第9話 戦争をしよう!②
カリオストロはほっと一息ついた。
彼は映像の外に抜けられて、ようやく面倒事とおさらばできたと思った。
彼は映像を撮っている場所から離れる。
人が集まっているところを見ようと思った。
カリオストロのいるここは、水晶の山の頂上だった。
今から突撃をかます群衆のやや後方に位置している。
人間全体は小粒だか見えるというような場所だった。
「全軍突撃!!」
シナージーニアロジーから声が発せられる。
同時に、カリオストロにとっては前方、群衆にとっては後方の
馬車といっても本当の馬ではない。速度はシルバーによって調整されている。人間の走るスピードに合わせた動きをするようだった。
シルバーだってわざわざと無駄な死人を出したい訳ではないのだろう、とカリオストロは思う。
チラリとシルバーを確認した。
彼女もまたカリオストロと同じように、群衆を確認していた。いや、彼女の場合は、
シルバーはカリオストロから見ても奇特な格好をしていた。
もちろん女性なので鎧に関しては男のそれとは全く違う。全身鎧とはいかなかった。
胸元や太ももをはだけさせている部分は、多少の違和感を感じざるを得ない。
ただ、動くという一点においてはこれもまたアリという感想だった。
圧倒的な違和感は、その
それは
それが誰の物かは知らないが、気味の悪い事この上なかった。
カリオストロとしても付き合いはそこそこ長い。それに妙齢で、長い綺麗な金髪をしていたが、口説こうとは一切思えなかった。
「何をジロジロ見ている?」
シルバーが話しかけてきた。視線は群衆のままだった。
「いやぁ、綺麗な娘さんがいるもんだと、ちと見惚れちまってね。悪かったよ。シルバーちゃん」
「気味が悪いから、ちゃんづけはやめろ」
「ちゃんづけは俺のポリシーでね。女の子には全員ちゃんをつけるよ」
シルバーは呆れたようにため息を吐いた。
「……貴様、私が何の為にここにいるか分かっているのか?」
「ウチの姫さんを助ける為だろう?」
「ふざけた事を抜かすな。私がシースルーを助ける? 馬鹿も休み休み言え。私がここにいるのは、皇帝陛下からの勅令があったからこそだ」
「同じ事でしょ、そりゃ」
「断じて違う。私の任務はオーペマブマを持ち帰る事と、貴様らの監視だ。貴様らと仲良くする気など毛頭ないわ」
「へいへい、そうでしたね」
お堅い事この上ないな、と思いながらカリオストロは返事をする。
いや、実際にお堅いのかは判別できなかった。
ここにいるシルバーは実体を持った映像。つまり、本当のシルバーがどんな姿なのかさえ分からない。それ以上にどんな性格をしているのかは、映像越しではさっぱりだった。
ただ一つ言える事は、この姿と性格の映像を好んで使うという事だけだった。
ふと、気になった事をカリオストロが問う。
「シルバーちゃんは今、実体も持った映像な訳でしょ? 今更だけど、その状態でその剣使えるんだね。第三精霊剣キューブリックだっけ?」
「皇帝陛下から
「酷い言われようだなぁ……」
投影の精霊が取り憑いたシミター。それをカリオストロは見る。シルバーの腰に下げられているが、まだ抜かれてはいなかった。
シルバーが諦めたように返答した。
「……キューブリックを映像として投影させると、キューブリックの劣化が産まれる。できる事は映像を作ることと、実体を持った映像を作る事だけだ。それ以外は何もできない。そして劣化キューブリックからさらに、劣化劣化キューブリックを作り出すと、次は映像を作る事しか出来なくなる。とても不便だ」
「それだけ出来れば、凄いけどねぇ。やっぱり
「何を言う? 凄い凄くないで言えば、貴様ら
「私の話?」
カリオストロとシルバーが話していると、シナージーニアロジーが寄ってきた。
白髪を揺らしカリオストロ達の近くに来る。
どうやら生放送は終わり、群衆を見に来たようだった。
「……姫さんの話だったか。まぁ姫さんの話でもあったかな。どっちでもいいか」
「ズバッ--」
突然シナージーニアロジーは口でそう奇声を上げた。手の甲でカリオストロの胸を軽く叩いてきた。
「--どっちでもいくないよ。自分の話をされると気になる。夜も眠れない。それと姫さんってやめて。私はシナで良い」
「姫さんは俺たち
「いくないよ。夜も眠れない」
「……言っとくけど、夜も眠れないっていつも言うが、いっつも寝てるからな」
カリオストロは頭の後ろをかいた。
相変わらずペースを乱される、と嘆息する。
「それよりリーブルとか、他の皆んなは?」
シナが疑問した。どうやらそれを聞きにここまで来たようだった。
「リーブルちゃんは、中央の最前線。相変わらず極東の刀を振り回して暴れ回るつもりらしいね。
「……勝てそう?」
「…………」
勝てる訳がない、とカリオストロは言いかけた。だが、流石にやめておく。
シナはいつでも本気に勝ちにいっていた。その気持ちを無下にするのも嫌だった。
それにシルバーもいるのだ。
下手な事を言う訳にはいかなかった。
分からない、とだけ返しておいた。
するとシルバーが横から口を開いた。
「別にこちらに気を使う必要性はないぞ。私とて簡単に勝てるとは思っていない--」
シナにとっては辛辣な言葉だった。
「--どころか、『ライアーの大敗北』から70年。そこから人類は一度もレッサーオリジンどもに勝てていない。ここからは一歩も進めず、ずっと無謀な特攻と敗走を繰り返しているんだ。そろそろ劇薬が必要だろうとは思うがな」
「……それは、分かってる」
「お前の様子では、分かっているように思えないけれどな--」
シルバーが呆れたように言う。
「--それより、シースルー。オーペマブマのある方角は以前とズレていないのか?」
「……ちょっと待って」
シナはそう言うと、自分の眼前にある薄いヴェールを上に上げた。深紅の瞳が群衆達のさらに先を見通す。
「うん。あった。オーペマブマの位置は全く動いていない」
「一瞬か。流石、見通しの精霊の力だな。これを上手く使えれば、もっと勝てそうなのにな」
シナの返答にシルバーはそう返した。
それは実際にその通りかもしれなかった。
旧三大精霊とまで言われる見通しの精霊は、全てを見通すと言われている。もちろん方角にある何かもそうだし、過去も秘めている秘密も、数秒先の未来さえも見通せるらしい。
使う人間が使えば最強の能力の一つだと言えた。
けれど、何故かこの見通しの精霊はシースルーの一族にしか取り憑かない。
シースルーの人間が使うしかなかった。
それに実際、シナはかなりのレベルでその精霊を使いこなしていると言えた。
シナ自体があまり戦闘に向いてない以外は、彼女は歴代の中でもかなりのレベルだった。
「それは、どういう意味?」
「どういう意味も何もないだろう。お前がもっと--」
「--おっと、ストップ」
カリオストロ一瞬で、シナとシルバーの間に入った。これ以上会話させてはいけないと思ったのだ。
彼は取り繕うように言う。
「とりあえず、お互い全力を尽くそう。俺もそろそろ前線に出るからね」
これ以上付き合うのは得策ではない、と思いカリオストロは前線へ逃げていく。
そちらのほうがまだ面倒事が少なそうだと思えた。
正直なところ、カリオストロの中では勝てない事は既定路線だった。
70年も同じ事を繰り返していて、未だに勝てると思っているほうがどうかしてる。
とりあえず必死に戦うのではなく、死なないように戦う。
それが最優先だろうと思った。
カリオストロが水晶の山を降りていく。
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