第四章 ~『ティアラとのお買い物』~
教会での暮らしは学ばなければならないことも多く大変だ。だからこそ息抜きも重要になってくる。
「やっぱり王都は品揃えが豊富ですわね」
マリアはティアラと共に洋服店を訪れていた。貴族ご用達の高級店だけあり、並んでいるドレスは平民では手の届かない金額だ。
もちろんマリアも眺めているだけ。しかし彼女はそれでも十分に満足していた。
「楽しんでくれているようだな」
「実は洋服店を訪れるのは初めてですの。だから興奮してしまって……」
「マリアが退屈せずに済んでよかった。すぐに買い物を終えるから待っていてくれ」
店員がティアラにオススメの服を紹介していく。スタイルの良い彼女はどんな服でも似合っていた。
「マリア、この服はどうだ?」
「似合っていますわ」
「ならこの青のドレスは?」
「最高ですわ!」
「次は趣向を変えて、黒の――」
「凛々しくて格好良いですわ!」
「さっきから褒めてばかりだな」
「仕方ありませんわ。ティアラは何でも似合いますもの」
「マリアは世辞が上手いな……よし、この服をすべて買う。寮に送っておいてくれ」
「かしこまりました」
ティアラは金貨の詰まった皮袋を手渡す。彼女は貴族の中でも最大の財力と権力を持つ筆頭公爵家の娘だ。富に愛された彼女にとって、服飾費などたいした金額ではなかった。
「いつもこんなに豪快な買い方をしますの?」
「滅多にしないさ。でも今日の服はマリアが似合うと褒めてくれたからな。記念に買っておきたかったのだ」
「ティアラは友人想いですのね」
「友達が少ないからな。友人ができたのもリーシェラ以来だ」
「確か、リーシェラとは仲違いしたんですわよね」
過去のティアラは悪女だったが、更生して真人間になった。そのせいでリーシェラとの友情にヒビが入ってしまったと聞かされていた。
「あの時は父上にこっぴどく叱られたものだ。それにあの人にも……」
「あの人?」
「私の知り合いでな。まぁ、つまらない話だから、気にしないでくれ」
「そうですの……」
誤魔化すように会話が打ち切られると、二人は揃って店の外に出る。噴水広場に設置されていたベンチに腰掛けた二人は、通り過ぎる人たちに視線を巡らせる。
「カップルが多いですわね」
「この辺りはカフェや洋服店が多いからな。デートスポットとして使われているのだろう」
「ティアラは恋人を作りませんの?」
「残念ながら相手がいないからな」
「でもティアラなら殿方が放っておかないはずですわ」
「ありがとう、お世辞でも嬉しい……でも私は人付き合いが苦手でな。心を許せるのも、マリアと霊獣のクロくらいのものだからな」
ティアラは膝を叩くと、魔力の円陣が生まれる。するとそこから黒猫――彼女の霊獣のクロが姿を現す。
「どうやって呼び出しましたの⁉」
「霊獣との信頼関係が強まると、いつでも召喚できるようになるんだ。聖女の得意能力の一つだな」
「そんな力がありますのね」
「でもこれはカイトのおかげでもある。彼がしっかりと躾をしてくれたおかげで、私を主人と認識するようになってくれたのだ」
ティアラがクロの下顎を撫でると、「にゃあ♪」と猫撫で声をあげる。
「よく懐いていますわね」
「私は世界一可愛いと思っているからな」
「ふふ、私はシロ様が一番ですわ」
「お互い、身内への評価は甘くなるな」
「ですわね」
「それだけ愛しているなら、シロを召喚することもできるのではないか」
「私がシロ様を……」
霊獣との信頼関係は十分に築かれていると自信があった。ティアラにコツを教わりながら念じると、マリアの膝上にも魔法陣が刻まれた。
発光と共にシロが召喚される。「にゃあ♪」という声で、マリアからの呼び出しを歓迎していた。
「上手くいったな。さすがはマリアだ」
「ティアラの教え方が上手かったおかげですわ」
「ふふ、そういうことにしておこうか……さて、改めてシロを見たが、素晴らしい毛並みだな。どのような手入れをしているのだ」
「シロ様は綺麗好きですから。自分でお湯を作って、乾かしていますわ」
「魔法が使えるホワイトキャットだからこそできる芸当だな」
お湯は炎と水の魔法で生み出し、乾かすのも風の魔法が利用できる。知能の高さも相まって、シロの世話にマリアは苦労を感じたことがないほどである。
「おっと、シロばかり褒めていると、クロが嫉妬してしまうな」
ティアラの膝上に乗ったクロが甘えるように鳴いていた。主人を取られまいとする意志を伝えているようだった。
「悪いことをしてしまったかしら」
「マリアは悪くない。これは私の配慮不足が原因だ……だがクロに償うためにも私は街を散歩してくる。また明日、教会で会おう」
「ええ、また明日」
ティアラが去り、シロと二人の時間を過ごす。穏やかな時間も悪くないと呆然としていると、見知った顔が視界に映る。
「こんなところで会うなんて奇遇ね」
声をかけてきたのはリーシェラだった。彼女の口元には必死に作りあげた笑みが浮かんでいるのだった。
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