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 アリスがスプリガンに連れられて『鏡』の前から去り、1時間ほど経った。

 誠は『鏡』の前でアリスを待ち続けている。


「大丈夫かな? うーん……」

「最後の方はすごい勢いで巨人を倒してたし、大丈夫じゃないかい?」


 誠は落ち着きなく、あれこれと悩んでいる。

 翔子も同様に心配していたが、誠を見て逆に冷静になっていた。


「しっかし、動画の方も凄いことになってるね。やばいよこりゃ」

「SNSでも拡散されてるみたいだ。完全にバズった」


 まだアカウントを作っていないSNSに偽物アカウントが出始めた。早く公式アカウントを作って動画チャンネルのプロフィール欄にリンクを貼る必要がある。誠は、バズったことで新たに発生したタスクを自分のメモ帳に書き込んでいく。


 だが誠はとりとめもなく書かれたメモを破り捨てた。頭がまとまらない。誠にとって最優先タスクは、アリスの安全の確認であった。


「はぁ……」

「誠。まずは無事を信じるしかないじゃないか。あたしらがじたばたしても仕方ない」

「翔子姉さん……」

「その上で、アリスちゃんが戻ってきたときに一番必要なことを考えな。あんたが動揺してたら、戻ってきたアリスだって不安に思うだろ?」

「……そうか、そうだな」


 確かにその通りだ、と誠は納得する。

 そして自分がなにをすべきかを考えたときに、「そういえばお腹が空いたな」と思い始めた。

 それはきっと、アリスも同じはずだと誠は気付く。


「よし」

「……あれ? ええと、なにするんだい?」


 立ち上がって厨房に向かう誠に、翔子が声を掛ける。


「初の生配信祝いと、フォロワー5万人超え記念に料理でも作ろうかと。あ、もちろん翔子姉さんの分も用意するから」

「あたしの分はいらないよ。まだ自粛中さ」

「あー、まだ会食ダメだったか」

「四人以上の飲み会は禁止してるんだよ……パーっとやりたいもんだけどねぇ」


 やれやれと翔子が肩をすくめた。


「まったくだなぁ……。テイクアウトはたっぷり作るから、それで許してくれ」

「そうさせてもらうよ。さて、それじゃあたしはジュースとかソフトドリンク買ってくるかね」

「頼む、翔子姉さん」


 そう言って翔子は立ち上がり、颯爽と買い物にでかけていった。







 そして更に1時間ほど過ぎたあたりで、アリスたちが『鏡』の前に戻ってきた。


「あら、いい香りですね?」

「おかえり。待ってたよ」


 翔子は買い物を終えて、テーブルを出したり食事の準備をしていた。

 台所の方からはぐつぐつと何かを煮込む音が聞こえてくる。


「マコトがなにか作ってるんですか?」

「お祝いだよ。フォロワーがうなぎ登りだからね。さっきは1万人程度だったけど、5万人突破記念になったところさ」

「ご、5万!?」


 アリスが狼狽し、それを翔子が微笑ましく眺めていた。


「あれだけ大騒ぎしたんだから驚くほどじゃないよ。ほら」


 翔子がアリスにタブレットを渡す。

 タブレットの画面には、『聖女アリスの生配信』のホーム画面が表示されている。最新の動画は、生配信の録画版だ。振り返り視聴ができるように設定していたのだった。


「動画再生数8万、チャンネルフォロワー数、ごっ、ごまんよんせん……?」

「ああ。応援コメントも読み切れないくらい入ってるよ」

「そうか、なるほど……そういうことでしたか……」


 アリスの聖女としての力。

 それは、自分に送られた応援や祈りを自分の力に変換するものだ。

 動画を通して力を得られたことに、アリスは奇妙な感動を覚えていた。


「むっ、疑ってる人もいますね。まったく失礼な」


 純粋な応援のコメントが多いが「特撮だろ」、「映画のプロモ?」、「この人たちどの劇団にいるの?」などなど、アリスの素性や動画そのものを疑うコメントが多い。そもそも、動画自体を面白がってるだけの人間も多い。切実に世界の救済を願う人ばかりの自分の故郷とは全然違う。


 それでもアリスは、満足していた。


「まったく、気楽な人ばかりですけど……気楽に生きていける世界は、よいものですね」

「ならよかった。ところで……なんか変なのが増えてるんだけど」


 翔子がちらりとアリスの後ろを見る。

 そこには、一人と一匹の姿があった。


「うっ……うっ……ひどい……こんなのあんまりだぁ」

「なんとむごいことを……これだから人間の国は信用できんわい……! ぐすっ」


 スプリガンと、ガーゴイルだ。

 どちらも、ぐしぐしと泣きべそをかいていた。


「……どうしたんだい、これ?」

「はぁ……私がここに来た経緯を話したらこんな風になってしまって」

「涙もろいんだねぇ。しかもなんか一匹増えてるし」

「だって、だって、ひどいじゃないのさ!」


 スプリガンが気勢を上げるが、アリスは肩をすくめただけだった。


「同情してくれるのはありがたいんですが、もう私の中では済んだことです。それより、この『鏡』使わせてもらうということでよいですね?」

「うんうん! 幽神様が目覚めてもきっと納得してくれるよ!」

「そうじゃそうじゃ!」


 スプリガンとガーゴイルが激しく首を縦に振った。


「目覚められても困りますけど……ともあれ、ありがとうございます」

「あたしたちにできることならなんでも言って! 霊廟攻略のルールに反しないことなら、幾らでも協力してあげるわ!」

「だ、そうです」


 アリスが困ったように翔子の方を見た。


「とりあえず……部屋の片付けをしたらどうだい? それまでには準備もできるだろうし」

「準備?」

「誠がなんか作ってるだろ。そういうことさ」


 丁度そのあたりで、厨房から食欲を誘う匂いが漂ってきた。

 アリスはその香しさに顔を綻ばせる。


「そういうことなら準備しなきゃですね。スプリガン、鎧はどこか壁にでも立てかけてください。片付け始めますよ!」

「りょうかーい」


 そして倒れた家具を脇に寄せたり埃を払ったりする内に、パーティーの用意も整っていった。




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