第10話 戦争をしよう!③
死は後ろからだけではなく、前からも迫っていた。
僕を含む大勢は水晶の大地をとにかく走っていた。
それは死と同義だからだ。
けれど、我先にと率先して最前線を走る訳にもいかなかった。
もちろん初めの内は良かったかもしれない。僕らが数十秒は走ったであろう結果、遠目に何かが見えてきたのだ。
それを初めはまた水晶の小さい山だと僕は思った。けれど近づくにつれてそれは山でない事が理解できた。
厳密に何かと言われても、正体は分からない。ただ生物だという事はなんとなく理解できた。
それは
数えきれないほどの何かがそこに密集していた。本当に何か、と言う他ない。あえて言うと虫が最も近いか。
虫に似た何かが、そこには大量いた。
しかし個人的に、それを安易に虫とは明言できなかった。まず大きすぎる。大人の二、三倍はあるだろう。それだけではない。体が水晶で構成されていて、明らかにこの水晶の世界の生物という雰囲気がにじみででいた。
そしてその水晶の生物は、前足と呼ぶべき部分に大きな
さらに胴体はそりかえっていて、尻尾が頭の上に来ていた。ただ尻尾というには鋭利すぎる。あれに一刺しされた人間なんて一瞬でお陀仏だろう。
死は簡単に連想できた。
「……レッサーオリジンだ!!」
走っている内の一人がそう叫んだ。
あれをレッサーオリジンと呼ぶのかと、僕は初めて認識した。
その叫び声に気づいたのか、レッサーオリジンは明らかにこちらに反応を見せ始めた。
四方八方好きな方向を向いていたそれは、まるで整列するかのように、並びを変えていく。走っている僕らを待ち受けるかのようだった。
このままだと、レッサーオリジンのあの巨大な
死ぬ。
それはもう遠くない。すぐに目の前にくる。
そう思った瞬間だった。
「怯むなぁ!! 怯むと死ぬぞ!! 勝機は前にしかない!!」
凛とした声が響いた。
突撃しようとする群衆の中から、たった一人の女の子が抜き出てきた。
おそらく先ほど叫んだ子だろう。
その子は見慣れない格好をしていた。
確か極東の着物とかいう服装だったと思う。かなり着崩していて、動きやすそうではある。しかし見慣れないのは着物だけではなかった。
抜き身の剣だ。
いや、あれも確か極東では刀と呼ばれていたはずだ。独特の反りがあり、僕たちの知る剣とは一線を画す。
僕にとっては異文化でしかなかった。
ただ、少女の持つそれは異文化どころの話ではない。
僕が知っている刀より、あまりに長すぎる。レッサーオリジンを一刀両断できるほどに長大だった。
いや、できるほど、ではない。
実際にできてしまった。
叫びながらレッサーオリジンに突進した彼女は、走りながら
レッサーオリジンも
しかし、容赦なくぶった斬った。
おそらく誰もが足を止めてしまっていた。
切られたレッサーオリジンが斜めにすり落ちていく。
その衝撃で、ようやく時が動き出した気がした。
そのくらい呆気に取られていた。
そして同時に誰かが呟く。
「……リーブル・リーガル。戦闘狂め」
どうやらその少女の名前はリーブルというらしかった。
大振りを繰り出した後、リーブルは高らかに宣言する。
まるで英雄のようだった。
「死にたくないものは私に続け!! 活路は私が必ず見出してやる!!」
とりあえず誰もが思っただろう。
この子についていくしかない、と。
群衆のウチの一人が大声を上げた。
野太い声。男だろう。
発狂したのか、はたまた自分を奮い立たせているのか。
どうやら後者だったようだ。
またレッサーオリジンに切り掛かり出したリーブルに、その男はついていくように走りだした。
誰しもがその男を見習った。
僕もリーブルについていくしかなかった。
◇ ◇
凄い勢いで人が死んでいく。
リーブルが開けたレッサーオリジン達の列の穴に皆が飛び込んでいった。
しかしそこは端的に言って死地だった。
もちろんリーブルの働きは獅子奮迅ものだった。前線にいるレッサーオリジンを次々と打ち倒していく。
しかし打ち漏らしも当然おり、打ち漏らし達はリーブルから距離をとると、その他の人間達を狙い始めた。
レッサーオリジンが群衆を囲む。
そこかしこから、
群衆の一人にレッサーオリジンの尻尾が刺さった。首だった。
おそらく絶命だったろう。
尻尾に投げ捨てられていた。
僕らの群衆はそれを見て、一歩引いてしまった。
引いてしまったが故に、レッサーオリジンがさらに前に出てくる。
そこからは一瞬だった。
一気に人が死んでいった。
リーブルのおかげで勢いづいていたほとんどの人間の足が止まった。
僕にも尻尾が襲いかかってきた。どうにかタイミングを合わせて迎撃する。弾いた。
しかし、剣にヒビが入ったような音がした。
ロングソードは本当にただのガラクタにしか思えなかった。
武器もこんなだし、このままいくとジリ貧である事は間違いなかった。
そんな時だった。
「ひッ、ひぃ! に、逃げろッ!!」
群衆の中から、そんな声が聞こえた。
僕よりも後ろだった。
「逃げるんじゃないわよ! あなた、ウチの従業員でしょ!? ここで逃げても契約破棄になるのよ! 分かってるの?!」
その声に呼応して、聞き覚えのある声が聞こえた。
僕は後ろを振り向く。
人と人の間から、黒い髪と給仕服が見えた。
クレメンタインだった。
彼女は多くの囚人服の後ろから声を出していた。
どうやらそれら全ては盾らしい。
僕と同じような契約書を結んでしまった人間が大量にいるのかもしれない。
彼らも僕も、戦争中はクレメンタインを一番に守らなければならないのだった。
僕はその事を思い出して、一瞬、
このままここにいるべきか、あるいはクレメンタインの盾なるべきか、迷いが出た。
その瞬間だった。
クレメンタインと目が合った。
ニヤリと、笑うと彼女は僕に呼びかけた。
「あら、盾があんなところにもう1枚。早くここまできなさい! 早くウチの戦列に並ぶのよ!」
悔しいが今は従うしかなかった。
でないと、一切の経済活動ができなくなる。
命あっての物種だ、というけれど、価値のない生にしがみつく気も毛頭ない。
だからこんな街でも生きる意味を探そうとしているのだ。
僕は後ろへ下がる。
クレメンタインの盾の一つになった。
ただ、このクレメンタインの盾達に混ざるのも悪い事ではないのかもしれないと思えた。
自分の事を守りきれない危険はある。
ただ危険についてはどこでも同じだ。
ならば、固まって一つの集団になっているほうが、まだ安全だと思えた。
そして、おそらくクレメンタインや、誰しも同じ事を考えているだろう。
こんな状況になったのなら、もはや目標は一つしかなかった。
リーブルの近辺。
この死地に安全地帯はそこしかない。
そこは分かりやすい事に、未だに轟音が鳴り響いている。リーブルがレッサーオリジンを一刀両断している音だろう。
「あの大きい音が聞こえるところ
に行くわよ!! あそこにしか助かる道はないわ!!」
クレメンタインが言い放った。
皆の思考が一致した。
僕らは安全地帯を目指して、死の行軍を開始した。
本当にそこが安全地帯かどうかは深く考えなかった。
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