第三章 ~『ケインとカフェデート』~
待ちに待った次の休みの日がやってきた。自室で支度するマリアは、持っている数少ない私服を姿鏡の前で合わせている。
「うぅ~~この服で本当にいいのかしら」
イリアス家でこき使われていた時の作業用の服しかないため、マリアの目から見ても野暮ったい格好だ。
「デート当日にお洒落な私服がないことに気づくなんて、私は愚か者ですわ!」
思わず大声をあげてしまう。きっとケインならどんな格好でも笑顔で受け入れてくれるだろう。だがそれは彼に甘えているだけだ。
素敵な人と歩くなら、自らも魅力的でありたい。その願いが声の大きさに現れていた。
「マリア、いるかい?」
扉がノックされ、ティアラからの声が届く。扉を開けて、部屋へと招待すると、彼女は眉根を落とし、心配そうな顔を浮かべていた。
「私に何か御用ですの?」
「用事があるわけではないんだ。ただマリアの声が聞こえてきてね」
「ここの壁はそんなに薄いのですか⁉」
「壁というより、君の声の大きさだな。あれだけ大きければ、防音に優れていても隣の部屋まで届く」
「は、恥ずかしいですわね」
顔が耳まで赤く染まる。クラスメイトには知られたくない叫びだったからだ。
「でもおかげで君のピンチに気づけた。この服を譲ろう」
ティアラは袖が広がったフレアスリーブのワンピースを差し出す。ヒラヒラとしたレースは、可愛らしいタイプの服装だ。
「サイズは少し大きいと思うが、きっとマリアなら似合うはずだ」
「ありがとうございますわ……でも本当によろしいのですか?」
「こういった可愛らしい服に憧れた時期に衝動買いしたものだ。だが一度着て、私には似合わないと諦めた。タンスの肥やしにするのも勿体ない。是非、君に受け取って欲しい」
「ティアラ……お言葉に甘えますわ!」
友人の好意を受け入れ、マリアは私服に着替える。サイズがピッタリでなくとも魅力的に感じられるほど、その服は彼女に似合っていた。
「その姿のマリアを見れば、きっとケイン神父も君のことを意識せずにはいられないはずだ」
「ケ、ケイン様が私なんかのことを……」
「さぁ、デートへ向かいたまえ。成果報告を楽しみにしているぞ」
「ふふ、行ってきますわ」
ティアラからの声援を受けながら、王都の商店通りへと向かう。待ち合わせ場所の噴水前には、既にケインが到着していた。
(ケイン様の私服姿も素敵ですわ!)
グレーのジャケットが高身長の彼によく似合っている。銀縁の眼鏡もフォーマルな服装のおかげで知的さを演出していた。
「お待たせしましたわ」
「僕は全然――ッ……きょ、今日のマリアくんはお洒落だね」
「あ、ありがとうございますわ」
目に見える形でケインは驚いている。
私服を譲ってくれたティアラに感謝した。この言葉を引き出せただけでも、今日デートに来れて良かったと思えたからだ。
「さっそく行こうか」
「は、はい……どこへ行くかは決まっているのですか?」
「僕のお気に入りの店さ」
目抜き通りを進み、辿り着いたのはお洒落なカフェだった。店内には女性客とカップルしかいない。カフェのテラス席に座ると、彼は慣れた動きで店員に注文を伝える。
「この店にはよく来られるのですか?」
「常連だからね」
「そうですか……」
男性客はほとんどが女性を連れている。恋人と訪れるのだろうかと邪推してしまい、胸が苦しくなる。
「や、やっぱり男一人でカフェに入るのは変かな?」
「ケイン様は一人でいらっしゃるのですか⁉」
「う、うん。どうしても、ここのパンケーキが食べたくてね」
(恋人と一緒じゃなかったみたいで安心しましたわ!)
心が落ち着いたせいか、どうしても頬が緩んでしまう。そんな彼女の元に、パンケーキが届いた。
ホイップクリームの上から蜂蜜がたっぷりと注がれ、ベリーがちょこんと上に乗っている。見ているだけで食欲がそそられた。
「美味しそうですわね!」
「僕の舌を唸らせるほどの絶品だからね。期待してくれて構わないよ」
「では……」
ナイフとフォークで一口サイズに切り取ると、口の中に放り込む。甘味が舌の上に広がった。
「今まで食べたスイーツの中で一番の味ですわ!」
「そうだろうとも。喜んでもらえたようで嬉しいよ」
パンケーキに夢中になる二人。だがマリアは心の中に疑問が残っていた。
「あの……ケイン様はどうして私を誘ってくれたのですか?」
記念日というわけでもない。その理由を知っておきたかった。
「僕たちはパートナーなのに、忙しくて、君の力になれなかっただろ。これは僅かばかりの罪滅ぼしさ」
「ケイン様に罪なんてありませんわ……そもそも忙しいと知っていながらパートナーになっていただきましたから」
「それでもさ。形のある物で謝罪したかったんだ……まぁ、君と一緒にここのパンケーキを食べたかったのも本音なんだけどね」
「ふふ、そういうことにしておきますわ」
やはりパートナーに彼を選んで良かった。過去の自分を賞賛しながら、マリアは皿に乗ったパンケーキを平らげた。
「ふぅ、お腹がいっぱいになったね」
「満足ですわ」
「なら食後のカロリー消費も兼ねて、難しい話でもしようか」
「難しい話ですか?」
「マリアくんの父親――グランド男爵の話だ」
「お父様の⁉」
マリアにとって仇敵ともいえる存在の話題に集中するため、糖分の力も借りて頭をフル回転させる。
「どうやら彼はまだ懲りていないようでね。新たな刺客をクラスに潜ませているようだ。信頼できる筋からの情報だから、間違いないだろう」
「それほど私を教会から追い出したいのですね……お父様もしつこいですわ。でもどこの誰なのでしょうか?」
「正体は不明だ。しかし厄介な相手なのは間違いない。なにせこの三か月間、正体を隠し続けているわけだからね」
「リーシェラは露骨でしたものね」
最初から敵意を向けていたリーシェラが刺客だったと知り、心のどこかで納得感があった。
だが今回の刺客は別だ。クラスメイト達は彼女をライバルとして意識していても、露骨な敵意を向けてくる者はいない。
正体を隠し通せるしたたかさを持つ強敵――警戒すべき相手の出現に、マリアは緊張でゴクリと息を飲んだ。
「でもまぁ、僕がいる。マリアくんは必ず守り抜いて――」
「やぁ、マリア。それにケイン先生も。奇遇ですね」
「ジル……」
金髪赤眼の麗人――ジルが声をかけてくる。爽やかな容貌はそこにいるだけで華がある。特に美形のケインも共に揃っているせいで、周囲の注目が集まり、ヒソヒソと黄色い声が聞こえてくる。
「見たことないイケメンたち。どこかの貴族様かな?」
「大人な魅力の銀髪に、正統派イケメンの金髪かぁ」
「どっちも捨てがたい! むしろどっちでも大歓迎ね」
注目の的である男性たち。そんな彼らと一緒にいるマリアにも自ずと注目が集まる。突き刺さる視線に耐えきれず俯いてしまう。
(なんだか恥ずかしいですわ)
マリアが顔を赤くしていると、ジルとケインが視線を交差させた。
「ケイン先生はデートですか?」
「そうだよ」
「随分とはっきりと口にされるのですね」
「教師であると同時にマリアくんのパートナーだからね。それに僕は嘘が嫌いだ。取り繕うような真似はしたくない」
「……困りましたね。私もマリアとデートをしたいのですが」
「それは駄目だ……」
「ケイン先生の許可が必要な道理でもあると?」
「それはないが……とにかく駄目なんだ」
「まぁいいでしょう。今日は私の要望を伝えるだけに留めておきます。ではマリア。またいずれ二人になった時に」
それだけ言い残して、ジルは去っていく。女子人気ナンバーワンの男なだけあり、その甘い声に脳を揺らされたような衝撃が奔る。
「……マリアくんは、彼が好きなのかい?」
「――ッ、い、いえ……」
「そ、そうか。そうだよね……僕もパートナーを他の男に取られるのは癪に障る。君にその気がなくて良かったよ」
(ケイン先生、私に嫉妬してくれているのかしら。それが例えパートナーを奪われる嫉妬だとしても、やっぱり嬉しいですわね)
完璧な大人の男性だからこそ、知らなかった彼の一面を可愛らしいと思え、ますます惹かれていく自分を実感するのだった。
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