第四章 ~『グランドと借金取り』~


 王都から帰宅したサーシャは上機嫌で鼻歌を奏でていた。彼女も人の子。元恋人のジルが狂気から解放されたことが素直に嬉しかったからだ。


「ただいま、帰りました」

「おおっ、帰ったか、サーシャよ」


 屋敷の扉を開けると、机に突っ伏していたグランドが顔を上げて出迎えてくれる。体調が悪いのか、顔色が真っ青だ。


「王都はどうだった?」

「楽しかったですよ。見聞を深められましたし、お姉様ともお会いできましたから」

「あいつは元気にしていたのか?」

「屋敷にいた頃よりは」

「忌々しい娘だ……早く、心が折れればいいものを……」


 グランドとの長い付き合いのサーシャだ。眉間に皺を刻む彼の顔から異変に気づいていた。


「お父様は元気がなさそうですね」

「実は不味いことが起きてな……王子から結婚をどうするのかと最終通達の手紙が届いたのだ。このままではチャンスを失う。私はいったいどうすればいいのだ」

「いっそのこと、王家との結婚を諦めては?」

「それは駄目だ。結納金が入るからと贅沢三昧をしてしまってな。借金も膨らんでいるのだ。奴らは男爵だろうと取り立てる。下手をすると命の危険もあるのだ」

「そのような危ない橋を……でもお金さえあれば……」

「金の問題だけではないのだ。王家との繋がりを盾にして、他の男爵に無理な要求を繰り返してしまった。あいつらは私に怒りを感じているはずだ。もし王家の威光を失えば、しっぺ返しを受けることになる」


 領地経営は周囲の貴族たちとの助け合いで成立している。物資の輸出入から、軍事的な協力まで、力の弱い男爵家だからこそ友好関係を結ぶのは重要だった。


 しかしグランドは調子に乗ってしまった。娘が王家に嫁ぐからと、傲慢な態度を取ってしまった。


 もし王子との婚約話が流れれば、友好関係を打ち切られ、孤立してしまう。後ろ盾を持たない弱小貴族の末路は想像に容易い。利に聡いハイエナたちに食い荒らされるのが落ちだ。


「なにか手はあるのですか?」

「やはりマリアしかない。あいつを連れ戻さなければ!」


 グランドは血走った眼で誓いを口にする。その表情からは貴族としての余裕は消え去っていた。


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