第28話 ざまぁな結末!?

「アルフレッド様」


 侍女の亡骸に跪いたアルフレッドの後ろに控えていたイシュメルが声をかけた。


「彼女の亡骸は私の方で丁重に」

「ありがとう。任せるよ」


 イシュメルは自身の胸に手を置き、『お任せください』と一言伝えると、小部屋を出ていった。アルフレッドはその小部屋をさらに細かく、慎重に調べていく。――幾つかの仕掛けが施されているようだ。


(これは……もしかすると……)


 アリナの魔力を辿っていると一つの可能性が浮かび上がってきた。


「――戻りました」

「お帰り、イシュメル。ちょうどこの部屋の仕掛けが分かったところだよ」

「……どのような?」


 アルフレッドがパチンと一つ指を鳴らすと部屋が変わる。あまりに一瞬の出来事に、イシュメルは目を瞬かせた。


「これは……」

「隠し部屋の“隠し部屋”ってところかな」


 ニヤリと不敵に笑うと、こじんまりした机の上に置かれたままの日記帳を手に取る。パラパラとめくり、パタリと閉じると、鼻から小さく短い息を漏らした。


「どこまでも自分本位の方ですね」

 

 異世界の文字だろう。意味はわからないが、次の聖女へ宛てたものであることは間違いない。きっとこれを見て、聖女エレナは闇へ堕ちていったのだ。


 呆れたように息をつくと、戸棚へ移動する。音もなく扉を開き、その中に置かれた小瓶の一つを手に取った。ラベルの文字はやはり読めないが、神聖力を集中させれば、それがどんな種類のものかくらいは簡単に分かる。


「そうか……これが――」


 ――これが、あの時の……


 鼻の奥がツンと熱くなるを感じた。しかし、もうすでに45年、待ったのだ。今、ここで流すわけにはいかない。アルフレッドはわざと言葉を詰まらせ、グッと堪えた。


 ふと、何かに気がついた二人は小部屋の入口の方を見つめる。正確にいえば、その先にある場所を。


「戻すよ」


 その一言に、イシュメルは小さく頷いた。それと同時にパチリという音が耳元で聞こえ、元の小部屋へと戻る。


 イシュメルは先ほど持参した棺桶に、侍女の亡骸を丁寧に移すと待たせていた神官たちに引き渡し、また小部屋へと戻ってきた。


「気づいたかい?」

「ええ」

「まだ諦めていないみたいだね。執念深い」

「このままでは二人の身が危ないのでは?」


 先ほど中庭の方角からあの魔女の気配を感じた。突然、姿を現したかのように。

 今、考えられることとしては“魔女の呪い”の発動により、エレナの中に潜んでいたアリナが何らかの拍子にその存在を入れ替えた可能性がある、ということだ。そうだとすると、確かに二人が危険だ。


「いいかい? イシュメル。私に考えがあるんだ」

「もちろんです。大神官様の仰せのままに」


 にっこりと微笑んだアルフレッドは、その小部屋を閉じた。



 ◇◇◇◇



「お二人は、私が守ります。約束したでしょう?」


 大神官アルフレッドの言葉にオリヴィアは先ほどの夢を思い出す。頬を濡らし、まるで迷子の子どものような表情を浮かべる彼の顔に、夢の中の男の子が重なる。


 心臓がドクドクと高鳴り、何ともいえない想いが次から次へと溢れかえってくる。胸がいっぱいで、言葉も出ないとは――この感覚か。オリヴィアは、ぎゅうっと自身の胸元を抑えた。


「――アルフレッド……」


 ぽろりと口から零れ落ちた名前に呼ばれた本人がハッと顔を上げた。オリヴィアの顔を見つめた彼は涙でぐちゃぐちゃになった顔をほころばせる。


 見目麗しい顔は、どんな状態であっても見目麗しいのだとオリヴィアは羨ましく感じた。あんな醜く悪魔のような自分の顔を思い出してしまった後だからだろうか。


「もしかして……思い出したの? リヴィ」


 テオドールの問いかけに、こくりと一つ頷く。


「では……テオも思い出しているのですね?」


 アルフレッドの質問に、テオドールが頷いた。


「長い間、待たせてごめんね。アルフレッド」


 アルフレッドは小さく首を横に振りながら、もう一度、二人を抱きしめる。二人は、まるで小さな子どもをあやすようにその背中をさする。


 大きく息を吸い込み、涙を止めたアルフレッドは顔を拭うと真剣な眼差しで言った。


「そこにいる“魔女”を許すわけにはいきません」


 今までの子どものような泣き顔は、一瞬のうちに時の大神官のものへと変化する。


「私は、あの時のような子どもではありません」


 二人をイシュメルに引き渡すと、くるりと聖女の姿を被った魔女に視線を向ける。魔女アリナの肩がビクリと上がる。


「……おや? まだ動けるのですねぇ。もう少し、強くしましょうか?」

「うっ……ぐっ!」


 言葉にならないうめき声が発せられる。

 それを見ていたオリヴィアの顔が苦しげに歪む。


「この程度、魔女には何ともありませんよ。貴女は優しすぎます、


 アルフレッドの言葉に“うんうん”と激しく首を縦に振り、同調するテオドールに時の大神官はチラリと視線を移す。


「貴方もですよ、。そもそも中途半端に優しくなどするからいけないのです」


 ギクリと肩を竦めたテオドールに畳みかけるようにアルフレッドは不満をぶち撒けた。それはそれは長い間、溜まったままの――45年分の不満を。


 魔女に視線を向けていながら、口では両親に小言と不満をいう大神官の姿にその場の全員が叱られた子どものように肩を落とし、反省している図は――何とも滑稽である。


「――さぁ、そろそろかな?」


 急に小言を切り上げたアルフレッドに肩を縮こませていた面々は不思議そうに顔を上げた。


「ここか――って、何? この状況……」


 やってきた青年がその部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、その部屋の嫌な雰囲気に顔を引きつらせる。


「えぇっ? 何でここに貴方が……?」


 オリヴィアが驚いた顔で、その青年――ハリオスに問いかけた。


「もうすでに面識が? 私が呼びました」


 アルフレッドは静かにハリオスに近づくと、その頭にポカッと拳を落とした。大して痛くもないその場所を大げさにさすりながら、彼は『やっぱりか』と苦笑いを浮かべた。


「文句があるなら直接、言いなさいといつも言っているでしょう?」

「だってそんなん、めんどくせぇーんだもん」


 今しがた説教されていた者たちにとって、大神官アルフレッドにそんな口をきけるハリオスが猛者のように見えた。手を頭の後ろで組み、今すぐにでも口笛を吹き出しそうな感じで返事をしている。――見ているこっちがヒヤヒヤする。


 きっと二人にとっては、いつものことなのだろう。もう“諦めた”とでもいうかのようにアルフレッドは肩を竦めた。


「彼を含めた私たち五人で魔女を封印します」


 動けなくなり、首をだらりともたげる魔女に視線を向ける。その場の四人は、その魔女の身体を円を描くように囲うと手をかざす。オリヴィアは一人、何をどうすればいいのか、まったく分からず、オロオロと戸惑っていた。


 そんなオリヴィアの手を後ろから包み込むように一回り大きな手が添えられる。


「いい? リヴィ。力を抜いて、目を閉じて」


 手のひらが徐々に温かくなっていく。まるで手のひらだけが日向ぼっこをしているかのように。


 温かな陽射しのような光は、やがて魔女の身体を包み込む。ぐったりとうなだれていた魔女は突然、天を仰ぐと限界まで目を見開き、『うぎゃあぁぁ』と叫び声を上げた。


 光は次第に魔女の胸の辺りに集まっていく。


「さぁ、リヴィ! “鍵”をかけて!!」


 耳元で言われた言葉に首を振る。


「えっ、はっ? “鍵”って、何??」


 ワケが分からないまま、手をかざし続けると、目の前の光の中に、錠前のようなものが見え始めた。ふと手元に視線を向けると、“鍵”が浮かび上がっている。


 その“鍵”を握りしめて、聖女の身体である胸元に集まった光の中の錠前に差し込みガチャリと回す。


 光の鎖でガチガチに固められ、錠前によって鍵をかけられた箱のようなものが、聖女の胸の中に吸い込まれるように消えていくと、その身体はぐらりと傾いた。それをアルフレッドが支える。横に抱え直し、ベッドまで運ぶと、そっと寝かせた。




「うっ……うぅん……あれ? 私、何して……?」


 しばらくして、聖女が目を覚ます。

 エレナの記憶は中庭でテオドールを見つけたときから、プッツリと途切れていた。


「お目覚めかな? 聖女様」


 目の前には、どこかで見たことのある美しい青年がいた。声は柔らかく、優しいのだが、向けられている視線は身体が震えだしそうなほど、凍てついている。 


 ――私は……この瞳を知っている。


 薄紫色の綺麗な瞳。

 大好きなテオドールの瞳の色と同じだ。


「聖女様。君には失望したよ」


 であるのに、突然、投げかけられた失礼な発言に腹が立つ。自分とは会ったこともないくらい神官のくせに。彼からは、少しも神聖力を感じない。そんな底辺の神官になど言われたくもない。


「何の神聖力もない貴方にそんなこと言われたくもないわ。私は上位神官であるテオドール様の婚約者になるのだから! 貴方なんて神殿にいられなくしてやる。私がお願いすれば、神官長だって動くんだからね!」


 苛立った顔を隠しもせず、聖女は言い放った。

 その美しい青年は大きな息を吐いて、大きく肩を落とした。彼のその姿に、聖女エレナは満足そうに笑った。

 

「私が願えば、何でも叶うのよ?」


 暴言を吐いたことを後悔しているのか、床に落としていた視線を上げ、エレナをその美しい紫色の瞳に映す。


「貴女は本当に“聖女”ですか?」


 彼の問いかけにエレナは首を捻る。

 ――コイツはどこまでバカなんだろう、と。


「貴女のような“聖女”など必要ありません。結構です」


 あまりにも唐突な言葉に、聖女エレナはあんぐりと口を開いたまま、固まった。

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