第19日 異世界VS日本食 演習(777字制限)

 吾輩は魔王である。名前は、まあ、どうでもよい。この世界における我が民である、召喚主にして家主でもある同居人からも、またご近所さんからも「魔王さん」と呼ばれている。


 そんな吾輩は我が民の夕食の準備のため、ご近所のスーパーにやってきた。コンテストの締切が近い我が民は昨日からろくに物も食べていない。

「満腹になると心の構えがとける」と宮本武蔵(読了済)のようなことを言って、四角い薄切りのパンを袋からちぎってはちまちまと齧っているのだ。あれはバターを塗って焼けばこそうまいというのに。


 ――何か、精のつくものをつくってやらねば。


 本来はドラゴンの生き胆あたりが一番良いのであるが、生憎ここの精肉店にはドラゴンの扱いがない。もしや魚類に分類されているのかとそちらもみたが、なかった。困った吾輩が顔見知りの店主に「食べやすくて、体力がつく旬の食材はないか」と尋ねたところ――


 ◇◆◇


「うう……なんかいい匂いがする」

と「どてら」なる寝具の如き部屋着を着た我が召喚主が書斎から出てきたので、吾輩は土鍋を炬燵の上へと移動した。

「今日は新鮮な旧世界の支配者が手に入ったので、炊き込みご飯にした。ちょうど今が旬だったのだ」 

「……旧世界の支配者って、冬が旬なんだ」

「うむ。往生際悪く抵抗しおったので一口大に刻んでやったわ」

 がぽりと土鍋をひらけば、無残に赤く色を変じた触手が、力を失った吸盤をさらして、そこここに埋まっている。

「……ブランドもののマダコを丸ごと炊き込みご飯にするとか、なんてバチあたりな」

「なに、今日の最終レースが手頃な荒れ具合だったのでな。この程度どうということはない。

 そのような事より食事だ! 今こそ旧世界の支配者を食らって異形の力をその身に取り込み、貴様の野望を叶えるのだ!」

「うう。作家になる為にはハングリーでなければいけないのに…… わたし、だめになってしまう」





 

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