第8話 戦争をしよう!①

「えー、転送されてきた皆さん、ごきげんよう。これより簒奪さんだつ戦争を行います--」



 水晶と表現すべきなのだと思う。

 地面一面が、そんな鉱物のような物で覆われていた。その地面には時折、水晶の突起物が生えている。それはまるで木や草、山のようだった。

 しかし、それはそこかしこにあるが、人工的な雰囲気はない。

 全く違う世界に来たのかのようだった。



 全く違う世界、という自分の発想に違和感を覚える。

 そうか、ここが異世界かと自然とそう思えた。

 

 

 そして、この異世界らしきここには僕を含めて多くの人間がいた。全員がざわついている。

 皆が色々と困惑の言葉を口にしていたが、何人いるのかまでは分からなかった。


 

 何故ならあまりに人が多すぎたからだ。ここはだだっ広い空間で、そこに大量の人がいる。

 むしろそんなだだっ広い空間だったからこそ、これだけの人数がいられるのかもしれない。

 僕の視界は、どこを見ても人、人、人だった。


 

 ……何だ、ここは。

 僕は先程まで、タコ部屋にいたはずだった。

 頭が発熱するように痛くなる。

 頭が理解を拒んでいるように思えた。


 

 ふと、先ほどの男が「転送されてきた皆さん」と言っていたことを思い出した。

 そして簒奪さんだつ戦争と言った事も。



 ようやく何となく理解して、僕はその声がした方を見上げた。

 斜め上、空中だった。空中に一人の男がいた。浮いている訳ではない。を何と表現して良いのか僕には分からなかった。



「ありゃ、カリオストロか」

 集められていた人間の一人がを見てそう言った。

「あれは映像ってやつだろ? シルバー・P・ジェクションの、投影の精霊剣だったか」

 別の男がその言葉に呼応する。

 彼らにとっても、は不思議な光景だったのかもしれない。



 もちろん僕にとっても不可思議な光景でしかなかった。

 おそらくを映像と呼んでいるのだろう。これが映像か、と僕は

 映像はまるで水面のような窓だった。窓だが、何かが周りにある訳ではない。空中に浮かんでいる。

 その窓に一人の男が写っていた。


 

 周辺の反応から、水面のような映像に写る男が、カリオストロと呼ばれているのは何となく分かった。



 その男は少し以上に信用ができなさそうな男だった。まとめられた長い茶髪に無精髭ぶしょうひげ。まさしく中年という感じだが、身なりの矛盾が半端じゃなかった。

 貴族の礼装というべきだろうか、かなり高級な感じがする。おそらく高価だろう。けれどその着付けは少し以上に乱れている。着崩しているというべきなのだろうか。



 礼装なのに礼を失している。

 そう感じられる男だった。



 先程はその映像から声が聞こえてきた。

 今も何かをしゃべっている。

「--今から目の前にレッサーオリジンという化け物が出てきますが、あー、なんだ、皆さんは全部ぶっ殺して下さい--」

 正直なんだか、かなりやる気がなさそうに感じる。説明するのが嫌で仕方ない、そんな雰囲気だった。



「--知っているとは思いますが、あー、知ってんのかな? まぁいいか。タダとは言いわん。討伐数に応じて、金というか、レジが配られます--」

 カリオストロが頭の後ろをかいた。

 まるで本当にそこに生き物がいるかのようだった。


 

 噂では知っていたが、この映像というのはあまりに現実味がないと感じた。

 凄いけれど、凄すぎて理解が追いつかない。

 かの人物は、どれほどにこれを理解しているのか。



 名はシルバー・P・ジェクション。

 僕でも知っている有名人だ。彼女は映像という技術を使用している剣聖だという。



 7人いるオレンフェスの七剣聖しちけんせいの中でも、シルバーより有名な剣聖はおそらくいないだろう。

 オレンフェス帝国には特別な精霊が宿った剣が7つある。そのうちの一つの精霊剣を持っているのがシルバーだ。

 つまりこの簒奪さんだつ戦争にシルバーも一枚噛んでいるという事だろうか?



 正直それは分からない。分からない事だらけで、混乱しそうだった。

 大部分の自分は大混乱していた。けれど、もう混乱しすぎて冷静になっている自分もいた。



「--ただ、毎度の事ながら、逃げ出す事は許されていないので、皆んな必死に、ってか死なないようにかな、戦って下さい。もし逃げ出すような事があれば、あれにかれて死んじまうと思ってください--」

 カリオストロが映像の中で指を持ち上げる。僕の後ろを指した。

 僕は指の方向に振り向く。



 そこには装甲馬車ウォーワゴンがあった。馬に引かれた大きな装甲車だ。

 一体、馬何匹で引いているのか、あのパレードの時の豪奢な馬車と同じくらいに大きい。

 あれにかれたら確実に轢死れきしするだろう。



「--つー訳で、こんなもんでいいか? え、あ、ダメ? そう。あ、説明をまだ忘れてたのか。その馬車は実体を持った映像なんで、轢かれたら普通に死にます。これでいいか、姫さん?」

 僕は再度映像に振り向く。

 カリオストロとやらは誰かと話しているようだった。

 


 

「いくないけど、いいよ」

 映像の窓には映っていないけれど、人の声がした。女性の声だ。

 姫さんと呼ばれた女性の声なのだろう。

 砂糖菓子を舐めるような声だった。

「そしたら、あと、交代でいい? 俺ほら、ガラじゃないし」

カリオストロは苦笑いをしながら、その窓の枠から去っていく。

 その後、すぐにその映像には、1人の女の子が写った。



 その子はパレードで座っていた、あの女の子だった。流れるような白い髪に、深紅の瞳。薄いヴェールは今回もあったが、顔は緊張した面持ちで、どこか引き締まっていた。

 名前は確か、シナージーニアロジー・シースルー。

 Sランクの犯罪者、シースルーの末裔。

 

 

 彼女は少し息を吸って、言った。

 甘い声の中に凛とした鋭さがあった。

「剣は行き渡りましたか--」

 彼女がそう言った瞬間、僕の手のひらの中に、突然ロングソードが現れた。

 とっさに握る。



 意味が分からなかった。

 もしかすると、これもまた転送のなせる技なのだろうか。

 もはや理解するのは諦めたほうが、良いのかもしれないと思った自分がいた。



では、と映像の中の彼女が大きく息を吸った。右手を振り上げる。








「全軍突撃!!」








 右手を振り下ろして、前方を指した。

 すると、僕らの後ろの巨大な装甲馬車ウォーワゴンが動き出した。

 ゴゴゴ、とじっくりであるが、こちらに迫ってける。



 ここに集まっている内の誰かが、声を上げた。

 どけ! まずい! 走れ! 死ぬぞ! 

 何らかの声がそこかしこから聞こえてくる。

 誰しもが前方に走りだした。




 彼らのいう通りこのままでは確実に轢死だった。

 一部の冷静な自分が、冷静でいるな、と言い、理解を放棄した自分が、現状を理解しろと告げていた。



 後ろから死が迫っていた。


 

 僕はロングソードを握りしめて前方に走りだした。

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