犯罪者だらけの街で、なんとか暮らしていく話。

ニック肉食

第一章 少女は何を見通し、少年は何を見通せなかったか

第1話 犯罪者になろう!

「鉄仮面と拘束衣って、そこの兄さんはどれだけ悪い事をしたんで?」



 コトン、コトンと揺れる馬車の中で、突然男が僕に尋ねてきた。

 僕は、隣に座っている男を見てみる。

 彼は馬車のホロに寄りかかるように座席に座っていた。



 男はいわゆる囚人服を着ていた。

 帽子、服、全身が青い縞模様だ。

 さらに足首には足枷がはめられており、その先には鎖と鉄球が繋がっていた。

 


 正直、僕はとりあえず無視する事にした。

 首も視線も元に戻す。



 すると男が、

「いやいや、兄さん! 兄さん、で良いんでさ? 無視は良くないでしょうよ--」

 と、えらく景気の良い声で続けた。

「--こんな辛気臭い場所なんだからさ、隣に座ったよしみでさ、ちいとはしゃべりやせんか?」



 えらく景気の良い声だな、とも思ったが、おそらく勢いでしゃべっているのだろう。そういう男である事は何となく見てとれた。



 彼はガラが悪そうではあるが、どことなく人好きのしそうな三十代後半の中年。小柄で、親しみやすさのほうがギリギリ勝ちそうな男だった。



 ただ、僕はそういう少し親しみやすそうな男というのが、あまり好きではなかった。

 というより、僕を兄さんとか、お兄ちゃんとか、お兄様とか、そんな感じに呼んでもいいのは一人だけだった。

 僕の妹だけだ。

 彼女以外に呼ばれると吐き気がする。



 拘束された腕に力が入る。

 拘束衣がメキメキと音をたてた。



 つい、妹の事を考えるとこうなってしまう。

 悪い癖だと、思った。

 治さないといけない。



 僕は気を取り直して、男に返答する事にした。

「しゃべるっていっても、何をしゃべるって言うんですか? あなたの言う、こんな辛気臭い場所で」



 周りを見回す。

 確かに辛気臭い場所だった。

 馬車の中に座っている誰しもが囚人服を着て、うつむいている。二十人はいるだろうか。

 こんな場所で世間話を嬉々として話す人間もそうそういないだろう。

 そう思った。


 

 だが、どうやらそれは常識ではなかったようだ。

 なんともない顔で、そりゃ世間話でしょうよ、兄さん、と返答されてしまうと呆れるより他なかった。

 


 しかし、それより、また兄さん、だと?


 

 鼻息が、ため息をするように荒く出る。

 こめかみから、ピキリと音が聞こえた気がした。

 僕は告げる。

「僕を兄さんと呼ぶな」

「い、いや、名前が分からないんでさぁ。兄さん以外に呼びようがないんですわ」

「兄さんと呼んでいいのは、僕の妹だけだ」

「……へ、へえ? 妹さんがいるんでぇ」


 

 ふと、我に帰る。

 男が身を少し引いている。

 まぁ拘束衣と鉄仮面を着用している男に、息を荒げられながら急に妹の話をされたら、若干引くだろう。

 分からないではなかった。



 同時に、もう妹の事は忘れなければならないと、思った。

 こうして犯罪者になったのだ。

 もう会えないし、ましてやのだ。



 僕は男から視線を切った。

 男は取りつくろうように言った。

「ま、まぁ気を取り直して自己紹介といきやしょうや。あっしはハンガリーっていいます。姓はありやせん。ただのハンガリーです」

「……ハン、ガリー……?」



 その名前に聞き覚えがあった。



 ……確か、義賊だ。

 オレンフェス帝国というこの特権階級がはびこる国で、貴族という貴族から金品を盗み、市民にばら撒いていた。市民からは英雄扱いされていたが、確か国が定めていたランクでは、Cランクの犯罪者だ。



 犯罪者のランクはSを最高位にして、A〜Dの5段階ある。その中でもCランクは下から2番目な為、犯罪者としてはそこそこの賞金をかけられていたのだと思う。



「捕まったんですか……?」

「ええ、捕まりやした。小悪党の末路ってのはあっけないもんですねぇ。英雄扱いされて、浮ついてたら、こんなザマですわ」



 少し残念な思いがしないではなかった。

 市民を助ける、という彼の噂。応援したい気持ちが少なからず僕にはあったのだ。



「……それは、残念ですね」

「お、残念って言ってくれるんですかね! 兄さ--」

「僕を兄と呼ぶな」

「……こりゃ、大変申し訳ございませんねぇ。悪うござんしたよ。まぁ何だ、名前を教えてくれませんかね? 呼びにくいったらありしゃさんので」


 

 正直、あまり名を明かしたくなかった。もう名前が一人歩きしている可能性もあったし、今、自分がどのランクの犯罪者に分けられているかさえ判別できない。

 ただ、ハンガリーというこの男はあまり好きではないが、その噂には多少共感するものもあった。それに噂通りに義侠心のある男なら、そんな酷い事にはならないだろうとも思った。



 だから僕は慎重にだけれど、口を開く事にした。

「……ジョンブール。ジョンブール・ダイアログです」

 その瞬間、静かだった馬車の中がざわつくのを感じた。



 おそらく、ほぼ全員が僕を見ているのだろうという事が何となく感じ取れた。

 明らかに馬車の中の雰囲気が一変していた。



 そして、そんな居心地の悪い最中、誰かがポツリと呟いた。

 おそらく座っている多くの囚人服の内の誰かだった。




「……Aランクじゃねぇかよ」




 そこでようやく僕がAランクなんだという事が理解できた。

 Sランクはオレンフェス建国800年以来、2人しかいない。正直なところ、この2人は別枠と言える。だから誰しもの認識として、Aランクが最上位なのだろう。

 僕も同じ認識だった。

 僕も同じ認識だったのだ。



「ジョンブールっていや、あの--」

 ハンガリーが明らかに狼狽うろたえたように、口を開く。

「--皇弟ヘンリー様を殺害したっていう……」



 その言葉を聞いて、僕はにらんだ。

 彼が唾を飲み込んだ。

 目は大きく見開いていた。

 そしてハンガリーは目線を僕から逸らすと、それ以上何も言わなくなった。

 


 それからは静かなものだった。

 馬車の車輪の音だけが、無音の空間に流れている。

 それ以外の何もなかった。



 何故、こんな事になっているんだろうか、と僕は疑問に思う。

 色々な犯罪者達と一緒に、犯罪者しかいない街、クリミナルシティに護送されている。

 今後はクリミナルシティで兵士として暮らす事になるのだが、それでも僕は頭がついてきてなかった。



 いや、実際のところ事態と状況は理解していた。

 僕がこうしてここで鉄仮面と拘束衣を着せられているのは、皇帝の弟にあたるヘンリー様を殺害した罪を着せられたからだ。



 そんな事は重々に承知の上だった。



 だけど、それは、




 冤罪なのだ。




 ヘンリー様を殺したのは僕の妹なのだ。

 僕は妹の犯した罪を被った。実際に妹に裏切られた訳ではないけれど、気持ちの上では裏切りあったような気分だった。



 何故なら僕は妹の為に生きてきたのだから。



 最早、生きている意味なんかない。

 そう思えた。



 しかしだからと言っても、実際には生きながらえている。今後はとして生きていかなければならない。

 



 僕は何の為に生きるのか。

 それを探さないと生きていけない。

 そんな風に思っていた。



 車輪がコロコロと転がる。

 一周するごとに、犯罪者だけが暮らしている街に近づいていた。

 その事実は、僕が犯罪者である事を認めさせようとしているような気がした。

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