フォロワー数 298,505人 累計good評価 2,563,989pt
『はい。ここまでが永劫の旅の地ヴィマの創世神話の概説となります。
そちらの地球との一番の違いは、神々……あるいは人間の上位存在が確認されており、今も様々な遺産や痕跡が残っていることでしょうか。ですが神への捉え方や宗教観がまったく異なっているはずなのに文化において共通概念が数多く、とっても興味深いですね。
次回はヴィマ古代文明における魔法の成立と、魔法の実践トレーニングを絡めてお話を進めていきたいと思います。そちらの世界にはマナがないので魔法を使うのは難しいとは思いますが、ぜひお試しになってください。
あ、それとお知らせがあります。来週、津句馬大学のオンライン授業に特別講師として招かれていますので、ご興味のある方はぜひご視聴してください。
それではご清聴ありがとうございます。
あなたの聖女、セリーヌでした。
明日もがんばって、お勉強しましょうね♪』
◆
ウインクと共に動画本編が終了し、フォローとgood評価をお願いしますというアリスの音声が流れた。そしてコメント欄には真面目で学術的な質問を押しのけて、「セリーヌちゃん可愛いよ!」「ビシバシ教えて下さい」「投げ銭したいので生配信お願いします」などなど、セリーヌ個人を推すコメントで溢れかえっている。
「あざとい。これはあざといですよ」
「もはや天性のアイドルだな……。勉強系の動画も凄いけど、歌や踊りも凄い。エヴァーン伝統舞踊を撮影した動画のアクセス数が凄まじいことになってる。このまま行けば100万再生行くんじゃないか」
アリスと誠が戦慄したように呟く。
当初、誠はあくまでセリーヌには頭脳労働のみを担当してもらうつもりだった。ヴィマとはなんなのか、地球との違いはなにか、どういう世界観や宗教観をもって暮らしているのか……という遠大な視点で説明し、地球側の人間と相互理解を深めるには王族でありヴィマでの学問を修めたセリーヌがうってつけだと思ったからだ。
だが、「視聴者からの質問に回答したり、文書仕事するだけではもったいないしまどろっこしい」というアリスの提案により、セリーヌをメインに起用して「永劫の旅の地ヴィマってなんですか?」という動画を制作し、投稿した。
めちゃめちゃバズった。
フォロワーは、今までの疑問に一定の答えが与えられたこと、その説明がわかりやすかったことでセリーヌを高く評価した。そしてフォロワーの中の男性視聴者層はセリーヌのびっくりするほどの可愛らしさにハートを撃ち抜かれた。
いまやセリーヌの動画は『聖女アリスの生配信』において必要不可欠な人気コンテンツになりつつある。また、「地の聖女」としての権能を見せて金や銀、その他希少金属をゴロっと生み出したことで重工業や鉄鋼の研究部門やマテリアル関係の研究者が飛びついてまたまたバズった。
「だ、だってぇ! 可愛い感じで撮る方がアクセス数を稼げるって言ったのアリスと誠さんではありませんかぁ!」
ぶんぶんと拳を振って抗議する。
所作の一つ一つが可愛いと、アリスは認めざるをえなかった。
「いえ、セリーヌ。責めているわけではありません。ただちょっと、男性視聴者を沼に沈めるのが上手そうだなと」
「クレカ限度額まで投げ銭する人、多分出てくるよ」
「結局褒めてないでしょう! 怒りますよ!」
ああでもないこうでもないとアリスとセリーヌが口論を始めた。
やれやれと思いつつ誠はタブレットに目を戻す。そこには様々なメールが届いていた。スパムや悪戯的なメールも多いが、その中に紛れて重要なメールがたくさんある。学術研究の申し込み、コラボ動画のお誘い、商品宣伝の依頼、事務所やプロダクションからのスカウトなどなどだ。
これまではアリス個人宛だったが、セリーヌ宛のメールもどしどし送られてくる。名前で検索すれば著書や研究実績でトレーディングカードが作れそうな高名な学者からのメールと、モデルでもアイドルでも活躍できそうな超有名配信者の所属事務所からのメールが同時にやってくる。
セリーヌには異世界の人間にさえも通用する知性と、そこにいるだけで見る者に幸福を感じさせる華がある。
「フォロワー数は298,505人。ほぼ倍増ですね……」
「セリーヌさんが生み出した金やレアメタルの延べ棒も大手企業が買い取ってくれたしな。オンラインバンキングの残高がバグってるよ……」
「フォロワー100万に近付きましたね! この調子で頑張ります!」
セリーヌが嬉しそうにはしゃぐ。
だがその一方で、アリスは妙に考え込んでいた。
「アリス、どうした? なにか心配があるのか?」
「ええ。少し問題があるかもしれません。まだ想像ではあるのですが……」
「問題?」
誠が首をひねる。
「それを確かめに、霊廟に潜ってみようと思います」
◆
地下20層。
ここは以前スプリガンが話した通り、氷河の世界であった。後楽園ホール並の大きさの氷塊が雄大に海を泳ぎ、時折、別の氷塊とぶつかり、あらたな氷の大地を形成する。
ここを進む者は、広大な氷塊を渡り歩きながら海の中心にある氷山を目指さなければいけない。
「喰らいなさい! この聖剣『ピザカッター』の一撃を!」
アリスが大きく剣を振りかぶって、襲いかかってくる氷の人形を一刀両断した。
『ゲヒャー!?』
『グワッ!?』
これは、アイスポーンという名の魔導生物だ。
魔力を帯びた氷の塊が集まって人の形となり、殴りかかってきたり、あるいは氷の吐息を吹き出して攻撃してくる。しかしそれもアリスの一撃で粉々にされた。
「がーっはっはっは! スプリガンを倒したってのは本当みてえだな! だがこっからが玄武様の本番だぜぇ!」
凄まじい大音声が響き渡った。
玄武と名乗った野卑な声の主は、アリスたちの眼前にいる亀であった。
だがただの亀ではない。
その体はあまりに巨大で、身の丈は5メートル、全長は20メートルから30メートルはあるだろう。
また背中の甲羅には巨大な氷柱が何本も生えており、その一本一本がアイスポーンに変身してアリスたちに襲いかかってくる。
「アイスポーンども! 強襲形態!」
『ゲアアアッ!』
アイスポーンが空中に浮かんだ。
と思いきや、姿を巨大な氷柱のように変化させて高速回転を始める。
『射出!』
そして弾丸のようにアリスのところへ襲いかかった。
「させません……金剛障壁!」
しかしアリスの目の前に突然、煌びやかに輝く壁が現れた。
射出された氷柱のすべてが完全に塞がれた。
「今です、アリス!」
「はい!」
氷柱を防いだのはセリーヌであった。
アリスはセリーヌの生み出した防壁を踏み台にして、一足飛びで玄武の足下へと辿り着く。
「食らえ!」
「ぐあああああああーッ!」
袈裟懸けに斬り付けられた玄武が叫び声を上げる。
攻撃は余波さえも凄まじく、甲羅に生えた氷柱も弾け飛んだ。
「くそっ……参った!」
悔しそうに玄武が叫ぶ。
そしてセリーヌと、後方で撮影をしていたスプリガンが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「やりましたわ、アリス!」
「やったね! 次は30層目指してがんばろー!」
そのスプリガンに、えらくご立腹の声が響いた。
今さっき倒されたばかりの玄武だ。
「おいスプリガン! てめーなんで挑戦者の味方してんだよ! ズルいぞ!」
「手伝いはしてませーん、ただの撮影補助ですー」
「それもずりーよ! こっちだってヒマだったんだぞ! おもしれえことはさっさと教えやがれ!」
「玄武、体デカすぎてここのフロアから出れないじゃん」
「ちっちゃい分身作るくらいはできるっつーの! ガーゴイルのナワバリに住んでるんだよな。今度遊び行くから茶でも用意してろよ!」
玄武は怒っているというよりもスネている様子だった。
セリーヌはそれを微笑ましく眺めていた。
「伝説になるほど恐ろしい強さと言われつつも、中身は人間とあまり変わりませんわね。ねえアリス?」
「……ええ、そうですね」
「どうしました? 妙に顔が暗いのだけれども……もしかして、懸念といってた話ですか?」
アリスは、セリーヌの問いに小さく頷いた。
「はい……予想以上に苦戦しています」
「苦戦? あれがですか?」
セリーヌがきょとんとした顔で聞き返す。
「今、ほぼ30万フォロワーがいるのです。数字だけを見れば魔王と戦ったときの3倍はあるはずですが……そう見えましたか?」
そのアリスの言葉に、セリーヌはようやくアリスの言葉の意味を理解した。
「数字ほどの力が出ていない……というわけですね。前回、スプリガンと戦ったときはどうでした?」
「あのときは数字ほどの力がないとは感じませんでした。ズレを感じるようになったのはここ最近のことです」
「……まだ断定はできないにしても、仮説はすぐに思い浮かびますわね」
「ええ」
「アリスのチャンネルをフォローしても、私の方を応援する人が増えた結果になった……。祈りや応援の矛先が分散してしまっているのでしょう」
セリーヌの言葉に、アリスが頷いた。
◆
すぐに二人は『鏡』の前に戻って、誠たちに状況を説明した。
スプリガンやガーゴイル、翔子も、「確かにまずい」という表情を浮かべる。
「なるほど……確かにそういうこともあるか。スプリガンとアリスのファン層は被るけど、正統派アイドル路線のセリーヌはまた別方向のファンを発掘しちゃったわけだ」
「ど、どうしましょうマコト……? 今は30万フォロワーがいても、実測値としては25万フォロワーパワー程度しかないんです!」
「フォロワーパワーって単位初めて聞いたんだけど」
「私も初めて言いました……って、そういうことではなく!」
アリスが怒って誠に詰め寄るが、誠はこれといって動揺した様子もなかった。
「大丈夫だよ。問題ない。二人がバラバラに動画に出るからファンが分裂するんだ。だったら二人セットで応援して貰えばいい」
「セットで……?」
「コラボすればいいんだよ」
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