第22話 逃走劇の結末は?
「僕は……リヴィ、君を守るために生まれてきたんだよ」
「な、なに? どういうこと?」
「異世界から来る聖女に対抗するために神が召喚した“救世の聖人”の一人である“真の聖女”を守るために使わされた神の遣いなんだ。だから神聖力が強いんだよ」
今から50年前。異世界から降臨した聖女には、闇の神聖力が強かった。――いわゆる“魔女”だ。
養父イシュメルから直接は聞いていないが、何となく勘付いてはいた。自分がこの世界に遣わされた理由を。
神官となり、神殿で働き始めてからは、子どもの頃には立ち入れなかった区域にも入れるようになったことで、自分で調べられるようになった。上位神官になってからは、さらに深い部分まで知ることができたのだ。
そして、成長するにつれ、神聖力の中に眠る記録のようなものを感じ取ることができるようになっていた。そこから、自分が何のためにこの世界に存在するのかを理解した。
自分が、神から遣わされた“救世の聖人”の一人であることを。そして、その中でも“鍵”となる“真の聖女”を守ることこそが自分の使命である、と。
「リヴィ。君が“真の聖女”なんだよ」
「え、えっと……“真の聖女”?」
(何それ? いやいやいや。そんな大層な使命、私が負っているとは思えないのだけれど。ただの転生者よ? 私。何の神聖力も持っていないし、チートな能力だってない。普通の人間だよ? ……ごく、普通の)
不思議そうに首を捻っているオリヴィアの顔を、眉尻を下げ困ったように見つめるテオドールの顔にオリヴィアはイシュメルを思い出す。
血の繋がりがなくても、ふとした仕草が似ているのは一緒に過ごしてきた時間がもたらしたものなのだろう。やっぱり二人は親子なんだなぁと感じる。
――なんてほっこりしている場合ではない。何の能力も持っていないと伝えなければ。勘違いでこの世界を任されるわけにはいかないし、そんなに必要ならば、早く“本当の真の聖女様”を見つけてもらわなければ。
「えーっと、テオ。たぶん何かの間違いだと思うのだけれど。私には、何の神聖力も能力もないから、その……“真の聖女”ではないと思う」
「でも……リヴィは聖女様と同じ世界から来たんだよね?」
「うん……それは認める。ただ聖女様とは違って、私は“転生”なの」
「“転生”?」
テオドールは不思議そうに首を傾げた。
「前の世界の記憶を持って生まれた“転生者”なの。一度、前の生を終えて、新しくこの世界に生まれ変わったの」
思い当たることが多かったのかテオドールは目を見開き、納得したように頷いた。
「そうか……時々リヴィが大人びて見えたのはそれが原因か……」
そこまで呟くと突然、ハッと何かに気づいたように息を吸い込み、見る見るうちに眉間のシワが深くなっていった。何事かとテオドールの顔を覗き込んだ瞬間――
「……まさか! あの物語は、リヴィの前の世界の話だったの!?」
ガシッと、強く両肩を掴まれる。驚いて目を瞬かせていると『ねぇ、答えて!』と掴まれていた肩を前後に揺さぶられる。
「ちょっ、ちょっと、テオ! 落ち着いて。えっとほとんどのお話がそうだよ」
揺らす手がピタリと止まる。口が半開きになり、呆然としている。まるで、“ガーン”という効果音が聞こえてきそうだ。そこまで悪いことを言ったのだろうか。何が原因か分からずに、戸惑っていると、意識を取り戻したテオドールがわなわなと震えながら口を開いた。
「あの、話も?」
「あの話?」
(どの話だろう? 思い出した童話とか以外、ほぼすべてが自分に関わっていることだけど……)
テオドールの指す話が思い浮かばない。
「不倫の話だよ!!」
「ひゃぁ!?」
肩に乗せていた手に思いっきり力が込められた。
「あぁ……あれ、ね……うん。そうだね。えー。前の旦那さんがね……うん。まぁ、他の女の人とね、そのぉ……」
面と向かって説明するのは気まずすぎる。本の中でならいざ知らず。目を泳がせて、言い淀んでいると、テオドールがガバッと抱きしめてきた。
「いいよ、もう。言わなくて」
(え……まぁ、聞きたくもないよね、私の過去の話なんて)
聞いてて気分の良い話でもない。第三者が野次馬根性で見聞きしているような面白おかしい話ではないのだ。当事者の前でなんて、聞いてはいられないだろう。
「ごめん、リヴィ。辛い話をさせてしまって。もう話さなくていいから」
テオドールの真面目な低い声が耳元で聞こえた。真剣な顔で見つめられる。心臓がドキドキといつもよりも速く脈打った。
「今、この世界にその男がいなくて良かった」
「えっ? どういう意味?」
真面目な顔をにっこりと仮面の笑顔に変えたテオドールに嫌な予感が過ぎる。
「この世から消してしまいそうだったから」
(ひぃーっ。やっぱり。物騒なこと考えてたー!)
上位神官とは思えない発言に、若干、引き気味のオリヴィアに今度は心から満面の笑みを向ける。
「じゃあ、“オリヴィア”になってからのことじゃないんだよね?」
「へっ? あ、うん。もちろんそうだよ!!」
(そんな相手、いなかったもん。もしいれば、余生18歳まで、なんて考えずに済んでいただろうし)
「だったら、いいよ。僕は気にしない」
満足そうに微笑んだテオドールに、オリヴィアは首を傾けた。
「それに、リヴィの中身がもっとずっと大人なら、多少のことなら平気だよね?」
「ん?」
(何が、平気なの?)
テオドールが意味深に口角を上げていく。何だか先ほどと同じ嫌な予感がする。
「記憶の中では“経験者”だもんね」
「?」
「子どもも、いたんだよね? リヴィ?」
「うん、いたけど……え、はっ、あっ!」
(そっちの“経験者”かぁー!! イヤイヤイヤ、それはまだダメだよ? ……って、あーっ! これから婚姻の誓いを立てるんだった!!)
「いや、あの、テオ。それは……ちょっと……」
「何、言ってるの? これから婚姻の誓いを立てるんだよ? 僕たちはもうすぐ夫婦だ」
「うん、まぁ、そうなんだけれども……」
「今夜は、結婚して“初めての夜”だね。……あぁ、楽しみだ」
(ひぃぃっ、そうだった……そんなこと、全然考えてなかった!!)
絆され、流され、手のひらの上で転がされていたことを、オリヴィアは深く後悔したのだった。
◇◇◇◇
「テオドール様は今、どこにいるの? 会わせて」
神官長ケイレブの執務室に移動したエレナは入室してすぐに質問をとばした。ケイレブは相変わらず顔色一つ変えずに淡々と答える。
「本日は休みです。彼が休日に何をしていようと、聖女様には関係ないのでは?」
「休み? ……そんなの、聞いてないわ」
「聖女様。この1ヶ月と18日。彼には一日たりとも休日がございませんでした。貴女は1ヶ月と18日、一日たりとも休まず、泉に神聖力を注いでくださいとお願いしたら、していただけるのでしょうか?」
「えっ……それは……」
「貴女は同じことをテオドールにも強いるおつもりですか?」
エレナは悔しそうに俯き、唇を噛みしめる。
「彼にも休日は必要です。誰にも縛られない自由な休日が。そうは思いませんか、聖女様」
エレナは堪らなくなって、執務室を飛び出すと、自室へ戻る。今日はどうしても会いたかったのに、会えなかった。ベッドに飛び込むと伏せて、瞳を潤ませる。昨日、散々泣いて涙はもう枯れたと思っていたのに。次から次へと溢れる涙に、枕が濡れる。
どれだけそうしていただろう。ふと、枕から顔を上げると窓からオレンジ色の光が差し込んで、部屋中を染めていた。
エレナはふらふらと立ち上がると、ソファへ移動する。ぼんやりしていると、あの文字が目に入る。
――『押して』
なぜか呼ばれているように感じて、そっと立ち上がり近づいていく。もう一度、そこを押すと昨日と同じ小部屋が現れる。吸い込まれるように入っていくと、昨夜は気がつかなかった棚を見つけた。
その棚を開くと、透明な小瓶に入る色とりどりの液体が何本か入っていた。各瓶にはそれぞれラベルが取り付けてあり、用途、使用方法などが記載されている。
「何かの……薬?」
手前の小瓶を一つ、手にとってみる。ラベルには前の世界の文字で“媚薬”と書いてある。
「“媚薬”? それって……」
用途を読むと思っていた通りだった。“意中の人を惚れさせる”。使用方法には、“相手に飲ませ、薬が効いた時、一番最初にその瞳に映る”とある。
一度、その瓶を元に戻し、他の瓶を手に取る。次の瓶には“毒薬”とあった。怖くなり慌てて戻すと、恐る恐る覗き込むようにラベルを見る。
用途、“苦しみを与え、殺す”。使用方法、“口にするものに混ぜる”。
思わず、腕を抱え込み、ぶるりと震える。こんな危険で怖いものが、なぜこんなところにあるのだろうか。棚の下に昨日見つけた日記帳に似たノートを見つけた。
手に取り、パラパラとめくる。昨日の日記帳とは全く違う内容に驚愕する。
「これって……」
聖女エレナは、息を呑んだ。
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