ベイカストリートに飛ばすイス
黄緑
エンボディ・チェア
「また寝てるよ!」
おじいちゃんは本を片手にいつも寝ている。イスはきしむ音を立てて、ゆりかごみたいに揺れている。本を買いにきたお客さんがレジに並んでいるのを気づいていない。気持ちよさにイスに座っている。
「おう! 学校からかえっていたのかい? 今日はどうだった?」
「まあ、いつも通りかな。それよりもなんでいつも本を片手に眠っているの?」
「ん? ……ああ! これはちょっと変わったイスでな」
「変わったイス?」
たしかにロッキングチェアはあまり見かけない。ロッキングチェアとは、イスの脚がカーブを描いており、スキー板のソリみたくなっている。そのおかげでゆりかごのように
「たしかにあまり見ないけど……。そんな変わったものなの?」
「ああ。これは特別だ。このイスは代々受け継がれていてね。好きな本を手に取って、ここに座るといい」
おじいちゃんはゆっくりとその椅子から立ち上がり、そのままどこかに行ってしまった。
「なんだよ、それ……」
俺は不思議な気分になった。適当にレジ横に置いてあった推理小説を手に取り、イスに深く腰掛けた。座った勢いでイスは大きく揺れた。程よい揺れで、睡魔が襲ってきた……。
「あ……寝てしまっていたか。……ん! なんか臭いな!」
座っていたイスから起き上がり、本屋の外に出た。扉を開けると夜になっていた。あたりは薄暗くいつもの街並みとはまったく違っていた。街灯の明かりも暗く、そのせいで不気味さが増していた。
「なんだ……ここは……どこだ? 見覚えがないぞ!」
迷子になったような気分になっていた。本屋の前の街並みは見知っていたが、ここは全然違っている。それどころか、外に出ている人は日本人ではなかった。
「すみません……。ここどこですか?」
通りに歩いていた人に声をかけた。紳士そうな男性に声をかけた。返ってきた言葉は日本語ではないようだ。
「キャーーー!」
女性の悲鳴が聞こえた。
「今度はなんだ!」
俺はびっくりして身をかがめてしまった。恐る恐る悲鳴が聞こえた声の方向に足を運んだ。声は路地裏から聞こえた。音をたてないように路地裏をのぞくと長身の男が女性に凶器を振り回しているのが見えた。
「誰だ、お前は! 何をしている!」
俺はとっさに大声を出した。足は震えてその場から動かすことができなかった。
「人切りジャックだ!」
先程声をかけた人が近くを歩いていた警官に大声を出して呼びかけてくれた。
多くの人が男の名前を知っているようだった。男はこちらの方を一瞬みて、逃げて行った。警官が女性のもとに駆け付けて、息があるのを確認した。どうやら、生死には問題ないようだ。
「よかった……。早く本屋に帰ろう」
安心して振り返った時だった。
振り返ると見知らぬ男と体がぶつかった。謝ろうと相手の顔を確認した。
「……お前はさっきの!」
また足が震え、手にもっていた本を俺は地面に落とした……。
「おーい! お客さんだぞ!」
おじいちゃんの声が聞こえて、俺は目が覚めた。先程座っていたイスで本を片手に寝いってしまった。
「おはよう。おかえり」
おじいちゃんはニコッと笑った。
ベイカストリートに飛ばすイス 黄緑 @kimdori
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