第8章 真実と選択
マルコとの戦いが終わってから、一週間が経った。
地下を脱出して王都に帰還した私たちはギルドへの報告を終えると、疲労が溜まっていたのか死んだように眠ってしまった。
特にシンは限界を超えて戦っていたため、丸2日は眠り続けていた。
シンが目を覚ましたときは、嬉しさのあまりつい抱きしめてしまったため、今思い出しても顔から火が出るほど恥ずかしい気持ちになる。
そして、私たちは昨日、4人揃って無事に帰還することができたお祝いをした。
けど、シンは終始浮かない顔をして、何かを考え込んでいるような様子だった。
私たちが気にかけると、いや、なんでもないと言ってはぐらかされてしまい、結局、真相は聞けずじまいだった。
「……ということで、シンの様子が最近おかしい件について話をしたいの」
そして、私はセシリー、エリクさんと一緒にカフェにいた。
二人にシンのことを相談したかったからだ。
「たしかに、昨日はずっと考え込んでいる感じがしてたよね」
「やっぱり、マルコが最後に言い残したことが気になっているのか?」
私はマルコが消える間際に言っていた言葉を思い出す。
(本当の恐怖は……これから……だ)
「いったい、どういう意味だったんでしょうね……?」
「さあな……でも、元凶は断ったわけだし、もう問題は起きないと思っていいはずだがな」
私たちは釈然としない雰囲気のなか、黙り込む。
「なあ、ところで話は変わるんだけどよ。シンって元々、あんなに強かったのか?」
すると、エリクさんが唐突に聞いてきた。
「いえ……あのとき見た剣技も魔法も見たことがありませんでした。私が知らない間に身に付けていたのかもしれないですけど……」
「いやぁ、すごかったよね!最後に見せた剣技もだけど、あんな魔法も見たことなかったし!今のシンはエリクよりも強いんじゃないのー?」
「ぐっ……!まあ、完全に否定できないのが痛いところだが……!」
セシリーの煽る言葉にエリクさんは悔しそうな顔をした。
「でも、シンって不思議だなぁ。確かあの魔法って戦いの中でいきなり使えるようになったって言ってたよね?ボクと勝負したときも、いきなり強くなった感じがしたし、戦いの中でいきなり成長するタイプなの?」
セシリーは腕を組んで考えながら言った。
「いや、そんなことないと思うけど……」
「そういえば、あいつ自身もよく分からないって言ってたな。あの動きができたのも身体強化の魔法をかけたからだったらしいしな」
「うーん……身体強化の魔法なんて、存在してたっけ?」
セシリーが思い出すように言うと、エリクさんは真剣な表情をし始めた。
「……なあ、二人とも。300年前の聖女の話は知ってるよな?」
「ええ……ギルドマスターの前でもその話はしましたけど……っ、もしかして……!?」
私は一つの可能性を感じると、エリクさんに問いかける。
「ああ。転移魔法と同じで、シンがあのとき使った魔法たちも300年前に使われていた魔法なんじゃないのか?」
私とセシリーはその言葉を聞いて驚く。
「でも、なんでシンが300年前の魔法を使えるのさ……?」
「それは分からねえ……まあ、そのおかげで俺たちが助かったのも事実だけどな」
「……そうですね」
私はシンに助けられた時のことを思いだす。
死を覚悟して、目を閉じたとき、気づいたらシンが私を抱き抱えて、助けてくれた。
(そ、そのときも思わず抱きついちゃったけど……いいよね?だって、あのときのシンは本当にかっこよくて、そして、頼りになったんだもん……)
私は自分の顔が徐々に熱くなってきたのを感じて、手で冷ますように顔を仰いだ。
「そういえば、リーサ。そのシンは今どこで何してるの?」
「へっ!?ああ!王城に行ってくるって言ってたよ!ソフィアさんにアーニャの病のことで呼ばれたからって」
突如、セシリーに呼ばれて焦った私は動揺しながら説明した。
「そういえば、シンからもし、わかることがあったら教えてくれって言われてたな。結局、何も分からずじまいだったが……病に侵されてもうどれぐらい経つんだ?」
「……もうすぐで10ヶ月ぐらいになりますね……」
私は暗い気持ちになりながら、エリクさんに答えた。
「そうか……じゃあ、もしかして病を治す方法が見つかったってことなのかもな」
「はい……そうだったらいいんですけどね……」
そのまま私が黙ると、二人も雰囲気を察してか一緒に黙ってしまった。
「……そうだ!ねえ、リーサ!ボク、アーニャに会ってみたいんだけどダメかな?」
「え?」
沈黙を破るようにセシリーが唐突に言い出した。
「だって、シンの妹なら一度会ってみたいし!それに……もしかしたらボクの将来の妹になるかもしれないわけだし……?」
「……セシリー?」
私はセシリーの言葉を聞いた途端、内から負の感情が湧き出てくるのを感じた。
「じ、じょうだんだって!ただ会ってみたいなーって思っただけだから!」
「……なら、いいけど」
その言葉を聞いて、私は内なる感情が収まっていく感じがした。
「……なんか、シンが言っていた意味が分かった気がするな……」
「え?何を言われたんですか?」
私が聞くと、エリクさんは顔を背ける。
「リーサだけは絶対に怒らせてはいけないって」
「シン……」
どうやら、次に会った時は少し話すことがありそうだ。
その後、私はセリスさんにアーニャと会っても大丈夫かと聞いたところ、長時間でなければ大丈夫と許可をもらったため、三人でシンの家に向かうことになった。
「そういえばアーニャって、シンとどれぐらい歳が離れてるんだ?」
シンの家に向かっている途中でエリクさんが聞いてきた。
「なになに?エリクってそういう趣味なのー?」
「ちげぇよ!」
それに対して、セシリーが茶化すように言うと、エリクさんは感情をあらわにしながら反論した。
そういう趣味とはいったい、何のことだろう。
「2つ下ですね。今年で16歳だからセシリーよりも一つ年上だよ?」
「え!?そうなの!?勝手に年下かと思ってたよ……じゃあ、妹じゃなくて姉になるってこと……?」
「なんで、そういう話になるのかな……」
私はセシリーの思考がよく分からなくなり、もはや反論する気もなくなっていた。
そして、シンの家に着くと、セリスさんが私たちを出迎えてくれた。
アーニャの部屋の前に案内されると、私は部屋の扉をノックする。
「どうぞ?」
中からアーニャの声が聞こえると、私は扉を開けた。
「アーニャ、入るね」
「あ、いらっしゃいリーサ姉」
私が部屋に入ると、ベッドで寝ているアーニャがいた。
そして、私のあとに続いて、セシリーとエリクさんも部屋に入ってくる。
「あ……もしかして、そちらの人達が……?」
アーニャは二人に気づいた様子を見せる。
「初めまして!シンの仲間のセシリーです!わっ!本当に可愛いー!」
「か、かわ……!?」
突然セシリーに言われたアーニャは顔を赤くして照れてしまった。
うん。分かるよ、アーニャ。
いきなり可愛いって言われると恥ずかしくなるよね。
「俺はエリクだ。まあ、俺もシンの仲間になるか。よろしくな」
「あ、兄からよく話は聞いています。シンの妹のアーニャです。兄がいつもお世話になっています」
アーニャはそう言って、頭を下げた。
「いや、むしろこの前はこちらが助けてもらったばかりだけどな」
「そうなんですか?でも、エリクさんのことは頼れる兄貴みたいだって言っていましたよ?」
「そ、そうか……」
アーニャにそう言われたエリクさんは、嬉しそうな表情を抑えきれず表に出していた。
「ねえねえ!ボクのことは何か言ってた!?」
「えっと、セシリーさんのことはたしか……」
セシリーが前のみりになって聞くと、アーニャは下を向いて考える様子を見せる。
そして、何かを思い出したかのように顔を上げた。
「あ、手間がかかるワガママ娘みたいだって言ってました!」
「シーンー!?」
アーニャにそう言われると、セシリーは怒りをあらわにした。
「ぶはっ!まあ、間違ってはいないな!」
「ちょっと、どういう意味さ!それ!?」
「ちょっと、二人とも、もう少し静かに……」
私は騒がしくしている二人を落ちかせようとした。
「ふふっ……」
「アーニャ?」
すると、アーニャが突然笑い出した。
「あ、ごめんね……騒がしくしちゃって」
そして、セシリーが謝ると、アーニャは首を横に振った。
「いえ、兄さんは果報者ですね。皆さんみたいな方と一緒にいれて」
そう言った、アーニャは穏やかな表情をしていた。
私たちは互いに顔を合わせると、微笑んだ。
「まあ、ボクはどちらかというと勝手に付いていっているだけなんだけどね」
「いえ……兄は一人だと無茶をすることがあるので……」
「ああ、それは分かる気がするな」
エリクさんはそう言って笑う。
「でも、皆さんがいてくれたら安心な気がします……うっ……!」
すると、途端にアーニャは胸を押さえて苦しそうにした。
私は心配してアーニャの側に駆け寄る。
「アーニャ!大丈夫!?」
セシリーとエリクさんも心配そうに見る中、アーニャは首を縦に振った。
「うん……大丈夫だよ、リーサ姐。ちょっと、苦しくなっちゃっただけ」
「でも……」
そして、心配そうに見ている私に微笑むと、アーニャは頭を下ろした。
「皆さん、リーサ姐も。これからも兄を、よろしくお願いします」
「アーニャ……」
自分が辛いのに、兄を健気に心配するその姿に私は心を打たれる。
そう、アーニャは昔からこういう子なんだ……
「うん……!もちろんだよ!」
「ああ、まかせておけ!」
二人がそう答えると、アーニャは目に少し涙を溜めながら微笑んだ。
「……返事がない……」
その後、私たちはシンと合流しようと思ったが、電話をしても繋がらず、結局、今日は解散することになった。
そして、私はブレシスを見てみたが、シンからの返事はまだなかった。
「まだ城にいるのかな……?あれからだいぶ時間が過ぎてるけど……」
シンが城に行ってくると言ってから、すでに3時間以上は経っていた。
「……城に行ってみようかな。もしかしたら会えるかもしれないし」
そう思った私は城に向かった。
すると、門の前で兵士に止められてしまう。
「待ちなさい……ん?あなたはもしかしてリーサ様ですか?」
「あ、はい。リーサ・レーニスです」
そして、私を止めた兵士は名前を聞くなり、慌てるように敬礼をした。
「これは失礼しました!城に何か御用でしょうか!?」
「あの、シン・フェレールはまだ城にいますか?連絡がつかないので……」
私が聞くと、兵士は不思議そうな顔をする。
「シン様ですか?確か1時間前くらいには城を出ていったはずですが……」
「え?そうなんですか?」
私はシンがまだ城にいると思っていたため、兵士の言葉を聞いて、驚いた。
(もしかして、ブレシスを持っていないのかな……?それとも、どこかに落としたりとか……?)
そして、私が考え込んでいる時だった。
「あら……?あなたは……?」
私は声がしたので後ろを振り向くと、そこには金髪の女性が立っていた。
「ソフィア団長!お疲れ様です!」
兵士は女性を見るなり、すぐさま向き直って敬礼をした。
「あなたはもしかして……魔法師団の団長のソフィアさんですか?」
「あら、私のことを知っているんですね」
目の前の女性、ソフィアさんは私の問いかけに答えた。
実際に会ったことはなかったが、金髪で美人、そしてセシリーに近い容姿というのは知っていたのですぐに分かった。
……あ、今のは少し失礼だったかもしれない。
「そういうあなたはリーサさんですね。<銀閃>の名は魔法師団でも有名ですよ?」
「え?そうなんですか……?それは恐縮と言いますか……」
まさか、自分の知らないところで名が売れているとは思わず、私は動揺する。
「それで?城に用でもあるのですか?」
「いえ、シンと連絡がつかなくて……たしかソフィアさんと会っていたんですよね?シンがどこに行ったか知りませんか?」
「え?連絡がつかない……?」
私がそう言うと、ソフィアさんは何かを考え始めた。
「もしかして、もう向かってしまったとか……?いや、それはさすがにないと思うけど……」
「……あの、何か知ってるんですか?アーニャのことについて聞きに行くって言ってたと思うんですけど」
私は一人で何かを呟いていたソフィアさんに問いかける。
「あなたもアーニャさんのことを知っているの?」
「あ、はい。幼馴染なので」
私がそう言うと、ソフィアさんはまた何かを考え始める。
「そう……そういえば、あなたになら話してもいいって言っていましたね。少し、付いてきてもらってもいいですか?お話したいことがあります」
「え?はい……」
そう言った、ソフィアさんの後に私は付いていった。
本が部屋中に置かれている書庫に連れて来られると、部屋の中央あたりに置かれている椅子に腰をかけた。
「あの、話というのは……?」
「……その前に、もう少し楽な話し方をしてもいいかしら?この口調はどうも疲れてしまってね」
すると、突然ソフィアさんは砕けた口調で話し始めた。
私は咄嗟のできごとで少し動揺したが、断る理由もなかったため首を縦に振る。
「あ、はい。私は構いませんけど……」
「ありがとうね。シンさんも同じような反応をしていたわ。案外、二人は似たもの同志なのかもね」
ソフィアさんはそう言って微笑んだ後、真剣な表情でこちらを見てきた。
「……話というのはアーニャさんの病のことよ」
「もしかして、治療法が見つかったんですか?」
私は喜びの気持ちを表に出しながら聞いた。
「……いいえ、むしろその逆よ」
「え……?」
しかし、予想とは違った答えが返ってきたため、私は動揺する。
「とりあえず、アーニャさんの病の正体は分かったわ。……いえ、正確には病ではなく、呪いと言うべきでしょうけど」
「え……?」
「アーニャさんの症状は病によるものではなく、 “闇の鎖”と呼ばれる魔法による呪いなの」
「“闇の鎖”……?呪い……?」
私はソフィアさんの言っている意味が理解できず、混乱する。
「この呪いをかけられた者は徐々に体を上手に動かすことができなくなり、そして、日が経つにつれて身体中を蝕んでいくため、体が動かせなくなるだけでなく、締め付けられるような痛みが襲いかかってくる。きっと、アーニャさんは今もその痛みに耐え続けているはずよ。おそらく、話すのも辛いくらいに」
「うそ……」
もし、ソフィアさんの言っていることが本当だとしたら、さっき会った時のアーニャは平静を装っていて、実はずっと痛みと戦っていたってこと……?
なのに、そうとも知らずに私は……!
「そして、もう一つ」
私に落ち込む暇など与えないかのようにソフィアさんは話を続ける。
「まだ、何かあるんですか……!?」
「呪いを受けたものは1年後に死ぬ」
「…………え?」
私は何を言われたのか全く理解できず、思考が停止する。
「いま……なんて?」
「この呪いを受けた者は1年後に呪いによって亡くなってしまうの」
聞き間違いじゃなかったことを確認すると、まるでどん底に落とされたかのような感覚になる。
「じゃあ、つまり、アーニャは……」
「いまは呪いにかかって10ヶ月目。つまり、あと、2ヶ月後には呪いによって亡くなってしまう……」
そう言ったソフィアさんは憐れんだような顔をする。
「治療法は……呪いを解く方法はないんですか!?」
私は懇願するようにソフィアさんに聞く。
「……呪いを解く方法はあるわ」
「え!?」
そして、驚く私を見ながら、ソフィアさんは話を続ける。
「古文書によれば、“闇の鎖は”闇属性の上位魔法らしいの」
「闇属性の魔法……?そんなの聞いたことが……っ、まさか、300年前に存在した魔法……?」
私の言葉を聞いて、ソフィアさんは驚く。
「それを知っているとは驚いたわね……その通りよ」
「でも、なんでそんな魔法がアーニャに……?」
私が聞くと、ソフィアさんは首を横に振った。
「それは私にも分からない……ただ300年前の魔法という点。これが答えに繋がるわ」
「答えに、繋がる?」
私は答えが分からず、首を傾ける。
「“闇の鎖”を解くには闇属性の魔法と対をなす聖属性の魔法が必要になるの。上位解呪魔法“エクステーション”。この魔法なら “闇の鎖”を解くことができるはず」
「じゃあ、その魔法が使える人を探せば……!?」
しかし、ソフィアさんは首を横に振った。
「……ただ、それを使える者は古文書には聖女だけと記されていたの。そして、魔法を習得する方法も記されていなかった」
そんな、と絶望するなか、私は一つの可能性を思いつく。
「そうだ……シンなら使えるんじゃないですか!?なぜか、現代にはない魔法をいくつか使えるようになったらしいんです!もしかしたら……!」
「いえ……本人とも話したけど、知らないと言っていたわ。……正直、その話を聞いた時は信じられなくて腰を抜かしそうになったけどね」
「そう……ですか……」
私は再び絶望感に襲われた。
「……ただ、一つだけ可能性があるかもしれないの」
「え……?」
私はソフィアさんの話に耳を傾ける。
「ここからはるか北、乗り物に乗って1ヶ月はかかる場所に“ルーナ・パレス”と呼ばれる場所があるの」
「ルーナ・パレス……?」
私は聞いたことのない名前を繰り返す。
「そこに、何があるんですか?」
「……そこには聖女の後継者がいるかもしれないの」
「聖女様の後継者が!?」
私はその言葉を聞いて、驚きの声を上げる。
「その人ならアーニャさんの呪いを解くための聖属性の魔法が使えるかもしれない。……ただ、本当かどうかは分からないから可能性は低いうえに、道中はかなりの危険を伴う。リーサさんも知っているかもしれないけど、この大陸は北に行くほど魔物が強い。それこそ、私たちが災害級と呼んでいる魔物も数多くいる」
「そんな場所に行かないと行けないなんて……」
「何よりもう時間があまりない。行って戻ってくるだけでも2ヶ月はかかってしまうでしょう。だから、シンさんは二つのうちのどちらかの選択を強いられることになったの」
そう言って、ソフィアさんは辛そうな表情をする。
「二つの、選択……?」
「一つは可能性は低いけど、2ヶ月以内に聖女の後継者に会いに行き、アーニャさんの呪いを解いてもらう。そして、もう一つは残り2ヶ月の間、悔いのないようにアーニャさんと過ごすか……」
私はその話を聞いて、シンのことが気になってしまう。
「それで、シンはなんて……?」
「考えたいと言って出ていったわ……それが1時間前の話。だから、連絡がつかないと聞いて、もしかしたら、ルーナ・パレスに向かってしまったのではないかと思ってしまったの」
ここまでの話を聞いて、ようやく話が繋がったと思った。
「じゃあ、もしかしてシンはすでに……!?」
「いえ、すぐに向かうような場所ではないだろうし、もしかしたら、どこかで一人、考えているのかもしれないわね……今後どうするのかを」
私はまだシンが王都を出ていない可能性を知ると、安堵した。
しかし、シンが今も悩んで、苦渋の決断を迫られているのだと思うと、いてもたってもいられなくなった。
「……教えてくれてありがとうございました。アーニャのことは自分事のようなものなので……」
「そう……力になれなくてごめんなさい」
そう言って、ソフィアさんは私に頭を下げてきた。
「いえ、ここまで調べてくれただけでも十分なくらいですよ。……では、私はこれで」
そして、私はシンを探しにいくため、その場を離れようとする。
「……ねえ、リーサさん」
しかし、ソフィアさんに呼び止められたため、私は振り向いた。
「あなただったら、二つの選択肢のうち、どちらを選択する?」
ソフィアさんは真剣な表情で私に聞いてきた。
それに対して、私も真剣に向き合って答える。
「……私だったら、1%でも可能性のある方を選びます。可能性が少しでもあるのにしなかったら、きっと後悔すると思うので」
私がそう答えると、ソフィアさんは微笑んだ。
「そう……なら、シンさんも同じ道を選ぶかもしれないわね。そうなったら、リーサさんは付いていくの?」
その問いに私は考える時間など必要なかった。
「もちろんです。アーニャは私にとっても大事な妹なので」
そう答えたあと、私はソフィアさんに頭を下げて、その場を後にした。
「……シンを探さないと。でも、一体どこにいるんだろう……?」
城を出た私はブレシスを見たが、やはりシンからの返事はなかった。
きっと、今もアーニャのことで悩んでいるのかと思うと、胸が苦しくなる。
(もし、私が今のシンの状況だったらどこに行く……?)
私は考えながら上を眺める。
すると、一つの可能性を見出した。
「……もしかして、あそこにいるんじゃ……?」
そして、私はシンがいる可能性の場所へと急いで向かった。
王都にある建物で一番高い建物である時計塔。
その屋上でシンは北の方角を見るように立っていた。
「やっぱり、ここにいたんだ」
「……よく、ここが分かったな」
「うん。もし私がシンだったら、一番高い建物の上で遠くを見ながら考えるだろうなって思って」
「……そうか」
シンはこちらに背を向けたまま答えた。
その背中はまるで今にもいなくなってしまいそうな雰囲気を出していた。
「……聞いたよ、アーニャのこと」
「……」
シンは何も答えない。
「シンは、これからどうするつもりなの?」
私は気になっていたことをシンに聞いた。
「俺は……ルーナ・パレスに向かう。そして、聖女にアーニャを助けてもらう」
私の問いにシンはこちらを振り返ることなく答えた。
「そっか……シンならそういうと思ってたよ。でも、本当に2ヶ月以内に戻ってこれるの?」
「ああ……なぜかはわからないけど、転移魔法を俺も使えるようになったんだ。だから、きっと王都には一瞬で戻ってこれる。そうしたら、アーニャを連れて聖女の元にまた戻ればいい」
「転移魔法まで……!?でも、確かにそれなら間に合うね!」
私はシンの言葉を聞いて驚いたが、それと同時にほっとした気持ちにもなった。
「……ああ」
けど、シンはずっと思い詰めたような雰囲気を出している。
背中を向けたままで顔が見えないため、はっきりとは分からないがそんな気がした。
「……なあ、リーサ」
「うん?どうしたの?」
シンが話かけてきたので私は反応する。
「もし……俺が付いてきて欲しいって言ったら、一緒に来てくれるか?」
「もちろんだよ!私だってアーニャのことを助けたいんだから!」
私は間髪入れずに答えた。
「そうだ!セシリーやエリクさんにも相談してみようよ!話せばきっと協力してくれるよ!」
私は続けて答える。
けど、シンはいまだにこちらを見ない。
「それに……アーニャとも約束したもの。シンは一人だと無茶するからって」
「……そうか。やっぱり、アーニャは俺の妹だな」
「え……?」
すると、シンはようやくこちらを振り向いた。
その表情はすごく悲しみに満ちていて、まるで今にも消えてしまいそうな感じだった。
そして、シンは無言でこちらに近づいてくると、急に私の頬に手を添え、じっと見つめてきた。
「シ、シン……?」
私は突然の出来事に胸の鼓動が高まるのを感じる。
すると、シンの手がいきなり光り出すのが見えた。
「え……?」
なぜかは分からないが、私は急に眠気に襲われ始めた。
少しずつ意識が朦朧としていく。
まさか、今の光……
「シン……私に何かしたの……?」
シンは頬に添えていた手を離すと、私と距離を取った。
「睡眠の魔法だよ。これも300年前にあった魔法でな」
「どう……して……?」
「ありがとう、リーサ。アーニャを……頼んだ」
その言葉を最後に私の意識はそこで途切れてしまった。
「……ううん……」
目を開けると、私は自分のベッドに寝ていた。
「シン……!?」
体を起こし、周りを見渡すが、シンは見当たらなかった。
すると、ベッドの横にある机に何かが置かれていることに気づいた。
「これは……手紙?それにシンのブレシスも……?」
私は置いてある手紙を手に取って開くと、書いてある文を読み始めた。
リーサへ
いきなり眠らせるようなことをしてすまなかった。
リーサなら、きっと付いてきてくれるって言うと思っていた。
セシリーもエリクさんも、きっと付いてきてくれるだろう。
……けど、危険な旅に皆を巻き込むわけにはいかない。
だから、聖女の後継者の元へは俺一人で行く。
必ず生きて戻ってくるから、それまでアーニャのことを頼んだ。
「そんな……勝手すぎるよ……。いつも、自分一人で抱え込んで……」
涙が頬を伝って手紙に落ちると、書いてある文字が滲んだ。
「シンの……ばか……!」
そして、私はもう近くにはいない大好きな幼馴染の名前を呼んだ。
その声は決して、本人に届くことはないと知りながらも……
兄転生〜妹を助けるために俺は消える〜 青海シン @aoumisin
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