけ名前を呼ばれたため、返事をする。


「ユウリィ様が先にお二人だけで少しお話がしたいとのことです。よろしければ先に案内させていただきたいのですが」


そう言われた俺は父さんの目を配らせる。


「行ってきなさい。ただ、失礼のないようにな」

「うん。分かった」


俺は父さんに返事をすると、案内役の人に頷いた。


「では、こちらへどうぞ」


俺は別室を後にして、案内役の人に付いていく。

城の2階へと上がった先にある長い廊下を歩くと、ある部屋の前で止まった。


「こちらで姫様がお待ちです。時間になりましたら、また声をかけさせていただきますので」

「あの……二人きりはさすがにまずいのでは?」

「姫様からのご命令ですので」

「……そうですか」


案内役の人は表情を変えることなく、俺の問いに答えた。

まあ、何かするわけでもないから大丈夫なのだが。

そして、案内役の人が扉をノックする。


「……はい」


すると、部屋の中から綺麗な女性の声が聞こえてきた。


「姫様。シン様をお連れいたしました」

「……!はい、通してください」


俺は扉を開けてもらうと、部屋に足を踏み入れた。


「……失礼します」


俺が部屋の中に入ると、案内役の人によって扉が閉められた。

そして、部屋には薄緑色のドレスを着た女性がこちらを向いて立っていたことに気づく。

女性は俺の顔を見ると、微笑んだ。

綺麗。その一言だった。

どこか幼さを残したような顔で、腰まで伸びている茶色の髪にはウエーブがかかっている。

背丈はアーニャよりは高いが、俺の首を超えないくらいだろう。

その容姿はまさに姫と呼ぶにふさわしい雰囲気だ。


「……お久しぶりですね、シン様」


姫様は透き通るような綺麗な声で俺に話しかけてきた。

俺は胸に手をあて、礼をして応える。


「シン・フェレール、またこうして姫様にお会いできて光栄です」


俺がそう答えると、姫様はゆっくりと俺の方に近づいてきた。


「私も、ずっとお会いしたかったです。ようやく、会うことができました……」


すると、姫様は俺の手を握ってきた。


「姫様……?」


突然の行動に俺は動揺する。


「どうか、ユウリィとお呼びください。あなたは私の恩人なのですから」

「いえ、そういうわけには……」

「だめ……でしょうか?」


俺が反論すると、姫様は上目遣いでこちらを見て訴えかけてくる。

その表情に、抵抗していた俺の意志は負けてしまう。


「……分かりました。ただ、二人でいるときだけにさせてください。それと、私のこともシンで構いませんので」

「ふふ、分かりました。……できればもっとくだけた話し方をしていただきたいのもありますが」

「……それはさすがに遠慮させていただきます」


俺は速攻でお断りした。

一国の姫様を名前で呼ぶだけでも抵抗があるのに、さらに話し方まで変えるのは末恐ろしい。


「むぅ……ではそのうちということで」


すると、ユウリィは頬を少し膨らまして言った。

姫様と言うだけに、もっと落ち着いていて、柔らかなイメージがあったのだが、意外と表情豊かなところがあり、俺は驚いた。


「それで、姫様?」

「……」


姫様に話しかけると、なぜかむっとした顔で睨まれてしまった。


「えっと……」

「……さっき言ったこと、もう忘れてしまったのですか?」


困惑している俺に姫様が言ってきた。

俺は先程、交わした言葉を思い出す。


「……それで、ユウリィ?」

「はいっ、なんですかシン?」


俺が名前で呼ぶと、ユウリィは機嫌良く返事をしてきた。

本当に大丈夫なのかと不安になりながらも、俺はユウリィに問いかける。


「話があると聞いたのですが、何でしょうか?」

「いえ、実は特にこれといった話があるわけではないんです」

「え?」


何か特別な話でもあるかと思っていたため、俺は不思議に思った。


「このあと、父様も含めた皆さんで話すことになると思いますので、その前に二人きりで少し話がしたかっただけなんです」

「……そうでしたか。私も姫さ……ユウリィと話すことができてよかったです」


まだ慣れていないため、つい、姫様と呼びそうになってしまった。

それを見逃さないかのように、ユウリィは目を細めて俺をじっと見てきた。

すると、突如、扉がノックされる音が聞こえた。


「姫様、シン様。王様の準備ができましたので、玉座の間まで移動をお願いいたします」


先程の案内役の人だろうか。

俺にとってはタイミング良く、扉越しに話しかけてきた。


「あら、残念ですけど時間みたいですね。分かりました、すぐに行きます……では、行きましょうか?」

「ええ」


俺はユウリィの後に続いて、部屋から出ると、王様が待っている玉座の間へと向かった。

すると、既に父さんがいたため俺は近くに行き、ユウリィは玉座の近くに置かれている別の椅子へと歩いていくと腰をかけた。

そして、しばらくすると玉座の近くから王様らしき人がやってきた。

俺はその姿を見るなり、膝を曲げ、その場にしゃがみ頭を下げた。


「頭を上げよ」


その言葉を受けると、俺と父さんは頭を上げた。


「よく来てくれたな。あらためて名乗ろう。私がこの王都グランシルの王、ライゼン・アルト・ミストールである。そして、ここにいるのが我が娘のユウリィだ」


ユウリィは椅子から立ち上がると、一歩前に出る。


「ライゼンが娘、ユウリィ・アルト・ミストールと申します。バン様におきましてはお久しゅうございます」


ユウリィはそう言って俺たちに微笑んだ。


「フェレール家が当主、バン・フェレールと申します。ライゼン王、ユウリィ姫共にご健在そうでなによりです」

「うむ、久しいなバンよ。そちらこそ健在そうでなによりだ」


父さんの言葉に対して、ライゼン王は微笑みながら言う。


「ありがたき言葉、感謝いたします。そして、こちらが我が息子のシンになります」


俺は父さんに紹介されると、ライゼン王とユウリィに顔を向ける。


「フェレール家が一子、バンの息子のシン・フェレールと申します」


俺はあらかじめ予習しておいた挨拶を無事に言えてホッとする。

きっと、元の世界では一生使うことのない挨拶だっただろう。


「ほう……あの小さかった少年が立派になったものだ。今回の王都での騒動、そなたのおかげで被害を最小限に止めることができた。以前、ユウリィを助けてくれたことといい、そなたには感謝してもしきれんな」

「いえ、勿体なきお言葉です。今回の事件は私の仲間や、王都の騎士団、魔法師団の方々がいてこそでしょう」


俺はライゼン王に言う。


「ふむ……確かにその通りであるな。だが、お主と仲間が身を挺してまで市民を助けようとしてくれたことは事実だ。私はその勇敢な行動を讃えたいと思う」


すると、そう言ったライゼン王はこちらへと歩いてきた。

そして、信じられないことに、俺の前で頭を下げたのだ。


「なっ……!ライゼン王!?」


突然の王の行動に俺は慌てる。

そして、隣にいる父さんも驚いているようだった。


「礼を言おう。ユウリィだけでなく、王都の市民まで助けてくれて感謝する」

「私からも改めて礼を言わせてください。本当にありがとうございます」


今、俺の目のまでは王族の二人が俺に対して、頭を下げているという異常な光景が広がっていた。


「ひ、姫様まで……と、とにかく頭を上げてください」


俺が慌てながらそう言うと、二人は頭を上げたため安心する。


「ライゼン王、さすがに王ともあるお方が、簡単に頭を下げられるのはいかがなものかと思いますが……」


そして、俺の気持ちを代弁するかのように父さんが言った。


「バンよ。そなたの息子はそれだけのことをしたということだ……さて、ユウリィの件と今回の件でお主には礼を与えねばならぬな。シンよ。何か希望があれば申してみよ」

「え……?姫様の件も……ですか?」

「うむ。バンには報酬として家を与えたが、お主への報酬は何も与えていなかったからな」


正直、家を与えてもらったくらいだから、十分すぎる気がしたため、気が引ける。

ただ、せっかくの好意を無下にするのもどうかと思ったので、ここは素直に受けるべきだろう。

ただ、突然何がいいかと言われても困ってしまう。

俺はいま、自分が一番求めるとしたら何かを考えてみた。

……すると、真っ先に思いついたことがあった。


「……でしたら、ライゼン王。一つ、私からよろしいでしょうか?」

「うむ、言ってみよ」


俺は父さんの顔を見ると、ライゼン王に話し始める。


「……父、バンの娘であり、私の妹であるアーニャは現在、原因不明の病に犯されています。それを治す方法について力添えをお願いしたいのです」

「シン……」


俺の言葉に父さんが反応する。


「なんと……バンよ、そんなことが起きていたのか」

「ええ……私や妻も全力を尽くしてはいるのですが、いまだ原因や治療法もわからず……」

「そうか……」


ライゼン王は手を顎にあてて、何かを考えるような様子を見せる。


「だが、それは願いとしては受け取れぬな」

「え……?」

「お父様……!?」


王の言葉に俺だけでなく、ユウリィも反応する。

まさか断られるとは思わなかった俺は衝撃を受ける。


「なぜですか!?私の恩人である方々の大切な娘であり妹ですよ!?力になってあげるべきではないのですか!?」


納得できないといった勢いでユウリィはライゼン王に問い詰める。


「落ち着きなさい、ユウリィ。私は願いとしては受け入れないと言ったのだ」

「願いとしては……いったい、どういうことですか……?」


ライゼン王が発した言葉に、ユウリィは疑問を感じたようだった。

そして、それは俺も同じだった。


「シンよ、妹の病に関しては喜んで、力になろう」

「本当ですか……!?」


断られたと思っていた俺はライゼン王の言葉を聞き、安堵する。


「だが、それは報酬の件とは別の話だ。ユウリィも言っていたが、お主たちの娘であり、妹は恩人の家族でもある。そのため、個人的に力にならせてもらうことにする」

「お父様……!」

「ありがとうございます……!」


俺は王に心を込めて、礼を言う。


「……王よ、感謝いたします……」


そして、父さんも同じく、礼を言う。


「では、すぐにでも詳しそうな者を手配しよう」


そして、王は近くにいた執事に話すと、そのまま執事の人は部屋を出ていった。


「後で連絡がくるであろう。報酬に関しては希望がなければ後日でも構わないから、決まったら伝えにくるといい」

「はい、ありがとうございます」

「なんなら、ユウリィを嫁にもらうというのもありだぞ?」

「なっ……!」


ライゼン王の突然の発言に俺は驚く。


「お父様!?いきなり何を言いだすのですか!?」


それはユウリィも同じようだった。


「なんだ?嫌なのか?」

「そ、そういうわけではありませんけど……いきなりすぎるといいますか……まだ、大人になって再会したばかりですし……」


ユウリィは赤面した表情を見せながら、もじもじしている。


「まあ、半分本気で半分冗談と言ったところだ。ユウリィのお転婆さにはまだ悩まされる時があるからな。婿になる者も大変だろう」

「もうっ!お父様!余計なことを言わないでください!」


ライゼン王に対して、頬を膨らましてユウリィは反論する。


「あの、シン?昔の話ですので本気にしないでくださいね?」


ユウリィは俺を見ながら言う。


「む?そうか?最近でも大きな魔法を放とうして、魔法師団が冷や汗をかいたと聞いたが……」

「お父様っ!」


追い討ちをかけるような言葉を聞いて、ユウリィは声を大きく上げる。

魔法師団が慌てるほどの魔法とは一体なんなのか、単純に気になった。


「さて、これ以上は娘を本気で怒らせてしまいそうなので、これぐらいにしておこうか。バンにシンよ。時間があるときはぜひ、また足を運んでくれ。お主たちならいつでも城の中に入れるようにしておこう」

「ありがとうございます。また足を運ばせていただきます」


ライゼン王に父さんが答える。


「うむ、それではな。後の事はそこにいる者に聞くといい」


そう言って、王は近くにいる執事らしき人に指を差したあと、そのまま玉座の間から姿を消した。


「シン、お会いできて嬉しかったです。ぜひ、また会いにきてください。バン様もお元気で」

「ええ、姫様もお元気で」


俺がそう答えると、ユウリュは少しだけ不機嫌な様子を見せる。

おそらく、名前で呼んでいないからではないかと察したが、今は二人きりではないため許して欲しい。


「姫様、お会いできて良かったです。また会いにきますね」

「ええ、楽しみにしています」


父さんもユウリィに答えたあと、ユウリィもライゼン王と同じように玉座の間から出ていった。

すると、近くにいた案内役の人が俺たちに近づいてきた。


「バン様、シン様。城内で博識の者と連絡が取れましたので、今から案内させていただこうかと思うのですが、大丈夫でしょうか?」


俺は父さんの方を見ると、問題ないといったような感じで頷いできた。


「はい、大丈夫です。案内をお願いします」

「承知いたしました。では、付いてきてください」


俺たちは案内役の人に付いていくと、ある部屋へと案内された。

そこはまるで図書館のようで、いったい何冊あるのかというぐらいの本があたり一面に置かれていた。

そして、中央にある大きめの机に一人の女性が座っていることに気づく。

俺たちがその女性に近づくと、存在に気づいたのか顔をこちらに向けた。


「ソフィア様、お二人をお連れしました」


ソフィアと呼ばれた女性は椅子から立ち上がると、こちらを見てきた。


「ありがとうございます。あとはこちらで引き受けます」

「分かりました。それでは失礼します」


ソフィアと入れ替わるように案内役の人はそう言って、その場を後にした。


「バンさんにシンさんですね?初めまして。この書庫の館長を務めているソフィア・ラーティです。気軽にソフィアと呼んでください」


ソフィアと呼ばれた女性は俺たちに挨拶をすると微笑む。

幼い顔つきをして、金髪の色をした髪は腰の長さを超えている。

背はアーニャよりも低く、着ている白衣は床に付くか、付かないの状態になっている。

見た目だけで言ったらまるでロリ……


「……何か失礼なことを考えていませんか?」

「いえ、そんなことは」


そんなことを考えていると、心を読まれたかのように突っ込まれた。


「……まあ、いいです。それで、アーニャさんの病について調べてほしいとのことでしたね。今はどのような状態なのか教えてもらえますか?」


ソフィアに言われた俺と父さんは、アーニャに起きている症状や思い当たることなどを全て話した。


「なるほど。ある日、突然病に犯されるもその原因が不明。そして、どんな回復魔法も効果がなかった……ですか。なるほど、確かに聞いたことのない症状ですね」

「何か、思いあたることはありますか?」

「そうですね……」


そう言ってソフィアは考え込む。


「現時点では分からない、というのが回答になります。こちらでいろいろと調べてみますので、何か分かれば連絡しますね」

「はい、お願いします……!」


そして、俺と父さんはソフィアから朗報が聞けることを期待して、その場を後にしたのだった。

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