第3話
家までの道を足早に歩いていると、いつぞやのラーメン屋台があった。以前見かけた時よりも一際美味しそうな匂いがしている。そのなんとなくホッとする匂いにつられて、理恵はまた丸椅子に座った。
「こんばんは、いらっしゃい」
店主が言った。
「今日はラーメンをいただけるのかしら」
「ええ、もちろん。あなたのために、腕によりを掛けて作りますよ」
ラーメン屋の店主は麺を茹で、スープを用意し始めた。理恵の目線からは彼の手元は見えないが、テキパキとした動きでラーメンはすぐに出来上がった。
「はいよ」
理恵はテーブルに置かれたラーメンを前に、ワクワクと割り箸を割る。チャーシューやメンマや煮卵の乗った、オーソドックスな醤油ラーメンのようだ。さっそく麺をすすってみると、とても美味しい。空腹やこの屋台という雰囲気も美味しさに一役買っているかもしれない。
店主はコップに酒を注いで理恵の前に置いた。
「頼んでないわ」
「もちろん奢りですよ。おいしいラーメンを食べてるってのに、なんだか浮かない顔をしているんでね」
理恵はありがたくコップを頂いて、並々と注がれた日本酒を一気に半分飲んだ。
「以前に来た時に話した部長が、亡くなったの。しかも、まるで怪談話みたいな事があって……」
理恵は食事で温まったはずなのに、身震いし、「ご遺体が消えたとかなんとかって……」と消えるような声で言った。
「でもその部長さんのこと、とてもお嫌いだったんでしょう?」
「だからって、本当に死んでいいわけじゃないわ。関わらなくなればいい、くらいのものよ」
「へぇ」
理恵はもう一度ぐいっとコップを傾けると、酒を飲み干した。そして、部長の事や葬儀のこと、怪奇の噂についてべらべらとまくしたてる。荒唐無稽で不気味な出来事を誰かに話していると、気が楽になる気がしたのだ。ラーメン屋の主人はコップにおかわりを注ぎながらふんふんと聞いていた。
「それから、由紀子ったら、あれ何なのかしら! 葬儀なんてシチュエーションを使って男にベタベタしちゃってさ。あの子だって私と同じように言ってたのよ? でもぶりっ子がうまいから、本気で悲しんでるフリして、また必殺の『私、貧血気味なの』で、か弱い女アピールよ」
「ははは、どうやら少し元気が戻ってきたみたいですね」
「そうかしら?」
「うらみごとが言えるならね。実は、仲良くしているようで、由紀子さんすきじゃないでしょう?」
理恵は図星をつかれてウっと黙った。その通り、理恵は由紀子と同僚として友人として仲良くしているが、それは表面上の薄っぺらなものだ。きっとどちらかが部署を移動しただけでも、連絡は取らなくなるだろう。それに、理恵が宮川と付き合っている事を知りながら、ベタベタとしているのは葬儀の日に限ったことではない。
「男と一緒に歩くたびにお得意の貧血になってれば、いつかふらついた時に車にでもひかれるわ」
理恵はそう言いながら、ラーメンをスープまで飲み干した。
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