本屋へ行きたい!

柴田 恭太朗

わたしは本屋を探しています

 わたしは旅行が好きだ。ガイドブックに載っているような観光名所を回ったり、土地の美味しいものを食べ歩いたりなんてありきたりなツアーも楽しい。しかし、もう一つ、わたしだけの密かな楽しみ方があった。


 それは旅先の本屋で文庫本を買い求めること。

 意外に思われるかもしれないが、街のひなびた本屋にふらっと立ち寄って文庫本を買うのだ。もちろん購入することが目的ではない、買った本にかけてもらう紙のブックカバー、それこそわたしが欲しているアイテムである。ブックカバーは書店が工夫をこらしたデザインがされていることが多く、ながめても楽しめるし、本屋の名前と住所が入っているから旅の記念にもなる。おまけに旅の途中のちょっとした空き時間を読書でつぶすこともできる。なんともお得な旅の土産ではないか。


 今日もわたしは旅先で本屋を探していた。四方をぐるりと山に囲まれてはいたものの、県庁のある都市である。駅前のアーケードを歩けばすぐに見つかると楽観的に考えていたのだが、まったく本屋がない。悲しいことに近頃は街の本屋が軒並み店をたたんでしまい、本屋を見つけるにも一苦労する。

 探しあぐねて、わたしは通行人を呼び止めた。買い物かごを下げたお婆さん。地元の人間に間違いない。


「すいません。本屋へはどうやって行ったらいいですか?」

 わたしの呼びかけにお婆さんは足をとめ、不審げな顔つきで、わたしの頭からつま先までをなめるように見まわす。

「本屋? お兄さん、その服装なりで本屋へ行こうっていうのかい」

「はい。そうですけど」、変なことを聞くお婆さんである。

「死ぬよ。その恰好だと」

「え?」、聞き間違いだと思った。

「なめてかかると遭難するんだって。うかつに軽装のまま本屋へ向かった若者が何人も命を落としているから」

 わかった。お婆さんは登山と勘違いしているのだ。ひょっとするとボケているのかもしれない。

「山じゃなくて、本屋さんへ行きたいんです」

「だから本屋はお山の頂上にあるんだよ。きちんとした登山装備がないと遭難して死ぬよ」

「どうしてそんなところに」

「覚悟のないヤツに読ませる本はないって、本屋が山へ引っ越したんだ」


 わたしは悟った、これは読書家たるわたしへの挑戦なのだ。

 ならば受けて立とう。

 わたしは登山用具一式をそろえるために、街のスポーツショップへと向かった。

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