第三章 ~『医務室での再会』~


 気絶したジルは医務室へ運び込まれた。天井も壁も白で染まった空間は、薬品の匂いに満ちている。


「こ、ここは……」

「目が覚めましたのね!」


 ジルの傍にはマリアとケイン、そしてシロがいた。彼の意識が戻るのを見守っていたのである。


「僕が気絶した君を医務室まで運んだのさ」

「私は負けたんですね……」

「なにせ相手が僕だからね。当然の結果さ」


 教師と候補生では経験に大きな差がある。いくら優秀なジルでも、教師相手では敗れても仕方がないと慰めるが、彼の表情は曇ったままだ。


「私は教会をクビですか?」

「君は危険な存在だからね。僕はそうしたい。でもマリアくんが反対するんだ」

「マリアが……」

「被害者であるマリアくんが罰を求めないなら、僕からすべきことは何もない。お咎めなしさ」


 ジル自身、罰を期待していたのか、ベッドのシーツをギュッと掴んで、マリアを見据える。


「どうして私を許したんだ? 教会に残ることになれば、また君を人質にするかもしれないのに」

「愚かな選択なのかもしれませんわね。でもジル様は大切な友人ですから。いなくなるのは寂しいですわ」

「マリア……」

「それに、また襲われたとしても、きっとケイン様が助けに来てくれますから」

「ははは、それは手ごわそうだね」


 嬉しそうにジルは笑う。彼の瞳から狂気は消えていた。初めて見た彼の心からの笑みだった。


「ジル様、実はあなたにもう一人客人がいますの」

「私に?」

「あなたに謝るために足を運んだのですわ。会ってくれますわよね?」

「私に謝罪――まさか!」


 ジルの心当たりは的中する。医務室にサーシャが顔を出したのだ。


「どうしてここにサーシャが……」

「僕が招待したのさ。本来教会は部外者を入れないんだ。今回だけの特別サービスだよ」


 サーシャはマリアとカフェで密会した後、王都に滞在し続けていた。そのチャンスを利用し、二人が再会する場をセッティングしたのである。


 ジルとサーシャは気まずそうに視線を交差させる。互いの瞳には罪悪感が浮かんでいた。


「あの……サーシャ……君のお姉さんに私は酷い事を……」

「ジルは何も悪くありません。すべての原因はあなたの気持ちを踏みにじった私にありますから。だからどうか、謝罪させてください」


 頭を下げるサーシャ。それに対し、ジルは目に見えるほど狼狽する。


「頭を上げてくれ。私は謝罪なんていらない」

「ですが……」

「もし貰えるなら、謝罪ではなく、チャンスが欲しい。もう一度、私と寄りを戻してくれないか?」

「ジル……残念ながら、それはできません。私は貴族の娘で、イリアス家を大切に想っていますから」


 良縁を結ぶことで家が発展すれば、それは領地の潤いへと繋がる。生まれた責務を果たすため、彼女は泣きそうな顔を浮かべながらも、彼の申し出を断ることしかできなかった。


「サーシャ、そんな顔は止めてくれ。まるで私が虐めているようだ」

「ジル……」

「思い出したよ。こんな時、いつも君は私を救ってくれた。だから君の幸せのために、私は潔く手を引くよ」

「…………」

「でもね、私は生涯、叶わない片思いを君に続ける。それくらいは許してくれるだろ?」

「……後悔しますよ?」

「構わないさ。君を好きでいられるだけで、私は十分に幸せだからね」


 ジルの表情に生気が戻る。陰鬱とした感情は消え去っていた。


「私の役目は終わりですね」

「僕が外まで送るよ」

「助かります」


 元気を取り戻したことを確認したサーシャは、ケインと共に医務室を去る。その背中をジルは名残惜しそうに見つめた後、マリアに視線を向けた。


「改めて謝罪させて欲しい。君を巻き込み、酷いことをした」

「私はもう許していますわ」

「シロ、君にも謝罪したい。治ると知っていたとはいえ、傷つけてしまった。もう二度と、こんな馬鹿な真似はしないと誓うよ」


 ジルが頭を下げると、誠意が伝わったのか、シロは「にゃあ」と鳴き声で応える。


「これからの私は君の味方だ。困ったら、友人としていつでも頼って欲しい」

「ふふ、友人ですか?」

「君を妻にする話は撤回させてもらうよ。なにせ私の心の中にはサーシャしかいないからね。でも、君は友人であり、好きな人の姉だ。全力でサポートさせてもらうよ」

「よろしくお願いしますわ」


 二人はガッシリと握手を交わす。初めて彼と心が通じたと実感したのだった。



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