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「えー、そういうわけで、『聖女アリスの生配信』、初の生配信の成功、フォロワー5万人突破、それと撮影スタッフメンバーの増員、諸々を祝って、乾杯」
誠がビアグラスを掲げると、全員がそれにならって手元のグラスを掲げた。
「「「「かんぱーい!」」」」
誠の部屋の方には、誠と翔子が。
アリスの部屋の方には、スプリガン、アリス、ガーゴイルが並んで座っている。
そして鏡を貫通するようにテーブルが置かれ、様々な料理が並べられていた。
今日はイタリア料理風のラインナップだ。
メインはピザとアクアパッツァだ。焼いたチーズとトマトの香りや、アサリの出汁の魚介の香りが複雑に絡み合い、全員の食欲を刺激している。
他にも大皿に盛られたサラダや肉料理、そして酒を中心とした飲み物などなどが所狭しと並べられていた。
「ほほーう、これが異世界の酒か」
「……ガーゴイルは食事できるんですか?」
石像の体のガーゴイルが何の頓着もなくビールを飲んでいるのを見て、アリスが呟く。
「眷属で食事できないものはおらんぞ。まあ食事しなければ生きていけない者もおらんのだが」
「便利なものですね」
「そのかわり役目には縛られるぞ? 今まで暇で暇で仕方なかったわい」
「それは流石に想像もつきませんが……」
「まあまあ、そんなことよりさぁ! 面白い世界と繋がったじゃない! 他の世界はつまんないところばっかでさぁ。年がら年中戦争しかしてないところとか、人間みたいに喋れる生命体がいないところとか。そんなのばっかし!」
スプリガンが大きなジョッキで酒を飲み干したと思うと機関銃のように喋り始めた。
アリスが呆れて肩をすくめる。
「まったく、武人みたいな佇まいをしてると思ったら、中身の性格も全然違うじゃないですか」
「ほら、アリスも食べなよ」
誠が料理をよそってアリスに渡した。
「これがアクアパッツァですか。鯖の味噌煮とも違いますね」
「まあ食べてごらんよ」
アクアパッツァとは、魚介をトマトで煮込んだ料理の総称だ。今、誠が作ったものはアサリを白ワインで蒸して出汁をとり、そこにミニトマトと小鯛を入れて炒め煮にしたオーソドックスなレシピだ。
「……!」
アリスが無言になった。
そして、一心不乱に食べている。
「感想は聞くまでもなさそうだな」
「昔を思い出すねぇ。さて、乾杯もしたし帰るよ。会社的には4人以上の飲み会禁止にしてるしね」
「む、帰るのか? そういえばそこのシェフも食っとらんようだし、腹でも壊したのか?」
ガーゴイルが不思議そうに尋ねる。
「それが、こっちは疫病が流行ってて色々と差し障りがあるんだ」
「疫病じゃと? 穏やかじゃないのう」
「コロナって言ってな……」
そこで誠が、コロナが蔓延してることや飲み会・会食が制限されていることなどをかいつまんで説明した。
「そらまた大変じゃのう。じゃがそっちは実質二人の宴会だろうし問題ないと思うがの」
「実質二人? どういうことだい?」
翔子が、意図が掴めず聞き返した。
「おぬしらがこちらへの感染を心配する必要はない、ということじゃ。鏡がフィルターとなって歯止めが掛かるからの」
「……それ、本当かい? 食べ物や服は問題なく行き来できて病気だけは大丈夫ってのも信用しにくいんだけど……」
翔子の疑いの目に、ガーゴイルがふふんと自慢気に鼻を鳴らした。
「過去に幽神様が戦った異界の神々の中には、猛毒や病魔の権能を持つ者もおった。じゃが幽神様は偉大なる『死』を司る神。数千万種類の感染症の原因となるウイルスや菌、あるいは異常タンパク質のように生命と言うには微妙なものなど数万種すべてに死を与えて封殺した。この『鏡』のように転送機能を持つ魔道具には基本的に幽神様の力を与えられておるから何の問題もない」
えっ、という声が誠と翔子から漏れた。
「あー、そういうことなら……食べようか。ご近所の親戚二人なら会食には当たらないし」
「……なんかズルしてるみたいで悪いけど、それならご相伴に預かるかねぇ」
やはり内心参加したかったのか、誠と翔子は嬉しそうに席に座り直して料理を食べ始めた。
「……なら、人間も行き来できていいんじゃないですか?」
アリスが、小声でガーゴイルに尋ねた。
ガーゴイルも空気を読んでか、小声で返す。
「それはまた別問題じゃ。防疫ではなく防衛の話になるからの。異世界からの侵略者を迂闊に招くことにも繋がりかねん。こればかりは幽神様がお決めになられたこと、儂には逆らえぬわい」
「そうですか……」
アリスがガーゴイルの答えに内心落胆を覚えた。
だがそのとき、翔子と誠の会話が耳に入った。
「やっぱりテイクアウトも悪くないけど、こうして作りたてを食べるのが美味しいねえ」
「まあ親父ほどの腕じゃないけど、そう言ってくれると嬉しい。翔子姉さんもけっこう来てくれたもんなぁ」
その言葉に、アリスがぴくりと反応した。
誠はアリスに、自分の両親のことを話す機会はあまりなかった。
ついついアリスは口を挟んだ。
「料理の腕前は父上譲り、ということですか?」
「まあちょっと事故で他界しちゃったけど、夫婦でレストランやってたんだよね」
「さぞかし、腕の立つ料理人だったんでしょうね」
「ああ。子供の頃から教わったおかげでこうして仕事もできてる。親から教えてもらった料理でバズったし、親父様々だよ」
「そういえば、マコトは動画を作らなくて大丈夫なんですか?」
「作ってるぞ。アリスの」
「自分のチャンネルを持ってるんですよね? 私にかかりきりではまずいのでは」
「いや、俺はこのままアリスのサポートに回った方がよさそうだ。見てくれ」
誠がタブレットを操作する。
それをアリスに見せると、アリスは絶句した。
「こ、これは……」
「すごいだろ?」
誠が見せたのは動画のチャンネルではなく、まったく別のSNSのトップページだ。
アリスの名前が流行ワードとなっており、そこから話題を拾い上げると様々な感想や議論がざくざく湧いて出てくる。口論やレスバトルに発展しているのも珍しくない。
「次の動画を早く出さないと炎上しそうな勢いで質問が殺到してるんだ」
「……凄いことになってますね……。なにかコメント返しして説明した方がいいでしょうか……?」
「無事を報告するだけでいいよ。詳しい説明は動画として投稿しよう。ついでにスプリガンにも出てもらって」
「あ、それはいいですね」
誠とアリスが、スプリガンを見る。
スプリガンは話に気付かず料理を堪能していた。
「ほへ? なに?」
「あなたもトルチューバーになってお手伝いしなさい」
「とるちゅーばー? よくわかんないけどいいよ?」
そういうことになった。
◆
「じゃ、あたしはそろそろ帰るよ。おつかれさん」
「儂らもそろそろお暇するかの」
「まったねー」
宴もたけなわになり、アリスと誠以外の全員がそれぞれ帰途についた。
テーブルの上の料理も片付けられ、お冷を飲むためのグラスがあるだけだ。
「では、そろそろ私たちも寝ましょうか」
「……の前に、1杯だけ付き合ってくれないか?」
アリスが引き上げようとすると、誠がそれを押し留めた。
「1杯? 構いませんが……」
「ちょっと面白いものを見つけて買っておいたんだ」
そう言って誠が取り出したのは、金色の酒が入った瓶であった。
アリスは一瞬ビールかと思ったが、見たところ透明感がビールよりも強い。
ラベルには可愛らしい蜂が飛んでいる絵が描かれている。
「
「えっ、これが……!?」
「そっちの世界のものとは味わいが違うかもしれないけどな。どう?」
アリスは、静かにこくりと頷いた。
誠は瓶を開栓し、グラスに注いでアリスに渡す。
「じゃ、乾杯」
鏡越しにグラスとグラスを合わせて鳴らす。
一口飲むと、アリスは顔をほころばせた。
「これは……甘いですね……!?」
「酸味抑えめの白ワインって感じだな……しまった、これにあう肴を作っておけばよかった」
「いいですよ。これだけで十分美味しいです」
アリスはうっとりとした顔で蜂蜜酒を味わう。
「そっかぁ……これが
「そっか」
「願いが叶いました」
「うん」
アリスが頬を赤らめて微笑み、誠はそれを満足そうに眺めた。
「マコト。私、ひとつ目標ができたんです」
「目標?」
「この、幽神霊廟の最下層を目指そうと思います」
「ああ、幽神さまに会えたら願い事が叶うんだっけ。……ってことは、なにか他に願い事が?」
「はい」
「どんな願い事を?」
「それは秘密です」
「ずるいな。教えてくれよ」
「ダメです、秘密です。それよりもっと楽しみましょう」
アリスはすぐに一杯目を飲み干し、おかわりを求めた。
そして瓶の口が鏡を通ってアリスのいる世界に来た瞬間、瓶ごと手にとった。
「マコトも、もっと飲んでください。私が祝われるばっかりではおかしいでしょう? 私とあなたでチャンネルの運営をしてるんですから、マコトも祝われる側です」
アリスが誠に、グラスを出すよう促した。
「あんまり酒は強くないんだけどな。ま、いいか、今日くらい」
「そうですそうです」
アリスは意外と、人に酒を飲ませるのが得意だった。
戦勝の酒宴に出た回数も多く、自分は酔わずに人を酔わせる流れを作るのはお手の物だ。以前、誠と飲んだときはメンタルがぐずぐずだったことに加えて、初めて味わうラガービールにうっかり感動して不覚にも自分自身が酔い潰れてしまったが。
ともあれ、誠は上手くアリスの手のひらで踊らされ何杯も蜂蜜酒を飲んでしまった。
蜂蜜酒は飲みやすい割に度数が高く、ワインより強いものも珍しくはない。
気付けば誠はテーブルでうたた寝をしていた。
「本当は、秘密にするほどのお願いでもないんですけどね。私の願いは以前話したときと変わっていませんから。……ガーゴイルの話が正しければ、幽神様に謁見してお願いする余地は十分にありそうですし」
アリスは部屋の毛布を手に取り、自分用に買ってもらったマジックハンドを駆使して器用に誠にかぶせた。
「おやすみなさい。また明日もよろしくおねがいします」
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