第3話 仕事と寝床を見つけよう!②

 仕事がないから、お金がない。

 お金がないから、食事がない。

 食事がないから、生きられない。


 

 そんな考えうる最悪のシナリオを回避する為、僕とハンガリーはクリミナルシティの第一商業区に向かっていた。


 正直、寝床は野宿でも良いと思っている。とりあえずお金がなければ、寝所すら借りられない。

 今は、無一文なのだから。



 幸い、あのオレンフェスの兵士達と別れる前に、ハンガリーが色々と街について聞いていたようだ。

 いわく、第一商業区に仕事の斡旋所があるはずとの事だった。

 ただ、第一商業区という明確な区切りが僕らに分かるはずがない。

 


 僕らは通りにいる人達に道を聞きながら、進んでいく事になった。ある程度石畳の道を行くと、先ほどからの石造りの家の前に、明らかに商店と思える屋台が所狭しと立ち並んでいるところに出た。



 市場という感じだ。

 わいわいと賑わっている。


 

 僕らは屋台の間を進んでいく。人が多いので避けながらだった。

 市場を抜けた。

 僕らはその斡旋所と思われる建物をようやくいくつか見つけた。



 ハンガリーが口を開いた。

「おそらくここでさぁ」

「というか、厳密に言うとこの一帯ですね」



 僕がそんな言い回しをするのもおかしくはないはずだ。なにしろ仕事の斡旋所が何軒もあったのだから。



 その建物は、おそらく、というか確実に夜は酒場として機能している。

 僕らが立っている場所の目の前には、石造りの建物の入り口、その上部に大きく牛牛亭ぎゅうぎゅうていと書かれていた。



 そして入口の横には張り紙が貼られていた。

 内容はとてもシンプル。

 仕事の斡旋やってます、との事だった。

 あとは細々と何かが書かれていた。

 どんな仕事を斡旋しているか、などが書かれているようだった。



 ここに来るまでに、実は何軒か斡旋所は確認できていた。

 ただ内容はどこも同じで、毎度給料が支払われた段階で、斡旋費の支払いが発生する、との記載があった。

 つまり斡旋された仕事をやっている間は、常にピンハネをされる、という訳だ。



 正直、この内容の斡旋所では、斡旋すらされたくない。

 だか、その斡旋費の記載すらないところに入るのも若干の恐ろしさを感じていた。



「どうしやすかねぇ?」

 ハンガリーがこちらに問う。



「どうもこうも、どれも二の足を踏んでしまうって感じですね」

「学者先生でも、そうでやすか」

「学者先生って言い方は、やめてもらえませんか? もう学者でも何でもないので」

「元学者って大したものだと思いやすけどねぇ。 ちなみに何の研究をされていたんでぇ?」

「僕の場合は人とは少し違う過程で学者になったので、あまり大したものじゃないですよ。所詮は平民出身ですし。あと、分野は精霊で、邪精化じゃせいかについてでした」



 そんな当たり障りのない話しをしていると、立ち並ぶ酒場の向こうから、声が聞こえてきた。

 女性の声だった。





「いい加減にしてください!!」




 僕はその声の方向を見てみる。

 そこには、大柄な二人の黒服の男と一人の女性がいた。いや、ただいるだけではない。言い争い、というと少し抑えめな表現になるのだろうか。二人の男が一人の女性を囲むように立っていた。



 女性は長い黒髪で、給仕という感じの服装をしている。どこかの酒場の店員だろうか。エプロン姿の20歳くらいの女性だった。



 女性が噛み付くように、男二人に言い放った。

「私は先月の家賃をもう払いました! 何だって追加家賃なんてものを払わないといけないんですか!?」

「お嬢ちゃん言ったよな? お前の親父さんがどれだけ俺たちから金を借りていたか? 何も無理な返済をしろって言ってる訳じゃない。借金も家賃に乗せて返せと言っているだけだ。追加家賃なんて、そんないかにも儲かってなさそうな単語を言わないでくれ」

「同じことでしょう!? 私は父とはもう縁を切っています!! どころかもう亡くなっています!! 今更、借金なんて知りません!!」



 一人の男が呆れたように嘆息した。

 もう一人の男が、女性を指差して、

「もういいんじゃないすか、コイツ。兄ぃ、やっちまっていいすか?」

 と許可をとっている。

「何ですか、あなた!? 家賃の話しと関係ないでしょ!?」

 女性ににらみつけられて、大声で怒鳴りつけられていた。



「……もういい、とにかく黙らせろ」

 一人の男がそう言うと、もう一人の頭の悪そうな男は女性の後ろえりを掴んだ。

 ちょっと!! と黒髪の女性は抵抗するが、頭の悪そうな男はかえりみない。

 強引に酒場と酒場の間の路地に引っ張っていっていた。



 僕はハンガリーに視線を移した。

 同じ事を思っているのか、頷いてきた。

 ああいう輩はどこにでもいるが、犯罪者だらけの街でも同じようだ。

 いや、犯罪者の街だからこそと言うべきなのかもしれない。


 

 ハンガリーがこちらに問うてきた。

「学者先生もとい、ジョンブールの旦那は、腕に覚えはありやすか?」

「僕はと喧嘩した事は一度もないですね。君は精霊きか何かかい?」

「いえ、あっしはただの人間でさぁ。できるのはコソ泥ぐらいですわ」



 お互いに確認したが、結局やる事は変わらなかった。

 酒場と酒場の間の路地に顔を出す。

 


 路地の中で、女性は長い黒髪を握られ、殴られようとしていた。いや、実際に一度は殴られたのかもしれない。

 鼻血が出ていた。

 


 僕はその瞬間、一気に頭に血が昇った。

 ああいう輩は見ていて気分が悪い。

 おそらくハンガリーもその辺りは同じなのだろう。

 


 僕が踏み出した。

 その瞬間だった。

 僕の踏み出したジャリという音に気づいたのか、一人の男がこちらに振り向く。



 鬱陶うっとうしそうに顔歪めて、男は僕らに言った。

「お兄ちゃん! 何見てんだ!? 見せもんじゃねぇんだよ!! 失せな!!」




 僕の腹の底から、ドロドロとした黒い感情が込み上げてきた。

 僕を、お、おに、おにいちゃん、だって?

 笑ちゃうな、しかし。

 目の前の黒服の男は、誰に許しを得て、僕をお兄ちゃんだなんて呼ぶのか。

 いや、焦るな僕。

 彼もまた学のない犯罪者なのだ。目くじらを立てる必要なんてないのだ。

 ここはお兄ちゃんなんて言葉に反応しないよう、スマートに戦えば……。




「一回じゃ、分からなかったのか、お兄ちゃ--」



「僕をお兄ちゃんと呼ぶな!!」




 

 僕は駆け出していた。

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