エピローグ ~『サーシャとの再会』~
王城の中にあるサーシャの私室へと案内される。白い一面の壁に囲まれた部屋にはベッドが置かれ、その上で見知った顔が横になっていた。
(これがサーシャ……)
病気で痩せ細った彼女の美貌は影を潜めていた。傍に置かれた椅子に腰かけたレインが彼女の手を握ると、優しげな声をかける。
「サーシャ、お前がいつも自慢している大聖女様を連れてきたぞ」
「お姉様が……」
その呼びかけに反応して、ゆっくりとサーシャが目を開く。澄んでいた赤い瞳に生気はない。ジッとマリアを見つめる。
「ざまぁないですわね」
久しぶりに再会した妹に放った第一声は本心ではなかった。だが積年の恨みが彼女の唇を動かしたのだ。
「ふふ、お姉様の気分を晴らせたのなら、病気になった甲斐がありましたね」
「……あなた、本当にサーシャですの?」
「妹の顔を忘れたのですか?」
「忘れるはずがありませんわ! 使用人のように働かされ、物置に押し込められ、回復魔法の実験台にまでされましたのよ! 挙句の果てに醜い王子と――っ……」
正体不明の痛みが胸を襲う。脳裏に浮かんだ仮説を無理矢理否定しようとする痛みだった。
その仮説とはサーシャが本当は姉想いの優しい妹だとする説だ。もしそうなら話のすべてに筋が通る。
使用人扱いされていたことは事実だし、肉体労働は大変だった。でもそのおかげで、同僚たちと仲良くなれ、寂しい想いをすることはなかった。
物置で寝泊まりするよう指示された。隙間風は辛かったが、両親の虐待から逃げるための個室が手に入った。
回復魔法の実験台もサーシャから傷つけられたことはない。彼女は必死に治療してくれただけ。悪意があると決めつけたのはマリアだった。
さらに王子であるレインとの結婚についてもそうだ。彼女の姿絵は確かに醜い姿をしていた。だがそれはワザとそうしたのではないか。
王子が素敵な人だと知れば、グランドはマリアではなく、サーシャを嫁に出す。彼女を救うために、敢えて間違った姿絵を用意したのではないか。
極めつけは、母親の形見の指輪だ。彼女が代金として金貨をくれなければ、大聖女候補に選ばれることさえなかった。
(まさか、サーシャは優しい人でしたの?)
見る目がなかったのは自分の方だったのかもしれないと、マリアの心が後悔に包まれる。苦々しい表情を浮かべる彼女に、サーシャは微笑んだ。
「お姉様と会えてよかった。おかげで預かっていた指輪を返せますね」
薄桃色に輝くピンクダイヤは、忘れもしない母の形見の品だ。指から外すと、掌に乗せて差し出してくる。
「受け取ってください。これを返せば私は悔いを残さずに死ねますから」
「サーシャ……あなたは本当に……っ……」
もう溢れる涙を耐えることはできなかった。傍へ駆け寄ると、全身の魔力を集約させて、回復魔法を放つ。
「私が必ず治してみせますわ! だから生きてくださいまし!」
回復魔法を二度、三度と重ねがけする。だがサーシャの顔色に変化はない。
「私は大聖女ですのよ! なのにどうして……」
「この病気は誰にも治せません」
「諦めるのはまだ早いですわ!」
「ふふ、私の適正である薬師は自分の健康状態を把握できますから。この病気は人の力では治せません。それこそ神でもなければ……」
サーシャの弱音を聞きながらも、マリアは回復魔法を止めない。身体の魔力がすべて尽きることになっても治してみせると意気込む。
だが願いが叶えられることはなく、回復の兆しもない。恨み続けてきた後悔が懺悔となって口から飛び出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「お姉様はなにも悪くありません。悪いのはすべてお父様ですから」
「で、ですが、サーシャは私を守ってくれました。なのに愚かな私は、あなたの優しさに気づけませんでしたわ」
「それは私が嘘を吐くのが得意だっただけです。だから泣かないでください」
サーシャの白い手がマリアの手と重なる。ギュッと握られるが、その力は死人のように弱かった。
「私の寿命は残り半年です。でもこの半年はきっと充実した日々を過ごせます。だって、誰よりも尊敬しているお姉様と仲直りできたのですから♪」
笑顔を返してくれるサーシャを前にして、マリアはその場で泣き崩れる。自分を救ってくれた恩人を救えない無力感に苛まれるのだった。
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