第三章 ~『新たな刺客』~
サーシャは談話室のソファに腰掛けながら、届いた手紙に目を通していた。そこには姉のマリアがパートナーとしてケイン神父を選んだと記されていた。
「お姉様もしたたかですわね……」
父親のグランドからはパートナー選びで失敗させ、教会から脱落させるつもりだと聞かされていた。その試練を彼女は見事に突破したのだ。
現在の姉は、か弱い小娘ではない。嫌がらせにも負けない立派なレディへと成長した証拠だった。
「クソオオオッ、忌々しい娘め!」
一方、グランドは怒りで手紙を丸めている。彼の方にもリーシェラから失敗の報告が届いたのだ。
「王家からも婚約を急かされているというのに……このままでは我がイリアス家の立場が悪くなる一方だ!」
「お父様、あまり怒ると血圧が……」
「そ、そうだな。サーシャを幸せにするためにも、まだ倒れるわけにはいかないからな」
グランドの親心はサーシャにだけ向けられている。家を窮地に立たせることも、姉のマリアを犠牲にすることも厭わないほどに、彼は娘を溺愛していた。
「せめてサーシャの子を抱く時までは元気でいなければな……それでサーシャよ。好きな男はいないのか?」
「それは……」
「ただ好きになるなら、お前に見合うだけの男でないと駄目だぞ。容姿も身分も魔法の腕も、すべてが完璧な男でなければな」
「はい、お父様……」
彼の結婚に対する価値観は社会的な評価にのみ絞られている。愛なき結婚でも、立派であれさえすればいい。それが彼の考えだった。
「いかんいかん。今はサーシャの結婚より、マリアを何とかせねばな……クソッ、これもすべてリーシェラの奴が不甲斐ないからだ。噂とは違い、驚くほどの無能ではないか! あの自信満々の態度もハリボテだったとはな!」
リーシェラは社交界で才女として知られていた。成績もマリアに次ぐ二位である。決して、彼女の能力が劣っていたわけではない。マリアが成長していたからこそ撃退に成功したのである。
「だが挫ける私ではない。王子との結納金を半額支払うとチラつかせれば、刺客の成り手はまだまだいる。必ず、マリアを教会から奪い返してみせる!」
怒鳴り散らすグランド――そんな彼を落ち着かせるように、談話室の扉がノックされる。使用人が新たな手紙を届けにきたのだ。
封蠟を外し、中身をチェックしたグランドの口元に歪な笑みが浮かぶ。
「クククッ、まさか、こやつから申し出があるとはな……」
「新しい刺客が決まったのですか?」
「間違いなくリーシェラより優秀な人物がな。マリアもこれで終わりだ。父親に喧嘩を売ったことを後悔させてやる」
不穏な空気が談話室に流れていく。マリアの新たな困難が始まろうとしていた。
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