◆霊廟を管理するスタッフに話を聞いてみた




 幽神霊廟の1階……表層階の階段にはガーゴイルの石像がある。


 最初アリスはこれを見たとき、侵入者に対しての敵意や警戒を示すためのモニュメントかと思っていた。


「おいこら! 起きろバカ!」


 それを、スプリガンが怒鳴りつけている。


「……何をしてるんです?」

「何してるって、起こしてるんだよ。あ、ちょっと壊れない程度に叩いてくれる?」

「はぁ、構いませんが……」


 アリスはとりあえずスプリガンの言葉に従い、巨剣の峰で石像の頭を叩いた。

 ごん、という鈍い音がする。


「うっ、うわああああ! なんじゃあー!?」

「喋った!?」


 鈍重な動きで、きょろきょろと石像は周囲を見回す。

 そしてスプリガンと目が合うと、のっそりした口調で喋りだした。


「うん? おお……すまん、ちょっと寝ておったわい。久しぶりじゃの、スプリガン」

「そーねー、何百年ぶり……じゃないよ! 挑戦者が来てるんだよ!」

「む? ……おお! そこの女子か! よくぞ幽神霊廟へと訪れた。我は霊廟の門の守護者にして案内人のガーゴイルじゃ」


 石像はガーゴイルと名乗り、畏まった態度と口調でアリスに挨拶した。

 だが、アリスは冷ややかな目でガーゴイルを見ている。


「本当は、霊廟の挑戦者はまずこいつから説明を受けるんだよ。アリスがいる部屋はスタッフルームだから入らないでねーとか。攻略したフロアは転送で移動できるよーとか。ギブアップのときは呪文を唱えてねーとか」

「やけに親切ですね……幽神を守っているのではないのですか?」


 アリスが困惑気味に問いかけるが、スプリガンたちはむしろアリスの様子に疑問を持った様子だった。


「そりゃ守ってるけど……? あれ、もしかして幽神様に謁見に来たんじゃないの?」

「探索しろと命じられただけです。謁見できることも初めて知りました」

「はー、全然知らないんだね」

「この石像が寝ていたからじゃないですか!」


 アリスがガーゴイルを指さす。

 ガーゴイルはばつが悪そうに、「だって……」と反論しかけたが、アリスとスプリガンの厳しい視線を受けて黙った。


「ともかく、最初から説明をお願いします」

「うむ、よかろう」







 幽神とは眠れる神だ。


 永劫の旅の地ヴィマそのものを作りし原初の神々の一人であり、世界創造の後はヴィマを守護する役目を担っている。


 ヴィマが生まれたばかりの頃は、様々な異世界からの来訪者に狙われていた。新しき世界は様々な資源や可能性を豊富に蓄えており、異なる世界の邪神や悪神にとって格好の餌だった。それらの敵からヴィマを守るために、幽神は強大な力を振るった。


 だが、あまりにも強大過ぎた。ヴィマに襲いかかる異世界の敵をすべて倒すか退却させた後は、力を持て余してしまった。ただ息を吸って吐くだけで周囲の命を奪ってしまうほどに。それは決して、心優しい幽神の本意ではなかった。


 そこで幽神はヴィマに生きる種族に協力を求めて、自分を封印させた。


 そして自身が目覚めることがないように、眷属たちに霊廟を建てさせたのだ。


「……じゃが、幽神様は永遠の眠りについたわけではない。異世界の敵などいないのに復活し、幽神様ご自身がヴィマを滅ぼしてしまう可能性があるのじゃ。そこで」


 ガーゴイルが重々しく説明し、おほんと咳払いをする。


「そこで?」

「この霊廟に住む眷属を突破できるほどの存在であれば、幽神様を攻撃して魔力を減らす程度のことはできよう。さすれば目覚めのときは遠ざかり、この地に生きる者の繁栄も長引く」

「そんな事情が……」

「もし幽神さまに一撃でも傷を与えることができれば、願いは思うがままじゃ。古代の遺産をねだるも良し。永久の命を願うも良し。古代ではそれを求めて多くの強者が霊廟に挑戦したものじゃった」


 ガーゴイルが懐かしむように呟く。

 アリスはその説明を聞き、驚いた。

 その情報が正しいとしたら、あまりに多くの情報が抜け落ちていたからだ。


「私が知っているのは、『幽神とその眷属がいる。幽神がいつ目覚めるかわからない』というところまでです。他の話はまるで伝わっていませんね……」

「千年近く挑戦者は現れておらんからのう。正しく伝承として伝わらなかったのじゃろう。いや儂も暇で暇で仕方なくてずーっと寝ておったわ」


 ガーゴイルが、かっかと笑う。

 それを見たスプリガンがげしげしと蹴った。


「お前が寝てたから面倒事になったんだろ! 反省しろよ」

「いてて、すまぬすまぬ」


 ガーゴイルはあまり表情が変わらないため、反省はあまり感じなかった。


 もっとも、怒っているのはスプリガンばかりで、アリスにとってはどうでも良い。それよりも気になることが幾つかあった。


「質問があります。今、私がいる部屋の『鏡』はなんなんですか?」

「あれは幽神様が様々な異世界に旅立った神々と交信するためのものじゃが……開発失敗して放置しておる」

「欠陥品というわけですか。確かに人間は移動できないようですしね」

「いや、そうではない。そこは正常じゃ。疫病や呪詛、あるいはこの世界に害意を持つ者を招かないためのセーフティじゃからな」

「正常……? ならばどこが失敗作なのですか?」

「去っていった神々と連絡先の交換を忘れてしまったらしい」


 アホなのか?

 という呆れた顔がアリスの表情にありありと浮かんでいた。


「い、いや、仕方ないのじゃよ。空間と空間を繋ぐというのは神であっても難易度の高い魔法じゃ。ミスも出るわい」


 ガーゴイルが幽神を弁護する。

 アリスはやれやれと思いつつも、本題に戻った。


「ま、まあ、そこを深く掘り下げたいわけじゃありません。ただあの鏡はこれからも使わせて欲しいんです。お願いします」

「いやぁ、頼まれても儂のものでもないし、そもそも廃棄されたものじゃからのう……。とはいえ幽神様はずっと眠っておられるし、仮に目覚めることがあっても慈悲深い神じゃ。あれを利用して悪神や邪神を引き入れたら怒られるじゃろうが、そうでなければ問題はなかろう」

「なるほど、幽神様はお優しいんですね」

「もっとも、完全に覚醒した幽神様はあまりにも強力すぎて普通の人間など視線が合うだけで死に至るのじゃが」

「あー、うん、とりあえず使わせてもらいます」


 アリスがほっと安心したところで、スプリガンが口を挟んだ。


「ていうかあんた、どーして幽神霊廟を探索してるの? 外じゃこの霊廟のことは忘れ去られてるんでしょ。願いを叶えて欲しくてきたわけでもなさそうだし」

「確かにそれも不思議じゃの」

「それは……」


 アリスは、はっきりと説明するべきか迷った。

 あまり語りたいことではないが、アリスは誠に洗いざらいぶちまけて心の整理が付いていた。


「わかりました、話しましょう」


 そしてアリスは、自分の身に起きたこと、そして誠と出会ったことの説明を始めた。




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