第四章 ~『リーシェラのお願い』~


「無理して笑顔まで浮かべてどうかしましたの?」


 リーシェラにとってマリアは宿敵のはずだ。用事もないのに声をかけてくるとは思えない。その問いに彼女は気まずそうに頬を掻いた。


「それはその……」

「シャアアアッ」

「シロ様、襲っちゃ駄目ですよ」


 リーシェラの本性を見抜いているのか、尻尾をピンと立てて警戒する。背中を撫でて、何とか宥めると、リーシェラは困り顔を浮かべながらもホッと息を吐く。


「主人が主人なら霊獣も霊獣ね」

「どちらも可愛いと?」

「違うわよ! 私に敵対的だと言いたいのよ!」

「私は罠に嵌められようとしたのですから、警戒して当然ですわ」

「まぁ、そうね……確かに私が悪かったわ。だからお願い。嫌がらせを止めて欲しいの」

「嫌がらせ?」

「惚けないで! パートナーの件よ!」


 リーシェラのパートナーはジルだ。マリアがケインを、ティアラがカイトを選んだ結果、投票数が三位だった彼女は一番人気のジルを選べたのだ。


「ジル様なら最高のパートナーではありませんの?」

「能力はね。私もジルを選べた時は心の底から喜んだもの」

「では何が不満ですの?」

「やる気よ。あいつはね、上級司教になる気がないのよ」


(きっとサーシャの一件が原因ですわね)


 ジルが教会に入信したのは、サーシャに振られたショックを忘れるためだ。だが彼は改めて恋心を思い出した。そのせいで上級司教を目指すモチベーションを失ってしまったのだ。


「ですが、分かりませんわ。どうしてジル様のやる気がないからと、私が嫌がらせをしていることに繋がるんですの?」

「あいつに宣言されたのよ。これからはマリアの味方をするってね。つまり私はパートナーなしで大聖女を目指さないといけなくなった。こんなもの、勝てる勝負も勝てないわ!」


 パートナーなしで大聖女になるには、不利を覆すだけの圧倒的な実力が必要だ。しかし彼女は成績がトップでもなければ、一人で闘い抜けるほどの武器もない。ジルのサポートを失うことは、事実上の大聖女レースからの脱落を意味するため、彼女も必死だった。


「ジルは優秀な男よ。霊獣もすぐに見つけて帰ってきたわ。でもね、本気を出せばもっと凄いの。本当ならきっと私もホワイトキャットを従えていたはずよ」

「…………」

「だから改めて要求するわ。私にジルを返して!」

「返すも何も私にそれを決める権利はありませんわ」

「私の要求をのめないというのね?」

「だから私は――」

「言い訳は結構。敵だというのなら排除するだけだもの。覚悟しておきなさい。本気であなたを教会から追放してやるんだから」


 一方的に宣戦を布告したリーシェラが去っていく。理不尽な怒りだと納得できないまま、彼女の背中を見送るのだった。

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