エピローグ ~『地獄を超える覚悟』~


 サーシャとの再会から数日の月日が経ち、グランドが会いに来た。妹が病気で亡くなれば、王族との関係を失うため、再婚相手として、王子と縁談させたいとの望んできたのだ。


 もちろんマリアは縁談を拒絶し、グランドを追い返した。去っていく父親の後ろ姿を呆然と見送る。


「サーシャのためね……」


 その言葉を反芻し、改めて怒りが湧き上がる。グランドはサーシャが亡くなる前提で話を進めていた。


(サーシャはまだ生きていますのに、今から再婚相手を探すなんてあんまりですわ!)


 昔と変わらない腐った人間性に軽蔑する。一方で、サーシャを救えない自分にも歯痒さを覚えた。


「マリアくん、少しいいかな」


 部屋をノックされる。声の主はケインだ。入室を許可すると、ガチャリと扉が開かれる。


「先ほど、グランド男爵が来ていたみたいだね」

「私にレイン様と結婚するようにと要求しに来ましたの。もちろん追い返しましたわ」

「ははは、マリアくんらしいね」


 和ますような笑い声に、グランドへの怒りが収まっていく。冷静さを取り戻したマリアは、ケインと真剣に向き合う。


「ケイン様はサーシャの病気を治療することができますか?」


 聖女と対を成す実力者――大司教の地位にいる彼ならばと、期待を向ける。しかし彼は首を横に振った。


「僕の力では治せないね」

「ケイン様でも無理なのですね……」

「ごめんね。サーシャくんは姉想いの優しい人だから。僕も救ってあげたいんだけどね」


 ケインは昔を思い出すように目を細める。


「サーシャくんと僕は古くからの知人だ。でもね、直接会ったことはない。八年前に送られてきた一通の手紙を通じての関係なんだ」


 八年前、それはケインとマリアが初めて出会った時である。


「僕が大聖女候補の試験官だと、どこかで耳にしたんだろうね。だから彼女は知らせてきたんだ。君の本当の職業適正が聖女だとね」

「――――ッ」


 その事実に過去の出来事を思い出す。


 ケインはマリアが聖女だと知っていた。だからこそ書類審査の時に、彼女が聖女だと口添えしてくれたのだ。


「サーシャくんはね、イリアス家の封蠟をして、身分を証明した上で手紙を送ってきた。鑑定結果のすり替えは重罪だ。誤魔化しようのない証拠を僕に握られても、君に試験を受験させてあげたかったんだろうね」


 もう疑う余地はない。サーシャはマリアを救ってくれた人生の恩人だ。


 だからこそ、病気の彼女を治したい。願いを叶えられない悔しさに歯を食いしばる。


「サーシャくんの病気はね、呪いよりも困難なものだ。歴代で最高と評された先代の大聖女や大司教でも治すことができない……でもね、それはあくまで過去の話だ」

「どういうことですの?」

「聖女の適正は成長限界がない。鍛えれば鍛えるほど回復魔法の性能は高まる。つまり誰も到達したことがない前人未踏の領域へと踏み込めば、サーシャくんの病気を治せるかもしれない」

「――――ッ」


 回復魔法は怪我人を治療すればするほど鍛えられる。平和なイリアス領だと怪我人を探すのも一苦労だったが、大聖女の立場があれば、国中の怪我人を治療できる。


「治療は魔力を消費する。大勢の怪我人を治療すれば、疲労に苛まれるだろう。でも君のことだ。やってみるだろう?」

「どんな地獄も覚悟の上ですわ!」


 サーシャの余命は残り半年。過労で倒れることも厭わないと、一縷の望みに賭け、国中の怪我人を治療すると誓うのだった。

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