第4話 仕事と寝床を見つけよう!③

「ありがとうね、あなた達。ホントに怖かったけど、助かったよ」



 市場のメインストリート。

 大通りと呼ばれる道の端で、僕らはエプロン姿の女性、クレメンタインと話していた。




 どうやらこの道は馬車の走る車道と、歩道がハッキリと分かれているようだ。

 歩道には屋台が並んでいるのだか、その屋台と屋台の間のスペースのところで、僕らはその女性に感謝されていた。

 三人とも石垣に腰掛けている。



「いえ、あっしらは当たり前の事をしたまでですよ、お嬢さん」

 とハンガリーは言うが、鼻の下は完全に伸びている。

 黒服の男たちと殴り合いになった為、正直あまり綺麗な顔ではないが、そこからさらに歪んでいた。

 ただ安易にハンガリーを攻められない。おそらく僕も同じ顔になっているだろうから。


 

「でも、嬉しかったな。ありがとう! ハンガリーさん、ジョンブールさん!」



 この女性はなんと自然にこちらの鼻の下を伸ばさせにくるのだろうか。大人の色気に当てられて、僕としては天に昇るような気持ちだった。



 実際、クレメンタインはそのぐらい綺麗だった。カチューシャに黒髪、給仕服がしっかり調和し、一つの芸術となっている。

 どこかのお店の制服なのだろうが、僕はその店に行きたくなった。

 

 

 ふと、娯楽の事を考えている自分に気がついた。



 ……娯楽なんて、考えられるんだな。



 クレメンタインと話していると、この街は犯罪者の街と言われていても、そこまで悪い人はいないじゃないかと思いだした。



 そんな時だった。



 荘厳な鐘の音が市場のメインストリートに響いた。

 長くて大きな鐘の音だ。

 何かが始まるのだ、と何も知らない僕でさえ思えた。



「あー、またやるのね、あれ」

 クレメンタインが面倒臭そうに言う。

「あれって何ですか?」

「見てりゃ分かるよ。毎度毎度ご苦労様って感じだけど」



 ザッ、ザッっと、大勢の人間の足音が聞こえてくるのに気がついた。兵隊などが行進する音に近いだろうか。金属音も聞こえたし、馬のパカラ、パカラという音も耳に入ってきた。

 これが行進だとするなら、大軍である事は間違いなかった。



 ただ、屋台と屋台の間にいる為、何が起こっているのか分からない。

 全く見えない。

 その大行進は、どうやら車道の部分を進んできているようだった。

 


 その音は僕にとって右のほうから来ていた。徐々に大きくなっている。



 もう、そろそろ見えるのではないかというタイミングで、僕は目を身張った。


 

 見えたのは馬車だった。

 大きな馬車だった。

 大きすぎる馬車だった。

 


 あまりの巨大さに僕は目を疑う。一体何匹の馬でそれを引いているのか。

 しかし、驚くべきはそれだけではない。

 


 馬車はあまりに豪奢ごうしゃだった。

 白を基調とし、金色の刺繍のような意匠が施されている。まるで名家の貴族の馬車のようだった。



 ……誰が乗っているんだ?



 貴族なんてこの街にはいないのだ。

 基本は全て犯罪者なのだ。

 


 僕は馬車を見上げた。馬車に屋根はなく、簡単にそこにいる人間を視界に入れる事ができた。



 ……息が止まってしまった。

 いや、おそらく時間さえも止まっている。

 そう感じざる得ないほどに、視線がそこに縫い止められた。



 その馬車には美しい少女が座っていた。

 薄いヴェールがかけらている為、その表情はハッキリとは分からない。

 ただ流れるような白い髪に、深紅の瞳。透き通るような肌の彼女が、若干俯きがちに座っていると、この世の物を超越しているの存在のように思えた。

 まるで死の世界を連想させた。

 今にも消えてしまいそうな少女だった。



 その少女を見てからというもの、僕は何故か動けない。

 馬車が通りすぎてもなお、固まってしまっていた。

 


「あのお姫様を見ると、本当に皆んな同じような反応になるわね」

 クレメンタインの声で、僕は、はっと現実に戻された感覚になった。

 まるで夢を見ているかのようだった。



 本当に夢だったのではないだろうか、と思い返す。ほっぺをつねっても良かったが、それが本当に夢かを判断する材料足り得ないのでやめることにした。



 思い返すついで、一つ気になる事があった。

「お姫様、ですかい?」

 僕がそれを言う前にハンガリーが疑問を呈す。

 クレメンタインを僕らは見た。


 

「そう、お姫様。二人とも知らないの? クリミナルシティの意味というか、その存在意義」

「もちろん知っていますよ。800年前、建国と同時に失われた国宝、オーペマブマを取り戻す為、ですよね?」

 そう、どんな願いも叶えると言われた国宝、オーペマブマ。それは果たして存在したかどうかも疑わしいが、それをが盗み出したから、この街が作られた。



「それだけじゃないでさぁ。そのオーペマブマとやらは、異世界ってところに持っていっかれたんでしょう? あっしは異世界なんてものが未だに信じられませんが」

「異世界は体験するまで、さっぱりでしょうね。でも異世界はホントにあるわ。私も何度も行ったもの。というよりこの街にいる人間はほとんど何度も異世界に行ってるわよ」

 クレメンタインは両手の指で行ったり来たりしていた。



「らしいですね。そのオーペマブマを異世界から取り戻す為に、そこに派遣する兵士として集められたのが、僕たちのような犯罪者、ですよね?」

 もちろん兵士と言っても捨て駒として、なのだろうが。



 そしてその捨て駒の兵士を異世界に送り、現地の生物と戦う事を簒奪さんだつ戦争と呼んでいたはずだ。

「まぁ、私のような犯罪者の二代目みたいなのもいるけどね」

「けど、それと、さっきのお姫様とやらに何の関係があるんでさぁ?」

 確かにそれはそうだ。

 あの子は何だっていうんだろうか。



「簡単よ。オーペマブマを盗んだ人物は分かる?」

賢愚者けんぐしゃライザード・ですよね?」

「そう。この国の犯罪者としては歴代2人しかいないSランクの内の1人ね」

「……まさか」

「あら、気づいた?」

「……一体どういう事なんで?」

「ハンガリーさんは鈍いわね。本当に簡単な話よ。あの子は--」





「--シナージーニアロジー・。シースルーの末裔まつえいよ」





 つまりライザードの子孫ということか。

「確か、シースルー一族に限り、ライザードのSランクを引き継ぐという事になっているんでしたっけ?」

「先祖の犯した罪があまりにも重い、とかなんとからしいわ。一族はオーペマブマを取り返す事で、罪を償う事ができるだってさ。バカバカしい」





「……800年たった今でも、簒奪さんだつ戦争の旗印になってるってことなんですかねぇ。そりゃ、何というか可哀想な話でさぁ」

「そうね。だからあれは士気の低い犯罪者たちに少しでも士気を高めてもらおうという取り組みの一つって訳。そろそろまた簒奪さんだつ戦争の時期なんでしょうね。なんかこうして聞くと可哀想で可憐な女の子を助けたくたるでしょう? まぁそういう事らしいわ」



 確かに可哀想な話だった。

 先祖の罪なんてものはもはや本人には何も関係がない。ましてや国内最高レベルの犯罪者認定されるわれもないだろう。

 


「まぁ、シースルーの一族は皆んな精霊憑せいれいつきらしいから、本当に可哀想かは、分からないけどね」

 クレメンタインがボソリと呟いた。



 とりあえず聞かなかった事にした。



「まぁ、そんな事はさておき--」

クレメンタインが、話を切り替えるように軽快に言った。

「--もしかして、二人とも仕事に困ってるんじゃない?」

「え、分かりやすか?」

「ええ、二人とも囚人服だしね。今日来たばかりなんだろうなって誰でも分かるんじゃない?」

 


 そう言われてみれば、囚人服は僕らくらいのものだ。

 あの馬車の中だと普通だったのかもしれないが、犯罪者が普通に暮らしていく中では、明らかにおかしい。

 僕らは街に着いたばかりだと主張しているようなものだったようだ。



「そうですよね。確かに僕ら、来たばかりだって分かりますよね。それに仕事探してるのも丸わかりですよね」

「やっぱりそうよね! じゃあ、ちょうどよかった!」

 クレメンタインは飛び跳ねるように喜んだ。

 


 正直な事を言うと、僕は初めから少し期待はしていた。

 給仕服なんて、明らかに職についている証なのだ。

 何か仕事を紹介してもらえるのではないだろうか、と。



「私、お店を経営しているの! そして今、絶賛人手不足! 良かったら二人とも働かない?」

 クレメンタインは踊るようにこちらに提案してきた。



 明らかに違和感があるのに、僕はそれを無視していた。

 そしてそれは無視してはいけない違和感だった。

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