第二章 ~『カイトの冤罪』~
お昼を終えて教室に戻ると、リーシェラの席の周辺に人が集まっていた。彼女が人気者だからではない。怒声が教室に響き渡り、騒ぎになっていたからだ。
「私の指輪を盗んだのはカイトで間違いないわ!」
その一言でマリアは状況を把握する。先ほどまで仲良く話をしていたカイトが犯人扱いされている状況に我慢できず、彼女の元へと駆け寄る。
「指輪が盗まれたと聞きましたが、どうしてカイト様が犯人ですの?」
「カイトはスラム出身だもの。間違いないわ」
「出自で犯人扱いはさすがに酷いと思いますわ」
他に根拠がなければただの言い掛かりだ。だがその質問を待っていたと言わんばかりに、リーシェラは反論する。
「指輪は金貨数枚程度の価値しかないのよ。教会を去るリスクを背負ってまで盗みを働く者が他にいるとでも?」
「それならカイト様も同じことですわ。上級司教になるチャンスを不意にするとは思えませんもの」
「分かってないわね。パートナーの人気最下位はカイトに決まりよ。どうせ上級司教になれないならと小遣い稼ぎを考えても不思議ではないわ」
あまりの暴論に頭が痛くなってくる。そしてそれは当事者であるカイトにとってもそうだった。
「俺を犯人扱いするなら身体検査でもすればいい」
「どうせ教室のどこかに隠して、後で回収する気なんでしょ。貧民の考えていることくらいお見通しよ」
「なら教室を隈なく探せよ! 証拠もなく俺を疑うならそれくらいすべきだろ!」
怒りでカイトは眉根を寄せ、声を張り上げる。だがリーシェラは怯まない。
「証拠はないけど、状況があなたを犯人だと証明しているの」
「状況だと?」
「決定的なのは、盗まれた時間、教室にあなたしかいなかったことよ」
リーシェラとの会話を終えた後、マリアは昼食を食べに食堂へ向かったが、彼女はそのまま教室へと戻った。そこで指輪が盗まれたことを知ったのだと語る。
だがこの主張こそが、リーシェラの自演だと確信に至らせる。彼女は教室にカイトだけを残し、犯人とするために、謝る気もないのにマリアを外へと連れだしたのだ。
(ですがどうして、カイト様を罠に嵌めますの?)
カイトを盗人に仕立て上げても、リーシェラに利益はないはずだ。だが疑問を解決するためのピースはない。
(意図はどうあれ、カイト様を見捨てることはできませんわ)
「私はカイト様を信じますわ」
「随分と庇うのね。理由でもあるの?」
「罪のない人を守るのは当然ですわ」
「ふふ、でも本当にそれだけが理由なの?」
「どういうことですの?」
「私、あなたとカイトが仲良くしているのを見たのよ……カイトをパートナーに選ぶつもりだから、庇ったんでしょ?」
「ち、違いますわ」
「なら誰を選ぶの?」
「それは……まだ決まっていませんわ」
「ふふ、苦しい反応ね。さて、クラスにいるみんな! 聞いていたわね! マリアに投票しても無駄よ! なにせこの娘は、パートナーにカイトを選ぶんだもの!」
「な、何を……」
戸惑いながらも、リーシェラの狙いを察する。
彼女はまず盗人騒ぎで注目を集めた。誰が犯人なのかと、意識を集中させているところに、マリアがカイトを選ぶと風説を流すのだ。
最終的にパートナーに選ばれなければ、誰もマリアに投票しない。リーシェラのターゲットはカイトではなく、最初からマリアにあったのだ。
「あんた、本物の悪党だな」
カイトも意図を察したのか口を挟む。
「あら、何の事?」
「俺を盗人扱いしてまで票が欲しいのかよ」
「当然よ。でもあなたの票はいらないから」
「誰が投票するかよ!」
カイトは怒りで下唇を噛み締める。そして冷静さを取り戻すために息を吐きだすと、マリアを見据える。
「迷惑をかけた詫びとして、俺はあんたに投票する」
「あ、ありがとうございますわ」
「だがあんたは俺を選ばなくていい。ジルを選んでくれ」
それだけ言い残して、彼は教室を飛び出す。必ず無実を証明すると、その背中は決意を語っていた。
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