◆聖剣ピザカッターを作ってみた




 以上が、完成した動画の内容だった。

 誠はこれをインターネットに公開する前に翔子を再び呼んで、こっそり動画を見せることにした。


「誠」

「うっす、翔子姉さん」

「これマジ?」


 再び翔子は、語彙力を失うほどの衝撃を受けていた。


「マジ中のマジだね」

「いや……あの……なんて言ったらいいか……」

「あー、引いた?」


 誠が心配していたことの一つだ。


 アリスが凄まじいテンションでドラゴンを撲殺する動画というのは流石に刺激が強かったのだろうか。もう協力を止めると言われたらどうしよう……と思ったあたりで、翔子は小さな吐息を漏らした。


「……くっ……くく……」

「し、翔子姉さん?」

「凄い……こりゃ凄いよ……!」


 翔子の目は、ぎらついた輝きを放っていた。


「あたしは竜退治なんてゲームでしかプレイできないものかと思ってたし、魔法なんてこの世にはないと思ってた」

「ま、まあ、あるところにはあるものですから」

「そう、あるんだよ!」


 翔子は、アリスの世界に通じる鏡のふちをがしっと掴む。

 そして額が鏡につきそうになるくらいに顔を近づけた。


「え、えーと、翔子さん……その、もう少し落ち着いてくれると……」

「あたし、けっこうファンタジーとかゲームとか好きなんだよ」

「そ、そうか」

「大学に居た頃、本当はプログラミングを勉強してゲームメーカーに就職したかったんだよ。でも親父の仕事を考えると自由に将来を選ぶのも難しくて家業を継いだのさ。同人ゲーサークル作ったらシナリオライターとイラストレーターがバックれて心折れたのもあるけど」

「翔子姉さんそんな経験してたんだ」

「よ、よくわかりませんが、苦労しておられるんですね」


 誠とアリスがおずおずと心配そうに声をかける。

 だが、翔子はそんなことは一切気にせず、アリスに語り続けた。


「アリスちゃんほどじゃないよ! だからアリスちゃん!」

「な、なんでしょうか」


 鏡の向こうで礼儀正しく座るアリスは、若干引きつつも尋ね返した。


「あたしが支援する。最高の剣を用意するよ!」

「い、いや、今使ってるものでも十分……」

「なーにいってるんだい。あんなキログラムいくらで売るようなナマクラで満足されては困るよ」

「意気込みは嬉しいんですが……」


 アリスが翔子に曖昧に頷きつつ、救いを求めるようにちらちらと誠に視線を送る。


「……そういえば翔子姉さん、こういう性格だったな」

「こういう、とは」

「普段は冷静だけど、一度火が付くと凄いことになるんだ。文化祭とかイベント毎とか、翔子姉さんに幹事を任せるといつも大盛り上がりでね。実行力も交渉力もあるし……」


 誠が昔を懐かしむように呟く。

 翔子はそんな苦言まじりの呟きなど意に介さず、スマホを取り出した。


「あ、もしもし? 姫宮工業の姫宮翔子です。鋼材のお見積もりをお願いしたいのですが……ええ、はい、特急で」

「……今は金もある」







 意気揚々と会社に戻った姫宮翔子は、自分の会社のデスクで悩んでいた。


 最高の剣を用意するなどと言ったは良いものの、具体的な考えをまとめる内に幾つかのハードルがあると気付いたのだ。


 原材料……鉄や合金などは用意できる。会社のツテを使えばなんの問題なく、その鉄を好きな形状に形作る環境もある。


 それでも二つ、大きな問題が残っていた。


 一つは、剣をどういう合金にして、どのくらいの硬さにするべきか、という細かい設定であった。アリスからドラゴンの死体の一部を分けてもらって硬さを計測したが、表面や鱗は鉄のように硬い。そして肉の部分は普通だ。鶏肉よりは硬いが当然皮膚のような硬さはない。もっとも硬いのは骨だった。まさに焼きを入れて鍛え上げた鋼のような硬さだ。


 ただ硬いだけならばあまり問題はない。刃をそれに応じた硬さにすれば良い。だが様々な硬さが入り混じった生き物を切断するとなると、翔子には「これだ」と言える解答が思い浮かばなかった。


 あるいは料理人のように、用途に応じて様々な包丁を使い分ければ良いかも知れない。どんな食材でもスパスパ切れる包丁や刃物は意外とないものだ。


 羽根や末端部位を狙うための剣、肉を裂くための剣、止めを刺すための剣など、用途の違う剣を用意するならば翔子の技術力で十分解決できる。だがちょっとそれもスマートではない気がして、翔子は乗り気ではなかった。


 ドラゴン退治はそういう解体作業ではなく、浪漫のある決闘であって欲しい。


 そして残るもう一つの問題は、工程が進めば進むほど「それ何に使うの?」と問われるだろうということだ。ただの鉄のカタマリに取っ手を付けただけの剣ならば問題ないが、工夫を凝らそうと思えば思うほど他人に見せなければいけない状況が起きる。だがさすがに「ドラゴン退治に使います」と正直には言えない。


 つまり翔子は、こそこそバレないように製造を進める方法について悩んでいた。


 普段の仕事が終わった後にこっそりCADソフトを立ち上げて図面は作ったものの、溜め息を付かざるを得ない。せっかく夢のある仕事ができるというのに。


「どうしたもんだろうね……あれ?」


 そんなとき、会社の電話が鳴り響いた。すでに定時を過ぎており、事務所にいるのは翔子だけだ。こんなときに鳴る電話など、良い知らせであった試しがない。嫌な予感を感じつつも翔子は電話を取る。


「はい、姫宮工業です……ああ、平山さん」

『どうも取締役。まだいらっしゃいましたか、良かった』

「ちょっと図面を検討してましてね……ところで、なにかありました?」


 電話に出たのは壮年の男性だ。

 近隣の下請けの会社の人間で、翔子は幾つか頼んでいる仕事があった。

 普段の平山は明るい人間だが、このときは妙に声が暗かった。


『すみません……注文された製品で不良を出してしまいました』







 翔子の会社で製造しているものの一つに、食品工場用の切断機がある。


 工場のラインで流れてくる食材を自動的に判別してカットする、という機械だ。たとえば円形のピザやケーキが流れてきたら、扇形にカットする。食パンが流れてきたら6枚切りや8枚切りにカットする。そんな様々な形の食材に対応した切断機を製造している。


 その機械の一から十までのすべてを翔子の会社で作っているわけではない。自社で作ることもあるが、細かい部品については下請けに手伝ってもらうことも多い。


 翔子に電話をした平山は、その機械のもっとも肝心な部品である「刃」の部分の製造を依頼していた。


「で、他社の似た図面と間違えて作ってしまったと。不良というか完全に別製品だね」

「も、申し訳ございません……。偶然、図面のファイル名や番号がまったく一緒になってしまって、図面を上書きしてしまったようで……」

「なるほど……」


 翔子は、自分の父親ほどの年上の人間が汗をかいて弁明する姿を眺めるのが気まずく、できあがった現物の方に視線を固定した。


 本来、翔子はこういう場合は叱責する側の立場だ。納期遅れが確実だからだ。こちらが設定した納期は来週で、これから作り直したとしてもどう考えても間に合わない。


 とはいえ、さほど翔子は焦っていなかった。本当のデッドラインはまだまだ先だからだ。翔子は誠たちの動画制作を手伝う時間を確保するため、様々な仕事を前倒しで作業していた。それが功を奏した。


「最後の組み立てはもう少し先だから、こちらのスケジュールを組み直せばなんとかなるよ。焦らず慎重にね」

「すみません、助かります……」

「ところで平山さん、ひとつ聞いてもいいかい?」

「なんでしょうか?」

「なんていうか……随分と豪勢な設計だね」


 間違えて作られた刃は、太く、長く、分厚い。


 翔子がアリスに渡したものよりも数倍の厚みがある。そして今は柄や握りこそないが、剣のような切っ先が作られている。


 また、峰の部分は普通の金属光沢だが、刃の部分には何か特殊なコーティングがしてあるのだろう。光の加減で不思議な色合いを見せている。もしこの刃につばや握りを付けたならば、本当に竜を殺せそうな剣のできあがりだ。


「いやぁ……その、図面を描いた経緯が特殊でしてね」

「特殊?」

「ゴミ処理関係の会社から、倒壊した家屋とか川から流されたゴミとかを破砕する機械を作りたいって依頼がありましてね。ですがその会社の購買担当が、なんとも嫌味な人で、『いちいちメンテナンスが面倒だから、何千回、何万回使っても壊れない頑丈なものが欲しい』、『どうせメンテナンスで高くぼったくるつもりでしょ? そうならないよう頑張ってよ』と若干ケンカ腰に言ってきまして」

「あらら」

「それで、最高品質の最高級品を設計して、見た目も格好よくして……その分予算も大きくしてお見積もり出したら怒って断られてしまいました」

「あー、元々断らせるための設計だったってわけかい」

「ええ。材質も、コーティングも、ふんだんにお金を掛けてます。どれだけ使おうとも傷一つつきません。……図面のデータも破棄したつもりだったのですが、たまたま今回の図面の番号や製品名とまったく一緒で、どこかで図面データがすり替わってしまって……お恥ずかしい限りです」


 完全なうっかりミスであった。

 相当高く付いただろうと翔子は内心で同情する。


「もしかしたら、今期は赤字転落するくらいのミスですね……」


 平山ががっくりと肩を落とす。

 それを見て翔子は、「ああ、なんて幸運だろう」と思った。


「家屋ってことは、木材を切るのを想定しているわけだね?」

「正確には、ドアやタンスなど、木材とそれを補強している鉄の部品を同時に破断するのを目的としていますね。あとはコンクリートと鉄筋を強引に引き裂くとか。ですから相当頑丈なものでもイケますよ。世が世ならヤマタノオロチだって怪獣だってイチコロかもしれませんね。ははは」

「なるほど、なるほど」


 翔子は、自分の顔に笑みが浮かぶのを必死に我慢して真剣な表情を作る。

 だが平山はてっきり、脱線した話で苛つかせてしまったかと戦々恐々としていた。


「平山さん」

「あっ、はい、すみません雑談が長くて。納期なんですが……」

「物は相談なんだけどね平山さん。これ、あたしが買い取ってもいいかなぁ? 他の人には内緒で」

「へあ?」


 平山は、まさか冗談だろうと言う顔をした。


「ええと、姫宮さんのところで作ってるの、ピザとかケーキの切断機ですよね?」

「そうだね。でも怪獣みたいに硬くて強いピザがあるかもしれないだろ?」

「あはは、そりゃ凄い。こんなに豪華なピザカッターはありませんよ」

「それじゃ幾らになるか見積りしておいておくれ。ああ、宛先は会社じゃなくて私個人にして書いて欲しいんだ。どうせこのままじゃスクラップ扱いで処分しなきゃいけない物だし、別にいいだろ?」

「は、はぁ」

「あ、でもこのままじゃ使えないか。外観から出所がわからないようにしたいね。見た目を誤魔化すような塗装や表面処理をして……それと形状もアリスちゃん好みに整えないと。バランスウエイトも欲しいって言ってたっけ。あ、平山さん、心配しないで。もちろん改造のための費用も出すから」


 平山は、翔子から真剣にあれこれと質問や買い取りの条件、納品する際の仕様の相談をされ、「翔子さんは本気だ」と信じざるをえなかった。そして平山の顔は絶望から、「ああ、なんて幸運だろう」という顔へと変わっていった。




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