第2話 仕事と寝床を見つけよう!①
「鉄仮面と拘束衣は、そこのお前が解除してやれ」
灰色の石畳が広がる広場の向こうに、街を囲むような壁がある。
その壁の中央、僕の視界の中央には、大きな門があった。
門の前には馬車が止まっている。
その馬車の横には、オレンフェス帝国の兵士がいた。
全身鎧の男だ。
彼は僕ら犯罪者達をここまで護送してきた兵士の内の一人だった。
その男が先ほどこちらに声を掛けてきていた人間だった。
全身鎧の為、声が曇って聞こえる。
続く声も同じだった。
「ほらよ、鍵だ」
全身鎧の男が馬車の側から、こちらに近寄ってくる。彼は手に持つ輪っかのついた鍵を、つまんで投げた。
石畳の上に軽い金属音が響く。
そこのお前とやらに鍵を投げ捨てていた。
だが若干の距離はある。
その行動はこれ以上こちらに近づきたくないと言っているようなものだった。
実際、関わりたくないのだろう。
犯罪者と話しをしたところで、彼には得るものなどないのだ。
彼はれっきとしたお国のための兵士で、お国に従事する事でお金を得ている。この街の兵士とはまた違うのだ。
そう考えれば、兵士の行動はある種正しいのかもしれない。
だって彼らの仕事はもう終わっているのだから。
先ほど僕ら犯罪者を乗せた馬車はクリミナルシティについた。半日はかかった。お日様が真上に昇っている時に、ようやくこの石造りの建物が並ぶ街へ着いたのだ。
この石畳の広場と、大きな門のあるここがクリミナルシティだった。
犯罪者だけが暮らす世界の果て、あるいは魔の巣窟と呼称される街だった。
僕は兵士を再度見る。
彼は鍵捨てるように投げたら、すぐさま馬車に引き返していた。どうやらそのまま馬車に乗って移動するようだ。
多分、クリミナルシティから早速出るのだろう。
門からは街道に繋がっていて、そこからすぐに出たいという意図がハッキリと分かった。
「あっしらもあの門から出られれば良いんですけどねぇ」
カチャリ、と鍵を拾う音が聞こえた。
声の主も、その動作の主体も同じ人物だった。
ハンガリーだ。
兵士の言う、そこのお前、とはハンガリーの事だった。
ハンガリーは鍵を拾って近づいてきた。
クルクルと輪っかに指を突っ込み、鍵を回している。二本の鍵も一緒に回っていた。
「……あの門から出るのは、不可能に近いですよ」
僕は近づいてくるハンガリーを
馬車の中では、
「知ってやすよ。結界の精霊による結界が張られているんでしょう? 有名ですからねぇ」
「……だったら何で聞いたんですか? 精霊の力を知っていたら、分かると思うんですけど」
「連れないことを言う旦那ですねぇ。あっしだって分かってやすよ。でも、やっぱり試したくなるじゃあないですかい」
そう言ったハンガリーは半分後ろを向きながら、門を親指で指していた。
彼が指した方向には、ハンガリーの言う、『試したくなると思った人間』が何人かいた。
僕は門を見やる。
街を出て行こうとする馬車。兵士を乗せたその乗り物は、門で何かが起こる事もなく素通りできた。
だが、その馬車に合わせて門に飛びついた複数の人間は違った。
彼らは見えない壁にぶつかったかのように、空中で止まる。
まさしくそこに壁があるかのようだった。
まぁ、実際あるのだが。
結界という壁が。
その結界こそが精霊の力の一つだった。
精霊は800年前、オレンフェス帝国建国と同時に突然姿を現した。
原因は未だに分かっていない。誰が調べても判明しないまま今日まできた。
だが、帝国は力の使い方だけは学んできた。オレンフェス帝国の発展は精霊の力を効率的に利用する事と同義だった。
「皆んな、ああしたくはなると思いやすよ。精霊がどんなに強力な力を有していると知っていたとしてもねぇ」
「……けど、それは少し以上に常識が足りないとしか言えません--」
僕の拘束衣を縛っている白いベルト。そのシボりの部分に引っ掛けられていた錠をハンガリーが解錠した。
僕の二の腕が一気に解放を感じた。
「--精霊は概念に取り憑き、そしてその後、物体に取り憑きます。あの門にいる精霊は結界という概念に取り憑き、結界の精霊になった。そして門に取り憑いた。だからあそこに結界があるんです。こんな事はオレンフェスでは日常的に行われています。知らない人間なんて、いないはずですよ」
もちろん結界の精霊に限らない。
火の精霊なんてもっと分かりやすいだろう。火の精霊は、火という概念に取り憑き、多くの場合はかまどに取り憑かせたりする。
料理は火の精霊がいれば利便性がグッと上がるのだ。
料理に使われるほど、オレンフェスの生活に密着しているのが、精霊だった。
「それでも試したくなるのが、人間ってものなんだと思いまやすよ。現実逃避ってやつでさ」
ハンガリーはさらに二個目のベルトを解錠していく。
次は肩が楽になった。
肩が楽になったと同時に、僕は人心地ついたような気持ちになった。
すると、
だからだろうか。
さっきからずっと気になっていた疑問を確認したくなってしまっていた。
流石にそろそろ僕は質問せざるを得なくなっていた。
僕は問う。
「あなたは何で僕の拘束衣の錠を外してくれるんですか?」
あんな兵士の言葉なんて無視しても良かっただろう。僕の拘束衣の鍵をわざわざ外す必要なんてないはずだ。誰に強要されている訳でもないのだから。
いや、それ以上に怖がっていたではないか、と思い出す。Aランクと関わってしまうと厄介ごとが増えるなんてような事を思っていた可能性だってある。
僕ならそう思うだろう。
僕はハンガリーを見た。
小柄な囚人服の男は、こちらを見ようともせず、一心不乱に僕のベルトのシボりにある錠を解除しようとしていた。
すると、ふと、ハンガリーが呟いた。
「……あっしのせいなんで--」
何を言ったのか。
意味が分からなかった。
「いえね。馬車の中で、あんな感じに自分が注目されて、
「…………」
「流れを作ってしやいやしたのは、あっしだったので。だから、せめて拘束を解く手伝いくらいはしたいな、と」
…………。
僕はやはりこの男のことが好きになれなかった。
この男は、あいつに似ているのだ。親しみやすそうなあいつに似ている、その一点だけで、僕はもう拒絶を感じてしまう。
ただ、ハンガリーが悪い人間ではない事だけは理解できた。
「まぁ、そうは言いつつも、Aランクとお近づきになっておけば、何か甘い汁が吸えるかもってのもあんですけどねぇ」
それが本音か、と思ったと同時に、カチャっと音がした。
ハンガリーがついに、ベルトを全て解いたのだ。
肩と二の腕と上半身全体を締め付けていた痛みから、ようやく解放された。
僕は囚人服だけになった。
もう慣れっこだったが、拘束されないとなるとやはり解放感が違うものだった。
空気が美味しいような気さえした。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいですよぉ。ただのおせっかいだと思ってください」
「いえ、それでもです。助かった事に違いはありません。これで手が自由になりました。鍵、もらえますか?」
「鉄仮面の鍵はおそらくこっちですねぇ。使ってないので」
僕はハンガリーから鍵を受け取った。
僕はその鍵で、自分の後頭部付近にある錠に鍵を差し込む。
カチッと音がした。鍵が外れた。
そのまま鉄仮面を脱いだ。
頭がとても軽く感じられた。
「ジョンブールの旦那は意外と若いんですね。もう少し上かと思っていやした。いくつなんでぇ?」
「僕は17歳です」
「あっしの約半分ってところですかい。そりゃ大変な話しで」
……別に大変な事はないのだが、と思った。
すると表情に出ていたのか、ハンガリーが訂正するように言った。
「いえ、17歳でしょう? そしておそらく農民って訳でもないでしょう? ヘンリー様に近づける農民なんてそもそもいやしないでしょうし。何か手に職はあったりするんですかい?」
「僕は元々学者です。手に職というよりは、知識でお金をもらっていた口です」
「学者!? その若さでですかい!? 人を年齢で判断してはいけないってのは、まさにこの事でさあ。……ただ、逆にというか、また大変になったと言ったほうが良いのかもしれやせんね」
「……どういう意味ですか?」
いえね、とハンガリーが前置きをする。
彼は少し言いにくそうな表情になった。
だが、すぐにふぅーと息を吐いた。
言った。
「学者先生は、このクリミナルシティで、できそうな仕事、ありやすか?」
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