第21話 正体がバレた!?

(騙されてた……)


 テオだけでなく、両親やイシュメルにまで。

 そして、追い打ちをかけるように『そもそも主犯は父上だよ?』というテオの一言に、驚きのあまりあんぐりと口を開いたままのアホ面になってしまった。


(あの、イシュメルが……主犯!?)


 やっぱりイシュメルは役者になったほうがいいと思う。あんなに悲しそうな顔をしてたのに。それがすべて演技だったなんて。本当に信じられない。

――神官長様、恐るべし。


「ねぇ。だから今すぐ結婚して」

「えぇ……」


 騙されていたと思うと、素直に返事をすることができない。それに、一つ疑問が残っていた。


「でも……何で婚約解消しなかったの?」

「そんなの、決まってるでしょ? 本当は例えフリでも婚約解消なんてしたくなかったんだから!」


 怒ったように『リヴィが理由も言わずに婚約解消したいなんて言い出すからいけないんだよ?』と、顔をしかめた。


「まぁ、あのときは聖女様のこともあったからね。リヴィだけのせいじゃないんだけど」

「……聖女様のこと?」


 テオドールは『リヴィには言うつもりはなかったんだけどね』と気まずそうに片眉を上げた。


「ずっと監視されてたんだ。今は父上とケイレブ様が抑えてくれてるから、割と自由に動けるけど」

「えぇっ……監視!?」

「うん。神聖力を遣ってね。四六時中、視てるんだよ……僕のこと。ほんっと、キモチワルかった」


 自分の両腕を抱えてブルリと震え、げんなりしたテオドールの顔に思わず、『ぷっ』と吹き出した。

 テオドールはそんなオリヴィアに、ジトリとした目を向ける。


「本当に大変だったんだよ! 最初は“視てる”だけだったのに、そのうち魅了の加護まで遣い始めて。ただでさえ、1ヶ月以上もリヴィに会えなくて死にそうだったのに、その加護から自分の身を守ることしかできなくて。それなのに、リヴィは婚約解消もすんなり受け入れようとしてさ。僕はリヴィに愛されてないんだと思ったら、余計に死にそうになったんだから!」


 上位神官が『死にそう』を連呼していることに、苦笑いする。テオがそんなに大変だったなんて知らなかった。彼が会いに来られなかった理由も初めて知った。改めて、自分は自分から何も知ろうとしていなかったのだと気づかされる。


 彼の勢いに圧倒されていると、しかめていた顔を急にへにゃりと緩めた。


「だから、今すぐ結婚して。……何だか、すごーく嫌な予感がするんだ」

「え? 嫌な予感?」


 一瞬にして、真剣な顔に変わる。


「うん。本当はね……神殿に戻らないで、このままずっとリヴィと一緒に、ここにいたいくらいなんだけど」


 神聖力の強いテオが言っているのだから、きっとそれくらい良くないことなのだろう。なぜか背中に悪寒が走った。




 テオドールに半ば強引に押し切られた形で、オリヴィアは海岸沿いの小高い丘の上に建てられているネーレイスの教会に来ていた。隣には満足げにニコニコと微笑みを浮かべたテオドールと、一歩後ろを歩く呆れ顔の侍女エミリアがいる。


 テオドールが『教会ならどこでも婚姻の誓いを立てられるから』と言って、一番近いこの教会に連れてこられたのだが――両親がいなくても問題はないのだろうか。


「リヴィの両親にはちゃんと許可を得てるからね」


 まるで心の中を読んだかのように目を細めたテオに、どこまで手をまわしているのだろうと、もはや感心してしまった。手のひらの上で転がされているようだ。


(まぁ、いっか。転がっているだけなら)


 その手のひらから落ちてしまわなければ。テオの手のひらの上で自由に転がっているのもいいのかもしれない。


「え? ……リヴィ?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには神官の服を身に着けたハリオスの姿があった。


「えっ? ハリー? ハリーって、神官様だったの?」

「え、あぁ。そうだよ。リヴィは……祈りに来たのか?」


 ハリオスの視線は、オリヴィアと手を繋いでいるテオドールに向けられた。


「あの……えっと……」

「ちょうど良かった! 君は神官だったんだね。今から僕らの婚姻の誓いを立てるところなんだ。君に立ち会いをお願いするよ」

「え……? 婚姻の誓い、ですか?」

「そうだよ」


 にこにこと微笑んでいるテオドールの目が怖い。これは聖女に見せていた仮面と同じだ。オリヴィアはぶるりと身体を震わせた。


「リヴィ。昨日は“元婚約者”だって言ってなかったか?」


 内緒話をするかのように口元に手を添えてコソッと話すハリオスに苦笑いを返す。


「あれね……違ってたみたい」

「はぁ?」


 思い切り怪訝な顔をするハリオスに、つい笑いが漏れてしまった。クスクスと笑っていると、繋がれていた手がぐぃっと引かれた。


「ちょっと、リヴィ。よそ見、禁止」


 昨日、自分が考えていたことが、テオドールにも伝わっていたみたいに感じて。さらに、彼を愛しく思えた。


「大丈夫だよ! 私はテオが大好きだから!」


 いつも伝えてもらってばかりいてはダメだ。ここは教会。誓いを立てるなら、“想い”はしっかり相手に伝わるように、口に出さなければ。


 普段、自分からあまり想いを口にしないからか、テオが驚いて呆然としている。そんなテオの手を、教会の方へと引いていく。入口に続く階段を登っていると、ぐらりと身体が傾いた。


「あっ!!」


 バランスを崩し、階段から転げ落ちそうになったところで繋いでいた手に力が入る。カツン、カツンと音をたてて、私の白い靴だけが階段の下まで落ちていった。小高い丘だけあって、かなりの高さがある。あのまま落ちていたらと思うと背筋が凍り青ざめてしまった。


「リヴィ、大丈夫?」


 心配そうに顔を覗き込むテオドールにハッと我に返ったオリヴィアは『大丈夫』と引きつった笑顔を作った。


(あっ! 靴が……)


 取りに戻ろうか迷っていると、不意に手を放したテオドールが階下まで靴を取りに行く。ひょいと、軽い足取りで階段を降りていく。


「ありがとう、テオ」


 上から声をかけると、テオドールは後ろを向いたまま、ポツリと言った。


「まるでシンデレラみたいじゃないか。……ねぇ、リヴィ」

「えっ? シンデレラって……何で?」


(何で、テオが“シンデレラ”を知ってるの?)


 異世界の御伽話を、この世界のテオが知っているわけがない。私はあの物語を一度も“シンデレラ”とは言っていない。


「……やっぱり、ね」

「えっ……テオ?」


 テオは『はぁ』と息を吐くと、私が落とした片方の靴を拾い上げ、肩を竦めた。そして、一段ずつ、近づいてくる。目の前でピタリと止まると、そのまま屈んで私の足に靴を履かせてくれる。


「リヴィは、聖女様と同じ世界から来たんだね」


 心臓がドクリと脈打った。口から飛び出てしまうのではないかと思うほどに、ドクドクと鼓動は速くなっていく。つい『おぇっ』とえずきそうになったが、グッと留まった。


「僕はね……」


 屈んで、靴を履かせてくれているテオの背中を、ただジッと見つめていた。――今、彼はどんな顔をしているのだろう。


「リヴィは僕だけには何でも話してくれていると、そう思っていたんだ」


 ズキッと胸が痛む。


「でも、僕も君にすべて話せていなかったから……お互い様かな」

「……え? どういうこと?」

「僕は……リヴィ、君を守るために生まれてきたんだよ」



 ◇◇◇◇



「そろそろ、対策を練らなければいけないね」

「ええ。聖女自身も気づき始めているかと」


 大神官の部屋には慈愛のオーラを纏う神官長の姿があった。ただその顔はいつもと違い、険しいものだった。


「テオドールも気づき始めているだろう?」

「はい。あの子は聡いですからね。そして、何より特別ですから」

「ハハッ。特別、か……」

「ええ。さすが、としか言えません。神聖力はもちろんですが、彼の潜在する才能も……」

「息子のことになると饒舌だな、イシュメル」


 イシュメルは眉間に皺を寄せた。彼がそんな顔をするのは大神官アルフレッドの前でだけだ。大神官は『ふっ』と笑みを溢すが、目の前の皺が深くなったのを確認すると咳払いを一つして濁した。


「父上が命と引き替えにこの世界にもたらした“救世の聖人”の一人だからな」


 50年前、この世界に起こった“最大の災厄”。その時の大神官はアルフレッドの父だった。時の聖女が最悪の災厄を起こしたことで、その命を落としてしまった。アルフレッドは当時まだ5歳であったが、その時の光景は今でも鮮明に思い出せる。


 アルフレッドは目を閉じた。瞼の裏には美しかった母がまるで悪魔のような姿で悶え、苦しみ、喉を掻きむしりながら死んでいく様と、大いなる光に包まれ、まるで霧のように消えていく父の姿が映る。


 一切、涙を流さなかった。今ここで流してはいけないとさえ思っていた。涙を流すのは、与えられた使命をすべて果たしたその時だ、と。


 大神官は目を開き、神官長に視線を向けた。


「さて。聖女が勘付く前に済ませてしまおうか」

「しかし、テオドールがまだ戻っていません」

「そうだったね。リヴィを迎えに行っているんだろう? そちらは順調なの?」


 イシュメルは困ったように眉尻を下げた。その顔に察しがついた大神官は『ははっ』と笑い声を漏らした。


「……まったく。リヴィもまだまだ手がかかるね」


 大神官と神官長は、まだまだ可愛くて仕方のない二人を想い、頬を緩ませた。

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