◆鋼材から作った剣でドラゴンの鱗を貫けるか試してみた




 一週間ほど過ぎたあたりで、再び翔子が現れた。

 誠とアリスの前に、ずずいっと頼まれた物を差し出す。

 それを見た誠は、ストレートな感想を呟いた。


「これ、ただの鉄だよな……? なんていうか、鋼材とか建材そのまま……?」


 その忌憚ない言葉に、翔子は気分を害するでもなく頷いた。


「その通り、ただの鉄だよ。一応、クロムモリブデン鋼を焼入れして……まあ、大雑把に言えば、配管とか自転車のフレームとかに使われる合金を削って焼いて固くしただけ」


 翔子が差し出したものは、菜切り包丁や中華包丁をまっすぐ伸ばしたような形をしたものだった。剣と呼ぶにはあまりにも工業製品の匂いが強すぎた。取っ手をつけただけの鉄板と言われても言い訳ができない、そんな無味乾燥な形だ。


「柄と刃が一体なんだな」

「そういう包丁、たまに売ってるだろう?」

「うん、まあ、あるけど……出刃包丁よりもつっけんどんな形だなぁと」

「用途としては出刃包丁と似てるだろうからね。あと、刃は磨いてないから切れ味は鈍いよ。重量があるからそのままブッ叩いてもなんとかなるけど」

「え? なんで?」

「あたしのところで完璧な剣として完成させるわけにはいかないからね。一番最後の研磨はアリスちゃん自身にやってもらう。道具は持ってきたよ。研磨粉とか包丁研ぎ用グラインダーとか。ああ、使い方もちゃんと教えるからそこは任せな」

「うーん……」


 誠は微妙な印象を抱き、そしてそれを予測していた翔子も淡々としていた。


 だが一人だけ温度が違った人間がいた。


「すごい……これです、これでいいんです! 持ってみてもいいですか?」

「あ、ああ。10キロくらいあるから気をつけるんだよ」

「いえ、私には軽いくらいです。ちょっと素振りしてみます」


 アリスは剣を受け取ると、それなりに重量があるはずの試作の剣をひゅんひゅんと振るった。

 まるで竹刀のような軽やかさで扱っている。


「とりあえずこれを使ってもらって、そこから改良点を洗い出そうか」

「なるほど、まずはお試しバージョンってことか」

「そういうことさ。あたしは別に武器職人でも鍛冶職人でもないからね。けど、それらしい試作品を作って、反省点を元に改良することはできるよ。それに……」


 翔子が言葉を切り、意味深に微笑んだ。


「この方が動画として面白いだろ?」

「おお、さすが翔子姉さん……。商才がある」

「ふふふ、もっと褒めてくれていいんだよ? ところでアリスちゃん、使い勝手はどうだい?」

「いえ、これだけのものを作ってもらったのです、文句もなにも……」

「感謝してくれるのは嬉しいけど、それはそれとして問題点を洗い出したいのさ。初めて作るものだし商品レビューと考えておくれ」

「そ、そういうことなら……」


 そう言われたアリスは、神妙な顔をして素振りをする。

 剣を振った音というよりは、近くでエンジンが唸っているかのような迫力だった。


「そうですね……。柄の部分……握ってる方がもう少し重いと助かります」

「なるほど、重心が偏ってるというわけか」

「はい。槍で言うところの石突きが欲しいですね」

「まずは柄の方にウェイトを付ける形で対処しよう。改造を繰り返して適切なバランスを割り出して、それを次回に活かそうか」

「それと、これを置いておける台座かなにかはありませんか?」

「そういえば鞘もなにもないね……」

「あ、確かに」


 翔子も誠も、「忘れてた」と言い、アリスがくすくすと笑った。

 その他、細かい相談をしながらアリスの武器製造計画は進んでいった。




◆鋼材から作った剣はドラゴンの鱗を貫けるか試してみた



 えー、まず、注意喚起から始めます。


 動画の5分から10分までの部分について、流血描写や、人によってはグロと感じる映像が入りますのでご注意ください。大きなたらとかさめあたりの魚さばき動画が大丈夫なら問題ないと思いますので、よろしくおねがいします。苦手な人はシーケンスバーをいじって10分後に移動してくださいね。


 ……ってわけで、はい! ついにダンジョン攻略の動画を初めて行きたいと思います!


 私が幽神霊廟という場所に住んでいることは説明しましたが、幽神霊廟とは何なのかはまだ説明していませんでしたね。


 霊廟という名の通り、ここはお墓です。


 それも人間の墓ではなく、神様の墓です。


 過去に世界を危機に陥れた、幽神とかいう迷惑な神様の死体と魂がここに眠っています。ですが幽神の魂がここにあるというだけで謎のエネルギー的なものが発生して、魔物が勝手に生まれてきます。で、魔物が増えすぎると人間を食べたり環境を破壊したり色んな悪影響が出てくるので、私はここで駆除を命じられているわけです。


 ちなみに、魔物は瘴気とかいうよくわかんないエネルギーの塊みたいなもので、殺すときは若干グロいですが死体は2~3日くらい経てば砂みたいになって消えます。放置して環境が悪化するとかはないのでご安心ください。水が水蒸気になるようなものらしいです。よくわかんないですけど。


 さて、前置きはこのくらいにして、攻略していきましょう!


 あ、地下1層から5層までは早送りで行きますね。絵面が地味なので。


 ……ってわけで、地下6層に到着しました!


 どうです、この景色!


 地下だというのに緑色の大草原! そして青い空! 眩しい太陽!


 不思議な力で別の空間に繋がっているのだそうです。ここまで不思議空間だと私もよくわかりませんが、私の部屋にも変な鏡があるし、細かいことは頭の良い人がいつか解明してくれると信じて気にしない方向で行きます。


 ではそろそろ今回の動画のタイトル回収と行きましょうか。


 鋼材から作った剣はドラゴンの鱗を貫けるか試してみた!


 わー、ぱちぱちぱちー。


 本日用意しましたのは、こちらですね。


 剣です。


 と言っても、どこにでもある鉄を切断したり焼入れしたり刃の形状に削っただけで、それ以外にあまり特別な処理は加えていないそうです。本当に単なる鉄板です。


 とはいえこれだけ重量があれば十分に武器として活用できると思うんですよね。できるできないじゃねえ! やるんだよ! という勢いでドラゴンを一発スレイヤーしたいと思います。


 ……というわけで、ドラゴンを探しに散策に行きましょう。


 このあたりを歩けばすぐに見つかると思うので……と、早速、第一ドラゴン発見しました。五分掛かりませんでしたね。


 あ、目が合いました。


 めちゃめちゃ吠えてますね。


 ぐあーとか、ごあーとか、うるさいです。


 魔物というのはこんな風に、人間と目が合っただけで全殺しするつもりで来るので大変危ないんです。新宿やミナミのヤクザより多分強いので、戦闘の心得がない人はくれぐれもこちらの迷宮などには立ち入らないようにしてください。ああ、でも、4トントラックにブチ轢かれてもピンピンしてるとか、そのくらい強ければ大丈夫だと思います。


 というわけで……かかってきなさい! そこのドラゴン!


 あっ、反応しました! 来た来た!


 襲いかかってきましたね! そりゃー!


 あっ、今、一発斬りかかってみたんですが、剣は大丈夫ですね!

 ドラゴンの鱗に当たっても折れてません!


 ドラゴンの方もめっちゃびびって空を飛んでいきました。


 さあ、ドラゴン退治は、ドラゴンが空を飛んでからが本番ですよ!高く飛ばれる前に翼を折って落とすのが定石なんですが、今回はあえてハードモードで行こうと思います。


 そんなわけで、ばっちこーい!


 ヘイ! カモン! ドーラゴーンくーん!


 さあさあ! 今の私は隙だらけですよー!


 ……あれ?


 ちょっとー、戻ってきてー。


 ねえってばー!


 ……戻ってこないですね。


 これは、ちょっとファーストコンタクト失敗しちゃいましたかね?


 あっちゃー、もうちょっとこっちが弱いフリした方が良かったかもしれません。


 しかたない、第二ドラゴンを探しに行きましょ……おっ?


 来た。


 来ましたよ。


 皆さん見えますか?


 仲間を引き連れて来ました。


 勝てないと見るや即座に仲間を頼るとは、あいつ本当に誇り高きドラゴンでしょうか。


 隊列を組んで一斉に攻撃する構えのようです。


 へーえ、なぁるほどねー、そーゆーことしちゃうわけだ。


 はっ。


 しゃらくさいじゃない。


 今、少しずつ近付いてきてて、あと30秒ほどで私に激突するコースでしょうか。


 29、28、27、26…………ああもうカウント面倒くさい! こっちから仕掛けます!


 まっすぐ行って剣で叩く、それで全ては解決します!


 クロムモリブデン鋼、ロックウェル硬度60ドラゴンバスターソードが!!!


 あなたたちの運命です!!!


 どりゃああー!








 ……あー、疲れた。


 しぶとかったですねー、そこらの野良ドラゴンより強かったかもしれません。


 恐らく魔物の生育環境としてはとてもよいのでしょう。


 ただ向こうは人間と戦い慣れしてない感じがして、付け入る隙は十分にありました。


 ま、そんなわけで勝ったんですが。


 剣がちょっと曲がっちゃいましたね。


 ですが完全に折れたり割れたり、ということはありませんでした。


 いい仕事してますね! 合格!


 しかし、流石に空を飛ぶドラゴン5匹と正面からガチ殴りするのは蛮勇でしたね。さっきも言いましたが一匹ずつ慎重に、羽根とか足とか、脆そうなところを潰して地面に落とすのが定石というものでした。


 まあ試合内容の講評はともかく、勝利は勝利です!


 鋼材で作った剣で、ドラゴンは倒せます!





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