◆チャンネルフォロワー倍増計画
再びアリスの部屋に招かれたセリーヌは、どこか落ち着かない様子であった。
期待半分、不安半分といった表情だ。
「ええと、マコトさん。私になにか御用が……?」
「まず、俺の視点でのアリスの状況を説明したいと思う。動画配信の説明はしてるけど、そもそもこっちの世界がどういうものかとか説明が中途半端だったし」
「はあ……」
こうして誠は、プレゼンテーションを始めた。
地球や日本がどのような世界であるか。
どのような文化や技術があるのか。
インターネットや動画配信といった通信技術はどのようなものか。
こうした情報インフラを利用してアリスがどんな活動をして、なにを得たのか。
セリーヌの理解は、アリス以上に早かった。
幾つか質問と回答を繰り返すうちに、アリスが一週間以上かけて理解した内容を、ほんの数時間で把握した。内心誠は「これは確かにアリスも称賛する」と納得していた。
「……なるほど。これでアリスのファンをたくさん集めたからこそ力を取り戻した、というわけですわね。こんな方法があるとは思ってもみませんでした……」
「ああ。そこでちょっと話が変わるんだが……。今のアリスは『天の聖女』と戦って勝てるかどうかわからないと言ってる。それは事実?」
好奇心旺盛に話を聞いていたセリーヌの顔が曇った。
「策を練り、万全の体制を敷けば、勝算はあります。あるからこそアリスを迎えに来ました。……しかし決して確実ではありません。一番ありえるのは、年単位の膠着状態になることです」
「それはアリスの今の力を基準にした予想?」
「いえ。兵と王都から逃げ延びた民衆がアリスを応援するという前提です。恐らく5万から7万」
「じゃあ今、10万以上のフォロワーがいるアリスを計算に入れたら、17万フォロワーの力になる」
「それは……かなり有利に働きますね。五分五分から六分四分くらいには」
セリーヌの言葉に、誠は少々落胆した。
思ったほどの数字ではなかった。
「それだけなのか……天の聖女ってそんなに強いのか」
「そうですわね……。少なくとも、聖女としての権能を使いこなすという意味では『天の聖女』ディオーネには正直、敵いません。自由自在に空を飛んだり、雷を落としたりと、聖女としての権能を駆使しながらも剣や魔法を同時に使いこなします。『天眼』という能力を使って自分自身を空から俯瞰して見られるので、背後からの攻撃などの奇襲も一切通用しません」
「そんなに凄いのか……なら、王様はアリスよりもディオーネを警戒した方がいいと思うけどなぁ」
「ダモス王とディオーネは二人とも先代王の子であり、同じ母を持った兄妹なのです。その母が死んでからずっと苦楽を共にしており、ディオーネは決してダモス王を裏切ることはないでしょう。余人に立ち入れない絆を感じます」
「結局、聖女同士で戦うしかないってわけだ」
誠が難しい顔で呟くと、セリーヌもまた似たような顔をする。
「ええ……。ただ、私の能力は守備力こそあるものの攻撃力は大きく劣ります。アリスは強いものの、あくまで人間の使える魔法や剣技を高めるものです。二人で力を合わせてようやくディオーネの機動力や攻撃力についていける……といった具合でしょう。ですから私たちがディオーネに勝つことを目指すよりも、軍同士の戦いに聖女を介入させないことが目的となります」
誠が顎に手を当てて悩む。
そして、ぽつりと口を開いた。
「じゃあ……もしアリスに100万のフォロワーがいたら、ディオーネを倒せる?」
え、という驚きの声がアリスとセリーヌから漏れた。
「今の10倍の力があったとしたらってことだよ。それとももっと必要?」
「そ、そうなれば流石に力押しで勝てるとは思いますわ。圧倒的な力の前には隙があろうがなかろうが関係ありません。でもそんな人数を用意するなど現実的には……」
「今、『トルミル』でもっともチャンネルフォロワーを稼いでいるのは1,000万人かな」
「……え?」
「で、現在のアリスのフォロワーが15万。ここまでの成長曲線をグラフにしてみようか」
誠が、有名配信者のプロフィールとフォロワー数、そして今のフォロワー数を獲得するまでの時間経過や投稿数などを並べてセリーヌに見せた。
この配信者は大食い動画が受けてフォロワーを伸ばした、あちらの配信者は魚料理を作って食べる動画でフォロワーを伸ばしたなど、具体例を挙げて、現在の『トルミル』の全体像をセリーヌに説明する。
怒涛のごとく流れる説明に、セリーヌは誠の言いたいことは把握した。
「つまり……誠さん。こういうことを言いたいわけですね? アリスが100万フォロワーを稼ぐのは決して夢物語ではない、と」
「ああ」
「ええっ!? そうなんですか!?」
この場で一番驚いたのが、アリスであった。
そもそもアリスは、今の10万フォロワー自体、幸運と偶然によるものが大きいと思っていた。現状、アリスのフォロワー増加数は停滞期にある。ここから更に伸びるにしても、最終的には15万から20万あたりで頭打ちだろうとさえ思っていた。
「これから『聖女アリスの生配信』は、100万フォロワーを目指す。アリス。きみならできる!」
誠が高らかに告げた。
アリスはぽかんとしたまま、真の顔を見ている。
「え、い、いや……流石に100万超えはちょっと現実味が……」
「てか、無理だったらそこで終了。セリーヌさん。100万に満たないとき、あるいは見込みがないと判断したらアリスを連れていくのを諦めてくれ」
セリーヌは、真剣な眼差しを誠に返した。
「わかりました……。私にできることはアリスを信じて待つのみです」
「じっと待ってるだけじゃ困る。手伝ってくれ」
「へ?」
「学識のあるスタッフが不足してるんだ」
◆
翌日、動画制作スタッフ全員が『鏡』の前に集められた。
地球側には誠と翔子が椅子に掛けている。
霊廟の側には、アリス、スプリガン、ガーゴイル、そして地の聖女セリーヌが控えている。
「えー、動画チャンネル『聖女アリスの生配信』スタッフの新メンバーを紹介する。『地の聖女』セリーヌさんです。はい拍手」
「ど、どうも、お初にお目にかかりますわ」
セリーヌが恥ずかしそうに挨拶し、全員が拍手を返した。
「で、新メンバー紹介と同時にこれからの目標について話していこう」
誠が、アリスとセリーヌの直面している問題を話し始めた。
全員、アリスとは元々他人だ。
だがそれでも、事情の重さや深刻さに息を呑んだ。
「ちょっとそこまでの事情を抱えてるとは思わなかったよ……苦労したんだね」
翔子がティッシュで涙を拭い、ちーんと鼻をかんだ。
「まったくじゃ。つらいことがあればなんでも言うんじゃよ。禁断の呪殺魔法とか教えようかの? まあ呪いの反動で敵のみならず自分も周囲も死ぬんじゃが」
「ううっ、人間はひどいよ……霊廟のみんな起こして滅ぼしてこようか? まあ幽神さまに怒られて味方も全員死ぬけど」
「破滅的な提案やめてください」
アリスがげんなりして断る。
「そうだな。そういう死なばもろとも的なのはやめよう。正攻法が一番いいと思う」
「正攻法?」
誠の言葉を、スプリガンがおうむ返しに繰り返した。
「正攻法とはつまり、レベルを上げて物理で殴る。アリスのチャンネルフォロワーを100万人に増やす」
「「「「そっち!?」」」」
翔子たちがあんぐりと口を開けて驚いた。
「な、なるほどのう。確かにそれができるならば霊廟の力を借りるようなことをせんでもよいしの。アリスが強くなるための間接的な手助けであれば儂らも遠慮なく協力できるし」
「よっし! そうと決まったら僕も配信をバンバンやるよ!」
アリスの文句をスルーして、スプリガンもガーゴイルも盛り上がっている。
やれやれとアリスは溜め息を付いた。
「まったくもう」
「ま、やる気あるのはいいことだよ。んで……セリーヌさん」
誠がセリーヌの名を呼んだ。
「はい」
「セリーヌさんには、今までウチのチャンネルで足りてなかった部分をフォローしてもらいたい」
「私も協力は惜しみませんが、足りてない部分と言いますと……? 先程おっしゃっていた、学識がどうこうというお話でしょうか」
「ああ。今までアリスの動画は、アリスの面白さと、そっちの世界の謎があるから流行してた。けどそろそろ『そっちの世界って、そもそも何なのか?』っていう疑問が膨れ上がってる。アリスやスプリガン、ガーゴイルじゃ上手く説明できないんだよ」
そもそもアリスは、学術的な調査に協力するために霊廟周辺の砂や大気を採取する途中であった。その過程でセリーヌと遭遇して、調査が中断となっていた。
そして学術的な調査を再開するにあたって、アリス以上にうってつけの人材がセリーヌである。
セリーヌはエヴァーン王国における魔法学、天文学、地質学。歴史や詩、古典といった人文科学。そして政治や経済、軍事にも造詣が深い、本物の教養を兼ね備えた人物だ。地球側から質問を投げかける学者と話し合うには申し分なかった。
「アリスには今まで通り、迷宮探索したり、生配信をしたり、あとは料理やグルメにも挑戦してスタンダードな動画配信者のスタイルで活動してもらう」
「はい」
「スプリガンはゲーム配信してもらいつつ、もうちょっと編集作業の比重を増やして欲しい。できるか?」
「いいよー。でもゴーゴルプレイカード買ってくれる? 今ホースガールにハマっててさー、ロシナンテをSランク育成して赤兎馬&ブケパロスに勝ちたいんだよね」
「課金はほどほどにしてくれ。……で、セリーヌさんには、こっちの世界の学者の質問に答えて欲しい。いっそ学ぶ系動画としてそっちの世界……ヴィマって言ったっけ? そのことを解説する内容のものを作って欲しい」
「ええ、承知致しましたわ!」
セリーヌが強く頷いた。
「ここから先……100万フォロワーを狙うとなるとただ漫然と動画を作るだけじゃ駄目だ。やるべきことをすべてやって、その上で幸運に恵まれなきゃいけない。やるぞー!」
「「「「「おー!」」」」」
こうして、アリスのチャンネルフォロワー倍増計画が始まった。
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